30話
「へへ、いいじゃねーか。ほんのちょっとだけだ!」
「嫌ですっ」
俺の目の前には『なろう』ではテンプレート的な光景が広がっていた。路地裏、嫌がる町娘、そして見ただけで荒くれ者っぽそうなおっさん数人。
おっさんは嫌がる彼女の手を引いて、奥へ行こうとする。
「はっ、はなして!」
すると囲んでいるおっさんの一人が俺に気が付いたようで、目元に皺を寄せて俺を睨みつけてきた。俺は今にも連れ去られそうないたいけな少女を見つめる。肩甲骨まで伸びた栗色の髪に、汚れが年季を感じさせるエプロンドレス。顔は恐怖でこわばっていて、今にも泣きだしそうだ。
もちろん俺がする事は決まっている。あんないたいけな少女……見捨てるには忍びない。
「さって疲れたぜ、今日のご飯は何かな~!」
そう言って回れ右をし、路地裏から出た。
見捨てるには忍びない、が負けそうな勝負には手を出せない。当然だな。残念だが俺は弱いんだ。あんな筋肉質で顔が恐いお兄さんと戦ったって勝てるわけがないんだよ。フルボッコにされてゴミ捨て場にポイされて終わりだ。
ならばどうするか。勝てそうな人間を連れてくるしかない。と俺は辺りを見渡すと、そこである人物を見つけた。
ソイツは身長が180を超えていて、腰に美しい剣がくくりつけられた一人の男性だった。イケメンかと問われれば、その顔を見てうーんと首をひねってしまうだろう。
勇者である。
彼は俺の進行方向に向かって歩いていて、横を通り過ぎれば彼は気が付いてしまうだろう。だけど彼と一緒には居たくない。ならばどうするか……。うん、そうだな。
「おーい、勇者さん」
「ああ、君かどうしたんだい? 僕の先進的なこのベクトル……」
お前絶対意味分からずに適当に言ってるだろ。
「すみません。今それどころじゃないんですよ、さっき何処かから女性の叫び声が聞こえて」
「なんだって!?」
「それで勇者さんはあっちの路地裏を見てきてほしいんだ!」
そう言って俺は先ほど女性たちが居た方向へ指をさす。すると勇者は真剣な表情で頷いた。
「分かった!」
俺は勇者から回れ右をすると笑顔で息を吐く。そして歩きだした。
俺は天才じゃないだろうか?
あの忌まわしき厄介者を荒くれ者にぶち当てることができた。これで女性は助かるだろう。それだけではない。拷問に近い苦痛を与えてくれる勇者との会話を回避できたのだ。一石二鳥じゃぁないか! さすがだ俺は。これで心おきなく宿屋にかえってユキとゴロゴロ出来ると言うもの……だ……?
「よし、こっちの道に来れば誰も来ないだろう、さっきは変な男に見られちまったからな!」
視界の先に、つい先ほど見た事あるようなおっさん達と、無理矢理引っ張られる一人の女性。
「こっちまでくれば安全だろう! ハァハァ」
幻覚かな? 無詠唱魔法の練習をしていたからな、魔力が少なくなると立ちくらみをひどくした様に、頭がぼぅっとするらしいしな。
「いや、やめてぇぇえ!」
幻聴かな? ったくギルドマスターのオッサン俺に最近厳しいんだよ。今日は訓練的なもので至近距離で叫ばれたせいで耳がキーンとしてるんだよな。っち。手加減を覚えてくれ。
「ん、おいここにもう一人めちゃくちゃ美人の獣人が居るぞ!?」
「丁度いい、アイツも一緒に連れてってしまおう!」
すまない、獣人さん。俺はあんな筋肉ダルマみたいで強そうな奴らと戦いに行くことは、ぜったいに無いんだ。心が痛むが……。俺は回れ右をしようとした瞬間、彼らの横に一人の獣人女性が現れた。その子は両手で大きな袋を持っているようだった。買い物帰りなのだろうか。
俺はその女性をじっと見つめる。彼女の髪は絹のように滑らかで美しい銀髪で、頭にキツネの耳が生えていて…………アレ? ユキちゃんじゃね?
ユキに近づく男を見て、俺はすぐに駆けだした。
「おい、ウチのユキに何してんだこら。ぶち○すぞ!」
筋肉ダルマ? 知ったこっちゃないね。ただのデブじゃないか。重そうな体しやがって悔しかったらダイエットしろや。
「なんだてめぇ……ってさっきからここらへんうろちょろしてる奴か。クソ、目障りなんだよ」
ドスの利いた声をだし、睨みつけるおっさん。俺はそれに負けじと睨み返す。
「あ゛? うるせえんだよジャガイモみたいな顔しやがって。八百屋はあっちだぞ早く出荷されてこい」
「て、てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩売ってんのはどっちだよボケが。ウチのユキちゃんをいやらしい目で見やがって、気持ちは分かるがぶち○すぞ」
気持ちはわかるさ。たとえばユキがもし妹だったとする。ならばメロスでさえセリヌンティウスを暴君の生贄にささげて、妹の花婿をぶん殴り駆け落ちして妹と一緒に暮らすだろう。俺だってそうする。不朽の名作ですら内容を変えてしまうユキちゃん、マジ天使。
「んだてめぇ!」
ぞろぞろと、筋肉達が集まってくる。手には剣を持っている者や、盾を持っている者だっている。
「あ゛あ゛ん゛?」
俺は剣を抜くと三人と対峙する。そして全身に魔力を循環させた。
6人の筋肉達磨達は見た目だけでとても弱く、まったく問題なく倒すことができた。もちろん倒したのは主にユキちゃんだ。俺が2人倒す間にユキちゃんは4人倒してしまった。ユキちゃんマジ戦女神。
「馬鹿が、ユキちゃんに声をかけるからこうなるんだ。もうすこし身の程をわきまえろボケが」
と俺が倒れて動けない奴らを一か所にまとめていると後ろから女性の声がした。
「あ、お兄さん! ありがとうございます」
それは絡まれていた女性だった。
「あぁ、気にしないでください」
目をキラキラさせて上目づかいで見つめるこの彼女。明らかに面倒事を持ってきてくれるだろう。
俺は当たり障りのないことを棒読みしながら、男たちを一か所に積み上げ通行の邪魔にならないようにする。そしてユキちゃんが持ち上げようとした荷物を、横から俺が持ち上げる。
「さあ、ユキ帰ろう……か……」
とそう言った時、大きな声が辺りに響いた。
―― どこだ! 悲鳴の主は。この勇者が助けに参ったぞぉぉぉおお! ――
俺はため息をつくとユキに目線を合わせる。よし、今すぐ逃げようか。
「じゃぁね、おねーさん。次は気をつけるといいよ」
そう言うとユキは走り出し、俺はユキの後を追いかけた。
「お兄さん、お、お礼をぉぉ――」
後ろから先ほどの女性が何か叫んでいる声が聞こえたが、俺は立ち止ることは許されない。彼女だけでなく勇者になんか問題事を持って来られたらたまらない。
それから10分ほど走って俺達は町人でにぎわう町の中心部まで来た。もうここまでくれば人ごみに紛れてしまうせいで、俺を探すことは困難に近いだろう。
俺のステルスは最強だぞ。一時期は広報課のウォーリーと言われたほどだ。俺を探す本が作られてしまうわ。
「さぁユキ。今日は時間があるから、宿屋に戻ったら少し遊ぼうか」
ユキは嬉しそうにほほ笑むと尻尾をぶんぶん振るった。




