容疑者たちの証言(後)
水のニコロという名前のくたびれたオッサン――イヌ族の脱走犯にして元・暗殺者の証言は続いた。
ヴァイロス殿下の前にあった数々の襲撃事件に関しては、『正常に』最初から最後までキッチリ、バーサーク化していたので、余り記憶は無いと言う。
ただ、あの日は――ヴァイロス殿下の暗殺を仕掛けた日は。
たまたま、水のニコロに与えられた『バーサーク増強用』の食事が腐っていて、余り食べられなかったそうなのだ。
それは、バーサーク化しやすくなるための、血も滴るモンスター肉をメインとした、ゾッとするようなエサだ。生肉だけにエーテル成分はタップリなんだけど、血が滴るので衣服が汚れる事このうえなく、前もって裸になって、或いは『獣体(狼体や犬体)』になってガツガツ食うのがマナー。
モンスター成分が身体全身に回ると、異常ハッスルする。そこへ禁術《バーサーク化の魔法》が掛かると、容易にバーサーク化するのだ。
獰猛な狼男や犬男となって、狂乱のままに荒れ狂った間は、記憶に無い。
衛兵が駆け付けて来たタイミングで、いつものようにシャンゼリンが出て来た。
シャンゼリンは『茜離宮』の裏口をオープンし、バーサーク化イヌ族とバーサーク化ウルフ族を逃がすべく、ムチで追い立てた。彼女自身は高度な《隠蔽魔法》のための魔法道具を持っていて、常に姿が見えなかったので、本能で襲いたいと思っても襲えなかったと言う。
『シャンゼリンは、闘獣を扱った経験があったらしい。如何にも『深窓の令嬢』ってな顔をしておいて、バーサーク化したオラたちをムチで追い立てるのは、プロ並みに上手かったぜ』
――とは、水のニコロを含む、容疑者全員の感想だ。
あの日。いつものように――証拠を残さず脱走できた筈だった。
裏口を少し行った先、『茜離宮』の外苑の何処かに、更に抜け道へと通じる入り口がある。
シャンゼリンは、襲撃犯を探し求めて右往左往する衛兵たちを尻目に、バーサーク化していた襲撃者たち全員を外苑へと追い立てた。
外苑の緑地の一角に、こんもりとした樹林が並び、身を隠すのに適当なスペースがある。そこは、更に城下町への逃走経路も備えていた。いつものように、その逃走経路を使って、行方をくらます事が出来た筈だった――
――だが。
不意に。異変が発生した。
噴水広場を取り囲む樹林に到達したところで、シャンゼリンが急に《隠蔽魔法》を切り、姿を現した。
『……が! あのクズが! 今頃、正気に返ったと言う訳!』
謎のセリフだ。その時、水のニコロはバーサーク化が収まり、正常な記憶が回り出していた。
シャンゼリンは悪鬼の如く激怒しながらも、左手の平を天頂に向けた。
『我が闘獣! 我が《紐付き金融魔法陣》の下に帰り来よ! 骨が折れるまでお仕置きしてやる、妹のくせに飼い主に逆らって行方不明になりやがって、あのクズが!』
だが。実際に身を現したのは。
紺色マントをまとった、少年と思しき人影だった。
少年は、頭上に差し渡されていた樹枝の上に前々から潜んでいたようなのだ。先回りしていたらしい。少年は、そこから、シャンゼリンに飛び掛かったのだ。
謎の少年はシャンゼリンの『魔法の杖』にくっついていた、灰色の宝玉細工をむしり取った。余りにも鮮やかな手際だった。
『いえーい! もーらいッ!』
シャンゼリンは一瞬、唖然とした後、再び悪鬼の如き形相になった。
『このガキ! 返しな!』
シャンゼリンはムチを振るったが、紺色マントの少年は恐ろしく素早かった。サーカスの軽業師さながらの、アクロバットな身のこなし。シャンゼリンのムチを、全てかわして――少年は、かき消えた。
『チクショウ! コソ泥めが! 隠蔽魔法の魔法道具が……!』
シャンゼリンは苛立ちの余り、水のニコロを含む容疑者たちを、ムチでビシバシ殴り始めた。
そうしているうちに、追っ手の魔法使いによる探知魔法のエーテル流束が、まるで漁網が投じられたかのように、頭上に揺らめいた。
『探知が掛かった……と言う事は、斥候が出たね!』
シャンゼリンは、水のニコロを含む容疑者たちを、その場に放置して、自分だけ『狼体』になって――それも、何故か金色の狼になって――何処かへ逃げ出した。
――黒髪なのに金色の狼になった! その余りにも異様な、不自然さ。
バーサーク化の継続中だった容疑者たちは、その異様なまでの不自然さに仰天する余り、ポカンとした。水のニコロは、スッカリ正気に返った。同時に、ムチによる指示が急に無くなった事で『これから、どうするんだ』と混乱した。
そして、追跡して来た衛兵たちを返り討ちにしつつ、てんでバラバラに逃げ出したのだ。
もっとも、斥候の動きが余りにも想定外で、全員、捕まってしまった訳だが。
*****
水のニコロの、自嘲を含んだ証言は、次のような締めくくりで終わった。
『あのチビのコソ泥は、間違いなくコソ泥だな。考えてみりゃ、あんな年齢のガキが、正式な隊士の紺色マントをまとう筈がねぇしなぁ』
そして、魔法の《土星》型ミラーボールがスピンを止めた。ディーター先生の『魔法の杖』による操作が入ったのだ。すぐに『3次元・記録球』がスピンを再開し、魔法のスクリーンでは、別の立体映像に切り替わった。
ディーター先生は、フィリス先生から渡された半透明のプレートを参照しつつ、アシュリー師匠に簡単な解説をした。
「この記録は、水のニコロを含む容疑者たち全員の証言です。彼らは、アルセーニア姫の暗殺事件にも関わっていました――直接にではありませんが」
驚きに次ぐ驚きだ。アシュリー師匠も同じ気持ちみたいで、何度も溜息をついているのが見えた。
容疑者たち全員による証言の続きは、以下のような物だった。
――アルセーニア姫が暗殺された当日の夜までさかのぼる。
夜の闇に紛れて、容疑者たち全員で、『モンスター毒の濃縮エキス』用の大型容器3本を運んだ。
その容器は、恐るべきことに、全て空だった。いったい何に使ったのか、使用前の容器を運んで来た筈の初期の運搬担当者たちはどうなったのか――は、聞くのも恐ろしいから、聞いていない。
水のニコロを含む容疑者たち全員は、シャンゼリンの指示で運び、城下町の外れにあるレンガ焼きの作業小屋から少し離れた空き地に『不法投棄』した。
そこで、奇妙な出来事を目撃したと言う。
フード姿の、種族系統は不明だが獣人と見える大柄な男と、シャンゼリンとが、言い争いをしていたのだ。
『報酬が足りないよ、報酬が!』
『欲深な女だな! 最高級の隠蔽魔法の宝玉細工じゃ足りないってんなら、そろそろ、その頭を引っこ抜いてやる!』
『へへぇ、やれるもんなら、やってみな。あたしはキーラの娘だよ! あたしの顔を引っこ抜けるなら、やってみろってんだ!』
フード姿の巨人は物騒に唸った――どうやらクマ族なのでは無いか。確証は無いが。
『俺は、これから王族との大型取引を控えていて忙しくなる。貴様にやれるものは無い。報酬は、闇ギルドの女らしく、他からむしり取りゃあ良いじゃ無いか。あの小麦色のお高くとまったウルフ貴公子のヤロウ、アンティーク宝飾品を取り放題だったぜ。今度『茜姫のサークレット』とやらを売りに出すとか言ってたぞ』
シャンゼリンは『ふーん』と言い、不意に黙り込んだ。そして――
まさに闇ギルドの女さながらに、シャンゼリンは美しすぎる高笑いをした。
『茜姫のサークレットは、あたしの物だよ! アルセーニアは所詮は混血さ、あの死に様でも足りないくらいだ、貴種のウルフ族たる、あたしが苦労して来た過去に比べりゃね。そろそろ、あの愚かな男にも分からせてやる頃だよ。あんなバカが、あたしの父親とは思いたくも無いけどね!』
そして、シャンゼリンは即席の転移魔法陣で去って行ったらしく、気配が消えた――
*****
魔法のスクリーン上の立体映像として再現されていた、イヌ族とウルフ族で構成された6人ばかりの容疑者たちは、引き続き、陰気な顔をして、ブツブツと証言を喋り続けている。
ディーター先生が、おもむろに『魔法の杖』を振った。要点説明が終わったみたい。
魔法の《土星》型ミラーボール『3次元・記録球』がスピンを停止し、発する光が止む。球体の周りに出ていた不思議な輪っかが、球体の中に消えていく。
それと共に、魔法のスクリーンに映し出されていた立体映像が消滅した。
地下牢の中ならではの暗い色で構成された、幻の立体映像が終わったおかげだろうか、研究室の中がサーッと明るくなったようだった。窓から注ぐ陽光の角度は、高い。そろそろ真昼の刻と言って良い頃合いだ。
気が付くと、わたしの身体は震えていた。何故かは、分からないけど。
目下、盗み見と盗み聞きをしている状態だし、気配を悟られると色々まずいから、意識して息を調整する。
――うん、大丈夫。
自分でも不思議だけど、記憶に無くても身体が覚えているらしいんだよね。無意識レベルまで叩き込まれたスキル。
何も無いところで転んでしまうような、ドジなわたしが、本当に『闘獣』だったのかどうか――は、自分でも分からない。
でも、身体の方は、恐らくはモンスター狩りには必須だったのであろう『気配を消す』スキルを、シッカリ発揮しているみたいだ。謎だ。




