表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/174

半可通たちの急展開・後

――『茜離宮』、大食堂の脇の回廊の直下、屋外の予備の倉庫群。


病棟を取り巻く官衙の最寄りの転移基地から、『茜離宮』出入り業者用の転移基地へと、一ッ飛びだ。《風霊相》生まれのヒルダさんのお蔭で、スムーズに転移できた。


宮殿の中に入るコースでは無いので、ほぼ素通りでもある。衛兵の配置状態も、比較的ルーズ。


食材やリネン類を大量に乗せた大型台車の合間を縫って、目的地へと急ぐ。


あ、もちろん、手ぶらだと目立ちやすいので、適当に空き台車を選んで来て、適当な空コンテナを乗せて移動しているところだよ。


やがて、倉庫群に入って行った。倉庫で出来た、ちょっとした格子状の町って感じ。


外側から見る限りでは、何の変哲もない倉庫群だ。中庭広場のミニ店舗と同じような感じで倉庫が並んでいて、屋上部分には、チラチラと、グリーンカーテンとなっている緑のツル植物が見える。


――ん? さっき、脇にある倉庫の陰で、灰褐色の子犬のような影がサッと動いたけど……気のせいだよね?


「この先が、あのナンバーの倉庫に通じる裏道よ」


チェルシーさんとヒルダさんに注意を促されて、周囲を慎重に窺う。


振り仰ぐと――目の前にあるのは、『茜離宮』別棟だ。


その建物の1階分と2階分は、ずーっと、何も無い壁になっている。3階に相当する高さに、あの大食堂の脇の回廊が横たわっているのが見えた。


わお。3階を中心として、そこらじゅうの壁が穴だらけだ。回廊の列柱もハチの巣みたいになっている。だいぶ修理が進んでるみたいだけど――あれ、前日のボウガン襲撃事件の痕跡だよね。怖い。


記憶によれば、あの回廊の端が大食堂になっている筈だ。大食堂から伸びる渡り廊下や空中回廊が、『茜離宮』と直結している。


そして――その建物の向こう側に、チラリと、あの3本の尖塔の――玉ねぎ屋根と思しき、白い部分が突き出しているのが見える。


ヒルダさんを先頭に、チェルシーさんとわたしは、コンテナを乗せた台車を転がしつつ、問題の倉庫に接近した。


「誰も居ないみたいよ。このまま行くわ」


ヒルダさんが、『魔法の杖』で倉庫の扉をゆっくりと開いた。


――あれ? さっき、錠前のロック部分が、ピカッと光ったような気がするけれど……


わたしは何やら毛が逆立って、本物の荷物係さながらに、コンテナを乗せた台車を倉庫の中に押し込んだ。チェルシーさんとヒルダさんが、『外に置いといても良いのに』と言ってくれたけど、何だか不吉な直感がするんだよね。


倉庫の中は、意外に天井が高くて、広々とした感じだ。大きな噴水が1セット置ける――と言えそうな広さがある。その空間の中に、搬送用の布をかぶった、『大きな何か』があった。


「おかしいわ。この倉庫、今は何も無い筈なのよ」


ヒルダさんが搬送用の布をめくった。次の瞬間、チェルシーさんが息を呑んだ。


「そ、それ! 『白き連嶺のアーチ装飾』の半分……!」


ヒルダさんが「ゲッ」と呻く。


その不完全なアーチの形をした大きな建材は、薄暗い倉庫の中で、なお燦然たる煌めきを放っていた。


素材については詳しくないけれど、明らかに様々な種類の宝玉と思しき豪華な輝きが、芸術的に配列されている事は分かる。『白き連嶺』をイメージした装飾のためだろう、宝玉の色彩を白系統でまとめてある。


これだけの白い宝玉や透明な宝玉を集めて来るのは、大変だったんじゃ無いだろうか。とんでもない品だ。


ヒルダさんが更に布をめくった拍子に、ペーパーがハラリと落ちた。


――闇オークションのパンフレット。あの、『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』が付く――



倉庫の扉の方で、何かが動いた。



ギョッとして振り向く。


明らかにウルフ族男性と見える影が、『ヌーッ』と立ちはだかっていた。何か、大きな武器を右手につかんで、下げているようだ。攻撃的角度に傾いたウルフ耳。長い脚の間に見える、剣呑なまでに毛を逆立てたウルフ尾。



――見覚えのあるような、小麦色。



「見なかった事にするような、君たちじゃ無いだろうな」


その声は、不吉にかすれていた。


ヒルダさんとチェルシーさんが同時に叫んだ。


「マーロウ室長!」


小麦色の毛髪をした、シニア世代の、洒落たウルフ族の高位文官は――


――腫れぼったい目をしていた。その目は、血の色を帯びてランランと光っている。ギュッとしかめられた眉目の間には不吉なまでに凶悪な盛り上がりが造られていて、筋の通った鼻が、異形さながらに長く見える。


ウルフ族特有の牙が丸々見える程に――耳まで裂けるかと思う程に、口を引き剥いている。その口元からこぼれる牙は、異様に長い。ひと噛みで、喉の奥の骨まで到達する程に。


その、ゾッとするような凶相。まるで――そう、まるで――『狼男』みたいだ。


「まったく愚かでお節介な、口先ばかりのメス狼どもが」


その罵倒が終わるか終わらないかの内に、背の高い男の力強い腕が、それに相応しい大きな武器を軽々と構えた。巨大な弓矢みたいな武器を。


――カチッ。


ヤバい……!


わたしは本能的に台車を突き出した。空きコンテナを乗せた台車は、驚くほど軽々と動いた。


――ビシッ。


恐らくはチェルシーさんかヒルダさんを狙ったのであろうボウガンの矢が、空きコンテナにグッサリと突き立つ。この空きコンテナ、どうも貴重品の運搬用だったらしい。魔法加工が入っていたのか、凄まじく頑丈な素材だ。


――ガラン、ガシャン。


空きコンテナが、ボウガン矢の衝撃を受けて揺れ動き、そのはずみで、固定用の留め具が外れた。コンテナは台車から落ちて、倉庫の床に横倒しになった。


すごい衝撃だ。普通のボウガンで、此処まで衝撃が来るの?


コンテナがもっと軽くて、台車にシッカリ固定されていないタイプだったら、結構な距離をスッ飛んで行っていたと思う。ひえぇ。


ヒルダさんが『魔法の杖』を握り締め、青ざめながらも、叫ぶ。


「室長、気が狂ったの? 何で殺そうとするのッ?!」

「マーロウ室長、落ち着いて話を……!」


チェルシーさんの呼びかけに、マーロウさんは一瞬、眉目を動かしたようだったけど、その目は既に正気の物では無くなっていた。狂気が理性を支配したみたいだ。


「うおおぉぉ!」


まさに『狼男』さながらに、凶相マーロウさんがダッシュして飛び掛かって来る!


チェルシーさんとヒルダさんが、同時に『魔法の杖』を振るう。


発動したのは《火炎弾》と《圧縮空気弾》だ。


その一方的な火と風の衝撃は、その化学反応の倍増も相まって、見事な爆音と共にマーロウさんを弾いた。ちょっとした爆弾だもんね。マーロウさんは打ち所が悪かったのか、ちょっと目を回しているみたい。


「ルーリー、《緊急アラート通報》を……、あ、魔法が使えなかったんだっけ!」


――そうだよッ!


ヒルダさん、口をアングリしながらも、返す『魔法の杖』で、倉庫の反対側へと《圧縮空気弾》を放った。


倉庫の反対側にあった細い出入り扉が、『ガコォン』と音を立てながら吹っ飛んだ。


「逃げるのよ!」


わたしたちが一斉に駆け出すと、早くも態勢を立て直したマーロウさんが『ウオォ!』と咆える。


大きな『白き連嶺のアーチ装飾』による障害物――わたしたちは必死に足を動かして、グルリと回る。


後を追って来るマーロウさんは、その人の背丈を超える障害物を、驚異的なまでの身体能力でもって、ジャンプして軽々と飛び越えた。うそだぁ。


わたしたちが細い出入り扉をすり抜けた瞬間、マーロウさんが出入り扉に到達した。男の足の歩幅、とんでもなく広い。


マーロウさんは、細い出入り扉を抜けようとして――通り抜けられなかった。


大柄で立派な体格だから、その幅に引っ掛かったんだ。ウルフ族の男女の体格差のお蔭だ。だけど、すぐに、凄まじい筋力で、出入り扉の周りをメリメリ、バリバリ、と破り出した。えええ!


「マーロウ室長、確か、貴種だった……!」


チェルシーさんが息を呑んで、棒立ちになっている。


記憶喪失なわたしには、ウルフ族の詳しい事情は分からないけれど。


貴種――『大狼王』の血筋――というのは、それだけの意味があるのだろう。傑出した筋骨や身体能力に恵まれているとか、天然のアスリート体質とか――


「何で! 《緊急アラート通報》が出来ない! 妨害されてるの……?!」


ヒルダさんが真っ青になった。チェルシーさんが《緊急アラート通報》を試した――発動してないみたい。


うろたえている内に、マーロウさんが再び、わたしたちの前に全身を現した。


ヒルダさんとチェルシーさんが、同時に『ヒッ』と、悲鳴ならざる悲鳴を上げた。


――『人体』じゃ無い。毛髪の色は相変わらず小麦色だけど。


強化バージョンになったらしい、やたらと筋骨が盛り上がった体格。身体サイズが一回り大きくなっていて、まさに巨人だ。はちきれそうになっている高位文官ユニフォームの袖口から見える手は毛深く、長いウルフ爪が伸びている。


頭部は――まさに『狼』。狼の頭が乗っている。まさに『狼男』というべき異様な姿。


――身体全身で理解できてしまう。バーサーク化してるんだ、と言う事を。


その時、近くの倉庫の屋上から――見知らぬ少年の声が響いて来た。よく通るボーイ・ソプラノ。


「何やってんだよ! 走れよ!」


同時に、何やらお化けみたいな派手な球体が、『狼男』のおでこにヒットした。



ドゴ、ボォーン!



蛍光黄色と蛍光紫のシマシマが、『スイカ割り』のスイカさながらに砕けるや否や、極彩色の七色が泡立ち、爆弾さながらに噴出した。極彩色の七色が四方八方に飛び散り、周りの倉庫の生成り色の壁を、極彩色の七色の迷彩に変える。そこで、極彩色の七色はブクブクと泡立った。謎のバブル爆弾だ。


「ガオォォン!」


マーロウさんは――『狼男』は――余りにも想定外の攻撃を受けたせいなのか、それともその極彩色の七色が目や鼻や口に入ったのか、目と鼻と口を押さえてグルグル回り出した。その毛深い手の間から、大量の泡がブクブクと吹き出している。


――まさかの『炭酸スイカ』。


チェルシーさんとヒルダさんが、顔や手に付いた極彩色の七色をぬぐいつつ、通路を走り出す。わたしもピッタリ後を付いて走る。


わたしたちは『狼男』の追跡を振り切るため、自分でも説明できないような滅茶苦茶なジグザグ・コースを走った。『狼男』が通り抜けにくい幅になっている狭い通路が、そんな風になっているんだよね。


倉庫の屋根の上で、謎の少年が大活躍しているらしい。チラリチラリと、紺色マントが見える。大人の物より小さいサイズ。訓練隊士の少年だろうか。倉庫の屋上から『炭酸スイカ』が次々に飛び出し、群れを成して、『狼男』の顔面や足元を襲っている。


謎の少年は、唖然とする程の身軽さで倉庫の屋根から屋根へとジャンプを繰り返し、『狼男』に先回りしつつ、『炭酸スイカ』で足止めをしてくれている。上から見ると、わたしたちと『狼男』の逃走追跡劇の全容は、一目瞭然なんだろう。


次の狭い通路の入り口で、20個や30個はあると思しき『炭酸スイカ』の大群が一斉に投げ落とされ、『狼男』の周りで粉々に弾けた。極彩色のバブル爆弾に取り巻かれた『狼男』は、グズグズの七色の泡に埋まって、もがき始めた。


あの球体、凄まじい爆発力だ。全方向ジェット噴射だ。極彩色の七色の迷彩と泡が、倉庫の屋根にも届かんばかりに飛び散る。周囲の倉庫の生成り色の壁は、まさに、極彩色の七色のペインティングをされている真っ最中だ。


――『炭酸スイカ』、シェイクすると爆発するって言ってたけど、あんなに爆発する物なの?


チラッと集中力がそれたのが悪かった。


わたしは石畳のわずかなズレに引っ掛かり、足がもつれた。


ドジなわたしの追突を受けたチェルシーさんが脚を崩して、バタッと地面に倒れ込んでしまった。


よりによって、大型倉庫に面する幅広の通路の真ん中で。えええッ!


「チェルシーさん!」


次の細い通路に入りかけていたヒルダさんが急停止して戻って来た。チェルシーさんを起こそうとしたけど、シニア世代なチェルシーさんは、転んだ拍子に脚の何処かをひどく痛めたのか、なかなか立ち上がれない。


ヒルダさんとわたしとで、チェルシーさんを両脇から持ち上げた所で――


――バブル爆弾の煙幕を突き抜けて来た『狼男』が、目の前にまで迫って来た!


「グオォ!」


グワァッと開かれた『狼男』の、牙だらけの口の中に死を見た、その一瞬――



目の前を紺色の風がよぎり――



何かが砕けるような、『ガツッ』という異様な衝撃音が走った。


――『狼男マーロウ』は、直角の方向に吹っ飛んでいた。有り得ない方向だ。


ドガシャーン!


その時には、既に。


巨人さながらの『狼男』の盛り上がった体格は、向こう側の大型倉庫の、生成り色のレンガ壁にめり込んでいた。何で?!


「あわ、グイードさん……」


ヒルダさんが口を引きつらせて、へたり込んだ。わたしも唖然として、目の前の、濃厚な殺気をまとう紺色の、大きな背中を眺めるのみだ。


高位文官ユニフォームをまとった、大魔王なグイードさんが、そこに居る。


――まさか、さっき、『狼男』を素手で殴り飛ばしてました?!


向こう側の倉庫まで大通りの幅ほどの距離があるし!


マーロウさんの周りの壁には、蜘蛛の巣のような放射状のヒビが走ってるし!


あの倉庫の壁、シッカリ変形して、へこんで、崩れ始めてるんですけど?!


続く大勢の足音――紺色マントをまとう、ウルフ族の衛兵たちが現れた。


どうやってかは分からないけど、気付いて、来てくれたんだ。衛兵たちは、瞬く間に『狼男』とわたしたちの間に入って、包囲の陣を作る。


別の通路からも衛兵たちが湧いて来た。『狼男』の逃げ道を塞ぐ形だ。


グイードさんの拳骨を受けて壁にめり込んでいた筈の『狼男』は、驚くほど機敏な動作で、壁から身体を抜いていた。その拍子に生成り色のレンガ壁が更に崩れて、骨折しそうな大きな破片も次々に身体に当たっていたけど、『狼男』は、全く平然としている――らしい。


あれ程の衝撃を受けて、失神はおろか、骨折すらも無いのか。皮膚も特別製なのか。見当たるのは、軽度の創傷のみ。


――ウルフ族の男性の頑丈さ、半端じゃ無い。たぶん、貴種と言う事もあるんだろうけど。


ユラリと立ち上がったその姿――まるで、立ち上がると共に変身が解けたかのようだ――露わになったその面差しは、既に人体のマーロウさんの顔だった。身体全身、『炭酸スイカ』由来の、極彩色の七色に染まっていたけど。


人の顔をしている筈の、その人相は――凶悪なままだった。マーロウさんは、七色のマダラに染まった顔面に凶悪な笑みを浮かべ、やおら『魔法の杖』を突き出した。


防火壁ウォール!」


グイードさんの裂帛の指示が飛び、灰色スカーフをまとった隊士たちが、素早く『警棒』を振る。


ゴオッと言う大音響と共に、大量の《火矢》が襲来した。淡いグレーの色を持って展開した透明な《防火壁ウォール》が防ぎ得たのは、半分以下の数のみという威力。死ぬ!


隊士の1人が、新たに前を取って『警棒』を振るった。クセの無い黒髪がひるがえる――クレドさんだ。


瞬間、三日月の形をした、無数の白い《風刃》が舞い散る。マーロウさんが一度に発生させた《火矢》の数の2倍くらいはある。


突風に吹き消されるかのように、《火矢》が次々に風化して落ちて行った。残りの《火矢》は、訓練された衛兵たちの『警棒』に捉えられ叩き落されて行く。


脇を、新たな影が駆け抜けて行った――黒髪をなびかせた、純白マントの姿が。リオーダン殿下だ!


マーロウさんがギョッとしたように口をポカンと開き、何かを言おうとした。


昼下がりの陽光に、長剣の白刃がひるがえる。高く振り上げられ、一撃必殺の勢いで斜めに走る。


――極彩色の七色の迷彩だったマーロウさんの身体が、血の色を噴き出した。続いて、ドサリ、という音。


そして、夏の昼下がりの陽光の下、凍て付いたかのような静寂が広がったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ