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偶然と必然の場外乱闘

入浴を済ませて、総合エントランスで5人で集まって、昼食を取る。


いつものように――昨日の出来事をスッカリ忘れ果てた様子で――常時ハイテンションなイヌ族の金髪男、『火のチャンス』さんがやって来た。


「ヤァヤァヤァ、良い天気にフリーの独身のウルフ女、3人も居るじゃねーか。1人くらい付き合っても良いだろ、カノジョたち~」


今度はイヌ族の彼女連れだ。ラブラブする予定で声を掛けて、ついでに、こちらにも気づいて接近して来たと言う風らしい。『ウルフ族を落とせるかどうかは、称賛されるスキルのひとつ』だと、レオ族の地妻クラウディアが解説していたけど、本当のホントだったんだなあ。


早速、メルちゃんが口を出した。


「イヒヒ、残念だけど、1人フリーが減ってるのよ」


チャンスさんは「ほえ?!」と変な声を出しながら、わたしたちの左手にザッと目を通して来る。その目線の素早さ、超能力が入ってるのかも知れないと思えるほどだ。


「あ~ッ! 俺のフィリスを、誰が横取りしたんだよ?!」


フィリス先生は、サクッと無視して、お茶を頂いている。ほんのりと赤面はしているんだけど、茜ラインが出た事で余裕も出たみたいなんだよね。


男性側には、目に見えるようなサインが出ない物だから、『誰と《盟約》したの?』っていう事は、当てものゲームになるみたい。チャンスさんが、近くのウルフ族の男性も巻き込んで必死に探りの質問を入れてるけど、フィリス先生は素知らぬ顔でかわしている。



――それは、突然だった。


次にチャンスさんが巻き込んだ、『一見してウルフ族の男性』――


一見してウルフ族・黒狼種そのものの、黒茶色の毛髪をした若い男だ。背丈はチャンスさんと同じくらい――つまり、割と大柄な、平均的なウルフ族男性っぽい感じ。


黒茶色の毛髪の男性は、チャンスさんを見るなり、細い目をカッと見開いた。


「ああッ! 巻き尾の貴様は、『ミラクル☆ハート☆ラブ』の出しゃばり野郎!」


そのセリフには、チャンスさんも仰天したみたい。チャンスさんが呆然とした隙を突いて、黒茶色の毛髪の男は、チャンスさんを殴り倒した。


「てめぇ、よくも、よくも! この赤サークレットは俺のだぞ、よくも盗って行きやがって!」

「勝負は俺が勝ったんだ、賞品にもらったって良いだろ!」


黒茶色の毛髪の男は、チャンスさんの上に馬乗りになって、チャンスさんの襟首をギュウギュウ締め始めた。まさに大喧嘩だ。


良く見ると、手首には『迷子の輪』を大人用の物にしたタイプ、つまり『行動監視ブレスレット』をハメている。


――この黒茶色の毛髪の男、喧嘩っ早いので、監視対象なんだろうか?!


チャンスさんを取り巻いていたイヌ族の彼女さんたちが、「キャーッ♪」と叫びながら飛びすさる。居合わせていたイヌ族の女の子たちも次々に集まって来て、遠巻きにしながらも、やんやの喝采だ。こういう喧嘩は、お祭り騒ぎに相当するらしい。


フィリス先生とフルール先生の誘導で、チェルシーさんとメルちゃんとわたしは、争いの及ばない距離まで隔離された。


男性たちの肉弾戦に巻き込まれると、女性は小柄だから無事では済まない。まして今、目の前で争っているイヌ科の男たちは、レオ族やクマ族と並んでも見劣りのしない、大柄な体格だし。


こうしてみると、黒茶色の毛髪の男、ウルフ族かイヌ族か、全く分からない。『耳』と『尾』、それに顔立ちはウルフ族そのものだ。体格も、ウルフ族男性の平均くらい。でも、チャンスさんとボコボコ殴り合っている所をよく見ると、本当はイヌ族なんだろうかと思うくらい、戦い方が似通っている。


戦い方の違いは分からないから、直感的な言い方になるんだけど。決闘とか最終決戦とか、ガチでやり合う場合、ウルフ族は急所を撃つ一撃必殺タイプになって、イヌ族は体力が続く限りの連打タイプになるって感じ。


フルール先生が目を見開いた。


「フィリス、あの男、問題の急患だった男じゃない! 前日の検討会議に出て来た、あの種族系統の不明な急患!」

「ほ……ホントだわ! って事は、あれ、イヌ族って事……?!」


フィリス先生も、口に手を当てて息を呑んでいる。あまりにも予想外の遭遇だったみたい。


イヌ族の金髪プータロー男チャンスさんは、意外に強いレスラー戦士だった。『ぐいーん』と勢いを付けて、黒茶色の毛髪の男を持ち上げ、改めて床に『ベッタン!』と叩き付ける。


黒茶色の毛髪の男は「ギャン!」と叫んで、グッタリとなった。


「てめぇ、そこまで念入りな『変装魔法』してるから、殴り合いパワーにまでエネルギーが回ってなかったんだろう、アホな野郎だワン!」

「ガウウゥ~ッ、そのエネルギー補給用の赤サークレットさえ、こっちに戻ってれば~ッ!」


――だいたい、事情は分かったような気がする。《変身魔法》と《変装魔法》は、似て非なる代物らしい。


生まれつき『魔法の杖』無しでも本能的に発動できる《変身魔法》は、『狼体』や『犬体』に変わるだけだから、エネルギーをほとんど使わない。


それに対して《変装魔法》は、他種族に限りなく似せるための魔法で、エネルギーをすごく使うらしい。急患とか言ってたけど、それって、『変装』エネルギーを使い過ぎたのが、原因だったんじゃ無いだろうか。体内エーテルの流れが乱れた時と同じように、容体の安定や回復が遅れただけとか。


パニックになった誰かが《緊急アラート魔法》を使って、四方八方に通報していたみたい。衛兵たちが長物を持って、ただならぬ様子でドヤドヤと入って来た。


ディーター先生も渡り廊下の方から現れて来た。更に、チェルシーさんの旦那さんのグイードさんも、衛兵に混ざって踏み込んで来た。当然ながらグイードさんは、大魔王化しているところだ。


「(ゴン!)ギャオーン!!(チャンスさんの叫び声)」

「(ゴン!)ギャオーン!!(黒茶色の毛髪の男の叫び声)」


余りにも、目にも留まらない一瞬。


チャンスさんと、黒茶色の毛髪の男は、頭のてっぺんに見事なコブをお揃いで作って、仲良く失神していたのだった。


――すぐ手前に居るグイードさん、何か、したんですよね?!


「……うそ。《変装魔法》が一瞬で解除されたわ。普通は、強制解除するのにも色々準備が必要だし、数日かかる筈なのに」


フルール先生が、目を丸くして呟いている。フィリス先生も口を引きつらせつつ、ちょっとだけ震えていた。


身を乗り出して見てみると――確かに。


黒茶色の毛髪の男は、今や、明々白々な、イヌ族の男だった。『尾』は、イヌ族に多く見られる差し尾スタイルの一種。『耳』は、ウルフ耳とは明らかに違う。ちょっとねじれた種類のイヌ耳。元々が立ち耳だから、『変装』を頑張ればウルフ耳っぽくなるだろう。


妙に豪胆なところのあるチェルシーさんが、こそっと解説して来てくれた。


「確か、夫は若い頃、容疑者に尻尾を出させるための尋問の、名手だったから」


――あれは『尋問』じゃ無くて『拷問』だよ! 書類仕事メインの文官コースの役人なのに、反則だよ!


駆けつけて来ていた若手の衛兵たちも、ハッキリと青ざめている顔色だから、同じ気持ちだと思う。ディーター先生も何やらブツブツ呟きながら、首を振り振り、困惑顔をしているし。


ディーター先生が、2人のイヌ族の男たちに、『魔法の杖』をかざした。


すると、2人のイヌ族の男たちは、すぐに目をパチパチさせた。


気付けの効果があったみたい。ディーター先生は、さすが上級魔法使い治療師だ。


*****


2人のイヌ族の男たちは、即座に連行されていった。


よりによって病棟の総合エントランスで大乱闘をしたという状況だから、相応のレベルの前科が付くのは確実だ。


片方は、忍者や工作員が使う《変装魔法》を使って正体をごまかしていたから、ウルフ王国の役人たちの心証を、すごく悪くしている状態。処刑までは行かないらしいんだけど、それでも、キツイお仕置きを食らうだろうと思われる。


チャンスさんの喧嘩相手の男は『火のサミュエル』さんと言って、チャンスさんと同じように、ランジェリー・ダンスの店『ミラクル☆ハート☆ラブ』の常連さんだった。


2人のイヌ族の男たちは、お仕置きを軽くしてもらうためだろう、驚くべきことを証言した。


――チャンスさんとサミュエルさんは、求愛ダンス用の新商品『媚薬入り金粉ドラッグ』を定期的に購入していた。話題の、赤いスケスケのランジェリーのバニーガールから。この商品は、メルちゃんに差し出されていた、あの香水瓶と同じ。


バニーガールの気分で取り分が増減するそうで、チャンスさんとサミュエルさんは、度々喧嘩になっていたそうだ。出入り業者をしていたケビン少年とその伯父さんは、これを目撃していたらしい。


最後の夜、サミュエルさんの方が取り分が多かったし、新商品の『肉体増強剤』お試しサンプルも混ざっていた。不満爆発のチャンスさんは、サミュエルさんに不意打ちを仕掛けて、商品と赤サークレットを奪ったと言う訳。


赤サークレット、すなわち『エネルギー補給サークレット』を急に失った事で、サミュエルさんは、体内のエーテル状態が乱れて体調悪化した。そして、見た目でウルフ族の急患と判断されて、『茜離宮』付属・王立治療院に搬送されていた。


――その『肉体増強剤』お試しサンプル、とんでもない商品だった。


一瞬でバーサーク化するドラッグ――『爆速バーサーク化ドラッグ』だったんだよ。


大陸公路の全土で即座に禁制品となった代物だ。


チャンスさんが、イヌ族のスタンダードな魔法道具『エネルギー補給サークレット』による増強効果だけで満足していたのは、チャンスさん自身にとっては、本当に幸運だった。チャンスさんに襲われて、急患になってしまったサミュエルさんも同様。邪悪そのものの『爆速バーサーク化ドラッグ』を服用する前だったからね。


問題の『肉体増強剤』もとい『爆速バーサーク化ドラッグ』は、ほんの1カ月か1カ月半ほど前に、竜王国で新しく開発された違法ドラッグだと言う。闇ギルドを通じて、急速に、かつ野放図に広がっているところ。


当の竜王国が、国境を越えないように国内問題として食い止めるべきだったんだけど、目下、竜王国は、バーサーク暴動が多発している内乱地獄の真っ最中で、それどころじゃ無いそうだ。


数日前、竜王都の中心で、多数のバーサーク化した竜体との激闘があって、もう少しで竜王国が滅亡するところだったらしい。ラエリアン卿なる大物クラス竜人が中心になって、バーサーク竜の軍団を各個撃破していると言う。王宮と神殿の政局分裂から始まっているのだそうだけど、ホントに迷惑ったら、ありゃしない。


そして。


前日、衛兵の喉笛を噛み切った謎の『狼男』――バーサーク化したウルフ族男の誰か――も、この『爆速バーサーク化ドラッグ』を服用していたらしいという事が判明した。


傷痕に残っていたドラッグ成分と、チャンスさんから提供された『爆速バーサーク化ドラッグ』の成分とが、完全に一致したんだって。


この『爆速バーサーク化ドラッグ』、爆速な効果だけあって、薬効が切れるのも爆速なんだそうだ。ボトル1本であれば、ほんの一刻ほどで、効果が切れる。犯行を済ませた『狼男』が、すぐ正気になって証拠隠滅して逃げられる訳だよ。


ヴァイロス殿下を襲ったバーサーク化ウルフ族とバーサーク化イヌ族たちは、通常の魔法(ただし禁術)によるバーサーク化だったから、なかなかバーサーク化が終わらず、ほぼ現行犯で逮捕する事が出来た。


それを考えると、問題の『爆速バーサーク化ドラッグ』、まさに潜伏タイプの忍者や暗殺者向けの、恐ろしすぎる新商品と言える。


ただ、残念ながら。


カギを握っていると思われるバニーガールは、既に『ミラクル☆ハート☆ラブ』には居なかったそうだ。そろそろ足が付くと判断して、行方をくらましてしまったみたい。そこまで逃げ足が速いという事は、闇ギルドに属する、密輸の名人なのかも知れない。


バニーガールと良く会っていたのではないかと思われるタイストさんも、既にボウガンにやられて、死んで居る。


タイストさんが『爆速バーサーク化ドラッグ』を購入していたかどうかは不明だけど、何らかの事情で巻き込まれていたとすれば、異常な死に方をした理由としては、妥当かも知れないという所だ。

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