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モンスター襲撃の夕べ・3

程なくして。


暮れなずむ城下町の各所から、四色のエーテル光で出来たサーチライトのような光が立ち上がった。


わたしが居る高い樹木の上からは、第一波、第二波、第三波と乗り込んで行くムカデ型モンスターの群れが見える。全身が不気味な蛍光レッドに光っているから、薄暮の中でも、遠目にも明らかだ。


それに続くのは、毒々しいオレンジと紫のマダラ模様をした、獰猛な怪獣――巨大ダニ型モンスター。


相当に距離がある筈なのに、大型モンスターの不気味すぎる雄たけびは、すぐ傍に居るかのようにドロドロと轟いて来た。


――間に合った? 間に合わなかった?


そんな事を思いながらも、わたしは、身動き不能の状態に陥っていた。


身体全身が、凍り付いたみたいに動かない。梢にヒシッとしがみついたまま、指一本たりとも動かせない。


涙と鼻水と脂汗が、ダラダラと出て来る。夕風が冷える。


少年が、灰褐色のウルフ耳とウルフ尾をピコピコ動かしながら、声を掛けて来る。まさに、『ホトホト呆れた』――と言った調子で。


「あれは毒ゴキに似てるけど、全く別の無害なヤツだぜ。動けねえのかよ。重度の恐怖症じゃあるまいし」


――何でだか、分からないけどッ! その恐怖症だよッ!


今、正気に返ってみれば!


此処、高い所だし! 毒ゴキブリが居るし!


ダブル恐怖だよ――!


ズガーン!


樹木の遥か下、地上で何やら大音響が轟いた。ひえぇ。魔法の攻撃?!


少年は、下方をのぞくや否や、目を大きく見張った。


次の瞬間、地上で巨大ダニ型モンスターの恐るべき雄たけびが噴き上がり、恐るべき重量感のある何かが、勢いよくバウンドして転がったと思しき震動が続いた。


――揺れるぅ! 落ちるぅ! 目が回るぅ!


灰褐色の毛の少年は、黒狼種ならではの黒い目を一層きらめかせ、痛快と言った様子でピョンピョン飛び跳ねた。


「すげぇ! 親衛隊士、強ぇ! 大型モンスター、一撃必殺で仕留めたぜ!」


――親衛隊士?


「あの魔法使いの赤毛の姉ちゃん、モンスターのエサになるところを命拾いしたぜ。ディーターとか言うオッサンの出動、間に合って良かったな。……っと、へッ、あの斥候の親衛隊士、こっち見えてたりすんのかよ」


灰褐色の毛の少年は、急にオタオタし始めた。


「今、捕まるとヤバいんだよ」


――とか呟きながら、少年は、アッと言う間に『狼体』へと変身する。


『ムカデ型モンスターが1匹近づいているけど、さっきのド迫力な遠吠えで追い払えよ~。じゃあな、ルーリー姉ちゃん、頑張って生きろよ~』


灰褐色の子狼は尻尾を一振りした。


周りのエーテルのモヤの中に溶け込んだ『魔法の杖』を振ったらしい。


モヤの一部がキラッと白く瞬くや否や、少年は魔法の風を起こして別の樹木の梢へと飛び移った。驚くべき身軽さで、梢から梢へと大ジャンプを繰り返し、あっと言う間に姿をくらましてしまった。


――ムカデ型モンスターが接近してるってのに、ひとりにしないでぇ~!!


その時は、すぐに来た。ムカデ型モンスターの移動スピード、速すぎるよ!


不気味な蛍光レッドに彩られた、人体よりも微妙に大きなサイズの多足モンスターが、目の前に――


隣の樹木の――梢に、ガシャという爪音を立てながら姿を現した。硬い装甲に覆われた蛍光レッドの長々した胴体が、ギクシャクと不気味な形に曲がる。


――飛ぶ? 飛びます?! 飛んで来る?!


ムカデ型モンスターのミラーボールのような複眼が、ギラッと光った。『エサ認定』された!


蛍光レッドに光る長い物体が、こちらに向かって跳ね踊った――


――瞬間、下方から数多の三日月形の《風刃》が舞い散った。


数多の白い《風刃》は、ムカデ型モンスターをバラバラに切断した。余りにも、あっさりと。蛍光レッドの色をした体液が四散する。


「ルーリー? 生きてるんですか?」


いっそう深くなる薄暮の中、不意に響いて来たのは――あの人の、滑らかな低い声。でも、動けない。


枝の揺れが暫し続き、紺色マントが視界に入った。


次いで、黒い手甲を装着している大きな右手が伸びて来た。呼吸の有無を確かめるためか、口元にかざされて来る。


「動けないんですか?」


訝しそうに続いた質問の後、呆れたような溜息が続いた。納得したみたい。


――自分で高い所に登っておいて、降りられなくなったという、おバカな状況なんだよね。まさに今、『高所トラウマ絶賛☆発動中』って事。


「私はその細い梢には移れないんですよ、理由はお分かりでしょうね」


次の一瞬――白刃が目にも留まらぬ速さで閃いた。ぎゃあ?!


わたしは、しがみついている梢ごと樹木から切って落とされ――切り枝をヒシッと抱きしめたまま、クレドさんの腕の中に収まったのだった。


*****


「お化粧がマダラに落ちて、物凄い顔してるわよ、ルーリー」


クレドさんに抱えられて地上に戻った――もとい切り枝を抱き締めつつ生還した――わたしに、フィリス先生が更に凹むような事を言って来た。


――此処は、あの零細職人のレンガ焼きのオッサンの作業小屋。


幸いな事に汚染されていない水場――湧水が傍にあって、わたしは、そこで顔を拭く事が出来た。切り枝にしがみついたまま固まっている状態だったので、クレドさんに抱えられつつ、フィリス先生に顔を拭かれる形になったけれども。


その、当然な結果として。元々、涙と鼻水と脂汗で『凄い顔』になっていたのが、更にお化粧が落ちて『物凄い顔』になったと言う訳。


――凹む。凹みます。凹みまくる!


《魔王起点》に最も近い場所にあるレンガ焼きの作業小屋。


この清浄な水場を兼ねた拠点は、目下、前線基地になっている。小屋の周りにたかって来た蛍光レッド色のムカデ型モンスターは、中型モンスター対応の《魔物シールド》によって、接近を阻まれている状態。


そして、緊急アラートを受けて『茜離宮』から出張って来た選りすぐりの紺色マントの上級・中級隊士たちが、前線基地から最前線へと出撃している。灰色ローブをまとう上級・中級魔法使いたちと共に、最前線で、巨大ダニ型モンスターの群れを討伐しているのだ。


フィリス先生が、手早く現在状況を解説してくれた。


此処での彼らの任務は、モンスターの活動エネルギー源《魔王起点》の破壊だ。


この《魔王起点》は、人工の物で、禁術『モンスター召喚魔法陣』によって構成されている。無尽蔵に沸いて来る大型モンスターと中型モンスターの群れを突破し、これを破壊しなければならない。高難度レベルのクエストだ。


ちなみに、天然の《魔王起点》と人工の《魔王起点》がある。


天然の《魔王起点》の場合は、人工の物と違って、気まぐれに開いては閉じる。火山噴火のような物だ。無制限かつ永遠に拡大するというような深刻な現象は報告された事は無いし、火山噴火と同様に活動が収束するので、ほぼ放置状態だ。


天然の《魔王起点》が開きやすいエリアは魔物の棲息地であり、居住に適さない『魔境』とされている。


こうした天然の魔境は、修行中の剣客や冒険者ギルドにとっては、武者修行やモンスター狩りの名所なんだそうだ(なお、竜人は、山全体が魔境である『魔の山』に、竜王都を造成してのけた。これは驚くべき偉業だ)。


敢えて魔境の近くに集落を作り、モンスター狩りで生計を立てる命知らずの勇者たちも居る。ほとんどが、一攫千金を狙う、ならず者。モンスター狩りは危険が大きいけれど、その分、収入も大きい。


人工の《魔王起点》は、モンスター側にしてみれば、天然の物とは違って無限大に拡大する無尽蔵のエネルギー源であり、近い将来、万歳三唱して『魔王』や『大魔王』を迎える都となるポイントだ。その栄光のポイントを守っているモンスター側の抵抗は激しい。


*****


フィリス先生の解説が一段落し、わたしは改めて、周囲をそっと見回した。


城下町の各所の『魔除けの護符セット』から発生した《四大》エーテル光の多数のサーチライトは、上空で合体して、《四大》エーテル球体に変化している。


――まるで、四色のパターンで彩られた大きな風船が浮かんでいるようだ。


一定以上の球体サイズになった『魔除けの風船』は、ひとつずつ、次々に《魔王起点》へと向かってプカプカと移動を始める。


次から次へと《魔王起点》に向かって送り込まれた数多の《四大》エーテル球体は、順序良く《魔王起点》の真上に到達するや、ひとつずつ順番に下方に急加速して威力を増し、四色を伴う空爆さながらに《魔王起点》を爆撃し続けていた。


――《退魔ミサイル》攻撃だ。


多種類の『魔除けの魔法陣』で構成された『魔除けの護符セット』は、セットされた座標に向かって《退魔ミサイル》を発射して攻撃する機能がある。これで、《魔王起点》の拡大を抑え込むのだ。


すなわち援護射撃であり、魔物に対する綿密な嫌がらせ攻撃でもある。これがあると、《魔王起点》の拡大がストップするため、モンスター駆除や《魔王起点》の破壊作業に、メドが立って来ると言う――


現場から距離のあるレンガ焼きの小屋からも、その《四大》攻撃魔法――《退魔ミサイル》による、まばゆい四色のフラッシュが見える。


大きな轟音も響いて来ているそうだけど、わたしの魔法感覚は、音声方面では機能してないんだよね。聞こえて来るのは、物理的な聴覚でも分かる、大型モンスターの足音(というよりも地面の震動)と、不気味な鳴き声だけ。


城下町に侵入したモンスターの大群――第一波、第二波、第三波……と続く群れの方は、同じく『茜離宮』から出張って来た、上級・中級レベルの隊士たちと魔法使いたちで構成される多数の小分隊が、対応中。


クレドさんの説明によれば、友好協力と言う事で、レオ族の戦闘隊士も城下町に出張って来ているそうだ。


あのレオ王ハーレムに属する水妻ベルディナが、『茜離宮』に直結するルートごとに《水の盾》を形成してくれているので、宮殿へのモンスター侵入は無く、負傷者たちの、治療院への搬送もスムーズとの事。


そして、レオ族の戦闘隊士たちが、『ちょっとした運動(レオ族の側の発言)』を兼ねて、城下町に侵入して来た大型モンスターを、バッタバッタと倒しているという。


*****


――《魔王起点》破壊プロジェクトの最前線から、ディーター先生が戻って来た。


あれ? まだ作戦、続行中ですよね?


レンガ焼きの作業小屋の周囲には《魔物シールド》が展開されていて、要所、要所に、警備担当の必要最小限の隊士が揃っているんだけど。


目下、不気味な蛍光レッドに光るムカデ型モンスターの大群が取り巻いていて、ガジガジと噛み付いて《魔物シールド》に穴を開けようとしているんだよ。見るからにゾワゾワと総毛立つ光景だ。


ディーター先生は『魔法の杖』をサッと一振りした。


魔法の衝撃波が、ディーター先生に襲い掛かった多数のムカデ型モンスターを、弾き飛ばす。


再びムカデ型モンスターが殺到して来る前に、ディーター先生は《魔物シールド》に隙間を作り、手際よくシールド内部に入って来た。さすが上級魔法使いの実力。


ディーター先生は肩をコキコキ鳴らしながら、レンガ焼きの小屋の前のベンチに、腰を下ろした。フィリス先生が水場から水を汲んで来て、ディーター先生に手渡す。

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