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容疑者たちの証言(前)

目が覚めたのは偶然だった。


魔法の砂時計を見ると、午前半ばを過ぎた刻のあたり。わたしが居るのは、いつもの病室だ。隣の部屋が、ディーター先生の研究室になっている。


窓の外は快晴。


夏の後半ならではの、まばゆい青空と白い雲が広がっている。


窓から見えるのは、背の高い常緑樹だ。ディーター先生の研究室、及び付属する特別病室を取り巻きつつ、仕切りを兼ねると言う事もあって、衝立のように並んでいる。


ディーター先生の研究室からは更に別の渡り廊下――アーチ状の通路が、敷地へと飛び出している。その先に、正方形の床を持つ小さなアトリエみたいな、或いはあずまやみたいな、避雷針付きの屋根を備えた離れ小屋が設置されている。


見慣れた緑の樹林と生成り色の建築。


そのずっと先の方、小高い丘の上には、今や見慣れた眺めがある。3つの玉ねぎ屋根を乗せた尖塔。全体的に華やかな赤みを帯びた、大きな高層建築物だ。遠目にも、宮殿だとハッキリわかる――『茜離宮』だ。


最も高い尖塔に立てられている金色の旗が、ふわりふわりと波打っていた。今日は、あの辺りの風は強いらしい。


ボンヤリと、妙に心惹かれる所のある旗の動きを眺めていると――


いつしか、感覚がハッキリと覚醒して来ていた。隣の部屋、つまりディーター先生の研究室の方で、人の気配がする。


モンスター襲撃があった夕べの事が嘘のように思える程、穏やかな、静かな午前の半ばだ。注意していると、複数の人の話し声と、複数の茶器が立てる特徴的な音が聞き分けられるようになって来た。


――ディーター先生とフィリス先生が戻って来ているみたい。そして――もう1人の、見知らぬ人が居るらしい。


わたしは、そっとベッドから身を起こした。


頭部にハマっている、いわゆる『呪いの拘束バンド』。


その拘束バンドに食い込んで謎の一体化をしてしまった、ヘッドドレス似の真っ赤な魔法道具。


そこからお下げみたいに下がっている真っ赤なビーズ製の『花房』がシャラシャラ音を立ててしまうので、手近なタオルでギュッと頭全体を押さえ、音がしないように固定しておく。


さながら、ほっかむりをして侵入しようとしているコソ泥だけど、この際、致し方ない。


何となく直感があり――慎重に気配を消して、研究室との仕切りのドアに近づく。不意に閃いて、メルちゃんと一緒にコソコソしていた時のポイントに身を落ち着けた。


都合よく古びて隙間が出来ている秘密のポイント。盗み見と盗み聞きに、最適なポイントだ。


*****


「まぁ、そんな訳で? フフフ。噂のチャンスさんは、名前の通りに、チャンスをもたらしてくれたのね」


豊かなコントラルトの声。声を潜めているんだけど、良く通る声だから、『人類の耳』でもシッカリ聞き取れる。


見知らぬ人の声だ。人影の形からすると、間違いなく灰色ローブをまとう魔法使い。袖や裾の辺りがキラキラしているところからして、どうやら上級魔法使いらしい。


茶器を扱う、ゆったりとした女性らしい仕草。明らかに年配の女性だ。ディーター先生とフィリス先生は、魔法のスクリーンの前で、その見知らぬ人と一緒に、お茶を囲んでいるところだ。


「フルールから話を聞いた時はビックリしたわよ、フィリス。ディーター君は、私の弟子の中でも最も優秀な『ポンコツ』だからねぇ、ホントに、こんなポンコツで良かったのかしら。年もちょっと行ってるし」


ディーター先生は、恥じ入ったように後頭部をかき回しながら、苦笑いしている。


「ひどい言い草ですなぁ、アシュリー師匠」


――アシュリー師匠。


この見知らぬ年配の女性は、『アシュリー師匠』と言うらしい。ディーター先生にとっては、頭の上がらない人みたい。アシュリー師匠って、何処かで聞いた名前のような気がするんだけど……


首をひねっていると、奇跡的に記憶がピコーンと閃いた。ジリアンさんとジュストさんの結婚式を、祭司として取り仕切った、あの中級魔法使いの老夫婦が言ってた名前だ。


――ウルフ族出身の大魔法使いとして尊敬されている『地のアシュリー』先生……とか言ってたっけ。それじゃ、あの年配の女性が、そうなのか。ほえぇ。


豊かなコントラルトの声音が、再び響いた。


「ともあれ《盟約》成立にお祝いを言うわね。魔法使い同士の《盟約》は、両方ともに変に知識があり過ぎてスムーズに成立しない事の方が多いから、ホッとしたわ。特に、ディーター君の恋は、私には見え見えだったからね、フフフ」


フィリス先生は、ほんのりと頬を染めつつ、お茶を一服しているところだ。あまり見ない表情だ。可愛い。


「さて、そろそろ本題に移りましょうか、ディーター君にフィリス。最近、立て続けに発生した事件に関連して、相談したい事があるそうね」

「まずは、こちら、『3次元・記録球』データをご覧いただけますか、アシュリー師匠。込み入った訳になりますのでね」


ディーター先生が『魔法の杖』を一振りして、テーブルの真ん中にあった、手の平に乗る程度の大きさの黒い球体細工を光らせた。


黒い球体細工は瞬く間に《土星クロノス》よろしく輪を持ったミラーボールに変身して、あらゆる色合いにきらめく。


――あれが、『3次元・記録球』と呼ばれる魔法道具なんだ。すごい。


そして、魔法の《土星クロノス》型ミラーボールから発する光が魔法のスクリーンに当たって、立体映像が浮かび上がって来た。


すごく精密な立体映像で、思わず本物の光景が出現したのかと思ってしまう。幻影魔法とか蜃気楼魔法とかの応用なんだろうか。


立体映像と並行して、音声の再生が始まった。


わたしの居る場所からは立体映像の方は一部分しか見えないんだけど、地下牢の中だとすぐに分かる。あのゴツゴツの石の床や石の壁の様子、今でもクッキリと覚えている。


『んあ? オラの名前はもう分かってんだろ、水のニコロだよ、ニコロ。『闘獣』崩れの殺し屋だ』


前にも聞いた事のある、音声の再生から始まった。くたびれたオッサン風の、イヌ族の脱走犯の声だ。


『モンスター狩りの際に、モンスターを呼び寄せる囮になる所を運よく脱走したが、『例の黒いアレ』恐怖症も引きずって来た、ケチな野良犬さ……』


声の主は――本当に『くたびれたオッサン』風だった。


顔全体が古傷だらけで、ずっと手入れされていないのが明らかな、ボサボサの無精ひげが生えている。いかにも戦士という感じの、物騒なまでに筋肉の盛り上がった大柄な体格。茶色のイヌ尾の毛並みは荒々しく荒れていて、茶色のイヌ耳にも迫力のある切れ込みが多数。


『オラたちゃ、間違いなくキンキラキンの王子をターゲットに、闇討ち仕掛けたさ。闇ギルドの仲介を経た依頼によってな。この依頼をしたのは、えらい美人な黒毛のウルフ女でさ。シャンゼリンって言う。あの女、こういう闇工作やら流血やらが本領でな。誰かに指示を受けてたらしいが、まさに闇ギルドの悪女だぜ、あのタマは。シャンゼリンの誘導で、オラたちは、黒髪キンキラやら金髪キンキラやら、年取った偉そうなウルフ男やらを襲ったのよ』


そこで一旦、再生が止まった。ディーター先生が再び『魔法の杖』で、ミラーボールをつつく。


「これが、冒頭の告白です。この後はイビキがメインですので飛ばします。強制的に『気付け』を施して、続きの証言をさせました。なお、他のバーサーク化イヌ族とバーサーク化ウルフ族は、当時、完全にバーサーク化していて記憶が曖昧なため、有効な証言は取れませんでしたが、別件で興味深い内容を喋りました。これは後ほど……」


アシュリー師匠は、こちらに背を向けている状態で表情は分からない。


でも、ほとんど白髪になった淡い栗色の頭部が、思慮深く頷いた様子が見える。シャンゼリンの名が出た時は、さすがに「まぁ」と言っていたけど、その後は、落ち着いて耳を傾けているようだった。

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