夕食会を兼ねた報告会・前
チェルシーさんは、予言者に違いない。
ラウンジに呼び出されるのは夕食の頃になるだろうと言う予言だったんだけど、本当にその通りになって来た。次に先方から連絡が入って来たのは昼食時で、まさに『夕食の刻に、そちらに行く』という内容だったんだよ。ビックリ。
そんな訳で、チェルシーさんから頂いた薄い青磁色の上着は、早速、お役に立つ事になった。
日が沈むと急にヒンヤリして来る。総合エントランスの方に居るスモック姿の患者さんも、そろって軽い上着をまとい出した。
約束よりも一刻ほど早い時間に、チェルシーさんと一緒に、ラウンジの所定のテーブルに着いておく。お蔭で、ラウンジの様子をゆっくりと眺める事が出来た。
ラウンジ中央に、あの大天球儀が、ひとつ置かれている。ラウンジは、総合エントランスとは雰囲気が違っていて、割とかしこまった風の空間だ。
仕事上がりの隊士と思しき紺色の着衣の人々が、入院した同僚の隊士と思しき数人と、報告会を兼ねて会食しているテーブルがチラホラと見受けられた。隊士ともなると治りが早いのか、入院患者グループの方も、パッと見には外出着に見えるキチンとした着衣をまとっている。
確かに、患者服なスモックとガウンのセットだと、それ程と言うわけじゃ無いけど『如何にも重病人で御座い』という風で、ちょっと浮いていたと思う。
テーブルの上には、大天球儀ニュース・チャネルとリンクするのであろう、半透明のプレートが置かれてある。総合エントランスにあるテーブルに備えられてあった物と同じだ。
ニュース・チャネルにリンクしてみると、獣王国の主要なニュースが飛び込んで来た。通常は、こうなるらしい。
トップニュースは、以下のような物だった。
――レオ帝国の刑部は、ここ数年来、獣王国の各地に災いをもたらしていた闇ギルドの奴隷貿易の拠点のひとつを摘発した。我らがレオ帝国は、全ての獣王国の盟主として、この拠点を中心にしていた悪の奴隷商人を逐一、尋問し、しかるべき処罰を加えた――
続いて、奴隷ビジネスに関するニュース解説の内容が表示された。
――奴隷ビジネスって、儲かる商売みたいだ。
レオ族、クマ族、ウルフ族をリーダーとする奴隷商人の方が、大柄で強靭な種族をリーダーとするだけあって、規模が大きいらしい。非合法に集めた戦闘奴隷の数も、驚くほどに多い。
イヌ族、ネコ族、ウサギ族をメインとする奴隷商人は、男娼や女娼を非合法に売買する方がメインみたい。珍しいとされるパンダ族を狩って来て、闇のサーカス小屋で見世物にしているビジネスも存在している。ビックリだ。
特に『闘獣』と言い習わされている非合法な戦闘奴隷の解説が、目を引く。
気性が特に荒く狂暴な――バーサーク化しやすい――タイプの獣人を、専用の首輪スタイル拘束具で『獣体』に固定しておいたまま、檻に入れて売買するんだそうだ。大型・超大型モンスター狩り用の使い捨て要員らしい。撒き餌に使ったり、突撃隊としてバーサーク化させておいて、けしかけたりする。
――ヴァイロス殿下を襲ったバーサーク化イヌ族とバーサーク化ウルフ族も、闇ギルドの奴隷商人から調達した、『闘獣』の可能性があるなぁ。だとしたら、ウルフ王国やイヌ群各国の、通常の国民データには存在しない人々かも知れない。
わたしの国民データも、方々の飛び地に照会しているそうだけど、まだ該当データが見つかっていないみたいだから気になる。もっとも、『水のルーリエ』という名前は非常に多くて、《水霊相》生まれの女性の20%が同じ名前だと言うから、むしろ、そちらの方で手こずっているのかも知れない。
もしかしたら最悪、わたしもまた、『ヴァイロス殿下を襲撃せよ』とけしかけられて、バーサーク化イヌ族やバーサーク化ウルフ族と一緒に『茜離宮』に侵入していたんだろうか、と思ってしまうんだけど。
今、頭にハマっている『呪いの拘束バンド』は、『耳』も『尾』も出さないように作用する――つまり、より物理的戦闘力に欠ける『人体』に固定しておくタイプらしいんだよね。『獣体(この場合は狼体)』に固定しておくタイプじゃない。その辺が、すごい矛盾。
この『呪いの拘束バンド』を製作した、悪の魔法使いは。或いは、わたしに拘束バンドをハメた人物は。
いったい、何をする事が目的だったんだろうか――
チェルシーさんが「あら、ちょっと待って」と言いながら、『魔法の杖』で付属メニューを操作した。
注意を引いたのは、捕まった奴隷商人の顔写真付きのリストだったみたい。チェルシーさんの視線は、顔写真付き名簿リストの、中央辺りに注がれていた。
「レオ族の奴隷商人……『風のサーベル』。タテガミの完全刈り込みの罰に、名誉回復の条件の厳重化。これだけ厳しくなると、ほぼ半永久的に、彼はレオ社会の間では浮上できないのは確実ね。何てこと」
――知ってる人ですか?
「ええ、若い頃ね。ちょっと訳が……縁があったの。変われば変わる物なのねえ」
顔写真を見てみると、『風のサーベル』と言うレオ族は年配の男性だった。
このレオ族の『風のサーベル』と言う人、若い頃は凛々しい雰囲気の美形な顔立ちだったみたい。今でも容貌は整っている方なんだけど、全体のバランスは明らかに悪い。いかにも非合法の奴隷商人と言うのか、にじみ出る凶悪さが人相を歪めている。
元は立派だったのだろうタテガミは、スッカリ刈り込まれていて、まさに『丸刈り』という風だ。そこから生えているライオンの耳は、タテガミと言う荘厳パーツを失っただけに、いかにも貧相に見える。
うっすら残った毛髪の名残からすると、金茶色だったみたい。金色が混ざっていると言う事は、多少は貴種の血が入っているという事なんだろう。
ニュースにある『タテガミの完全刈り込み』と言うのは、二度と毛髪が生えて来ないように毛根を死滅させつつ刈り込むという意味。
つまり、自慢のタテガミは、もう復活しなくなると言う事。レオ社会においては、これ以上ないと言う程の恥辱であり罰なのだそうだ。獣人にも色々あるんだなあ。
そんな事を話し合っていると――
――わたしたちのテーブルに、見知らぬウルフ族の男性が立ち寄って来ていた。
如何にも宮廷から来ました、という感じの、顔立ちの整ったウルフ族・金狼種の貴公子な青年だ。
ウイスキーのような琥珀色の毛髪と目が妙に色っぽくて、割とドキッとする。
上等な小豆色の地に格式のある黄金色のテキスタイル刺繍が印象的な、貴公子風の上着。灰色スカーフを巻いているって事は、下級魔法使い資格持ち。チェルシーさんも、顔だけしか知らない人らしい。誰?
「不意の事で失礼いたします。そちらのお嬢さん――水のルーリーは、前日の剣技武闘会の時、レオ族ランディール卿の地妻クラウディア殿と、一緒に来ていましたね?」
――はあ。確かに、クラウディアに連れ込まれていた者ですが。
「魔法部署の『風のトレヴァー』長官閣下からのお尋ねなのですが。ルーリーは以前、『風のトレヴァー』長官閣下と会った、と言うような事はありませんでしたか? 或いは、我がウルフ王国の国王陛下と王妃陛下の、お2人と」
――はぁ?! わたし、そんなロイヤルな偉い方々とは、全く縁がありませんですが?!
わたしが口をパッカーンと開けていると、その間抜け顔が何故か、ウルフ族・金狼種の貴公子にウケたらしい。彼は綺麗な切れ長の琥珀色の目を見開いた後、ちょっと横を向いて、口を押さえて、小豆色の肩を震わせ始めた。
チェルシーさんに「ルーリー、お口」と言われて、慌てて口を閉じる。また、やらかしてしまったみたい。
ウルフ族の美青年な貴公子は吹き出し笑いの発作を収め、再び声を掛けて来た。
「最近、質の良い魔法文書フレームが出回りまして。ルーリー作成だとか。機密暗号化の魔法陣の完成度が高いと言う事で、魔法部署の方で、他部署に声を掛けて機密文書用に買い占める騒ぎですよ。それで、『風のジルベルト』閣下が妙に興味を持って、ルーリーの事を色々探っているようでしてね。少し注意しておこうかと」
――ふむ?
「ディーター先生の治療次第では、記憶が回復する可能性も無きにしも非ず、と聞いています。何か思い出した事があったら、ジルベルト閣下を通さずに、直接、トレヴァー長官閣下に話して頂きたく。ジルベルト閣下は信頼できる方ではあるのですが、色々と秘密主義なうえに、出身地の異なるトレヴァー長官閣下とは、いささか因縁のある方なので」
――はあ。
つまり、下手にジルベルト閣下に話すと、本来はトレヴァー長官まで上がるべき情報が、握りつぶされる可能性があるって事ですか。
そう言えば、ウルフ王国って、飛び地の領土がリンクして統一王国になっただけなんだよね。各地の領土ごとの因縁が、中央にまで飛び火するのは必然なんだろう。まして実力主義だし。
「トレヴァー長官閣下に話をする際は、私に直通の連絡をしてくれれば、すぐに上の方で会談の場が設けられます。申し遅れましたが、私は『風のジェイダン』です。私の連絡先を渡しておきますね」
そう言って、『風のジェイダン』と名乗った貴公子は、『魔法の杖』を取り出して来た。ほえ?
わたしがポカンと『魔法の杖』を眺めていると、ジェイダンさんは「おや?」という顔をして来た。
チェルシーさんが、訳知り顔で口を開く。
「ゴメンナサイと言うべきなのかしら、ジェイダンさん。ルーリーは『魔法の杖』持って無いのよ。訳があって、魔法が使えない状態なの――日常魔法も、全てダメ」
今度は、ジェイダンさんがポカンとした顔になった。想定外だったんだろう。まさか日常魔法すら使えない状態だとは思わなかったみたい。
ジェイダンさんは、空いている方の手で、後頭部をシャカシャカとやり出した。何だか一般庶民の青年だ。驚きすぎて素が出たんだろう。
「いやはや、これは……では、通信機の操作カードを渡しておきましょう。通信機にカードを差し込めば、それだけで通信できますから」
ジェイダンさんは、胸の内側ポケットから、魔法のように手の平サイズの金色のカードを取り出して来た。貴公子な小豆色の着衣は、隠しポケットが一杯らしい。『魔法の杖』でそのカードを数回つついた後、ジェイダンさんは、そのカードを渡して来たのだった。
ポカンとしたまま金色のカードを受け取っていると――ジェイダンさんの、ウイスキーのような琥珀色のウルフ耳が、急に『スッ』と動いた。
――何か、隊士っぽい動きだな。
微妙な差なんだけど、戦士として訓練された動きって、『スッ』と動くっていうか、無駄のない動きなんだよね。
クレドさんも、そう言う風にウルフ耳を動かす。ザッカーさんも、切れ込みが入ったウルフ耳だから見分けにくいけど、そんな感じ。ディーター先生やフィリス先生や、『茜離宮』で見かけた役人や侍女の、『ピコピコッ』ていうのとは違う。
そんな事を思いついていると、ジェイダンさんはラウンジの出入口にチラッと目をやった。そして、少し切羽詰まった様子ながら、魅力的な笑みを浮かべて、優雅な一礼をして来た。
「では、この辺りで。早期回復を祈っていますよ、水のルーリー。火のチェルシーさん、お噂はかねがね伺っております。取り急ぎにつき、このたびは失礼しました。またごゆっくり、お話できる機会があれば」
ジェイダンさんは笑みを深め、わたしの『仮のウルフ耳』を撫でて来た。
クレドさんとは少し違う撫で方みたいだけど、確か、これ『敬意を表してる』って意味の行動だっけ。
そしてジェイダンさんは身を返すと、『まさに雲散霧消』といった見事な身のこなしで、ラウンジの中の人々の中に、姿をくらまして行ったのだった。




