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モンスター襲撃の夕べ・2

フィリス先生は、わたしの無言の引き留めにハッとした様子だった。


でも、わたしの尻尾が物凄い勢いで警戒しているのを見て取ったようで、何も言わない。


雲が流れ、陽光が少し揺らめく。


――四色のエーテルの光。


地面の四つのポイントから伸びる、四本の細い垂直線の筋。そこだ!


わたしはバッと飛び出した。垂直の細い光が出ている四つのポイントを忘れたら大変だ、と思ったのだ。


死に物狂いで空き地を一周する。一周しがてら、発光ポイントに落ちていた『何の変哲もない』小片を拾い上げた。


「ルーリー!」


フィリス先生の仰天した声が響く。同時に、一陣のつむじ風が、白いエーテル光を伴って高速で渦巻いた。フィリス先生が《風魔法》を発動し、『風防』を合成したのだ。


――バチンッ!


枯れ池を中心に稼働していた、何らかの封印が破れたのだ。『術の破片』が四方八方に飛び散った。まるでガラスの破片のようだ。思わず身を小さくする。


鋭い破片はフィリス先生が合成した『風防』にブチ当たり、次々に空き地に降り注いだ。物が焼けたような焦げ臭さが広がる。


フィリス先生が愕然としながらも、声を掛けて来た。


「素手で《隠蔽魔法》を破るなんて、無茶な事するわね! しかも、そんな微小レベルのエーテル光線の残照効果を、『魔法の杖』抜きで識別してのけるなんて!」


その言葉が続いている間にも、フィリス先生の『魔法の杖』が軽くひるがえった。『風防』が解除されたのか、一陣のつむじ風がザッと吹く。焦げ臭い空気が四散した。



――今や、空き地の真相を隠蔽していた魔法は破れた。


フィリス先生とわたしは、同時に『ヒッ』と呻いた。


――分厚く溜まった腐葉土と汚泥を抱える窪みの真ん中に、何処かから持ち込んだのだろうT型の大型建材の残骸が突き立っている。


上の方の分枝、その先端にあるのは――


「シャンゼリン……?!」


既に命の無い、黒狼種の若い上級侍女の死体が、ぶら下がっている!


全身、無残なまでに血まみれだ。今、出来たばかりの、新鮮な死体のように見える。頭部には、何やらサークレットらしき物をしている。


腹部には、鋭く巨大な牙に貫かれたかのような、むごいまでの空洞が出来ていた。大型モンスターに襲われたのでなければ、こんな死体は出来ない!



ガサッ――向こう側のヤブが騒ぐ音。



上級侍女シャンゼリンの無残な死体を挟んで、わたしとフィリス先生は、向こう側のヤブから現れた、暗色系のフード姿の大柄な人物と対面していた。


「ウッ……!」


暗色系のフード姿の大柄な人物は、縦にも横にも大きな、ガッチリとした体格をしていた。ボンヤリとではあるけど、惚れ惚れするような逞しさを感じる。間違いなく男だ――そして、まるで巨人だ。


フィリス先生が即座に《風刃》の構えをしたのを見て取ったらしい、フード姿の大男は、すぐにヤブの中に姿を消して行く。唖然とするほどに素早い動作だ。


ガサガサとヤブが揺れた後、すぐに白い列柱の形をしたエーテル光があふれた。


「しまった! 転移魔法……!」


わたしとフィリス先生は、その場に駆け付けた。大男が居た辺りのヤブは、不吉なほどに幅広く破壊的に開かれていて、広い通路となっている。


フード姿の大男が新たに切り開いたに違いない、新しい人工の広場が現れた。そこかしこに、強風に引きちぎられたかのように木っ端みじんになった樹木が、乱雑に放置されている。


ザッと観察してみる限りでは、《地魔法》で作業したような痕跡では無い。《地魔法》であれば、樹木は根元から切り倒されていたり、ザックリと大雑把に分解されたりという状態になっている筈だ。あの大男は『風使い』なのだろうか。


木っ端みじんになった樹木の残骸が放置されている人工の広場の真ん中に、転移魔法陣を描いた携帯ボードが置いてある。大型の床パネルと同じくらいのサイズだ。


「用意が良いこと! 1回だけ有効な、使いきりタイプの魔法道具ね」


有力な証拠だ。携帯魔法陣ボードを回収する。そして――


――グワァオォォ。


地獄の底から轟くような不気味な鳴き声。


人工の広場の、やや端の辺り――大きな樹木が門番さながらに並ぶ、その下。


地面が激しく揺れながらも、四色の極彩色の、マダラなエーテル光を噴出していた。濃密で重い、異様なまでにドロリとした色合いのエーテル光だ。この次元とは全く別の次元から来た、エーテル光。


「出たッ……!」


フィリス先生とわたしは、身を返して逃走した。


後ろから『バキバキ』と言う、大きな樹木をへし折る音が響いて来る。


――シャンゼリンを、あんな姿にした、大型モンスターだ!


全体の姿は如何にも忌まわしく、異形の怪獣そのものだ。毒々しいオレンジと紫のマダラ模様。ずんぐりとしたダニ型の昆虫にも見える。しかも、一般民家のサイズを余裕で超えている。


頭部にある顔面からは、長々とした恐ろしい灰色の角か、牙のような物が2本、突き出している。通常の意味で言う『目』は無い。何処に目があるのかは、分からない。


暗い赤色をした、大きく開けられた口には、無数の細剣のような残忍なトゲトゲの付いた舌が、不気味にうごめいている。あの口の中に放り込まれたら、全身を串刺しにされるのは確実だ。ブスブスと串刺しにされながらジワジワと死ぬのは、すごく痛いと思う。


大きく開かれた、恐ろしい平たい洞穴さながらの暗い喉の奥から、その巨大ダニ型モンスターの子飼いと思しきムカデ型モンスターが、舌のトゲトゲを器用に乗り越えながら、ゾロゾロと這い出て来る。


ムカデ型モンスターは、不気味な蛍光レッドに光っている。人体サイズにも見えるけど、人体サイズよりも大きいと思う。悪夢だ。


「……《魔王起点》の座標が割れたわ! 緊急アラート……あッ、ルーリー、魔法使えないんだっけ!」


――そうだよッ!


フィリス先生は、シャンゼリンの死体の周りに透明なグレーの《防壁》を築いた。わたしも手招きされ、その領域の中に入る。


子飼いのムカデ型モンスターが、大量に殺到して来た。蛍光レッド色をした不気味な中型モンスターは、魔法の《防壁》に穴を開けようとする。でも、対モンスター《防壁》だから、歯が立たないらしい。


フィリス先生は、やがて、眉根をきつく寄せて呻いた。額には脂汗が浮いている。


「どうしよう。一度に、ふたつの魔法を発動するのは無理よ」


――その時。


頭上で、高い樹木の枝が勢いよく揺れた。灰褐色の毛をした少年が顔を出す。


「オレが緊急アラート、やるよ!」

「やりなさい! データ・コピー!」

「うへーい」


フィリス先生は、モンスター対応の《防壁》を維持するのに集中していて、声を掛けて来た少年の正体にまでは、気が向いていない様子だ。


「登れ! オレの魔法は弱いんだ、木の上の方が障害物が少ないからさ!」


わたしはドレスの裾をまくり上げて、木登りを始めた。わお。身体が木登りを覚えてたみたい。それとも、わたし、記憶を失う前は、こういう生活してたのかな?!


早く早く――という声に急かされて必死で登り、樹木の梢に身を乗り出す。


ウルフ族の少年が、枝につかまっていた。


近付いてみると、確かに先程も見かけた灰褐色の毛の、孤児とも思える不思議な少年だ。何故か、今は隊士の紺色マントをまとっている。泥や埃で汚れた顔をしているけれども、顔立ちは良いらしい。生気のある目の輝きは眩しいくらいだ。


「おーし、セットしたぜ。遠吠えしてくれ!」


――遠吠え?!


「オレ15歳未満のガキなんだぜ、遠吠えするには声量が足りねえんだよ!」


――そんなアホな。いや、見かけからして当然だけどさ、わたし、喉がまともに動かないんだよ!


「声が割れてるだけだろうが。16歳なんだってな、姉ちゃん。思いっきりやってくれよ、ワォーンってさ」


――喉。緊張でカラカラに乾いてる。まともに動くの、これ?


一瞬、瞬きした少年は、城下町の方を見た。そして『ゲッ』と言うような顔になった。


「モンスターの第一波と第二波が町の境界に到達したぜ、チクショウ」


少年は、わたしの方を素早く見てパッと閃いたような顔になり、身をひっこめた。別の枝で何かをしているらしく、ユサユサ、グラン、と言う揺れが伝わって来る。


やがて少年は再び、スルスルと枝を伝って接近して来た。


「いぇい!」


灰褐色の毛の少年が、わたしの目の前に、ババンと披露して来たのは――


油っぽく黒光りする恐るべきカサコソ!


不気味な薄羽ビローン! シャカシャカ動く節足!


――ど、ど、毒ゴキブリ~ッ!!


「ぎぃぇええぇぇええぇぇええええ――――ん!!」

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