閲兵式の表と裏・2
4番目から5番目の立ち合いに移る頃――
「ハーイ、ルーリー嬢じゃ無いの。見違えたわ。ビックリしたわ!」
レオ族の圧倒的な美女、地妻クラウディアが、レオ族の隊士の護衛と共にヒョッコリと現れた。ビックリだ。どうやって此処が分かったんだろう?
今日も地妻クラウディアは、控えめながら洗練の極みと豪華さを兼ね備えたココシニク風ヘッドドレス。ダイヤモンドみたいにキラキラ光る『花房』をお下げみたいに流している。ナイスバディを包むドレスは、昼日中と言う時間帯に合わせているのか、以前の妖艶な紫色のデザインじゃ無くて、上品なクリーム色でまとめた、如何にも上流の淑女らしいデザイン。
ただし、胸元はドレープで強調されているうえに、大きく開いている。だから、その見事な盛り上がりと共に、谷間がシッカリ、クッキリと見えている状態だ。
元々、レオ族女性はウルフ族女性より頭一つ分ほど背が高いから、ナニゲに迫力がある。あんまりにも圧倒的な色気の、絶世の美女なものだから、男の子たちも女の子たちも、ポカーンとしている。地妻クラウディアの、見事に盛り上がった胸から目が離せない男の子も居る。お年頃だね。
「ウルフ族の護衛さん、私はルーリー嬢と折り入って話があるの。ちょっとお借りするわね」
「レオ帝国の大使館に連れ込むつもりなら、拒否します。フィリス先生に特に依頼されてますので」
ウルフ族の武官さんの困惑顔に対して、地妻クラウディアは一層、愉快そうな笑みで応えた。
「ウルフ族の領土で、我々レオ族が未成年の拉致誘拐など不法な振る舞いをすると思って? 社交スペースからは消えないから大丈夫。将来のハーレム要員の候補として、我が夫ランディール卿との顔合わせが済んだら、お返しするわ。成年であれば契約書付きの話し合いになるところだけど、ルーリー嬢は未成年だからね、『挨拶』だけよ」
――やっぱり、このヒト、本気で怖いッ!
レオ族は基本的に押しが強いんだけど、責任者『ランディール卿』の名前を出して来たからには、宣言した通りに扱ってくるのは確実なんだそうだ。
と言う訳で、最低限の礼儀は確保できるとして、わたしは地妻クラウディアに連行される形となった。いずれにしても社交行事だから、『挨拶』の名目になると、たいていは拒否できないらしい。
――たぶん、グイードさんとチェルシーさんも、『挨拶』という事で抜けて来られなかったんだろうな。
慎重に警戒しつつも、地妻クラウディアの後を付いて行く。
最後尾には、巨人のような体格に朱色の戦闘衣をまとった、茶色のタテガミも立派なレオ族の護衛が控えていた。腹をくくったからには逃げ出すつもりは無いけど、逃げ出せるような隙って、全く無い。
地妻クラウディアが、楽しそうな様子で話し出した。
「あなたの事は早めの昼食時の時に気付いていたのよ、ルーリー嬢。あなた、周囲から目立って所作が綺麗だったから、他のハーレム団の正妻たちが、望遠鏡を通じて目を付け始めているわ。気付いた人は、まだ少ないけどね。それで、『顔見知り』というアドバンテージを持つあたしが、先手を取って駆け付けた訳」
――鵜の目・鷹の目ってとこかなあ。『他種族のハーレム妻=投資商品』扱いみたいだし、有望な投資商品を見定めるのは、レオ族の正妻たちの勝負みたいな物なのかも。怖い。
やがて、貴人たちの社交スペースが見えて来た。剣技武闘会を間近に観覧できるポイントだ。
勝負スペースと観覧スペースとを仕切る、透明な魔法素材で合成された防御壁がある。これで、予期せぬ事態を防ぐらしい。
地妻クラウディアは、わたしを横脇に並べて観覧スペースに入ると、クルリとわたしを振り返って来た。珍しく思案深げな顔だ。
「ルーリー嬢って不思議な子ねえ。基本の所作やマナーを何処で身に着けたのか知らないけど、教育のシッカリした城館だったのかしら、一般人の16歳とは思えないくらい年季が入ってるわ。最初は貴族令嬢かと思ったけど、イヌ族がホイホイ近付けるような治療院の総合エントランスには、ウルフ族の貴族令嬢は、護衛無しでは立ち入らないしね」
わたし、何かしてたっけ? 思わず目をパチクリさせてしまった。
「あら? さっき、観覧スペースの入り口で『失礼します』の意味で正確に身をかがめたのは、無意識なの?」
「無意識……だったみたいです」
地妻クラウディアは首を傾げていたけど、満足そうに「そう」と応じて来た。
――『ランディール卿』だというレオ族の茶色タテガミの人物は、此処では最も偉い金色タテガミのレオ帝国大使『リュディガー殿下』のサポートで、忙しくしている様子だ。ヴァイロス殿下やリオーダン殿下と、何かを熱心に話し合っている。当分の間、地妻クラウディアと合流する暇は無さそう。
ランディール卿を、3人の、いずれも美女な正妻が取り巻いている。いずれも地妻クラウディアと同じデザインのドレス、つまり、クリーム色のタイをしたランディール卿に合わせて、クリーム色のペアルックだ。ココシニク風ヘッドドレスも、全員共通。『花房』先端の宝玉の色だけが違う。
リュディガー殿下の正妻たる4人の美女たちは、金色のタイをした殿下に合わせて、彩度を抑えたカラシ色に金粉をまぶしたペアルックのドレスだ。でも、デザインが洗練されてるから嫌味が無くて、すごく華やか。ランディール卿のハーレムとは、ココシニク風ヘッドドレスのデザインが違う。そして『花房』先端の宝玉の色で、どの正妻が、火の妻、風の妻、水の妻、地の妻なのかが一目で分かる。
ヴァイロス殿下やリオーダン殿下の傍で、ひときわ目立っている灰色ローブが居る――ウルフ族の年配の男だ。貴族っぽい物腰。苦み走った、整った人相。明らかに上級魔法使いだけど、以前に見かけた『風のジルベルト』閣下とは、金糸刺繍の量がすごく違う。
――あの人が、噂の魔法部署の、『風のトレヴァー』長官なんだろうか。
しばらくすると、横から含み笑いが聞こえて来た。地妻クラウディアの忍び笑いだ。
「……?」
「ウフフッ、ごめんなさいね、ルーリー嬢。こういうところは、やっぱり一般人なのね。おのぼりさんみたいにキョロキョロしている所が、笑えて笑えて」
悪意は無いんだろうけど、一般人を連れ込んで来て、その反応を面白がるっていう部分、何だかオモチャにされてる気がする。実際に、オモチャ扱いなんだろうなあ。だったら、珍しい場所だもの、いっぱいキョロキョロしてやる。
勝負スペースでは、早くも次の立ち合いが始まっていた。
ウルフ族の側で知ってる人が出て来た。ビックリ。
あのオレンジ金髪ウルフ耳な、筋肉ムキムキの『火のザッカー』さんだ。相変わらず、堂々たるサイズのオレンジ系金色なウルフ尾が、フッサァと、ひるがえっている。
地妻クラウディアが早速、ザッカーさんに反応した。ムムッとした顔つきになっている。
「あの筋肉マウンテンのウルフ男、前回の武闘会で、あたしの護衛を負かしてくれちゃったのよね。レマヴィル卿ハーレムの『火の妻・ルチェリナ』の護衛が立ってるけど、如何な物かしらねぇ。今は、あのウルフ男の勝利を祈るわ。あの後ルチェリナには、ネチネチと侮辱されたのよ」
――へぇ。ザッカーさん強いんだ。意外に有名人って感じ。会場の外でも、一般の見物席の方から、すごい声援が上がってるし。
見ると、ヴァイロス殿下とリオーダン殿下も、ザッカーさんを注視している。ザッカーさんは、クレドさんの同僚って感じの人だった。貴人を警護する親衛隊士なのは確かだし、高位の隊士なんだろうと思う。
ザッカーさんと、今回のレオ族の隊士の立ち合いは、猛然と始まり、猛然と続いた。太刀筋は分からないけど、ガンガン金属音が響いて来て大迫力だ。『まさに見もの』って感じ。互いに怪力タイプの戦士らしくて、刃を合わせるたびに火花が飛んで刃こぼれしているのが、素人目にもわかる。
4回、互いのポジションが変わった。5回目に衝突すると、すれ違いざまに刃物同士がこすれ合う『ギギギ』という音が続いた。
――どうやら、勝負あったみたい。
ザッカーさんがニヤリと笑って、すさまじく刃こぼれした長剣を振った。
一方、レオ族の隊士の方は、脇腹を押さえている。何か痛そう。腕力で負けて、脇腹に刃が当たってたらしい。わたしの位置からでも、ダクダクと出血している様子が見て取れた。ひえぇ。
「医療チーム、出ろ!」
審判か誰かの指示が響き渡ると、無地の灰色ローブをまとった中級魔法使いが4人ばかり飛び出した。中級魔法使いたちは、《風魔法》で速やかに巨体を浮かべ、担架に乗せて、医療テントへと搬送して行く。
地妻クラウディアが腕組みして、ブツブツと呟いている。
「認めるのは癪だけど、あのオレンジ筋肉マウンテン、やったわね。今度は、あたしがルチェリナをチクチクしてやるわ」
……ライバル関係にあるハーレム団の女性同士の戦いも、怖いかも。
地妻クラウディアが属する『ランディール卿ハーレム』のライバルと思しき、『レマヴィル卿ハーレム』。何処に居るんだろうか。




