結婚式と公園のパーティー
花嫁・地のジリアンさんと花婿・水のジュストさんの結婚式は、真昼の刻を挟んで、滞りなく進んだ。
結婚式を取り仕切る老人の祭司さんは、フィリス先生と同じ中級の魔法使い資格持ちで、無地の灰色ローブ姿。
穏やかなお爺さんって感じの人だ。
その奥さん――お婆さんも中級魔法使いの人。夫婦で長いこと、近所の魔法トラブルに関わる相談に応じて来たと言う。過去のモンスター襲撃の際は、玉ねぎ屋根を持つ避難所の管理人としても対応して来たそうだ。
わたしが結婚祝いとして製作して来た『魔除けの魔法陣』が役立つと評価して、この通りの入り口の『魔除けの護符セット』要素として設置した老夫婦でもある。
恐れ多くも、わたしの製作した『魔除けの魔法陣』が重要ポジションに設置されたと言う。ちゃんと効果はあるだろうけど、わたし、全く魔法が出来ないから……大丈夫かな。ドキドキ。
結婚式場は、玉ねぎ屋根を持つ八角形のホール。壁は淡い亜麻色だ。中央に、大黒柱と言うべき黒い色の支柱が立つ。木の幹みたいにゴツゴツした表面の支柱だ。上の方で8本ばかりの梁に分かれて、玉ねぎ屋根を支えている。
玉ねぎ屋根の可動式の遮光の覆いは取り除かれていて、今は、ステンドグラスがハメ込まれた天窓が一面に広がっている。樹木の葉をモチーフにした幾何パターンになっていて、淡い緑金色というのか、シャンパンゴールド系グリーン色を中心にした彩りだ。昼日中の陽光の下、ステンドグラスを通って来た多色光がキラキラしていて幻想的。
黒い支柱を遠巻きにするように、礼装でドレスアップした参列客が思い思いに並んでいた。わたしも、フィリス先生やチェルシーさん、ラミアさん等と一緒に、参列客に混ざって立ち見している。
祭司を務める中級魔法使いのお爺さんとお婆さんは、黒い支柱の下に佇んでいた。新郎新婦が奥の間から静々と入って来て、支柱の前に並び、老いた祭司さんたちから、祝福を受ける。
茜色の花嫁衣装をまとったジリアンさんの、シャンパンゴールド色のベールを持つメルちゃんは、おすまし顔で大役を果たしているところだ。水色のドレスが可愛くて、水の妖精みたい。メルちゃん、心臓が強い。大舞台に出ても上がらないタイプだね。
花婿のジュストさんの方は王宮勤めの文官だから、文官ユニフォームが、そのまま礼装になるんだそうだ。襟や袖口に2本のハシバミ色のラインが入った、紺色の裾が長めの上着だ。首元に、《水霊相》生まれを示す青いスカーフを巻く。
ジュストさんは一見して茶髪に見えるほどに落ち着いた色合いの金髪をした金狼種なんだけど、超・冷静沈着と言った雰囲気が、グイードさんに良く似ている。成る程、グイードさんの息子さんというところ。
メルちゃんの明かすところによれば、生真面目そのもののジュストさんは、意外に頭がスコーンと抜けるタイプらしい。《盟約》成立の際、喜びの余り、ジリアンさんを抱っこして近所の通りを爆走して、メルちゃんたちの家のドアをブチ壊したと言う。人は見かけによらないなあ。
新婚のうちは、此処で使用した青いスカーフを巻き続ける事になっているそうだから、当分の間ジュストさんは、同僚さんからの冷やかしが大変かも。冷やかしにどう応えるかによっては、何か新しい伝説を作りそうな気もする。
――祭司を務めるお爺さんとお婆さんの、静かな、けれども良く通る声が、古代から受け継がれて来た締めくくりの言葉を紡ぐ。
「悠かなり《連嶺》の彼方、天球に願わくは、この者らの《宝珠》の末永く調和せん事を」
その言葉が終わると、新郎が新婦を片腕抱っこして、グルリと黒い支柱を回る。
この黒い支柱、超古代の神話でお馴染みの『世界樹』を模していると言う。天井を彩るステンドグラスが、樹木の葉をモチーフにしているのも、成る程だ。
新郎新婦が黒い支柱を巡っている間、参列客たちからは賑やかな拍手と、花弁シャワーと、『おめでとう!』というお祝いの言葉が続く。新郎新婦は手を振ったりして、それに応える形だ。
*****
式典のパートは終わった。
新郎新婦も参列客も、付属の公園に揃って移動して、披露宴を兼ねた立食パーティーになる。
この立食パーティーは、お祭りの屋台形式になっている。近所の人たちも自由に出入りして飲み食いして大丈夫なんだそうだ。
アッと言う間に、少し遅めの昼食――それも御馳走を楽しみにして来た近所の声の大きいオジサンやお喋りなオバサン、お腹を空かせた腕白な子供たちがワッと集まって来て、賑やかになる。
ウルフ族とイヌ族はもちろん、話を聞き付けた他の獣人たちも、チラホラとやって来ている状態だ。
生まれて1年ほどの子供たちは、ウルフ族であれイヌ族であれ、まだ《変身魔法》を自然習得していない。『人体』への変身が出来るようになるのは2歳を過ぎてから。あちこちを走り回る色とりどりの小さな毛玉たちは、『耳』や『尾』の先の毛に、各《霊相》にちなんだ四色の産毛がシッカリと出ている。
メルちゃんは、同い年の女の子のお友達やそのご両親がたと混ざっていて、今日の大役の事や、水色ドレスの事を自慢しているところだ。今日の水色ドレスのモデルが、『水のサフィール』の中古ドレス。
ウルフ族が輩出した第一位の《水の盾》、『水のサフィール』の事は、子供たちの間でも、知る人ぞ知るという状態らしい。メルちゃんは抜け目なく、母親ポーラさんの新作ドレスをお披露目して宣伝してる形だね。ちゃっかりしてる。
今日の主役のジュストさんとジリアンさんは、背の高い同僚の役人さんや美容師仲間さんに囲まれて、スッカリ姿が見えない状態だ。
ポーラさんが旦那さん同伴で、挨拶回りにやって来たので、祝杯を交わす。
メルちゃんの父親は初めて見たけど、純粋な金髪キラッキラな素敵なダンディだ。メルちゃんの『金髪コンプレックス』は、父親に集中的に発動しているので、ちょっとさみしいのだとか。
――うん、メルちゃんが大人になってきたら、少しは変わると思う。頑張ってください。
チラチラと、目の端で、見た事のあるような灰褐色の毛のウルフ族の少年が、「うめぇ」とか言いながらタダ食いを満喫している。近くに、親と思しき大人を見かけない。孤児かも知れない。えらく着古した、ヨレヨレの着衣だ。
――小柄だけど、筋骨がシッカリし始めているから、11歳か12歳くらいかな。これから背丈がグングン伸びる成長期に入るだろうという感じ。
少年は余程お腹が空いていたのか、腹ペコな同年代の――成長期の直前とか、その真っ盛りの――ちょっとボロい、孤児たちと思しき男の子たちに混ざって、ボリュームのある屋台コーナーを次々に攻略しているところだ。さすが成長期の男の子たちだ。すごい食欲。
感心して眺めていると、祭司を務めた中級魔法使いの老夫婦が、穏やかに声を掛けて来た。
「今日は『魔除けの魔法陣』の寄贈、有難うね、ルーリー。あの子たちは近くの孤児院から来てる孤児たちなの。両親の不慮の死、失踪、闇ギルドからの救出、モンスター災害孤児と事情は色々」
「相変わらず大した食欲だのう。あちらの屋台は、もうオーダーストップになったようじゃな」
この立食パーティーは、こういう町の孤児たち向けの食事も兼ねてるらしい。成る程ねぇ。色々と合理的だ。成長期の男の子たちの食欲って見ていて凄いし、町の孤児院だけで、あれだけの食費を稼ぐのは、ちょっと大変だと思う。
半数は、育児放棄された混血児だそうだ。イヌ族の父とウルフ族の母の混血。
ちなみにイヌ族の方では、多夫多妻制を維持するという都合もあって、この養育システムは非常に進んでいる。イヌ群各国では、純血の子も混血の子も等しく、最初から『寄宿学園』――孤児院に良く似た養育システム――で、子供たちを育てると言う。
中級魔法使いの老夫婦は、更に解説を続けてくれた。
前々から『闇ギルドからの救出』ケースはあったんだけど、領域が限られていたそうだ。
特に、『闘獣』と呼ばれる非合法な戦闘奴隷の場合。
或る程度、大きくなってから『闘獣』に落とされたケースであれば、自意識が確立している分、正気に戻すのは難しくない。バーサーク化した者たちを正気に戻すのと同じ手法が有効。
ただし、幼児のうちに『闘獣』に落とされたケースを正常化するのは難しい。意識がケダモノ同然に変形してしまっているから。
――『三つ子の魂百まで』とはよく言った物で、『人体』としての意識が薄いまま大人になってしまう。止むを得ずして、牧場の家畜追いや狩猟場の猟犬として、或いは衛兵に付き添う警察犬として雇用するケースが増えるのだ――
そして、ウルフ族出身の大魔法使いとして尊敬されている『地のアシュリー』先生は、そんな『闘獣』と化した子供たちを正常化する、高度治療の第一人者なんだそうだ。
彼女が関わった『闘獣』孤児は、孤児院で預かれるレベルまで正常化に成功したケースが多い。今では直弟子も増えているので、この救出ケースの事例は増えていると言う。近所の孤児院でも、元・闘獣だった孤児を預かっている。有難いことだ。
改めて灰褐色の毛をした少年の方向を見やると――
――少年は、既に消えていた。どうやら孤児らしいんだけど、あの群を抜いた『すばしっこさ』は、普通の子供では無いような気もするんだよね。色々と謎だ。気になる。
それにしても、孤児。ほとんど男の子たちみたいだ。
「町の孤児院では、もっぱら男の子たちを預かっているんですか?」
「そう言う訳でも無いわ」
ホンワカした雰囲気のお婆さん魔法使いは、困ったような微笑みを見せて来た。
「女の子は元々、育児放棄のケースは少ないし、『宝珠メリット』という理由があるから、他種族からの、婚約話を含めた引き取りの話が多いの。男の子は食費なんかの手間が掛かるからねぇ、どうしても孤児院での預かりの方が多くなっちゃうわね。今年は適性診断や入隊試験を突破した子が多いそうだから、少し安心したわ」
そして、ビックリするような逸話と言えば。
――何と、あのオレンジ金髪の『火のザッカー』さん、孤児院出身の、しかも混血なんだって。
ザッカーさんは、ものすごい努力の末、最高位の親衛隊士――第一王子ヴァイロス殿下の親衛隊の所属――まで、上り詰めた。剣技武闘会で、第3位に入る事もある戦闘力。孤児の少年たちの憧れであり、伝説だそうだ。
剣技武闘会の時、ひときわ大きな声援があったのも納得だ。あの声援の半分以上は、孤児の少年たちや、元・孤児の隊士たちだったんだろう。
そんな事を話し合っていると――
「老先生~、助けて下さい~」
哀れな泣き声と共に、お爺さん魔法使いに抱き着いたのは、オッサン風なウルフ族だ。ストリートの外れで、レンガを焼いたり加工したりしている零細職人だと言う。
「おらの作業場から、少し離れた空き地の辺で~、怪現象が続いているんすよお~。毎晩、モンスターの鳴き声のような騒音とか、妙な地面の震動とか~。昨夜なんか、大型モンスターの姿っぽいの、見えたんすよお~、恐ろしいよぅ」
オッサンの泣き言は続いた。
何でも、その怪現象、もう5日ほどになると言う。
夜が明けてから、町を警備する衛兵さんが現場を見回ったんだけど、それらしき痕跡がまるで無い。
それで、その現象が繰り返すたびに衛兵さんに通報して訴えたものの、ますます悪夢だろうと片付けられてしまって、いよいよ詰まっちゃったという話。
うーむ。オオカミ少年ならぬオオカミ・オッサン。
でも、本気で怯えてるっぽいし、ウソと言う訳でも無いらしい。
中級魔法使いの老夫婦は、哀れなオッサンの泣き言をもう少し詳しく聞いてみるとの事で、3人連れで席を外し、玉ねぎ屋根のホールの方へと向かって行った。
わたしはポーラさんに手招きされて、メルちゃんと合流した。
興味津々な顔をしたドレスメーカー関係者が、周りに居る。わたしの水色ドレスとメルちゃんの水色ドレスは、年齢に合わせて少しラインが違ってるので、比較して見たいと言う人が多かったそうだ。
わたしの着ているドレスは、サフィール・ドレスの原形そのままを複製した試作品。スカート部分の薄布が大人しくテロンと流れるラインになっている。
メルちゃんの着ているドレスは、10歳という年齢に合わせてアレンジしてある。薄布の張りが利いていて、フワンとした軽快な雰囲気だ。
やがてドレス・デザインの観察会が終わったみたいで、ドレスメーカー関係者たちは専門的な議論をスタートした。




