半可通たちの急展開・前
午前半ばの頃、中央病棟の総合エントランスに、ヒルダさんがやって来た。風呂敷の荷物を抱えて。
相変わらず、ハシバミ色でまとめた中級侍女ユニフォームがキリリと決まっている。ストレートのセミロング黒髪を颯爽となびかせているのが、如何にもカッコいい。
「まぁ、ご苦労様、ヒルダさん。助かったわ」
病棟にお泊りだった要警護なチェルシーさんが、にこやかにヒルダさんを出迎えていた。品の良い柔らかな金髪をシニヨンにまとめた、古典的なシニア世代の淑女といった感じ。年をとっても綺麗な人だから、総合エントランスの方でも、同年代の男性の視線をチラホラ集めている。
――そして、わたしも加わって、魔法文書の作業が始まった。
ヒルダさんが持って来たのは、チェルシーさんが経営しているアンティーク宝飾品店に集まって来ていた、地下マーケットや闇オークション関連のデータ。チェルシーさんが、ヒルダさんに降りかかって来たアンティーク宝飾品の盗難疑惑を晴らすためにと、方々の同業者のツテを通じてかき集めて来た資料だ。
此処だけの話だけど、アンティーク宝飾品店の経営者なチェルシーさんの、同業者たちの情報網って、ビックリするくらい広くて深かった。専門業者の情報網って、王宮の衛兵部署でさえ手が回らないような隅々の部分にまで、シッカリ届いていたりするんだよね。
わたしは、既存の魔法文書を魔法的にオープンしたりクローズしたりする事は出来ないので、チェルシーさんやヒルダさんの読み上げた内容を、順番に、魔法文書フレームのリスト形式でメモする――ただし、『正字』でメモして行く――担当だ。『正字』でリストアップしておくと、後で魔法でデータベース化する時に、あっと言う間に整理できると言う。
早速、驚きの事実が判明した。
不幸にして異常な死に方をしていたタイスト研究員が指摘していた、盗難疑いのあるアンティーク宝飾品、『豊穣の砂時計』と『茜姫のサークレット』、『白き連嶺のアーチ装飾』。
あのボワッとした不思議な髪型の黒髪の、今は亡きタイストさんの情報は、正確だったんだよ。ホントに闇に流れていた。
1番目の『豊穣の砂時計』は、盗品マーケットを通じて、大富豪のアンティーク愛好家が入手している可能性が出て来た。後日、現物を確認して、それが本物なら買い取り交渉をする――という見込みが立った。
2番目の『茜姫のサークレット』は、闇に沈んだまま、浮上して来ていない。闇ギルドの何処かの有力者が――それもウルフ族のヤクザ女が――手に入れて、私物化している可能性がある。
単なる宝飾品なんだけど、素人目にもパッと分かるような、由緒ある品物だと言う。貴種ウルフ族の血を引く淑女を装うには、とってもお役立ちな代物なんだそうだ。
これについては、わたしは微妙な気持ちになった。わたしも、或いは記憶に無い母も、もしかしたら、闇ギルド出身のウルフ族の女性だったのかも知れないのだ。
3番目の『白き連嶺のアーチ装飾』の行方が、最も悲惨と言えるかも知れない。元々が建築に使われるアーチ柱の装飾だから、運搬にも苦労するくらい大きな物。どうも、価値を持つ宝玉部分だけ剥がされて、バラバラの手に乗るサイズの破片の集まりと化し、方々に売り飛ばされて行ったらしい。
チェルシーさんの見立てだと、既に半分くらい、さばけてしまったんじゃないかと言う状況だ。
ヒルダさんが「犯人の野郎、バラバラに引きちぎって、粉みじんにしてやる」と呟いたのは、聞かなかった事にする。
他にもチェルシーさんの見覚えのあるアンティーク宝飾品が――それも相当数が――、転売に流転を繰り返していて、方々の闇マーケットに流れていたと言う痕跡が見つかった。『白き連嶺のアーチ装飾』の破片と共に。
*****
闇オークションのパンフレットを確認した瞬間、チェルシーさんの目が、キラーンと光った。
「早いタイミングで調査スタートしていて幸運だったわ。まだ出品者のデータが生きてるのよ。この『仮名:逆恨みのプリンスたち』という出品者、まだ犯人とつながっている筈。早々に取引ルートを割らないとね」
「仮名にしても『逆恨みのプリンスたち』なんて、本当に奇妙な名乗りじゃないの、チェルシーさん。この復讐の王子様を気取っている出品者、いったい何者なのかしら」
――ホントだね。妙な名乗りだと思うよ。普通、名乗りは複数形じゃ無くて単数形だと思うし。
「あの、何か、いわくあるんですか? この『逆恨みのプリンスたち』って」
チェルシーさんとヒルダさんは、顔を見合わせて、何とも言えない複雑な表情になった。
――本当に何か、いわく、あったんですか?
ヒルダさんが、複雑な顔をしながらも解説してくれた。
「古代の戦国乱世の逸話のひとつに、『逆恨みのプリンスたち』があるのよね。ウルフ族とイヌ族の混血は昔から多かったんだけど、戦国乱世の頃は、その事実の炎上が激化していてね。各地の飛び地の、ウルフ王の跡継ぎと目されていたウルフ王子が、実はイヌ族だった、なんて話は、ボロボロあるの。逆もしかりだけど」
――ふむふむ。
古代の頃から混血は、色々な意味で、ハイリスクな存在だったみたいですね。
今でも、イヌ族な『火のチャンス』さんはウルフ族によく似ていて、巻き尾が無かったら、全く分からないというケース。ウルフ族なわたしにしても、《宿命図》判読の前は、完全にイヌ族と思われていた。
「察しが良いわね、そういう事。《宿命図》判読できる魔法使いを抱えられるほどの余裕の無かった飛び地では、ルーリーのように、混血と言う出自と紛らわしい外見とで、イヌ族と決めつけられて、本当はウルフ族なのに、ウルフ王の後継者リストから不当に外されてしまったウルフ王子も居たのよ」
ヒルダさんの解説は続いた。
――後になって、その混血ウルフ王子の名誉回復が為された。その混血ウルフ王子は、元々最高の実力があって、その飛び地領土における新ウルフ王となり、その領土は強国となった。
しかし、他の後継者王子たち――純血ウルフ王子たち――が、自分が王になれなかったのは、そいつのせいだと逆恨みしたのだ。後継者王子たちは、新ウルフ王を王位から引きずり下ろし、再びイヌ族の侵入者として扱い、斬首した――
「それが『逆恨みのプリンスたち』という訳」
この件は、今なお評価が定まっていないと言う。
後を継いだ純血ウルフ王も実力者で、その領土は勢いに乗じて発展を続けたという事が分かっている。当時の政治状況において、後顧の憂いを断つ事も含めて混血ウルフ王を斬首したのは、正しい判断だった――と言う解釈が、学界の主流なんだそうだ。
そう言って、ヒルダさんは解説を締めくくった。
さすが古代の戦国乱世だ。ハードな時代だったんだなあ。今は、ブラックではあるけど、色々な政治的決着のスタイルがあって、和平を維持するための政治的技術も進んでいる。
レオ帝国の押しの強さは、さすがにアレな所はあるけれど。
帝国体制を通じて、強制的に戦国乱世を終了させたと言う点では、レオ帝国を高く評価する事はできると思う。『共通の敵』なレオ帝国の存在のお蔭で、バラバラな飛び地領土を連結しただけのウルフ王国も、『統一王国』風な体制となっているしね。
*****
チェルシーさんとヒルダさんは、再び闇オークションのパンフレットのチェックに取り掛かった。
「ヒルダさん、この『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』に、見覚えがあって? 出品者『逆恨みのプリンスたち』に送金して物品を転送してもらう時に、この魔法陣セットを使うんだけど、有効な配線を連結して行くと、どうも見覚えのある紋章になるような気がするのよ」
「んー、すごい隠蔽ありますねえ。暗号化も罠もあるみたいですし。一瞬、こっちの配線の方が本物かと思っちゃいましたよ、チェルシーさん」
――『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』なんですか? わたしにも分かるかな?
チェルシーさんが『魔法の杖』で魔法文書パンフレットをオープンし、問題の魔法陣データを普通のペーパーにコピーしてくれた。
わお。この『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』、迷路みたい。高難度パズルですね。此処までダミー配線をセットしてのけるなんて、すごい執念。
しかも――これ、秘密通信用の魔法陣を、コッソリとくっ付けてある。多重魔法陣になってるんだ。これもスゴイ。
罠として仕掛けられた配線に下手にエーテルを流すと、謎の出品者『逆恨みのプリンスたち』に秘密通信が飛ぶようになっている。調査の手が伸びた事がバレて警戒される上に、速攻、証拠隠滅されて逃げられちゃうんじゃ無いかな。
――チェルシーさん、ヒルダさん、そーっと調査用のエーテルを流すのは、ちょっと待って下さいね。わたし、解析してみます。いっさい魔法を使わないから、犯人にバレない形で取引ルートを割れるかも。
早速ペンを手に取り、普通のブランクのペーパーに、あからさまなダミー配線を除いた状態の魔法陣を転写した。『魔法の杖』を使えないので、目測とフリーハンドで。魔法陣の軌道計算は、手書き筆算だ。
時々、余白に筆算で弾き出した結果をメモしつつ、指を折って、ダミー配線や暗号化が幾つ重なっていたかを検算してゆく。検算した後、暗号化を解除してダミー配線を差し引いた状態の魔法陣を、新しいブランクのペーパーに転写する。この繰り返しだ。
……記憶喪失だから、何故そう感じるかは説明できないけど。
執念深くダミー配線をぎゅうぎゅうに詰め込んだ割には、ちゃんとした形になっているダミー魔法陣の数は少ない。暗号化された成分を解読するのは大変だけど、低次元での軌道構築にとどまる初歩的な罠しか仕掛けられていない。だから、わたしでも手書き筆算で何とか解析できる感じ。
――この魔法陣を作成したのは、下級魔法使いレベルか、頑張っても初歩の中級魔法使いレベルの人物だ。フィリス先生だったら、もっと難しくて分かりにくい高次元軌道のダミー魔法陣の罠を構築できたと思う。
わたしの『正字』スキルは、この複雑怪奇な『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』の解析に、意外に役立ってくれた。エーテルの反射、屈折、散乱パターンは、それなりに分かるし、罠として仕掛けられたのであろう有り得ない軌道の方も無視して、さっさか整理できるって感じ。
――フーッ。解析、終わりましたよ、チェルシーさん、ヒルダさん。
あれ? どうしました?
チェルシーさんとヒルダさん、2人ともビックリしているみたい。切れ長タイプの目を真ん丸くしている。
――ぐぅ。
あれ? あれれ? お腹が減ったような気が。
死ぬほど空腹って言うか……目が回ってるような気が!
「シッカリして、ルーリー。急速補給タイプの『濃縮野菜&果物ジュース』を頼んでおいたのよ、急いで飲んで」
チェルシーさんが素早く、小型のスープカップを渡してくれた。一気飲み用のコップでもある。一気飲み!
ひえぇ。一瞬『ブホォッ』と吹きそうになったよ。
あの金髪イヌ族の、今は赤サークレットを取り外された男の、チャンスさんじゃ無いけど。たくさんの味が濃密に入ってて、別の意味で目が回る。
目が回ったけど――あ、何だか、だんだん人心地ついて来たような気がします。
改めて息をついて、背もたれに寄りかかっていると――チェルシーさんが、上品に首を振り振りしつつ、呆れたような溜息をついた。
「今、昼食時間を大いに過ぎた刻なのよ。あなた、集中力ありすぎるわ。放っといたら本当に寝食を忘れるレベルね」
「末恐ろしいわ、ホントに。良く気が付いて面倒見の良い旦那さんが見つかると良いわね」
ヒルダさんも笑みが引きつっている。ホントにビックリさせてたみたい。済みませんでした。
厨房や配膳の人へも事前に連絡が行っていたみたいで、昼食オーダーストップの刻を既に過ぎてたけど、すぐに昼食が出て来た。お世話になります。胃腸の調子が戻って来ていると診断されていたお蔭で、この日のメニューは、スープにサンドイッチが付いて来ている。
さて、肝心の『金融魔法陣と転移魔法陣のセット』。意外な取引ルートが割れた。
或る意味『信じられない、信じたくない』ルートが。
何と――当の被害者である筈の、『茜離宮』アンティーク部署、直通だったんだよ。ヒルダさんの勤め先でもあったから、ヒルダさん、一瞬で分かった。そんな事、有り得るんだろうか。
ヒルダさんは顔をしかめつつ、ブツブツと呟いた。
「このポジション、アンティーク宝物庫のひとつだわ――とは言っても、屋外にある予備の倉庫だけど。タイストさんが死んだ、あのボウガン襲撃現場の直下に並んでいる倉庫群のうちのひとつ。このナンバーの倉庫の中は、今は空の筈よ。この倉庫の中で、いったい誰が、何をしてるって言うのかしら」
チェルシーさんも、気になって仕方がないという様子だ。柔らかな金色をしたウルフ耳もウルフ尾も、ピコピコ動いている。
「私が、あの哀れな衛兵の生前の姿を見かけたのも、このナンバーの倉庫の近くだったわ。ボウガン襲撃事件と、あの『狼男』襲撃事件、間違いなく、裏で、つながっているって事よね」
チェルシーさんもヒルダさんも、知り尽くしている場所だ。金狼種と黒狼種の2人のウルフ族女性は、互いの顔を見合わせて、明らかに同じ事を考えていた。
「行って、見てみましょう!」
*****
さすがに、警護を担当している衛兵たちには、この予定外の外出については、猛反対される筈だ。それに、そんな話をしたが最後、即座に、チェルシーさんの御夫君グイードさんに、連絡が行く事になっている。
ヒルダさんの言うところによると、大魔王なグイードさんの指示、並み居る衛兵たちをビビらせつつ、『いざ出陣!』並に気を引き締めさせるレベルだそうだ。さすが大魔王にして鬼神グイードさん。
と言う訳で。
わたしたち3人は、『一瞬だけ、倉庫の中に入って、見て戻るだけだから、大丈夫だろう』と言う事で、警護係の衛兵の目を盗んで外出する事にした。
――衛兵さん、ゴメンナサイ。チェルシーさんが、グイードさんが余り怒らないように説得してくれるそうだから、今は見逃してね!
わたしは動きやすいように、普通のチュニックとズボンのセットを身に着けている。前日、ワンピースと一緒に購入していた品だ。パッと見には、ジリアンさんのような格好だから、中庭広場のミニ店舗の新人アルバイトにも見える筈。
かくして、わたしは『仮のウルフ耳』もキリリと整えて、『ウルフ耳付きヘッドリボン(黒)』をシッカリと締め直したのだった。




