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モンスター襲撃の夕べ・1

――『魔法の杖』による直通通信のためのリンク機能が、完全に全滅している。


通常の通話はおろか、《緊急アラート魔法》さえも、正常に発動しない――


普通は、深刻なレベルの通信異常が出る前に、気付く。極めて特徴的な異常状態が、徐々に広がる――という感じになるから、不意打ちで、いきなり通信リンクが全滅するというケースは、極めて珍しいそうだ。


そこまで影響をもたらすような強大なモンスターは、得てして、図体がデカイからだ。


もう既に、何処かで誰かが、大型モンスターに遭遇して悲鳴を上げていても、良い頃なのだ。


それなのに――目下、嵐の前の静けさと言うべき、穏やかな晩(おそ)い昼下がりだ。陽光には、オレンジ色の光が混ざり始めている。


フィリス先生が早速、《風魔法》による『魔性探知』を、一帯に及ぼした。


「ダメだわ。モンスターが居るにしても、極めて精密にコントロールされているみたい。誰かが、隠蔽魔法を併用して、禁術『モンスター召喚』を発動しているのかも知れない。わずかに反響の強弱は感じられるけど、《魔王起点》が、こちらの分析レベルに引っ掛からないのよ」


中級魔法使いの老夫婦の顔色は悪い。悪くなりながらも、モンスターの出現ポイント《魔王起点》を突き止める重要性について、わたしに解説してくれた。



――強大なモンスターが次々に沸いて来るポイント《魔王起点》を突き止めて、物理的音響による『位置情報データを添付した緊急アラート』を発しなければならない。物理的音響を編集した緊急アラートの方は、日常レベルの《風魔法》で起動できるにしても……


強大なモンスターが次々に沸いて来るようだと、遂に、最も恐るべき超大型モンスター『魔王』や『大魔王』が出現しかねない。だから《魔王起点》と言う。


その《魔王起点》の位置情報が分からないのでは、どうしようも無い。その《魔王起点》に向かって、『魔除けの魔法陣』を展開する必要があるためだ――



記憶喪失でチンプンカンプンな状態という、わたしに対して、わざわざ解説を有難うございます。今の状況が、どれだけピンチなのか、分かってきたような気がするよ。


再び、フィリス先生の《風魔法》――《魔性探知》が発動した。


集中して魔法感覚で眺めていると、微弱な白いエーテルの波紋が四方八方に散って行くのが分かる。それが周囲のエーテルの乱れとぶつかったのだろう、パターンが微妙に変化した波紋が返って来るのも、見える。


――確かに、あんな微妙な変化じゃ、モンスターによる異常なのか、通常の生物活動による反応なのか、分からないよね。


中級魔法使いの老夫婦も、フィリス先生とタイミングを合わせて、《風魔法》を発動し始めた。ポーラさんやメルちゃん、チェルシーさん、ラミアさん他といった人たちは、息を込めて見守っている。


同じ《風魔法》とは言っても、人によって微妙に色合いが違うようだ。《風霊相》生まれのフィリス先生が発動するエーテル光の色は、純白のそれ。老夫婦の発動する《風魔法》は、一方が微妙に黒い色を帯びていて、一方は赤い色を帯びている。


――んんん? 黒に赤?


「あの、お2人は、《地霊相》と《火霊相》なんですか?」


中級魔法使いの老夫婦が、ビックリしたように振り返って来た。


「ええ、夫が《地霊相》で私が《火霊相》よ。良く分かるのね、ルーリー」


な、成る程。こんな時だけど、四大《霊相》と、四大エーテル魔法の、得意・不得意の関係が分かったような気がする。


わたしは更に目を凝らした。そうした方が、魔法感覚が、より絞れそうな気がして。


タイミングを合わせた黒と赤と白のエーテル波紋が、上空を渡って行く。やがて、ポツポツと少しずつパターン変化した波紋――エーテル反応が返って来る。


「アッ……?!」


わたしは思わず、声を上げていた。


ひとつの方角から、黒と赤と白の絡まったモヤ、といった風の、明らかに異様な波紋が返って来ている。余りにも薄すぎて、現実感、無いくらいだけど。


「ルーリー?」


フィリス先生がビックリして振り返って来ている。わたしは、モヤの見えた方角の空を指差した。


「あの方角に、妙な形の……モヤっぽい、波紋が」


中級魔法使いの老夫婦が、鋭くわたしの方を見た。


「あの方角は、さっき、レンガ焼きの職人が『怪異現象が続いている』と訴えて来た方角じゃよ……!」


フィリス先生は暫し動揺していたけれど、理解と決断は早かった。


「多分、ルーリーの目じゃないと――色彩感覚じゃないと、分からないくらいの変化なのね。私には全く分からなかったわ。先生がた、如何です?」

「ああ、私たちにも分からない。私たちの魔法感覚では、《魔王起点》を絞り込めないだろう」


フィリス先生は素早く頷くと、わたしに語り掛けて来た。


「事は一刻を争うわ。私と一緒に来て頂戴。あの方角に《ハイレベル魔性探知》を掛けるから、次に反応が強く来たポイントで教えて欲しいの。他にも何か不思議な物が見えたら、その都度ね」


――分かりました。


中級魔法使いの老夫婦は、すぐにでも『魔除けの護符セット』を起動できるよう、スタンバイしていると言う。『魔除けの護符セット』は城下町全体で連動するようになっていて、ひとつが起動すれば、他も共鳴して、同じように起動するとか。



フィリス先生とわたしは駆け出した。モヤの見えた方角へと――ストリートの外れへと。


時間を稼ぐため、フィリス先生は次の街角で赤銅(あかがね)色の『狼体』になった。『背中に乗って、シッカリしがみつきなさい』と指示されたので、その通りにする。


――わぁお! 狼の足の速さ、ハンパじゃ無い!


だけど、地面からは余り高くないので、冷静に目を開けていられる。スピードの方は大丈夫みたい。


フィリス先生が一定周期で《ハイレベル魔性探知》を発動している。返って来る反応――反射エーテル波紋が到着するまでの時間間隔が、みるみるうちに縮んで行った。


『良い兆候ね。《魔王起点》に接近しているって事よ』



程なくして、ストリートの外れにあると聞いた、素朴なレンガ焼き小屋が見えて来た。古代さながらの本物の煙突を備えた作業小屋で、傍に、燃料として切り出して来たのであろう薪の山が幾つか並んでいる。


そのすぐ向こう側は、密度の高い樹林だ。日陰に強いヤブが、鬱蒼と茂っている。


フィリス先生は背中からわたしを降ろして、『人体』に戻った。再び《ハイレベル魔性探知》を発動する。


――んんん?! 反射波が、あっちこっちにバラけてる?!


「散乱が強すぎるわね。隠蔽の魔法が掛かってるのかしら。かなり面倒だわ」


フィリス先生は慎重に『魔法の杖』の角度を変えて探知を始めた。指向性の強いエーテル波紋が波打っている。隠蔽は、魔法の防壁のようになっているらしい。反射だけで探り切れるかなあ?


「距離は分かるんですか?」

「向こうに見えるスカスカなスペースの場くらいね。行ってみましょうか」


――あのオオカミ・オッサンも、確か、空き地の方で何か変な事があった、とか言ってたっけ。



ヤブをこぐのが、意外に大変だった。


目測する限りでは、距離はそんなに離れてないんだけど、到着するまでが大変だ。


ドレスに引っ掛かるので、スカート部分を一杯にたくし上げる。わお。手の掛かる刺繍を施された水色の薄布が、ベリベリ破れて行く。ポーラさん、早速ドレスを台無しにしてしまってゴメンナサイ。


ゼィハァゼィハァ言いながら、ヤブをこいでいく。


背の高い樹木と背の低い樹木が互いの最適化を推し量ったみたいに、密度の高い森林となっていた。辺りは、不思議なくらいに静かな空間だ。


いっそうオレンジ色を増した夕陽の光が斜めに差し込む中――響き渡るのは、あまりにも早く過ぎ行く夏を惜しむかのような、多種類の、すだく虫の音。


随分と長い間、デコボコの大きい地形を辿り、ヤブをこいでいたように思うのだけど。


実際は一刻ほどだったかも知れない。良く分からない。


微かに、『ズシン』という異様な地響きがして、ハッと息を呑みつつ、立ち止まる。とんでもなく重量感のある地響きのように思えるけれど……


フィリス先生が、首を傾げながら振り返って来た。フィリス先生も、さっきの奇怪な地響きを感じていたんだ。でも、わたしにも、これが何なのかは分からないんだよね。


わたしの無言の回答を見て取って、フィリス先生は『困惑』のサインとして、肩をすくめて見せて来た。そして、再び2人で、足を動かした。


不健康にヒョロヒョロとした幹をした、成長不良な林が広がり出すと――


――不意に、林が途切れた。重苦しいまでにジメジメした空気が広がる。ムッとした匂い。水はけの悪い土地でも育つヤブが、行く先を阻んでいたけれど。


ヤブの先には――意外な程に広さのある、空き地が横たわっていた。


そこだけ、樹林もヤブも生えていない。いきなり開けた空間となっているだけに、奇妙な印象を感じるスペースだ。


黒々とした汚泥だけで出来たような地面が、浅い椀の底みたいに凹んでいる。


空き地の正体は、枯れ池だった。


雨が降る度に周囲の水がこの空き地の中心の低い部分に溜まるために、樹木が生えにくくなっているのだ。凹んだ部分には分厚く腐葉土だの汚泥だのが重なっているらしく、特有のムッとする匂いが、とても濃くなっているのが分かる。


わたしは目を細め、キョロキョロした。咄嗟にフィリス先生の灰色ローブの袖をつかみ、引き留める。


――ただならぬ違和感がある。ゾクゾクとするような。


見える筈の物が見えない――

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