29話
ヒビキ:主人公。気分屋。性格がひん曲がってる。かなり斜め上思考。
ユキ:主人公と契約した狐。見た目も性格も天使。
アニエス:白エルフ。主人公が異世界人であることを知っている。
「クーラーがほしい……」
木に寄りかかりながら思ったのはそんな事だった。横を見ればまるで魂を抜かれたかのようにポケーっとしているユキが。俺と同じように木に寄りかかっていた。また反対側には俺のアイテムボックスから取り出した紙束を使って、生ぬるい風を起こしているアニエス。彼女は空に浮かぶ熱源の方角をじっと見つめていた。
俺は水筒を取り出すとユキに差し出す。ユキはそれを受け取ると、コクコクと音を鳴らしながら水を飲み始めた。
「……よし、さっさと終わらせて帰ろうじゃないか」
アニエスはこちらを振り向くとそう言う。俺は足と腕に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
「今日は……何するんだっけか?」
「涼しい場所で無詠唱魔法をやってみると話していたではないか……ほらそろそろ移動しよう。水辺まで行けば少しは涼しくなるだろう」
「またこの灼熱の道を歩かねばならないのか……」
俺はユキに手を伸ばすと、ユキは俺の手をぎゅっと掴む。俺は汗ばんだユキの右手をグッと引くと、彼女はゆっくりと立ち上がった。
俺はユキに渡していた水筒をしまいながら空を見つめる。コバルトブルーの美しい空には、一点の雲も無い。これはアレかな? 『これから夜まで猛威をふるうよ☆』みたいな感じだろうか。やめてくれ☆。
「アニエス~? 涼しくなる魔法とかないのか」
「真っ先に私が使っているだろうな」
アニエスがそう言うと髪を掻きあげる。彼女の細く白い首筋には、俺に見える位に汗が流れていた。
「だよなぁ」
「まぁ、無いわけではない」
「マジかよ?」
「まぁ全身水びだしになるがな……やってみるか?」
「予想できた。そりゃ素晴らしい。だがやめとこう」
魔法で水を発生させるんだろうけど、全身グチャグチャにぬらしてしまえば歩くのが大変そうだ。しかし濡らしたところで一時間もせずに乾いてしまうかもしれないが。
「私もオススメは出来ないな。加減を間違えると骨が折れるかもしれん」
その魔法頼むから絶対に使わないでくださいね。
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一時間程歩いて辿り着いたのは、青々しい葉が光をさえぎる大きな木のある場所だった。
横には大きな川があるせいか、風が吹き込むせいか分からないけれど、とても涼しくて居心地が良い。セリアにおすすめされてきた場所だけど、想像以上に良い場所だった。なんであの人こんな場所知ってるんだろうか。
「さて、無詠唱魔法についてヒビキはどれだけ知っている?」
俺は盤上に白い駒を置くと挟まれた黒い駒を裏返していく。
「えーと、簡潔にまとめれば想像が大切ってことと、魔力いっぱい消費するよだったか?」
「その通りだ」
彼女は黒い駒を置いて俺の白い駒を裏返していく。このままだと角取られそう。
「うん。それで、どうやれば良いんだよ?」
パチ、パチと駒の置かれる音が響く。すると俺の脚の上に置かれている頭がピクリと動いた。俺は小さな寝息をたてていたユキの頭を軽く撫でると、駒を置く。
「なぁに、魔力を集めて現象を想像するだけさ。想像のしかたはひとそれぞれだがな」
「想像のしかた?」
「ああ、私は魔力は何にでも変化できる特殊な物体だと認識して、それを炎に変える想像で魔法を発動させる。だが神官などは魔力を神にささげることで、力の一部を貰い火を起こす想像をして発動させるらしい」
「すげー後者は非効率に見えるんだが……」
「いや、私もそう思っていたが、あれはあれでばかにはできないぞ。無詠唱魔法は思いとイメージの強さに飛来して威力が上がるものだから、狂信者であればあるほど魔法の威力が大変なことになってだな……」
確かに、言われてみれば信仰する神への思いの強さだったら、宗教系は右に出るものは居ないぐらい強そうだ。オ○ムとかヤバそう。
「危険だな……」
「ああ、はっきり言って危険だ。だが魔力の関係上使いこなせる者はほぼ居ないだろう」
「そりゃ唯一の救いだな」
「さ、そろそろ本題に入ろう……の前にユキの頭を枕に移すか」
俺はアイテムボックスから枕を取り出すと、ユキの頭を移しかえる。そして盤上に駒を置いた。
「それでいいのか?」
彼女は火的な笑みを浮かべると駒を置いて盤上を黒に染め上げる。
「だってそれどこ置いたって防げないじゃん……」
「フフ、そうだったな」
数手先を読むに、もうどうあがいても俺の負けは確実と分かり、俺は立ち上がる。
「さ、魔法の練習を始めようか!」
「お前はここで切りあげるのか……まぁいい私の勝ちだな」
「いや、勝負は途中だったから、無効だ!」
「お前は重要なところではすぐに下手に出るのに、どうしてどうでも良い所で強情なのだ……」
既に連敗記録が伸びていっているのに、二ケタの大台に乗ってしまうわけにはいかないのだ。
「まぁいい、ユキを起こさないように少し離れるぞ」
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「では小さなものから試していこう、まずは火種レベルの火からだ」
彼女は人差し指を立てるとその指先に小さな炎を浮かべる。魔力の流れを見る限り、指先に集まって、それが大気中に漏れたかと思った瞬間に炎が生み出された。
「こんなものだな。意識しなければいけないのが――」
アニエスの説明を聞いて一度イメージトレーニングをした後に俺はアニエスの横に立ち、指を立てる。そしてライターをイメージし小さな炎を想像した。
指先に生み出されたのは、赤く小さな炎だった。とても数センチにも満たないその小さな炎だが、温かくて……!
「あたたか……ってあっつぅうううううううううううううううう!」
アニエスは横で水魔法を唱えると俺の指先を冷やしてくれる。
「なるとは思っていたが……大丈夫か?」
なると思ってたんならなんで忠告してくれないんですかねぇ? ドSかよ、指燃えるかとおもったわ。なんでアニエスは熱くないんですかね? メラメ○の実でも食ったのかな。そうだったらあだ名は火拳のドSだわ。
「そんな顔されてもな。こういうのは一度失敗した方が色々理解できると思ってあえて言わないでみた。それに私も初めてやった時は同じようになったんだぞ」
「……ソウデスカ」
まぁ、確かに火を生み出すことを想像して他の事に意識を向けることはしていなかった。普通に考えれば火は熱いのだし、直接触れることもできない。ましてや指の近くに火があったなら火傷してしまう。
「そんなへそを曲げるな。これで無詠唱が難しい理由が分かっただろう」
「ああ。これって自身すら危険に晒されるんだな……それと魔力がぐっと持ってかれたわ」
「ふむ。それらさえ分かってしまえば後は簡単だろう?」
簡単だろうか? 魔力の調整、炎のイメージ、自身が火傷しない為の何かの創造。
「アニエス師匠、簡単には見えませんが……」
「ふむ、では問おう。どうすればいい?」
どうすればいいと問われても。
「何らかの壁を作るとか? いや、後ろから風を起こして熱を……」
あ、いやちょっと待て。それって本当に火が防げるか? 壁つっても壁自体が熱をもっちまったら危なそうだし、風なんかで火を防げるか? 仮に風で熱を防げるのだったとしても、火が消えてしまわないか?
「確かにそれでも防げるだろう。だがもっと簡単に行こう。頭を柔らかくするんだ」
ああ、防げるのか。しかしもっと簡単にって?
「後ろから風を起こしつつ、火の前に酸素の道を作って火の誘導をするとかか? いや火球を発生させるならそうだろうが、定点で火を維持させるには無理だな……」
風を起こすことで火を誘導させつつ、火球の速度を上げる。また酸素で火力アップ、火の道筋を。敵に向かって放つにあたってなら一石二鳥にも見えるが、今回の場合だと意味がない。
「すまない。酸素と言うのが何か分からないのだが」
「ああ、すまん火が燃えるにあたって必要な物質だと思ってくれ」
「ふむ。なんとなく分かった。酸素と言うものがそう言った物であるならば、お前は間を省いて最終段階まで到達してしまったようだな。やはりヒビキは面白い」
「最終段階?」
アニエスは嬉しそうに頷く。
「そうだ。実を言えば無詠唱で最終的にしなければならないことは、効率化による魔力の節約と威力の向上なのだ。多分だがお前が想像したのは、風で炎のベクトルを定めてなおかつ威力を強化しているのだろう。ようするに酸素は火球の燃焼向強化、つまり2つで3つの効果を期待した」
「あー実は4つだ。確かに酸素は炎の熱度を向上させる目的もあった。だけどその酸素を通過するべき道のような形で配置すれば、火球の方向が安定すると考えたんだ。だけどそれじゃどう考えても定点で炎を維持する事は無理です、ハイ」
それに酸素の道に沿って火球が安定して飛ぶかもやってみないと分からないがな。
「なるほど、そこまで考えて……。まぁ確かにお前の回答は質問の解ではない。だがしかしもっと重要な想像がさらりと出てきている。これは素晴らしい事だぞ?」
彼女はそう言うけれど、それは求めていた答えではないだろう?
「あーはいはい。そんで答えは何なんだ?」
「全く……まぁ私が言いたかったのは、もっと直接に簡潔に考えろと言うことと、常識を捨てろと言う事だったのだ」
常識を捨てろと言われても……じゃぁ自分だけ熱くないような火を作れとでも言う気か? そんなん無理に決まってるだろ。
「ん?」
いや待てよ。なんで魔力で火が発生するんだ? そもそも何も無い所に火を発生させること自体不可思議な事である。だったら別に自分だけが熱くない火が有ったっておかしくは無いのではないか? いや、しかし熱くない炎だなんて非現実的なもの作れるのか?
「まさか、な?」
「なんだ。分かったのか?」
「いや……思いついたんだがあまりに突拍子もないというか、現実的でないと言うか……」
「ふむ、間違えたら笑ってやるから言ってみるといい」
「笑うのかよ! まぁ良いのだけれどさ。あれだ、自分にだけ熱くない火を作り出せば良いんじゃないかと思ってさ」
「ははははははっ!」
「ってマジで笑うんかい!」
いややっぱり普通に考えればおかしいよな。自分にだけ熱くない炎が有るわけがないんだから。
「正解だ!」
「ですよねぇ……ってはぁ?」
「正解だと言っただろう?」
「……ほんとうなんですか?」
「自分で言った答えじゃないか……まぁ魔力はそう言うものだと思ってくれていい」
自分に熱くない炎ってそりゃ科学っつか物理ってかそこらへん完全無視しているような気がするのですがそれは。
「それって魔力があれば何でもできないか?」
「多分出来ると思うが、現実的ではないだろう」
「現実的ではない?」
「ああ、自分が燃えない火を想像して魔法を発動させれば分かることなのだが、実は先ほどお前が出した普通の火の性質に近い奴に比べてこちらは数倍の魔力を持ってかれるのだ」
それはどう言う事だ?
「詳しく理解できないんだが……」
「まぁアレだ、単純に火を出すのなら、実を言えばそれほど労力がかからない。だけどそれに『自分だけ熱くない』といった別の性質を加えることで、消費する魔力が増えるのだ。それも本来持ちえない性質で有ればある程その傾向が強い」
ただでさえあんな小さな火でこんなに魔力を持って行かれたと言うのに、『自分だけ燃えない』なんて火の性質を無視した事をすれば、消費する魔力は更に増えるっつー話か。
「いや、これ実用的じゃなくね……? 火種の小さな火ぐらいだったら使えるかもしれないけどさ」
「そうだ。だからこそ無詠唱には必要なのだよ。効率化による魔力の節約と威力の向上が。だからなるべく一つの事で複数の利点が得られるようにしたり、火の性質を無視しないような方法で魔法を発動しなければならないんだ」
なるほど。だから俺が一段とばして先に行ったと言っていたのか。本来であれば、『火を作るけれど、自分が火傷してしまう』から『自分が燃えない火を作ろう』と考える。だけどやってみると『消費する魔力が多いから実用的ではない』となってしまう。だから『効率をあげるために別の方法を考えよう』となるわけだ。だけど俺は最初から『どうすれば効率よくできるか』を考えてしまったと。
「なるほどな。大体分かった」
「まぁそう言う事だ。じゃぁとりあえずは熱くない火を出す練習だ。あと魔力切れ対策のためだ、少し暑苦しいが我慢してくれ」
そう言うと彼女は俺の体の後ろに立ち、体を密着させる。そして魔力を少しづつ俺に移し始める。たしかに暑い。だけどそれ以上にいろんな意味で熱い。
「とりあえず、自分が熱くない火を出してみるぞ?」
「お、おう」
彼女に言われるまま俺は指先に小さな火を生み出した。




