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たまゆらの銀の夜を過ぎて

チェルシーさんの爆弾発言の後、その夜、ちょっとした出来事があった。


実は、メルちゃんの母親のポーラさん、忙しすぎて、お迎えに来れなかったんだよ。同じドレスメーカー関係者の、メルちゃんの父親も、同じく。忙しすぎて、本来は美容師のジリアンさんも、ポーラさんの仕事の助っ人をやってるくらいだ。


原因は――早くも3日後に迫った、『茜離宮』の夏の閲兵式だ。


ドレスメーカー関係とか、ファッション業界では、年に2度しか無い、大型の書き入れ時なのだ。


当然だ。『閲兵式』を含む数日間は、町の若い女性や少女たち、それに貴族令嬢たちが、お小遣い予算の許す限りの範囲で、流行ファッションを消費するシーズンである。


女の子たちのドレスアップに合わせて、周囲の男性たちのファッションも、少なからず影響を受ける。その波及効果は凄いものがある。


そんな訳で、当座の対応として、メルちゃんは、わたしの病室にお泊りという形になった。


チェルシーさんの爆弾発言のせいで、わたしとメルちゃんとフィリス先生も、チェルシーさん程じゃ無いけど、要警護の対象に含まれている。わたしたちが出来るだけバラバラで居ない方が、警護しやすいとの事で、こうなった訳だ。


急遽、ディーター先生が目下の警護担当として、研究室に戻されている。


ディーター先生自身は、やっと捜査チームでの仕事に一区切りがついて『肩が凝ったなあ』などと、肩をコキコキしている。一見『大丈夫か』と思うくらいに緊張感が無いんだけど。上級魔法使いとしての実力を考えると、その警護の能力は、親衛隊並みに信頼できるレベルだそうだ。


*****


夜が更けた頃――いわゆる、『草木も眠る闇の刻』という時間帯。


誰かが、おでこを、しきりにペチペチと叩いて来る。おまけに、「起きて、起きて、だけど、そーっと起きて」という、ささやき声も。


――んんん?


ボンヤリと目を覚ます。すると、ベッドの端に、金色のピカリ、ピカリときらめく2個の光があって、「はうッ?!」と息を呑んでしまった。


「しーッ。……ルーリー、メルだよ、メル」


目をパチパチする。暗闇に慣れた目は、即座に周囲の様子を伝えて来た。


――『草木も眠る闇の刻』を少しズレた刻だ。


天球には、銀色の球体細工のような、不思議なエーテル天体が浮かんでいる。


未明の空に現れては消える、謎のエーテル天体――《銀文字星アージェント》。


窓からは、ひとときの間だけを刻む《銀文字星アージェント》の、幻のような銀白色のエーテル光が洩れて来ていた。


メルちゃんは同じ病室で、新しく運び込まれた移動ベッドで寝ていたんだけど、いつの間にか起き出して、わたしを起こそうとしていたみたいだ。何で?


続いて、メルちゃんは、隣の部屋、つまりフィリス先生とディーター先生が夜勤を続けている研究室の方を指差した。


その研究室に続くドアの隙間――ドアの向こう側では、2人の先生が仕事をしている筈だ。2人がヒソヒソと話し合っているらしい、微かな気配が伝わって来ている。


コソコソと怪しげに動き回るメルちゃんに続いて、わたしも自然に、コソコソと動き回る形になった。


――ねえ、メルちゃん、何で、わたしを起こしたの?


忍者なメルちゃんは、これ以上ないと言う程のニンマリとした笑みを返して来た。ドアの隙間を、チョイチョイと指差している。


――『そーっと、盗み見してみろ』って事だよね。


気配を悟られないように、床の上で寝ぼけている振りをして、チラリとドアの隙間に目をやる。夜間照明は自動的に光量を絞っているのか、ほぼ無い。


メルちゃんがお勧めして来た盗み見ポイントは『さすが』と言うべきだ。


今まさに、ディーター先生とフィリス先生が何をしているのか――が、窓から差し込む《銀文字星アージェント》の光に浮かび上がって、ほぼ丸見えになっている。


――おや?


2人の話し合いが終わったところみたいだ。ディーター先生とフィリス先生は、ちょっと変わったスタイルで向き合っている。理由は知れないけど、ディーター先生が、フィリス先生の前で――古代の騎士がやるみたいな姿勢で、ひざまづいているところ。


――あれ、確か、『火のチャンス』さんも気取ってやってた姿勢だよね?


やがて、フィリス先生が、ひざまづき続けているディーター先生の、額の中央部に口づけした。グローバル慣習の『親愛の口づけ』と全く変わらない、普通の、おでこへの口づけだけど……?


首を傾げながらメルちゃんを振り返る。


メルちゃんは、いっそうニヤニヤ笑いをしていた。ウルフ耳がしきりにピクピクしている。今にも『イヒヒ』と笑いだしそうな、まさに『会心の笑み』だ。


そしてメルちゃんは、ベッドに戻って再び寝始めた。最初はタヌキ寝入りだったけど、そのうち、本物の熟睡になった。


――良く分からないけど、メルちゃんは、さっきの場面を、わたしに見せたかったという事なのだろう。


見るべきものは見たのだと思う。わたしは首をひねりながらも、コソコソと自分のベッドに戻り、普通に寝入った。


たまゆらの《銀文字星アージェント》の刻は、いつの間にか終了していた。


未明の天球の中、幻のように現れては消える銀白色のエーテル天体は既に解けていた――砂時計の砂のように。


窓の外は、元からそうであったかのように、シンとした闇に包まれていた。


*****


翌日――ディーター先生の研究室。


良い機会という事で、わたしの『呪いの拘束バンド』に、『門番の透視魔法』によるスキャン調査が掛かった。ディーター先生が『透視魔法』を発動して行って、助手のフィリス先生が、その結果を魔法のスクリーンに展開しつつ記録している。


メルちゃんは、研究室の隅の邪魔にならない場所で、興味深そうな様子で、わたしと魔法のスクリーンとを見比べていた。次の授業で使う教科書に目を通しているところなんだけど、記憶喪失なわたしに関する調査の方が、大いに気になっているみたい。


ディーター先生は、魔法のスクリーンに映し出された『呪いの拘束バンド』スキャン結果を拡大して、しげしげと観察し始めた。


「ふうむ。この拘束バンドの基本的な構造が、だいたい分かって来たぞ。物理的に微小な多殻構造として構成して、魔法陣の重複レベルを大きく上昇させている。これはこれで、また1本、論文が書けそうだ」


ブツブツ言いながらも、ディーター先生は、数多の微小な魔法陣の導線を辿り始めた。フィリス先生が、手元の半透明のプレートに手際よくメモして行く。


「透視魔法が使えなかったら、この構造が分からないままでしたね。最初に製作する時に、透視魔法が必要だったのは明らかです。透視魔法にまで反応したら、この分子レベルの多殻構造の構築どころじゃ無いですし」


ディーター先生とフィリス先生は、いつもの2人だ。深夜、不思議な古代の儀式みたいな事をやっていたけど、そんなに大した事じゃ無かったのかなぁとすら思えて来る。


でも、夜中に起きていた事は、2人にとっては、やはり体力や気力に影響があったみたい。『拘束バンド』をスキャンして、全体構造を記録したところで、今日の調査は終わりという事になった。



これから数刻の間、ディーター先生は集中的に仮眠を取る。


フィリス先生の同僚の中級魔法使い――女性の魔法使い治療師だ――の付き添いで、比較的に安全と思われる場所、つまり治療院付属の大浴場を試してみようかという事になった。『炭酸スイカ』が入っている、噂の温泉モドキの事だ。


思いついて、チェルシーさんにも連絡を取ってみた所――チェルシーさんの方でも『そこなら、とりあえず問題は無いだろう』という事で、御夫君からオーケーが出たらしい。元々、下級モンスター毒に触れた腕のケアのため、温泉療法を勧められていたそうだ。


――結論。


噂の『炭酸スイカ』が入っている温泉モドキは、意外に本物の露天風呂、乳白色の湯の温泉みたいだった。


炭酸スイカの実って、お化けみたいな見かけなんだよね。皮は蛍光黄色と蛍光紫のギラギラ模様。果肉は七色の極彩色のグズグズ。それなのに、グズグズの果肉の方は、ちょっと熱を加えただけで乳白色になる。ますます不思議だ。


生の炭酸スイカの、極彩色の七色のグズグズになった中身――しかも、包丁を入れた途端ブクブク泡立った――を見た時の衝撃は、一生、忘れられないと思う。有毒ガスを発生しているかのように見えたし。


味の方は、さすがに保証できないそうだ。元々、食用の方の『スイカ』じゃ無いしね。


「――あら? フィリスさん、《盟約》成立してたの?」


お湯に浸かってホッとしていると、チェルシーさんの、驚きを含んだ不思議そうな声が横から聞こえて来た。


見ると、フィリス先生はチェルシーさんに左手をつかまれて、口をパクパクしているところだ。付き添って来た同僚の中級魔法使い治療師――『風のフルール』という金狼種の女性だ――も、「うっそぉ」と言いながら、のぞき込んでいる。


フィリス先生が真っ赤になって動転してるなんて珍しい。


わたしの背中の後ろで、メルちゃんは「イヒヒ」と、本当に含み笑いをしていた。うーん、昨夜の出来事が関係してるんだよね、メルちゃん?


この際だから、《宿命の盟約》成立のサインだと言う、左薬指の様子を見せてもらう事にする。


――やはり、茜色のラインが出ている。結婚指輪みたいに、指の周りを一周している。チェルシーさんの物ほど複雑じゃ無いけど、クルクルした曲線が成長しつつあるような、不思議なデザインだ。


付き添いの『風のフルール』さんも既婚者――相手は幼馴染だそうだ――というので、同じように左薬指を見せてもらう。見てみると、フィリス先生の物より少し成長した感じのある、異なるデザインの茜ラインが出ている。


聞けば、時と状況に応じて、刻々と茜ラインのパターンが変わると言う。そもそも、《宝珠》の作用で茜ラインが出るんだけど、この《宝珠》が時間変化する性質を持っている物だから、基本的に安定しない代物らしい。どんなパターンが出るのかは個人の想念次第。


成る程、シッカリとした相思相愛の関係の無い《宝珠》の組の間では、茜ラインが出ない――《盟約》が成立しない――という結果になる訳だ。これはこれで、心の内をさらしている訳だから、《盟約》というのは、本質的に覚悟が要る行為なんだろう。


一夫一妻制というのは、そういう究極の賭けを含む物なのだ、と言う事も出来ると思う。


この可視の茜ラインが出るのが、《宝珠》を持つ種族の女性のみである、というのは、今でも謎だそうだ。


男性の方には、可視のサインは一切、出ない。《盟約》が成立すると、男性側の《宿命図》では、共鳴と増幅が生じる事が分かっている。身体能力の増強や魔法能力の上昇・安定といった類で、間接的に観測される。


いわゆる『宝珠メリット』。


ただし、その『宝珠メリット』効果のほどは、《宝珠》次第だ。


例えば竜人――不運にもバーサーク化しやすい、不安定な個体として生まれてしまうケースがある。しかし、《宝珠》の組み合わせが良好だと、伴侶の存在によって、バーサーク化を抑止できるという報告が出ているそうだ。これも『宝珠メリット』の一種。


一定の上乗せ効果は、茜ラインが出ない他種族との間であっても、想念に応じて普遍的に期待はできると言う。でも、それ以上の能力の底上げについては、まさに天球の彼方の思し召し――と言うしか無いらしい。

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