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閲兵式の表と裏・3

キョロキョロしていると――


――レオ帝国大使のトップ、金色タテガミの『リュディガー殿下』を取り巻く4人の正妻に混ざって、1人、不思議なレオ族女性が居るのが見えた。


亜麻色の波打つ長髪。ドレスは藤色の地に青い波紋様。『花房』は、ハイドランジア真珠なのかな。真珠の照りを持つサファイア色をした飾り玉が効果的にあしらわれていて、淑やかな雰囲気を演出している。ほとんどアサッテの方を向いているから顔立ちは分からないけど、レオ族ならではの華のある美女なんだと思う。


リュティガー殿下に合わせたペアルックの――彩度を抑えたカラシ色に金粉をまぶした――ドレスじゃ無い。ココシニク風ヘッドドレスの意匠も違う。という事は、リュティガー殿下のハーレム要員では無いらしい。でも、正妻たちに混ざっているというのは、どういう事だろうか。


――わたしみたいに、何処かから拾われて来た……訳でも無さそうだし。


「質問よろしいですか、地妻クラウディアさん?」

「なぁに、ルーリー嬢?」

「あちらの青い真珠の『花房』の人、正妻では無いんですか?」


地妻クラウディアは、目当ての人物を見て「ああ」と呟いた。


「リュディガー殿下のハーレムの方で預かっている、『レオ王陛下』ハーレム『水の妻・ベルディナ』よ。呼称は『水妻ベルディナ殿』。我がレオ帝国が誇る、第二の《水の盾》でもあるわ。まぁ、第一の《水の盾》を輩出したウルフ王国に対する、一種の示威というところね。フフン」


――魔法が関わる政治事情というところでしたか……


複雑怪奇な政治ロジックは良く分からない。クラクラしていると、不意に、頭の上の方から、銀の鈴の鳴るような声が降って来た。


「こんにちは、地妻クラウディア殿。我がウルフ王国の国民を、レオ帝国の大使館に不当に押し込めてはいけませんよ?」


地妻クラウディアに声を掛けて来たのは、如何にも貴族令嬢と思しき美麗なウルフ女性だ。


既に成人しているみたいだけど、溌溂とした雰囲気のある明るい面差しが、良い意味での少女っぽさを残している。右耳の脇に茜メッシュ。光沢のある薄青色のドレス。淡い栗色の髪――金狼種。


――ウルフ女性は小柄と相場が決まってるのに、高い所から声が降って来たという事は……


そのウルフ令嬢を片腕抱っこしているのは――クレドさんだ。……ほえ?!


クレドさんの方でも、これは奇遇だったみたい。涼やかな切れ長の目が一瞬だけ見開かれた。その後、訝しそうに目を細め、わたしの『仮のウルフ耳』をサッと辿ったようだった。


――アヤシサ満載の《変装魔法》とかじゃ無いから、このコスプレは、犯罪では無い筈なんだけど。ショートボブな髪型だから、うなじで締めた黒いリボンの端が背中に流れているのも、バッチリと丸見えだし。


地妻クラウディアは余裕たっぷりの色気のある含み笑いをしつつ、オフェリア姫に優雅な一礼をしていた。そして、手慣れた様子で、『ランディール卿』の名前と共に宣言していた内容を、繰り返した。


すなわち、わたしを、ランディール卿ハーレム要員として、『穏やか』に勧誘している真っ最中である、という事実を。


――わたしの背後を見通しているクレドさんの眼差しが、凍ったような気がする。


そこ、地妻クラウディアの、巨人のようなレオ族の護衛が立ってる筈の位置だ。下手に失礼したら、血の雨が降るかも……という不吉な想像があるんだけど、大丈夫だろうか。


淡い栗色の髪が美しいウルフ貴族令嬢は、薄青色のドレスの胸に優雅に手を当てながらも、抜け目のない笑みを浮かべて来た。


「まぁ。ならば、わたくしはウルフ王国の第二王女として、この子を引き留めますわ。国民の保護は国の大事ですもの」

「フェアにお願いしますわね、水のオフェリア姫。我がレオ帝国が、ハーレム要員と見込んだ者を不当に扱ったことはありませんもの、ウフフ」

「我らがウルフ族出身の『水のサフィール』が、体調不良で長期休養になった件は、如何ですの?」

「彼女のハーレム主君『レオ王子殿下』が、充分な医療を用意されている筈ですわ。ウルフ王国のお手を煩わせる事は、ありませんわよ。詳しくお聞きになりたいなら、『レオ王子殿下』の父であられる、『レオ王陛下』ハーレム『水妻ベルディナ殿』まで、どうぞ」


何だか、牽制の火花が飛び交ってるような会話だなあ。


ウルフ王国の第二王女たるオフェリア姫が、これだけ美人で口達者なら、今は亡き第一王女アルセーニア姫って、どれくらい美人で有能だったんだろう。ちょっと想像が付かない。


――ハッ。気が付けば、ロイヤルな方々じゃ無いか! わたし、此処に居て良いものなの?!


「あら、此処にいらして頂戴、ルーリー。あなたは明らかに未成年でしょう。レオ帝国の大使館に連れ込まれないように、シッカリ見張っててあげますわ。それに、わたくしも、ルーリーに興味がありますの。その『耳』、造り物でしょう。どんな冒険があったのか聞きたいわ」


わたしの狼狽の意味をハッキリと見て取っていたようで、オフェリア姫はイタズラっぽくウインクして来たのだった。何だか、型破りで親しみやすい王女って感じだ。此処まで来るって事は、正式な行動じゃ無いと思う。お忍びが好きな性格みたい。


ポカンとしているうちに――


地妻クラウディアの方は、ハーレム主君たるランディール卿に呼び出された様子だ。3人の正妻たちも、一緒に手招きしている。


ハーレムの正妻の4人全員で、緊急に決めなきゃならない話題が出て来たらしい。


地妻クラウディアは「ちょっと待っててね」と言いながら、わたしの『仮のウルフ耳』をひと撫でした後、優雅さを失わない見事な速足で、ランディール卿の元に駆け付けて行った。地妻クラウディアの後を、忠実なレオ族の護衛が威風堂々と付いて行く。


地妻クラウディアと護衛からは一時的に解放された形だけど、ロイヤルな第二王女オフェリア姫に捕まったような形だから、此処がホッとする場面なのかどうかも、良く分からない。


それに。


クレドさんとオフェリア姫。


悶々と気になって来る。一言では言い表しにくい、微妙な意味で。


――クレドさんがオフェリア姫を片腕抱っこしているって事は、良い仲だったりするのだろうか。すごく、お似合いの2人って感じだ。クレドさんは落ち着いた静謐な容貌。オフェリア姫は溌溂とした美人。お互いの良さを引き立て合ってるし。


オフェリア姫の左薬指には、茜ラインが見えている。チェルシーさんの物ほど複雑と言う訳では無いけど、それなりに込み入ったデザインのように見える。


わたしがクイッと首を傾げると、オフェリア姫は、すぐに自分の茜ラインに目をやり、目をパチクリさせた。


「あら、イヤだ、クレド隊士、ルーリーが誤解してるわ。あの地妻クラウディア殿は余計な混乱を起こすのが得意なのよ、ヴァイロス殿下に間違って伝わったら大変。ちょっと降ろして頂戴」


命令に忠実なクレドさんは、即座に、オフェリア姫を降ろした。ん? ヴァイロス殿下の方向をチラリと窺った? どういう事?


豪華絢爛な金髪のヴァイロス殿下は――こちらに背を向けていた。レオ族のリュディガー殿下やランディール卿と熱く議論している事もあって、気が付かなかったみたい。


地上に立ってみると、オフェリア姫は、わたしより少し背が高い――フィリス先生と同じくらいの背丈だ。


「初めまして、水のルーリー。わたくしは『水のオフェリア』、ウルフ王国の第二王女として『姫』称号を戴く者。此処とは別の飛び地の領土の出身で、ヴァイロス殿下の婚約者です。同じ《水霊相》生まれ同士、堅苦しくなくやって頂けたら嬉しいわ」


――はぁッ?! あのヴァイロス殿下と結婚する予定なんですか!


「そうなの」


オフェリア姫は、にこやかに答えて来た。


「数日前、ヴァイロス殿下が捕まえたという『耳無し坊主のナンチャッテ暗殺者』って、あなたの事なのね。女の子が『耳無し』になるケースは珍しいし、この辺りで造り物の『耳』を着けているのは、ルーリーだけだし」


――その節は、お世話になりました、って言えば良いのだろうか。でも、あれは本当に異常な状況だったし、簡単には説明できないような誤解があった訳だし、地下牢にも入れられたから良く分からない。返答に詰まるとは、この事だ。


返答に詰まっていると、オフェリア姫はコロコロ笑いながら、わたしの頬をフワリと摘まんで来た。


「この子、本当に面白いわね、クレド隊士。この変顔、このピコピコ尻尾、まるで百面相よ……フフフッ。認めるのは癪だけど、あの地妻クラウディア殿が入れ込むのも分かるわ」


――どうやら、わたしは変な顔をしていたらしい。よりによって第二王女の前で。或る意味、恥ずか死ねるかも知れない。でも、第二王女オフェリア姫に頬を摘ままれた事は、後々までの土産話になりそうだ。


戸惑っていると、ハシバミ色のユニフォームをまとった黒狼種の上級侍女が優雅な足取りでやって来て、数本の水筒をトレイに乗せて差し出して来た。


お茶サービスみたい。この観覧席にはテーブルを置く余裕が無いから、ティーセットじゃ無くて水筒タイプになる訳だ。


オフェリア姫は、その水筒を優雅に手に取った。


「有難うね、シャンゼリン」


シャンゼリンと呼ばれた黒髪の上級侍女は、ハッとするような美麗な笑みを浮かべ、洗練された所作で目礼した。貴種なのだろうかスラリと背が高く、生まれながらの貴族令嬢そのもの。両方の黒いウルフ耳に、お洒落な耳飾りを着けている。


黒髪の上級侍女シャンゼリンは、少し離れた位置で控えていたクレドさんにも、水筒の乗ったトレイを差し出した。シャンゼリンが優雅に首を傾げた拍子に、美しい形をしたウルフ耳の横で、黒い耳飾りがシャラリと揺れる。あの優雅な所作、わたしには、とっても出来そうにない。


クレドさんの方は、お茶は要らなかったようで、驚くくらい器用に謝辞を述べていた。2人は知り合いだったみたいで(当然だけど)、社交辞令に毛が生えたような内容を話し合っている。

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