↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/174

閲兵式の表と裏・4

「機会がありましたら、その件について、2人でゆっくり話をいたしましょう――お茶をしながら」


シャンゼリンは、聞き惚れるような流麗な美声の主だ。シャンゼリンは、親しげな様子でクレドさんをお誘いしている。実際に2人は親しいらしい。


2人の間で、後日のお茶の約束が成り立った様子だ。クレドさんの応諾を得たシャンゼリンは、所定の人々に届けるのであろう残りの水筒を、トレイに乗せたまま歩み去って行ったのだった。


観覧席の間で、上級侍女はロイヤルな方々を中心に、中級侍女はそれ以外の大勢を中心に、お茶を提供して回っている。昼下がりのお茶のタイミングだったんだ。


見ていると、先ほどの黒髪の上級侍女シャンゼリンは、際立った美貌と言い所作と言い、華があるのが分かる。並み居る侍女たちばかりではなく、貴族令嬢の間に居ても、何となく存在感が違う。際立つ美人って、ああいう人の事を言うのかも知れない。


オフェリア姫が親切にも、解説をしてくれた。


「あのシャンゼリンは、アルセーニア姫の直属の侍女だった人なの。とっても有能な人だわ。今、いろいろ教わっているところ。不本意ながら――亡きアルセーニア姫に代わって、わたくしが第一王女に繰り上がる事になるから。順番があるから前後するのだけど、シャンゼリンは、わたくしと同様に貴種の名門の出で、しかも実力があるから、三位まで繰り上がって『シャンゼリン姫』となるかも、という話も出てるわ」


――わお、実力主義だ。ロイヤルな方々も大変ですね。


オフェリア姫と同じように、シャンゼリンも、飛び地領土の出身の令嬢だそうだ。


シャンゼリンの父親はリクハルド閣下。元・第三王子だったけど早くに妻を亡くして臣籍降下し、縁戚の関係で、つなぎのための一時的な飛び地領主となった。でも、領主の後継者たちの間で不幸が続いたり揉めたりしたので、状況が落ち着くまでの間と言う事で、リクハルド閣下は今でも領主をやっている。


シャンゼリンは実の娘なんだけど、こういう事情の中で、身を守るためという事もあって養女扱いとなり、侍女コースに入った。養女扱いだと、身内の後継者争いに巻き込まれない分、安全になる。成る程。リクハルド閣下、シャンゼリン嬢を愛してるなあ。


ちなみに、こういう背景があるので、シャンゼリンは或る意味、悲劇の令嬢。宮廷の貴公子たちが胸を痛め、更にシャンゼリンの元の血筋の良さや美貌もあって、宮廷社交界では人気があると言う。


結婚適齢期なだけに幾つか縁談もあるそうなんだけど、シャンゼリンには《宝珠》と目する人でも居るのか、今のところ難攻不落の令嬢なんだそうだ。


*****


勝負スペースでは、新たな立ち合い――それも、最終プログラムの立ち合いが始まっていた。


ヴァイロス殿下が妙に強張った表情で注視している。


勝負ステージに上がっているのは、リオーダン殿下だった。ほえ?!


対するレオ族の隊士の方は、明らかにリュディガー殿下の護衛と分かる、金色の刺繍の入った朱色の戦闘衣をまとっている。見物席の方でも、ザッカーさんの立ち合いの時以上の、大歓声が上がっているところだ。


オフェリア姫が、上品な顔を強張らせる。淡い栗色のウルフ耳が、怒りの角度に傾いた。


「あの勝負、冗談じゃ無いわ。数年前にアルセーニア姫をハーレム側室に望んでいた、いわくつきのレオ貴族から派遣されて来ている護衛じゃない」


オフェリア姫は眉を逆立てた。お転婆姫そのものの足取りで薄青色のドレスをひるがえし、ヴァイロス殿下のグループへと突き進んで行く。


ランディール卿もリュディガー殿下も居るんだけど、わたしをこの場に連れ込んでいたレオ族ランディール卿の地妻クラウディアがそこに居るので、自然、わたしは、オフェリア姫の後ろをくっ付いて行く形になった。護衛をお勤め中のクレドさんも付いて来た。


オフェリア姫はヴァイロス殿下を、何と、水筒で、どついた。ヴァイロス殿下を引きずり出して、その長身をかがめさせて、その豪華絢爛な金色のウルフ耳に、ささやき声を詰め込んでいる。


それに応えて、ヴァイロス殿下が、釈明と思しき内容を返し始めた。


小声でのやり取りではあるんだけど――オフェリア姫がヴァイロス殿下を、わたしとクレドさんが控えている後方まで引きずり出していた物だから、わたしの『人類の耳』でも、ヴァイロス殿下の小声の説明を、小耳に挟む事が出来た。


――どうやら政治的な示威とか、その辺が関わってるらしいんだけど。


いわくつきのレオ貴族とリオーダン殿下は――アルセーニア姫を挟んで、いわゆる『恋のさや当て』をしていたらしい。ハーレム事情が関わるだけに話は込み入ってるんだけど、簡単に言うならば、そう理解して良いみたい。


元々、この勝負は、前回の武闘会の折、本人同士で決着を付ける事を約束していたそうだ。でも、当のアルセーニア姫は、急死してしまった。まさに、予期せぬ出来事――想定外の出来事だ。


その結果。約束していた勝負が、宙に浮いてしまった。


でも、このたび、政治的な意味でアルセーニア姫が生存中としておいて、決着を付けて置く事になったんだそうだ。レオ帝国側の『配慮』で、リオーダン殿下と立ち合って決着の相手を務めるのが、くだんのレオ貴族・本人から派遣されて来ている護衛の戦闘隊士になったと言う訳。


聞いてみれば成る程だ。外交サポート係な地妻クラウディアも、緊急会議に呼び出される訳だよ。


さっきの、やんごとなき方々の熱い議論は、そういう内容だったんだ。


こういう敏感な話は、こじれると国家同士の戦争になりかねないそうだ。あちこちから潜入して来て身を潜めている抵抗勢力や他種族の工作員たちに、テロ活動を伴うプロパガンダや、ひいては内乱を起こすような隙を与えないように、個人レベルの勝負でガッツリ決めておくと言うのも、上手な政治的決着のひとつ。


見物席からの大歓声は、まだ続いている。その合間に、剣戟の音が響いていた。


リオーダン殿下と、レオ族の隊士との勝負は、ほぼ互角。今は近接戦だ。


刃をガッチリと打ち合わせたまま、力比べをしている。そして、息を合わせているかのように足さばきが変化し、素早く間合いを取っては再び打ち合うという、息詰まるような展開へと流れて行く。


本当は目を逸らしたいんだけど。自分でも、口をアングリと開けたまま、目を逸らせない状態だと意識している。



――勝負の流れが急変した。余りにも速すぎて、目にも留まらぬ変化――


最後の打ち合いの瞬間、両者の刃が、ほぼ同時に、いきなり断裂した。


折れた刃先は――真っ直ぐに、魔法合成されていた透明な防御壁と衝突した。衝突したのみならず、熟練の2人の戦士による押し出しが合力した、その恐るべき加速度は――魔法の防御壁を、あっさりと貫いた。



――時間感覚が停止したかのように、全ての事象がゆっくりと変容している――



まるで、普通のガラス窓をボウガンの矢が貫いたかのように、魔法の透明な防御壁に、蜘蛛の巣のようなヒビが広がる。


その危険に気付いたレオ族の護衛たちが反応する。並み居るレオ族の正妻たちが、護衛にガードされつつも身を低くする。


青い真珠の『花房』を着けた藤色ドレスのレオ族女性が――『レオ王陛下の水妻ベルディナ殿』という女性が――『魔法の杖』を突き上げた。青いエーテル光でできた膜が瞬時に湧き上がり、レオ貴族と正妻たちの周囲をカバーする。


不思議な金色のシンボルが浮かんでいる青いエーテル膜。粉々のガラス破片さながらの『防壁の断片』が、ゾッとするような速度で降りかかったけど、青いエーテル膜は、その断片を全て受け流した。


リュディガー殿下を含むレオ貴族たちと正妻たちの周囲に高速の断片が流れ、大音響を立てながら降り注ぐ。


折れた剣から弾け飛んでいた2つの刃先のうち1つの軌道は、《水の盾》のガード範囲外に居たランディール卿の『警棒』に打ち払われて方向を変えた。1つの刃先は、観覧席の椅子のひとつを砕きつつ、石畳に――深々とめり込んだ。


もう1つの刃先の軌道は――わたしの心臓のど真ん中。


ヴァイロス殿下がオフェリア姫の腰をさらいつつ、口を開けて何かを言った。わたしは無意識のうちに前方へ突き出した無力な拳を握り締めたまま、『死の影』を見ているしか無く。


硬い大音響と共に、視界が急に流れた。


続いて――何か硬い物が、もう一つの硬い物に、深々と、めり込んだ音。



凍り付いたような静寂の一瞬。



その後、再び、時間感覚が復活したらしい。世界が急加速した後、正常に回り出した。


わたしの左耳に――『人類の耳』に最初に入って来たのは、後ろに控えているクレドさんの、何処か苦渋めいた硬い声だ。


「力不足で、申し訳ありませんでした」


――はぁ?


気が付くと、いつの間にかクレドさんの手が腰に回っている。あの刃先が心臓に到達する直前に、わたしの位置を変えていたみたいだ。少なくとも、刃先の軌道が心臓を外れるように。


わたしは、妙にスースーする足元を見下ろした。


――ミントグリーン色の真新しいワンピースの裾が、左上から右下へ、スパッと切れている。切れ込みの間から膝小僧が2つとも丸見えだ。でも、何処にも痛みは無い。どうやら無傷だ。


そして。


ワンピースの裾が切れて行った先、右足のすぐ傍の石畳に、あの刃先が深々と突き刺さっていた。半分以上、埋まっている。とんでもない衝撃が掛かった事は明らか。


――え? これ、クレドさんが打ち落としたとか?


クレドさんの右手には『警棒』が握られている。その『警棒』は――表面に、あの刃の断片を受け流した物と思しき、深い裂け目が出来ていた。


――その『警棒』、交換しなきゃいけないね。


わたしは、そんな場違いな事を『狼体』のやり方で喋ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。