夕食会を兼ねた報告会・後
ポカンとしていると――チェルシーさんの御夫君グイードさんが、テーブルの前に現れた。
わお。気付かなかった。速足ですね!
やがてディーター先生とフィリス先生が、グイードさんに続いて出て来た。そして――最後尾に、紺色マント姿のクレドさんが控えていたのだった。何で、クレドさんも?!
――思わず、心臓がドッキリした。こんな時だけど、シッカリした上着を着てて良かった。ナニゲに可愛い刺繍も入ってるし、乙女ゴコロの寿命が延びたよ。
グイードさんが訝しそうに、ジェイダンさんが消えて行った方向に目をやる。
「先刻の金狼種の若い男は誰だ? 宮廷から出張った貴公子にしては、逃げ足が速すぎる。『耳撫で』するくらいなら、一言、声を掛けて来ても良かろうに」
チェルシーさんが、いつものようにイタズラっぽく『フフフ』と含み笑いをして、グイードさんの疑問に応じていた。
「夏の宮廷開きのパーティーで見かけたでしょう、グイード。『風のジェイダン』と名乗って来ましたよ。話してみると、なかなか物腰の丁寧な好青年でしたわよ」
ディーター先生とフィリス先生は、『顔しか知らない貴公子だ』と首を傾げた。貴公子って言っても人数があるから、全員を知ってる訳でも無いそうだ。
それに引き換え、クレドさんは、一瞬だけど眼差しを硬くしたみたいだった。何で?
――ともあれ。
夕食を囲みつつ、マーロウさんの事件の経過報告を聞く事になった。
*****
事件そのものの報告は、驚くべき事に――それとも当然と言うべきなのか――隊士であるクレドさんが担当した。
わたしは驚きの余り、度々手が止まった。
誰にも言えない秘密だけど、手が止まった理由の半分以上は、クレドさんの朗々として滑らかな低い声のせいだったりする。
――さて、マーロウさんの事件の、その後の捜査の話。
ヴァイロス殿下の方でも、手をこまねいていた訳では無かった。マーロウさん斬殺の一報を受け、ヴァイロス殿下が率いる捜査チームが、マーロウさんの執務室と私室に、強制捜査に入った。
成果は上々と言えた。
執務室の机の秘密の引き出しの中から、裏帳簿が見つかった。闇マーケットで売りさばいた分の収入が逐一、記録されていた。
裏帳簿は急遽、『茜離宮』の財務部門に回された。不正収入が何に使われたのか、何処へ流れたのか、その資金ルートについて詳細な分析をしている所。
マーロウさんの個人資産は、公私にわたって、不自然に増えていなかった。
巨額にのぼるであろうマネーは、一体、何処へ消えたのか。新たなミステリーが浮上してしまったと言う状況だ。
それに。
初期の頃からの不正収入を合計してみると。
アルセーニア姫の暗殺に関わった大量の毒物、つまり『大型容器3本分のモンスター毒のエキス』――それも最高品質の物を、闇ギルドの相場で、一括で購入できるレベルの金額になった。非常に高度な処理がされている最高品質の物だと、通常のモンスター毒にありがちな、不自然な臭気や色が出ないと言う。
マーロウさんが、アルセーニア姫・暗殺事件の主犯だったかどうかは分からない。でも、限りなく『クロ』。元々、貴種の生まれだったから、規格外な筋力もあって、『対モンスター増強型ボウガン』も片手で軽々と扱えるレベル。
仮にマーロウさんがアルセーニア姫を殺害したとして、問題の凶器を、殺害現場にどうやって持ち込んだのか――は、今でも分からないんだけど。
マーロウさんの私室の方からは、マーロウさんが何故に衛兵を殺害したのか、その理由を明らかにする証拠が出て来た。
――魔法道具『3次元・記録球』だ。
これは『音声データと映像データを、位置情報データと共に記録できる』と言うスグレモノで、事件捜査ではお馴染みの道具。他にも会議記録として使われたり、監視カメラとして使われたりと、用途は色々。
ちなみに、公的機関で使う『3次元・記録球』は高性能な物なんだけど、簡易版『3次元・記録球』なら、その辺の魔法道具のお店で買える。家族の写真や動画を詰め込んだり、観光旅行を記録したり。
まるで現場に居るかのように、3次元の仮想現実スタイルで再生ができるから、ランジェリー・ダンスを撮影して、ひそかに楽しむ人も……以下、略。
――マーロウさんの私室から出て来た『3次元・記録球』は、衛兵が使っていた物だった。
あの哀れな衛兵さんは、問題の倉庫の中をシッカリ撮影していた。この時期の倉庫は空っぽな筈なのに、『白き連嶺のアーチ装飾』の残骸が、バッチリ映っていた。
そして、尋常に錠前を開錠して、倉庫に押し入っていた衛兵さんは、その行動が、わたしたちと同じようにマーロウさんにバレて、速攻、証拠隠滅のために殺害されていたと言う訳。
チェルシーさんは、恐ろしいタイミングで倉庫の傍を通過し、生前の衛兵さんの最後の姿を目撃していた訳だ。
あの時、マーロウさんがチェルシーさんの存在に全く気付かなかったのは、チェルシーさんにとっては本当に運が良かったよ。
そして『爆速バーサーク化ドラッグ』。
マーロウさんの私室からは、『爆速バーサーク化ドラッグ』の未使用ボトルが3本、出て来た。
これが、盛り場のランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』で取引された品だろうという事は分かっている。
くだんの『ミラクル☆ハート☆ラブ』は元々、違法ドラッグも盛んに取引されているポイントだ。他種族の客がとても多く、外貨獲得のためという事情もあって、法の適用は、ウルフ王国内でも最もルーズなレベルになっている。
問題の赤いスケスケ・ランジェリーのバニーガールが居た間。
恐らくは『爆速バーサーク化ドラッグ』が関わったのでは無いかと思しき怪死事件が、近所でも続いていたそうだ。
バニーガール自身も『爆速バーサーク化ドラッグ』服用者に殺されていたらしい。盛り場の別のエリアで、最近、それらしきウサギ族の女性の惨殺死体の報告が出て来ている。
マーロウさんの私室からは、更に、驚くべきブツが出て来た。
今は亡きタイストさんの、あのボワッとした不思議な髪型さながらの、カツラだ。黒い付け毛なのだ。
つまり、ケビン少年の証言『タイストさんが、度々ランジェリー・ダンスの店に来てた』という内容は、半分はウソで、半分は本当だった。
タイストさんに似た人物が入り浸っていたのは事実。でも、それは、タイストさん本人じゃ無くて、カツラを着けてタイストさんに変装していた、マーロウさんだったようなのだ。
マーロウさん、本当に抜け目のない人だ。万が一に備えて、タイストさんに罪をなすり付けられるようにしていた、と言う事だろう。
ランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』の店員が、幸い、そのタイストさん風な客の、体格の特徴を覚えていた。ヒョロリとした体格じゃ無くて、如何にもウルフ族の貴種らしい、立派な体格だったんだって。
ケビン少年もその伯父さんも、訓練された隊士じゃ無くて一般の素人だからね、ボワッとした不思議な髪型くらいしか記憶に残って無くて当然だ。お店の中だって、『いかがわしいムード』を演出するために、照明のカラーを選んで光量を絞っていたそうだし。
*****
クレドさんの説明が終わった。ディーター先生が口を開く。
「実に込み入った事件ではあったな。先ほどまで国王夫妻ご臨席の御前会議が召集されていてな、この案件を検討していた。共通で一致した不明点――明らかにすべき点は、3つに絞り込まれた」
ひとつ。『火のマーロウ』が、アルセーニア姫・暗殺事件ならび、最近の暗殺騒動の主犯だったのか。
ふたつ。問題の赤ランジェリーのバニーガールの、仲間と思しき大柄な獣人は、何者なのか。
みっつ。闇取引で得られた巨額マネーは、アルセーニア姫・暗殺事件の際の、毒物の購入費用として使われていたのか。
「最後の点、闇取引の関連については、財務部門の調査によって、運が良ければ徐々に解明されるだろう。財務官はエリート揃いだし、グイード殿のご子息も、そこで頑張っているからな。あぁ、今まであぶれていた片方の方も、間もなく結婚するそうだな、お祝い申し上げておくよ」
ディーター先生のコメントを受け、グイードさんは四角四面な態度で一礼していた。
――あれ。でも。要点が抜けてるような気がする。
ピンと来たわたしは、思わず、口を開いていた。
「マーロウさんが何故こんな事をしたのかは、謎では無くなったんですか?」
相変わらずのしゃがれ声だ。ついでに、『呪いの拘束バンド』に引っ掛かって咳き込んだ。ゲホッ。
ディーター先生とフィリス先生が、ちょっとの間、顔を見合わせた。チェルシーさんとグイードさんも、複雑な顔になっている。クレドさんは無表情のままだったけど、咳き込んだわたしに茶を勧めて来てくれた。
フィリス先生が少し小首を傾げた後、わたしに声を掛けて来た。
「よく気付くわね、ルーリー。マーロウさんの動機は、『逆恨みのプリンスたち』という仮名を使った事実をもって、分析できているの。――『逆恨みのプリンスたち』の、歴史上のエピソードは、知ってる?」
――はい。チェルシーさんとヒルダさんから聞きました。
わたしはお茶を一服して、記憶を掘り起こした。うん、大丈夫。要点は覚えてる。
「混血な外見だったために不当に冷遇された混血ウルフ王子が居て、でも、後になって、その状態が是正されて……その混血ウルフ王子は新ウルフ王になって国を発展させたけど、王様になれなかった他の純血ウルフ王子たちが逆恨みして、その新ウルフ王を殺したと言う……」
フィリス先生は、「そのポイントを知ってるなら充分ね」と頷き、言葉を続けた。
「今のウルフ国王陛下は、混血の方なのよ。イヌ族の父とウルフ族の母。この交配だと、子供はウルフ族で生まれる事は知ってるわね。御母堂が貴種の名門の出身だったから、国王陛下は混血の貴種と言う訳。国王陛下は母方に似てらっしゃるから、ルーリーとは違って、紛らわしい外見では無いわ」
――な、何ですと! 今のウルフ国王陛下が、わたしと同じような混血!
「国王陛下とマーロウさんは、若い頃は、王位継承者の地位を競り合ったライバル同士だったの。そして、順位を検討する段階になって、マーロウさんは、順位が繰り下がった。臣籍降下を考えた方が良いくらいの順位に。純血の貴種は得てしてプライドが高いのよ。マーロウさんは古代の歴史に強いこだわりがあったし、愛国者な方だったから、なおさらに推して知るべしという所ね」
――心の底では、まさに『逆恨みのプリンスたち』と同じ激情を燃やしていたのだろう、という事なんですね。
隠蔽が、完全であれば、あるほど。
洒落っ気が出て来る物だ。ニブい人たちを敢えてチクチクと突きたくなるような、洒落っ気が。
――『逆恨みのプリンスたち』なんていう、トゲトゲの意図バレバレな仮名を選んだのは、マーロウさん自身のエスプリの込められた、ひそかな勝利宣言でもあったんだろうな。
混血の貴種である国王陛下は、純血の貴種だったマーロウさんにとっては、まさに存在すら許せぬ対象だったに違いない。そして、その子孫であるアルセーニア姫とヴァイロス殿下も、そのカテゴリに入ったであろう事は確実だ。
そう、マーロウさんには、アルセーニア姫を殺害するだけの、充分な動機があった。実際に、マーロウさん自身が手を下したのかどうかが、分からないと言うだけで。
襲われたのはアルセーニア姫やヴァイロス殿下だけじゃ無いんだよね。リオーダン殿下やオフェリア姫も襲われた。『森の中に木を隠す』ロジックがあったのかも知れない――にしても、リスクが高すぎる。
――ヘタしたらウルフ王国の滅亡の危機じゃ無いか。愛国者なマーロウさんが、そこまで破壊活動をするだろうか――




