変態な魔法道具トラブル
立食パーティーは、ほぼ終わりに近い。
オーダーストップになった屋台が少しずつ片付けられて行っている。
――何やら、その屋台の合間を、見覚えのある怪しげなイヌ科の人影が、特に女の子を目指してウロチョロしているような……
しかも、首を突っ込み過ぎて、特にウルフ族の女の子の父兄の方々や彼氏さんに、ボコられているような……
わたしとメルちゃんは、ほぼ同時に、そのイヌ科の人影の正体に気付いたのだった。
――金髪イヌ族の不良プータローにして、ナンチャッテ色事師、『火のチャンス』!
美形ながら開けっ広げな顔をした金髪イヌ族の背の高い男の方も、わたしたちの存在に気付いたみたい。
「見ぃつけたぁ~」
チャンスさん、相変わらずワルっぽいファッションだ。シッカリお手入れしたらしき金毛ツヤツヤの巻き尾を、左右にブンブン振りつつ、突進して来る。
「ラブラブな店の新商品を試してみないか?! こいつは、髪の毛をホントに金髪に変えてくれるんだよ!」
あっと言う間にわたしたちの目の前に到達したチャンスさんは、両手に、ギラギラと光る赤い物を持っていた。
一見して、ヘアバンドみたいに見える。全体が、何とも毒々しいまでに真っ赤だ。
二つの端に、ド派手な『花房』のようにした真っ赤な装飾が垂れさがっている。レオ族のハーレム妻が装着する『花房』付きなんだけど、ギラギラと光を反射するのを重視して選んだ、安価なビーズ類の……しかも庶民向けなのか、ヘッドドレス部分はカチューシャ型。
わたしとメルちゃんが唖然としている内に、チャンスさんは背丈の有利に任せて迫って来た。
あれよあれよと言う間に――頭に何かが乗ったという感覚が加わる。
そして、いっそう得意満面になったチャンスさんが、手持ちの魔法の杖を振って、赤いエーテルを流して来た。
「これで、オレにウットリと惚れてくれる事、確定さ! ベッドの中で、右からでも、左からでも、上からでも、下からでも……」
――チャンスさん特有の、《魔法署名》が施された《火》のエーテルみたいだけど……な、何だろう?!
わたしとメルちゃんは、思わず、シュバッと後ずさった。
赤いエーテルは妙にヌルヌルしていて、振り払っても振り払っても、くっ付いて来る。ちょっと……結構、気持ち悪い。赤いエーテルに包まれてしまったから、視界も妙に赤いし。
チャンスさんが困惑顔になって、首を盛んに傾げ始めた。
「あれ? おかしいなぁ……『媚薬と同じ効果がある』って言ってたのに……」
――そ、それは、いったい、どういう事だろうッ?!
次の瞬間、近くに居たドレスメーカー関係者たちが、早くも異変に気付いた様子だ。
「髪の色が変わったわ!」
「ありゃ、新手の魔法道具か?!」
「火のチャンスが、アブナイ《妄想魔法》を発動してるぞ! アブナイ夜の妄想の……」
ポーラさんも気付いて、仰天そのものの顔つきで振り返って来る。
「メルちゃん! 髪の色! あなた! あの『不届き犬』、お仕置きして!」
メルちゃんのダンディなパパさんが、驚くほどの速度で飛び出して来た。その勢いのまま、見事なストレートパンチで、チャンスさんをボコる。
チャンスさんは、気持ち良いくらいに綺麗に吹っ飛んで行った。
――わお。男同士のガチンコですね!
メルちゃんのパパさんが早速、手持ちの『魔法の杖』を振って、チャンスさんが作っていた赤いエーテルのヌルヌルなモヤモヤを、『シッシッ』というように、全て追い払ってくれた。
お蔭で、赤みを帯びていた視界が元通りになったよ。妙な『妄想イメージ』っぽいのが見え始めていたから、ホッとした。
――わたし、魔法が全く使えなくて、ホントにゴメンナサイ……
見ると、メルちゃんの髪の毛は変色していた。金髪と言うよりは、不気味な蛍光黄色の髪って感じ。しかも、黒髪とマダラになっている。何故だ。
メルちゃんの頭の上に、レオ族の女性が付けるような、『花房』付きのビーズ製のカチューシャ型ヘッドドレスが掛かっている。
実に、実に……毒々しいまでに真っ赤だ。
わたしの頭の上にも同じ物が乗っているらしい。顔の横にシャラシャラした物を感じて確かめてみると、確かに『花房』スタイルな、真っ赤でギラギラとしたビーズ製の房が、お下げみたいに下がっているのが見える。
ポカンとしているメルちゃんの頭から、メルちゃんのパパさんが赤いヘッドドレスを外すと、あら驚き、メルちゃんの髪色は、元の黒色に戻った。
どうやら、この毒々しいまでに真っ赤なアクセサリーは、髪の色を変える魔法道具らしい。変な品があるんだなぁ。
メルちゃんのパパさんは、次に、わたしの頭に掛かった『何か』――おそらく、カチューシャ型ヘッドドレス――を取り外しに掛かった。取り外そうとしてくれた。してくれた。でも。
「と……取れない?!」
メルちゃんのダンディなパパさんが息を呑む。ポーラさんが異常状態に気付き、ポーラさんも駆け付けて来て、手を掛けてくれたけれど。
――取れないらしい。
どんな状態なのか分からないけど、ベッタリと張り付いてしまったらしい。
周囲のドレスメーカー関係者たちがザワザワし始めた。急に不安がつのって来る。
――わたし、一体、どういう事になってるの?!
メルちゃんが真っ青になって、口をアングリさせた。
「フィリス叔母さん、呼んで来る! フィリス叔母さーん!」
*****
フィリス先生は、メルちゃんに連れられて、すぐにやって来た。ラミアさんやチェルシーさんも傍に居て聞き付けたのか、後から走って付いて来ている。
わたしの方を見るなり、新しくやって来た3人のウルフ族女性は、これ以上ないと言う程の驚愕の表情になった。次に、異口同音に叫んだ。
「……『炭酸スイカ』?!」
――はい?!
フィリス先生は、ポーラさんから手早く事情を聞き取ると、元凶である金髪イヌ族のプータローにしてトラブルメーカー『火のチャンス』を、物凄い目で見据えた。
そのチャンスさんは、メルちゃんのパパさんとドレスメーカー関係者の男性たちに、身動きできないようにガッチリと身柄拘束されている所だ。
「これが、どういう事なのか、説明してもらおうかしら?!」
*****
チャンスさんの説明は――
100回以上も挿入された『あわわ』という意味不明な修飾語を除けば、以下のような物だった。
この真っ赤なヘッドドレス似の魔法の商品は、盛り場のランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』で、最近、出て来た新商品だと言う。
レオ帝都で不要になった在庫処分品が元になっていて、誰でも、無料で、もらえる。『髪の毛を輝くような金髪に変える』『女の頭部にハメた状態で魔法署名エーテルを流せば、媚薬や惚れ薬と同等の効果があり、しかも魔法署名の主にベタ惚れになる』と言う触れ込みの品だ。
実際は、マダラに蛍光黄色に変える代物だったし、エーテルを流しても、媚薬や惚れ薬としての効果は無かった訳だけど。
チャンスさん、いわく。
無料でもらえるとあって、女と見れば見境の無い、スケベ野郎なレオ族、クマ族、イヌ族、ネコ族、ウサギ族……多くの種族の男たちが、大量にもらって行ったそうだ。
現在、『茜離宮』城下町の盛り場エリアの全てで、この真っ赤な装飾品が溢れ返っていると言う。毒々しいまでの赤さだし、色合いが下品だから、大多数の女性にとっては、お気に召さないシロモノだと思うけど。
噂のランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』の中は、暗くなっているそうなんだよね。いかがわしさの演出のために色を選び、更に光量も絞られている状態だと言う。お店の中では、それなりに金髪に見えたのかも知れない。
チェルシーさんが、いつも手持ちのハンドバッグに入れて持ち歩いているらしい手鏡を取り出し、わたしに貸してくれた。
――成る程。まさに『炭酸スイカ』だ。
わたしの髪は、先程のメルちゃんより悲惨な事になっていた――不気味な蛍光黄色と蛍光紫の組み合わせ。
そのうえに、極彩色の毒々しいまでの真っ赤な『花房』付きのヘッドドレスをしている物だから、ますます『炭酸スイカ』から化けて出て来た『何か』みたいに見える。
ラミアさんが、驚きと感心を交互に繰り返しながらも、わたしの頭部に張り付いたカチューシャ型ヘッドドレスを観察し始めた。
「確か、レオ帝都では、毛髪の色を本当に金髪に変える魔法道具があると聞いた事があるわ。ほら、レオ帝都では貴種が尊重されているでしょう、金髪混ざりだと色々有利でね。叩けば埃の出る極道商人たちが、御用達の商人なんかと商談を有利に進めたりするために、ハーレム備品として購入するって噂を聞いた事があるわ。金髪混ざりのハーレム妻が居ると、色々と違うそうなのよ」
――さすが、アンティークを含む宝飾品のプロ。詳しい。
ラミアさんは、顔をしかめた。
「でも、こちらは、間違いなく粗悪品ね。だから処分対象品だったんだわ」
――チャンスさんって、本当に毎回、変な物を入手して来るなあ。
フィリス先生は、わたしの頭部に張り付いたヘッドドレスを検分し、怪しいエーテル成分を全て抜き取ってくれた。更に念を入れて、魔法要素を鎮静化する『ルーリエ水』の膜で覆ってくれた。水で出来た膜が完全に蒸発してしまうまでの、一時的な間だけの事だけど、こうすると、万が一の、最悪の事態を防げるからね。
――うん、わたしにしても、チャンスさんに強制的に『ベタ惚れ』にさせられるのは、さすがにイヤだ。好きになる人は自分で決めたいし……わたしが好きなのは、クレドさんだと思うし。
真っ赤な装飾品に対して、一切の魔法干渉が出来なくなるように、エーテル遮断と魔法プロセス妨害に必要な措置を、慎重に、万全に済ませた後。
フィリス先生は、念入りにチャンスさんをとっちめた。雷光をまとった、強化版ハリセンで。
チャンスさんは感電にやられて、『痺れるぜ~』と言いながら、ビリビリと震えている。ワルっぽいファッショナブルな髪型はスッカリ崩れていて、タイストさんみたいなボワッと広がった不思議な髪型になっているところだ。
タップリ静電気を含んだ髪は、ブラッシングの度にますます髪型が崩れると言うから、チャンスさん、これから当分の間は髪型が決まらなくて大変だろう。
わたしの頭部に張り付いたヘッドドレス似の魔法のアクセサリーは、更なる難問と化した。
どういう事なのかは知れないけど、『ウルフ耳付きヘッドリボン(黒)』を挟み込みつつ貫いて、頭部の『呪いの拘束バンド』にベッタリと張り付いたばかりか、一体化してしまったんだよ。
つまり、『呪いの拘束バンド』を外せない限りは、このヘッドドレス似の、毒々しいまでに真っ赤なシロモノは、絶対に取り外せない。取り外せない限り、不気味な蛍光黄色と蛍光紫のマダラになった髪の色も、元に戻らない。
――そんな、アホな事があって良いのだろうか。うそだぁ。不公平だぁ。
騒ぎに気が付いて、中級魔法使いの老夫婦も顔を見せてくれたけど、老夫婦にも手に負えない代物だと言う。
そりゃ、そうだよね。『呪いの拘束バンド』にしてからが、上級魔法使い治療師なディーター先生でさえ、手こずる難物だ。
フィリス先生は早速、ディーター先生に『魔法の杖』で連絡を取った――取ろうとした。
「あら? ――『魔法の杖』が不通だわ」
――ほぇ?
見ると、フィリス先生の『魔法の杖』の先端にある白い光は、点滅を繰り返すままだ。先方の『魔法の杖』との間に通信リンクが確立したら、金色をまとった安定した光になるそうなんだけど。
点滅を繰り返し――やがて、パパッと痙攣するかのように瞬いた後、光が消える。
チェルシーさんとラミアさんも試し始めた。確かに、通信リンクが確立しないみたい。奇妙だ。
やがて、中級魔法使いの老夫婦が真っ青になり、激しく息を呑んだ。
「これは……大容量のエーテルの乱れが……モンスター襲撃の前触れだわ!」
「人工の《魔王起点》が、近くに出来ているんじゃ! 何処からモンスターが出現するのか、突き止めないと……!」
――何ですと?! こんなタイミングで?!




