閲兵式の表と裏・1
今日は、『茜離宮』閲兵式だ。
城下町からの見物客が既に押し寄せていて、『茜離宮』の敷地に設けられた閲兵式の会場の周囲は、お祭り騒ぎになっている。
ディーター先生は朝一番から、閲兵式の魔法使い部門に出席している。ウルフ族の上級魔法使いは、全員出席する事が義務なんだそうだ。ウルフ王国の国王夫妻から直々にお言葉を頂く事になっている。
こう言う風に聞いてみると、ディーター先生は、本当に偉い立場の人なんだなと感じられるよ。
フィリス先生の出番は、その仕事の内容の都合上、午後からだそうで、午前いっぱいは、わたしに付き添ってくれる事になった。わたしのドレスアップに興味津々な全身ピンク色のメルちゃんも、一緒にくっついて来ている。
メルちゃんのうなじでは、買ったばかりのピンク色のヒラヒラ・リボンが、その存在を主張しているところ。幅広のリボンをスカーフみたいに首に巻いて、うなじで蝶々結びにするのが今年の流行だとか。背中に長く垂らした端が吹き流しみたいにひるがえって、如何にも華やかだ。
人の流れは、ほとんど『茜離宮』の方に移動している。今日の病棟の中庭広場は、閑散としていた。
チラホラと行き交うのは、居残り組の当直の治療師たちや、御用達の出入り業者たちだ。人通りの少ない今日は、大型の物資の輸送のチャンスでもあるみたい。ミニ店舗に面する通りでは、大きな機械や建材などを積んだ、大型の台車が連なっている。
前日、ミントグリーン色のワンピースや『ウルフ耳付きヘッドリボン(黒)』を注文していたお店は、開いていた。
ひととおりドレスアップが済むと、『ウルフ耳付きヘッドリボン(黒)』を用意して来ていた初老のウルフ族男の店長さんが、『お似合いですよ』と、にこやかに笑いかけて来てくれる。
鏡の中には、『城下町から繰り出して来た、その辺のボーイッシュな少女』といった感じの姿が映っている。頭部に見えるのは、造り物の『耳』。
横や後ろから見ると幅広の黒いリボンが目立つので、造り物のウルフ耳だと分かる。でもまぁ、パッと見には、ごまかせている風だ。
記憶喪失なわたしにとっては『コスプレの延長』と言うような変な感じがするんだけど、メルちゃんに言わせると、今までの『人類の耳/耳無し坊主』バージョンよりは、ずっと自然に見えるらしい。そりゃあ、獣人ウルフ族だもんね。尻尾の毛も、こころなしか『フサッ』として来た気がする。髪の毛の方は……指の関節1コ分くらいは伸びてるっぽい。
それから、もうひとつ、割と『そうだったの?』っていう事があった。
あのレオ族の美女――地妻クラウディアの見立て、当たらずといえども遠からずだったらしいんだよ。
ナニゲにメーキャップ資格を持っていた(!)初老のウルフ族男の店主に言わせれば、わたしは、お化粧で大いに化けるタイプなんだそうだ。『耳無し坊主』のうちは、さすがに店主さんもピンと来なかったんだけど、造り物のウルフ耳を付けてみるとパッと分かったと言う。
そんなモノなのか。記憶喪失なせいか、その辺のセンスは良く分からない。
試しにお化粧してみて――
フィリス先生いわく『これじゃ、まるで別人だし、妙な意味で目立ちまくるから止めときましょう』となったんだけど、うん、わたしも同意だよ。元の顔が顔だからして、よっぽど変な『お化け顔』に見えるらしい。
メルちゃんの顔をポカンとした状態のままにしておくのは、わたしの望むところじゃ無いし。
*****
そんなこんなで割と遅れて、今や満席状態の会場に到着した。お天気は快晴だ。
会場をぐるりと取り巻く見物席は、当然、取れなかった。所用があって遅れて来た不運な見物客と混ざりつつ、距離のある高台から望遠鏡を利用しての立ち見になる。
――ウルフ王国の閲兵式そのものは、意外に興味深い。
高い見張り塔の間をつなぐ空中アーチ回廊に、ウルフ王国の国王夫妻をはじめとする貴賓席があって、そこにレオ帝国の大使一行も鎮座していると言う。見張り塔から見渡せる敷地いっぱいが閲兵式の会場になっている。
成る程、警備しやすく、同時に不審者を見つけやすい条件だと納得だ。
メルちゃんが望遠鏡で会場をあちこち眺めながら、ご機嫌な様子で尻尾を振り振りしている。
「親衛隊、カッコいいわ~。あッ、あっちに金髪の王子様が居る~」
そうなんだろうね。
遠目にも、お揃いの紺色マントの軍装の一団がザッザッザと行進しつつ、儀礼的な演武プログラムに合わせてなのだろう、長物を一斉に操作している様子が見える。
どれもこれも共通の軍装だけど、親衛隊を務めるエリート武官と、それ以外の一般武官の動きが違うので、何となく見分けが付く。
こうして見ると、王族を警護する親衛隊にまで昇格できるのは、100人に1人という感じだなあ。
倍率、とんでもなく高そうだ。
普通だったら、接近するケースすらも少ないんだろう。わたしが此処に出て来た時は、第一王子ヴァイロス殿下が暗殺されかけた事もあって、一時的に珍しい状態になっていたんだろうなと思う。
――たぶん、あれで、一生分の幸運を使い果たしたよね……
一生――わたしの人生。ちょっとだけ、思いをはせてみる。
いつか、『呪いの拘束バンド』は取れるかも知れない。取れないかも知れないけど、その時はその時。そして徐々に城下町に出て行って、独り立ちの道を探す事になるんだろうと思う。いい人が居たら、結婚も考えるかも知れない。チェルシーさんやジリアンさんのように。
さいわい『正字』スキルは良いレベルにあるみたいだから、それで身を立てると言うのも出来るかも――
――親衛隊が出る方のプログラムは終了したみたい。親衛隊目当てと思しき女の子たちが、ピョコピョコと跳ねながら一斉に動き始めた。たぶん、近い方の見物席に居たら気付かなかった動きだと思う。面白い。
フィリス先生も動き始めたので――ただし、軽食コーナーの屋台が並んでいる方へ――メルちゃんと一緒に後を付いて行く。やがてフィリス先生はテキパキと話し掛けて来た。
「少し早いけど、昼食にしましょう。私は午後の武闘会でディーター先生やフルールのグループに加わって医療チームを務めるから、それまでにチェルシーさんやグイード殿と合流できると良いのだけど」
――ビックリな言葉が出て来たような気がする。『武闘会』。舞踏会じゃ無いよね?
「ええ、そうよ。肉弾戦の方の剣技武闘会で、出るのはレオ族の戦闘隊士と従者、ウルフ族の同等の男性武官だけ。魔法部門は既に終わってるの、そっちは女性の魔法使いも出てるんだけど。武器の破片が飛んで来て危険だから、見物の際は近付かないようにね。念のためだけど、グイード殿は近くに来た破片を打ち落とせるから、傍を離れない方が良いわ」
――チェルシーさんの旦那さん、色々と規格外ですね。他にもスゴイ秘密を持ってそうな気がします。
お手手をつないでいるメルちゃんが、タイミングよく口を出して来た。
「そーなのよ、ルーリー。お姉ちゃんに聞いたんだけど、グイードさん、昔の武闘会で8位入賞した事あるんだって。それも、風邪ひいたお友達の武官に代わっての出場でよ。親衛隊の方から武官としてのスカウトがあったみたいなんだけど、自分は元より文官コースで御座いって、クソ真面目に辞退したんだってさ。ガッチガチの変人よね」
――あの四角四面な人らしいなあ。それにしても、あの紺色マントの人数の中で8位? 凄すぎる。
*****
グイードさんとチェルシーさんは別件があったのか、合流場所に現れなかった。
考えてみればグイードさんは高位文官だから、席を外せない急用が出来ても不思議じゃない立場の人だ。まして社交パーティーに限りなく近い国家的行事だし、公的な場では女性同伴が必須みたいだから、チェルシーさんはグイードさんの傍に居てサポートしているだろう。
幸いに、メルちゃんの遊び友達が一杯来ていて、子守を兼ねるお目付け役の紺色マントの武官さんも来ていたから(一般武官の小遣い稼ぎなんだそうだ)、その一団に混ぜて頂いて、剣技武闘会を見物する事になった。
で、結論。
――剣技武闘会は、限りなく実戦に近い物騒な代物だった。
朱色の軍装をまとったレオ族の隊士と、紺色の軍装をまとったウルフ族の隊士が、公平を期すために古式ゆかしき『物理的な長剣(魔法合成では無い)』を構えて斬り合うんだけど、まさに『ぶつかり合い』だ。
剣技と言うモノが、あそこまで殴り合う物だとは思わなかったんだよね。剣と言っても、その本質は『頑丈な棒』なんだから、当然かも知れないけど。
メルちゃんのお友達の男の子たちは、望遠鏡を代わる代わる奪い合って構えながら、スッカリ興奮している。『すッげぇ!』とか騒ぎながら、お煎餅をバリバリかじっていたり。こっちの方が、見ていて微笑ましいと思ってしまう。
何人かは既に入隊試験を受けていて、訓練隊士になる事が決まったそうだから、こういう見物も、お勉強になるのかも知れない。
剣技武闘会のプログラムは、まだ最初の部分しか経過していないけれど、早くも負傷者が続出している様子だ。負傷者を乗せた担架が、医療テントの間を行き来しているのが遠目にも見える。医療チームが忙しくなる訳だ。
――あれ、クレドさんかな?
距離があるから誰なのかは分からないけど、クレドさんっぽい髪型と体格をしたウルフ族の隊士が、レオ族の隊士と尋常に勝負してるんだよね。ほぼ互角って感じなのかな。お互いに熟練者だというのが分かるくらい、太刀筋が違う。
子守を兼ねるお目付け役の武官さんが、「親衛隊クラスの組み合わせになった」と解説して来てくれた。成る程。
見ていると、この勝負はウルフ族が勝ちを取ったらしい。武官さんの解説によれば、刃が少し傾きすぎたのを捉えて、長剣を巻き取って弾いた上に小手を打ったんだそうだ。
ウルフ族の隊士が、レオ族の隊士の喉元に長剣を突き付けている。確かに『勝負あった』という状況だ。レオ族の隊士が、如何にも痛そうな様子で手の甲を押さえている。長剣は近くの床に、真っ逆さまに突き立っていた。防具が無かったら、手を切断されていたのかも。
目にも留まらぬ動きだから、わたしには全く分からなかった。周りの男の子たちにも分からなかったみたい。
早くも次の立ち合いが始まった。この勝負はレオ族の隊士がグイグイ押して勝ちを取ったので、ウルフ族な男の子たちは、さすがに涙目だ。分かりやすい。




