21話
確かにアニエスの言うとおりレベル10まではすぐに上がった。
だけどそれまでである。
そこからは一向に上がる気配がなかった。何でも俺のレベルがある程度上がってしまったせいで、俺がどんなにボコリンを倒したところで入る魔素はスズメの涙程度になってしまったせいらしい。
ユキも俺のレベルの上昇とともに苦しさは無くなったものの、以前のように魔法が唱えられるようになったかと問えば、それは否だ。
まだ魔力が足りていないようで、自由自在に魔法を使うことは出来ていない。使えはするが威力は落ちているらしい。もちろん俺よりは上だけどね。
ではユキが以前と同じように魔法を使えるようになるためには、どうすればいいか。
簡単だ。
俺がこの子の為にレベルを上げれば良いだけである。戦闘? ユキちゃんのためだったら何でもできるね。
ではどうするか。
もっと強い敵と戦うのが成長に必要だろう。しかし、あいにくギルドからアニエスが断れない指名依頼を受けてしまったようで、数日居ないのだ。
もちろん。雑魚雑魚な俺がアニエス無しでそんな危険なことできるわけない。
「手っ取り早く強くなるにはどうすればいいんだろうか……」
俺がそうポツリと漏らしてしまったのは仕方のないことであろう。
そんな俺の言葉に反応してくれたのは宿屋のおやっさんだった。そう言えば俺このおやっさんの名前知らないな。
「ギルドマスターに頼んでみるのはどうだ?」
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「ほらほら、どうしたどうした? 動きが鈍っているぞ?」
「ますたぁぁぁ! 手加減をぉぉぉ」
それでこのザマか。
確かに強くなりたいとは思ったよ? でもね、スパルタすぎないですか? 見てよあそこに居る町を守る門番さん。若干引いてるよ。
「ほらほら剣の動きが鈍ってるぞ!? なんだそんなに俺の蹴りを食らいたいのか?」
俺は木剣をギルドマスターに振り下ろすも、マスターはひょいとかわし俺の横に回り込む。そして回し蹴りをしてきた。うん。蹴りは見える。見えるのだが、剣を振りおろした体制のせいで動けない……。
バシン、と俺の尻におっさんの足が直撃する。俺のお尻は多分サルにも負けないぐらい赤いと思う。
「ん、どうした気持ちいのか? 気持ちいいんだろ、だからこんなに俺の蹴りをくらっているんだよなぁ!」
んなわけないだろう。なんでおっさんの蹴り食らって気持ち良くなるんだよ。そんなん控えめに言って変態じゃないか。厳しめに言えばド変態だ。
「くそおおおぁぁぁぁぁぁ!」
俺は剣を横薙ぎに払うも、今度はおっさんの剣でひょいと弾かれ俺の剣は空を切る。
「まー今日はこの辺にしとこうか」
そう言いながら足は俺のお尻に向かって近づいてくる。もちろん避け切れるわけもなく俺は尻で受け止めた。
「あ゛ぁぁぁぁークッソはぁはぁ、あ、ありがとーございあーす……」
俺は四つん這いになって呼吸を整える。もちろん座らないし座れない。座ったらこの尻が叫ぶぞ? 痔になったらギルドマスター訴えていいよね?
俺の様子を見ていたユキが心配そうな表情でこちらに寄ってくる。
「大丈夫?」
「もちろん大丈夫だよ!」
ああ、君の一言で俺のついさっきまでの訓練が全て報われたよ。ユキちゃんマジ天使。
「んぁーそうだ。ヒビキ?」
俺は視線をユキからギルドマスターへシフトする。彼は汗を拭きながら俺の方を向いていた。
「……何ですか?」
「お前、戦闘系の依頼受けたことないだろう。今丁度いいのがあるから受けとけ」
「あー別に受けても良いですけど、それ今日明日で終わります?」
「ああ、大丈夫だ。今日の夕方までには終わるだろう。1時間したらギルドな」
そういって彼は門番さんと何かのやり取りをして町の中に入っていった。
俺は広がる草原を見つめながら小さくため息を吐いた。
ギルドマスターのおかげである程度剣の基礎は出来るようになった。しかしまだまだだ。今一人でゴブリン3匹と闘って勝てるかと問われれば、無理と答える。
無論尻尾を巻いて逃げだすさ。
しかしいずれは倒せるようになってやる。
そうだ、まだまだ強くならなければならない。ユキちゃんの為に。
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俺は上機嫌でギルドへ向かう。足は羽根が生えたように軽く、気分は天にも昇る爽快さがあった。それもこれも全てユキのおかげである。
少し元気になったユキはニーナのお手伝いとして宿屋で働いており、お給料をもらっていた。もちろんそれだけなら問題は無い。
だけどユキは超絶良い子だから、その自分で稼いだお金を全額俺に渡そうとするのだ……!
『お世話になってるから……!』
全くユキは何を言ってるんですか。お世話になっているのは俺の方だ。苦しかった時もいつだってユキの顔を見れば元気になれたんだぞ。その笑顔、プライスレス。
だから俺は言ってやった。
『ユキ、これは君が一生懸命働いて得たお金だ。君が自由に使うんだ。いやそれだけじゃない。君の日々の頑張りに俺がお小遣いを出そうじゃないか! 月銀貨2枚くらいかな?』
もしかしたら号泣していたかもしれない。俺はそういいながらアニエスを見つめる。
横から見ていたアニエスはため息をついてポツリと言った。
『親バカか。確かにユキの稼いだお金はユキの物だ。だけどお小遣いは与えすぎだろう。もう少し我慢を覚えてもらう必要があるだろうと私は思う』
しかし、
『母上。お小遣いについてはわたしもそう思う、だけど父上や母上にはいっぱい世話になっているから何か返したい』
ユキがそう言った瞬間だった。
『うん、ユキは毎日頑張っているからな、お小遣いをあげなければならないな……! よし毎月銀貨3枚で良いだろうか?』
ちらりとこちらを見るアニエス。親バカにも程があると思う。つか、お前はユキになんて呼ばせ方してんだ。止めさせるからな。
「……いや、ユキちゃんまじユキちゃんだわ」
最近『ユキちゃん』と言う単語自体が『天使』と言う意味のような気がするレベル。末期かな?
俺はそんな上機嫌でギルドの中に入るとすぐにマスターの元へ向かう。
見る限りだとどうやらマスターはいつもの席で茶髪の男性と話しているようだった。
(初めて見る奴だなぁ……)
茶髪の男性は身長は180センチくらいだろうか。顔はまぁ人間としては整っている方だろう。イケメン……うーん? となるくらいか。そして新品かと思うぐらいにキラキラと輝く鎧を着ていて、腰には見覚えのある剣――――。
俺は踵を返しギルドの出口へ向かう。
まずいことになった。一刻も早くこのギルドから出て宿に戻ろう。そして美味しいニーナの紅茶を飲んで、あったかい布団で眠るんだ……!
「あら、ヒビキさん、お久しぶりです! 今日はどうされたんですか?」
不意に横から声が聞こえ俺は視線をそちらに向ける。そこに居たのはギルド受付嬢であるセリアだった。
ちょ、おい。今お前の相手をしている暇は無いんだ。まじで邪魔だどいてくれ。
「ええ、ギルドマスターから仕事の依頼を受けたんですけれど、たったドタキャンすることを決めました!」
別にギルドマスターの依頼を受けること自体は構わない。だけどマスターと一緒に居る奴が問題だ。茶髪の男で腰にあの剣だぞ。圧倒的にヤバい。そもそも絶対に関わる事なんてないなんて思っていたんですけど。フラグビンビンですよ。
「そうなんですか? ではこれから一緒にお食事でもどうです? 私そろそろ昼休みなんですよ!」
俺のドタキャン発言は一切聞いていなかったのだろうか、彼女はそう言うとニコッとほほ笑んだ。
俺はその言葉を聞きながら内心で大きく息を吐く。
あのさぁ……。黒豚さんよぉ。あんたは毎度毎度何言ってるの? 俺がてめぇとゆっくり会話したのは何回目だ? 俺の記憶にある限りだと3回目だぞ? 何考えてんだこの激・ビッッッッッチダークエルフ。前回でもうすでに胃はもたれてるんだよ。食事? 何言ってんの、もちろん決まってんじゃねぇか……、
「ぜひいきます、行かせてください! さあ、すぐ行きましょう! 今すぐ行きましょう!」
お前ナイスタイミングじゃないか!! そうだすぐに行こう。このギルドから早急に立ち去るんだ。うん、お前は本当に最高だよ! セリアと予定があることにしてあのマスターからの依頼はゴミ箱にポイポイだな。いや、セリアがこんな素晴らしいエルフだったなんて今初めて知ったわ!
「ふふ、今日はヒビキさん積極的ですね。では行きましょうか、ちゃんとエスコートしてくださいよ?」
「任せてください。今日は一生忘れられない最高の日にしますよ!」
エスコート? いくらでもしてやるわ。あまり経験は無いが全身全霊をもってエスコートしてやるよ。
あれなんか横からアレの視線を感じたような気もするが気のせいだろう。さあ、いざ食事へ……!
歩きだしてもうすぐ出口と言うところだった。
「ん、あそこに居るのはヒビキじゃねぇか! おーいヒビキ。こっちだ」
ギルドマスターの叫び声が聞こえたのは。
「あら、ヒビキさん呼ばれているようですよ?」
何言ってるんだセリアさん俺はね、生まれてから耳だけは一切悪くしたことがないんだよ。そんな筋肉質で臭そうなおっさんみたいな声聞こえないわ。それ幻聴。
「気のせいでしょう。私にはあのドS加齢臭の声なんて聞こえませんよ!」
「あらヒビキさんKY(空気読めない)が抜けていませんか?」
ああ、そうだった俺とした事が。
「そうですねKYドS加齢臭の声なんて聞こえませんよ」
「次の訓練で泣かせるぞお前……」
横から声が聞こえる。いつの間にかギルドマスターがそばに来ていたようで、ほのかに加齢臭がした。セリアさんの方に寄ろうか。
「あれ、ギルドマスターどうしたんですか?」
俺は何事もなかったかのようにいうと、ギルドマスターは頭を抑えた。
「あのな……お前は仕事をしに来たんじゃないのか……?」
「いえ、俺は今日セリアさんと食事をするためにここに来たんです、はい」
ちらりとセリアさんの顔を見つめる。すると彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。
マスターは頭を抑えると大きなため息を吐く。
「もうお前で申請出したから諦めろ。キャンセルは不可だ……」
「あら、もう申請されているんですね……それはさすがにドタキャン出来ませんよ? 諦めて受けましょうか」
セリアさんはそう言いながら首を数度傾けて、小さく笑う。何その男落とす用の顔やめてくれない。おあいにく様。そこらへんのアレバカデスは落とせても、俺は落とせないからな!
「セリアさん、今すぐ食事……」
「駄・目・で・す♪ お仕事頑張ってください後でにしましょう!」
マジで使えねぇな。この黒豚。俺は冷めた目でセリアさんを見つめる。彼女は頬をすこし赤くしながら口を開いた。
「もう、ヒビキさんったら。そんなに食事が楽しみだったんですね……でしたら二人のお仕事終わった……夕方! 夕方行きましょうね!」
マジで? 夕方食事? こぉぉぉぉんな美人のエルフさんと食事! しかも夕方の食事ってことはその後は二人でゆっくりお酒飲んで……! 良いの? マジで良いの? そんなん返答は決まってるじゃないか。
「あ、結構です」
即答だ。行かねえよボケが! なんでてめぇと飯食わなきゃいけないんだよ、アホか? なんで楽しい食事の時間に、気を使わなければいけない奴と一緒に居るんだよ。それも夜だから結構な時間だ。そんなことするんだったらユキちゃんと食べるわ!
一瞬彼女の顔面が崩壊したかと思った。ふっと彼女の手が伸びると俺の肩が掴まれる。
ミシミシと床が軋むような音が肩から聞こえ、俺の肩には激痛が走った。俺はあまりの痛みで体をねじり、腕で払おうとするも、意味は無かった。
どうやら彼女の筋力は俺の筋力を圧倒しているようで、一切ひきはがすことができない。俺は痛みを堪えながら彼女の顔を見つめる。
ゾクリ。
それはまるで幽霊を見てしまった時のような恐怖だった。
彼女の顔面が一瞬崩壊したかように見えたが、しっかり崩壊していた。いや崩壊したのだけれど接着剤で固めたたようで、つぎはぎだらけの顔になっている、そう言った方が正しいだろうか。
どちらにしろ、いつもの笑顔の仮面を付けたセリアではない。
「ちゃぁぁぁんとエスコートしてくださいね」
ひぃぃ! 怖い痛い恐い痛い!
「わ、分かりました!」
「ふふっ♪」
そう笑うと彼女はようやく俺の肩から手をどけた。上機嫌でカウンターへ向かうセリアを見ながら俺は大きくため息を吐いた。
チッ。クソが、行くことになっちまったじゃねーか! あーあめんどくせえな。 エスコート? 何それ、テニスコートの親戚かな?




