19話
目を開けるとそこは見慣れた天井だった。この世界に来てから幾度となく見た天井だ。だけどなぜか天井が近いような、いやくっきり見えるような気がする。
俺はゆっくりと体を起こした。
「どうやら気が付いたようだな」
俺は声のする方を向くとそこにはアニエスと人間みたいになったユキが居た。ユキはアニエスから借りたのだろうか、白銀の髪に合った白いワンピースを着ていて、まるでどこかの貴族の令嬢のような雰囲気だった。
ユキは心配そうな表情で俺のそばに寄ってくる。俺はいつもの癖で彼女の頭を撫でた。
「ああー。色々説明してくれると助かるんだけど」
「ふむ。とりあえず、ヒビキが倒れた後だが、私からニーナには説明しておいた。そしたらニーナがこの服を持ってきてくれたのだ」
やたら暗い顔をしたアニエスはそういってユキの白いワンピースを指さす。
「これはニーナの服だったか……それよりも俺はお前がどうしてそんな暗い顔をしているのかが気になるんだが?」
アニエスはビクリと体を震わせると勢いよく頭を下げた。
「すまない、想定外の事が起きた」
「……なんだよ?」
「実はユキが人化したことと、お前とのパスが繋がったことによって消費魔力が大きくなってな。魔力が足りなくなる現象が起きている。ヒビキ、お前はいつもより少し息苦しくないだろうか?」
言われても良くわからない……。でも確かに何かに締め付けられているような感じはする。
「いや、締め付けられるような感じはするが、それほどでもないが……?」
「そうか、ならば……ユキに大きく負担がかかっているのだろう」
「ユキに!?」
俺はじっとユキを見つめる。彼女は笑顔で俺になでられていた。
「そうは見えないんだが……?」
「いや、そう見えないだけだ。彼女は今魔力が不足している。本当は苦しい筈なんだ。だから一旦契約を解除するようにさっきから言っているんだが、ユキは契約を解除したくないと言ってな……」
俺は手を止めじっとユキの顔を見つめる。言われてみれば彼女の白い肌は同じ白い肌のアニエスと比べても更に白い。それは顔もだ。
「なぁユキ、正直に答えてくれ。今、苦しいか苦しくないか、どちらだ」
「……苦しい。でもねユキはパパとお話がしたいから契約解除したくないの……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ」
なんだこの子、KAWAII。この子が苦しむだって? 絶対に駄目だ。俺が苦しむのは構わないがこの子が苦しむことは絶対に許してはいけない。
「……いろんな意味で、大丈夫かヒビキ?」
「大丈夫だぁ! 俺の事はどうでも良い! それでどうすればユキを楽にさせられるんだ?」
アニエスは俯くと絞り出すような声を出す。
「解決方法は二つあるのだが、一つは先にいった契約の解除でユキが嫌がるんだ。それでもう一つはお前が嫌がるかもしれない。前に散々嫌がっていた事だから……」
「くそ、なんなんだそれは?」
「それはな、お前自身の魔力を上げてユキに供給してやるんだ。つまりレベルあっ……」
俺は立ち上がるとアイテムボックスからナイフを取り出す。
「よし行こう、今すぐに行こう。この近辺の魔物を全滅させようじゃないか」
レベルアップか、急ごう。今この時もユキは苦しんでいるんだ。すぐに行こう! 戦闘? やってやろうじゃないか!
そんな俺を見ていたアニエスは慌てて両手を振る。
「い、いや待てまだ準備が出来ていない」
「ようしじゃあ今すぐ準備しよう。そしてすぐに行こう、皆殺しだキルゼムオール!」
アニエスはスッと立ち上がると俺からナイフを奪い机の上に置く。俺はアニエスより筋力ないんだな。かなりショックなんだけど……。
「おい、おちつけ。そして一旦座れ」
俺はしぶしぶ座るとアニエスはまた頭を下げた。
「それにその……すまない。私のせいでこんなことになってしまって……」
「顔を上げてくれアニエス」
彼女はゆっくりと顔を上げるも、すぐにばつが悪そうに俺から視線をそらす。実のところ俺はアニエスが謝る必要なんか全くないと思っている。
「アニエス。お前は何も気にしないでくれ、正直困るんだ。俺は今お前に感謝しているんだからな。ユキと話せるようになったんだし、これ以上の幸せは無いよ、なぁユキ」
そうだ、アニエスには感謝している。俺はユキと話すことができるようになって、ユキをもっと身近に感じれるようになった。つながりが太くなった気がする。
多分ユキだって今苦しくとも、後悔とかはしていないはずだ。だってそうでなければ契約解除したくないなんて、言わないだろう? それに俺がレベルアップすればこの問題は解決するのだろう? 何も問題はない!
「うん、ママが謝る事なんてない……私はママに感謝してる」
うんうん。やっぱりユキも同じ気持ちか。何も問題は………………ん、ちょっとまて、ママ? いまなんて言った?
「そ、そうか! ううっ、すまない。ふがいないママで!」
いやちょっと待て、お前ら。ママ? ママって言ったよね? 今ママって言ったよね?
「ちょっと待て、ママ?」
「うん、ママだよ?」
そういってユキが指さすのはアニエス。これ色々まずいだろう。
「うう、ユキぃありがとう、君はなんて優しい子なんだ!」
アニエスは感極まったようでユキを抱き寄せる。いやちょっとママはさすがにまずいだろ。もちろんパパもだけど!
ユキはアニエスに抱きしめられながら、少し苦しそうな表情をしていた。
…………色々考えることがあるようだし、少し落ち着こうか。
「あーなんか頭冷えてきたな……」
とりあえず状況整理しようか。
「そう言えば……ニーナは何処へ行ったんだ?」
「ああ、ニーナは宿の仕事があると言って名残惜しそうに出て行った。そう言え
ば殴ってすまないと伝えてくれと言われていたな」
いやそれしっかり俺に伝えなければならない事だよね……? 忘れちゃ駄目な系の奴じゃない?
「そうか……ならば気にしてないと後で言っておくか」
次は……ユキだな。
「ユキ、体調はどうだ?」
「今は大丈夫……でも長時間歩いたりするのは難しい、かも」
「そうか……じゃぁおれのレベルが上がるまではユキには安静にしていてもらうか」
そう言うとユキは悲しそうな顔をして俺の服をつかむ。
「……一緒に、居たい」
うわああああああああああああああああ、俺だっていっしょにいたいよぉおおおおおおおおおおおおお! ねぇ俺が今どんなきもちか分かる? 心が爆発しそうだよ!
「うう、すぐにレベルを上げて戻ってくるから待っていてくれ。俺が仕事してた時みたいにお留守番を……そうだな三日、三日である程度レベルを上げるから!」
「ヒビキ、いくら低レベルだって三日じゃ……いや、そう言えば2レベルだったな。ある程度は上がるかもしれないな」
うむ……そう言われてふと思った。俺レベルの概念とかしっかり聞いていなかったよな。まあ一生上げないと思っていたぐらいだしな。
「2レベルってそんな低いのか?」
「そこらへんの子供ぐらいではないか? まぁ戦闘を一切しない人にはそのレベルも稀に居るし、生活に支障はないからそこまで気にする事は無いだろう」
なるほどな稀にいる位珍しいことは分かった。
「んでレベルって簡単に上がるものなのか?」
「初めのうちはすぐに上がるさ。10ぐらいまでだがな」
「ちなみにアニエスさんのレベルはお幾らで?」
「私は21だ、年齢の割には低いと思う。多分あのダークエルフの方が高いだろう」
「え? セリアってそんなレベル高いの?」
「ん゛ん゛? セリアァァ? あの小娘には黒豚で十分だ」
「まぁまぁ、俺は仕事を貰う立場だからあまり、仲悪く出来ないと思って割り切ってくれ……」
こえーよ、目元ヤベぇよ。マジでお前ら何があったし。
「まぁ仕方がないか。あいつは過去の活躍を聞いた限りだと多分30レベルは越えているだろう。戦いになればすぐに私は負ける」
え、アニエスはそれを分かっていてあんな挑発していたの? すげぇちょっと尊敬するわ!
「そうなのか……知らなかったぜ。まぁこのあたりで戦う分にはレベルってあまり必要ないよな?」
「まぁこのあたりには少し強い敵としてウルフやゴブリンやスライムが出る。お前一人では辛いかもしれない。しかし、だ。私が居ればなんら問題は無いだろう」
やっべ頼りになるわ……!
「まぁとりあえずヒビキの装備を整えよう。金はいくらある?」
俺はアイテムボックスから今ある金貨を全て出す。計14枚、日本円にすると140万だろうか。
「お前……かなり金持ちじゃないか。これならそれなりの品のを買えるぞ?」
「ユキのためだったら全額使ってしまって構わない! 足りないんだったら今ある銀貨も全て出す!」
「ちょっとおちつけ。宿代はどうするんだ……全く。はぁ、ユキは本当に良かっただろうな、こんないいパパに出会えて」
アニエスはそういうとユキを見つめる。ユキはうれし恥ずかしそうに頬を染めると俺のそばに寄って来た。俺は彼女の頭を撫でる。
KAWAII。全ての次元が融合したとしても一番可愛いよ。
ってちょっと待ってほしい。
「そうだ、そうだ。ユキ。パパとママは禁止だ」
俺の言葉を聞いたアニエスとユキは勢いよく顔を上げる。そして泣きそうな表情で俺を見つめた。
って何でアニエスも泣きそうな表情をしているの? わざとだよね? わざとだよな? いつも通り俺で遊んでいるだけだよね!?
「な、なんで……パパ、私の事嫌いになったの」
「き、嫌いになるわけがないじゃないか! もちろんユキは世界一可愛いし大好きだよ! でもね、周りから見たら不自然なんだ。俺はそこらへんの人から見れば10代中盤にしか見えない。なのにこんな大きな子供がいるっておかしいだろ? だ、だからパパじゃなくて気軽にヒビキと呼んでもらいたいんだ!」
不承不承ながらもユキは頷いた。うん。ユキは。
「は、反対だ! 私はママと呼ばれたい!」
っておい、なんでお前が反対するんだよ! つかお前この場で一番年上だろう? 何で一番聞きわけないんですか!? 真っ先にお前がこの異常な呼び方を指摘して直させるべきところだろう!
「なんでだよ、お前は子供か! いや、子供であるユキより圧倒的に年上だろう! 我慢しろ!」
「だ、だがな、私はな昔から植物の研究ばかりしていたせいか、あまり男性も近寄ってこなかったし、それに良い男性にもめぐり合えなくてこのまま独身子供なしで一生を過ごすのかと思っていたんだ…………。それにな実家に帰るたびに母は私に追い打ちをかけるように子供はまだかと言ってくる。私だって欲しいさ、私は子供は嫌いではないし、むしろ好きなんだ。だからこそな、そのな、ユキにな、『ママ』っていわれてな嬉しかったんだ、だからな……」
「ちょまっ、なげえよ! しかも重いよ! どんだけマジなんだよ! それにダウト、ダウトだ! エルフなんて言う美の特権階級にいながら何をほざいてやがる。入れ食いだぞ? 羨ましいったらありゃしないってぐらいだわ! 俺と比較してみろ、母方祖父も父方祖父も父も叔父さんも皆ハゲなんだぞ、分かるかこの絶望を。ハゲのサラブレット家系さ。約束された敗者のハゲなんだぞ! 子供以前に嫁ができるわけないだろうが!」
「お、おちつけ、わ、私が悪かった。ママと呼ばれるのは我慢しよう」
俺は大きく深呼吸をしてアニエスを見つめる。分かれば……良いんだよ。
「『ママ』は涙を飲んで諦めるとする。代わりに『母上』と呼んでもらおう! お前も父上と呼んでもらえば――」
「ってまったく我慢してないじゃねぇか! 問題が一切解決してねぇよ!」




