新たな従者
「今日は従者の休みに付き合わなきゃいけないんだ」
『そうか。残念だ。またな』
「ああ」
「ご主人、誰からだ?」
「レイスから」
念話では考えるだけで伝えれるが、魔道具はそうもいかない。今のは電話に似た、しかし形状は古い携帯のように、分厚いもので、『携帯しにくい携帯電話』と呼ばれるらしい魔道具である。
ネーミングセンスが皆無のこの道具は、刃が作ったと、嬉々として仲間に配っていた。
「ご主人、私の事はいいぞ」
「いや、今日はお前に大事なプレゼントがあるんだ。その場所へ行くから、着いてきてくれ」
首を傾げ、怪訝そうに「わかった」と言った。
リサは、いつも長い髪を下ろしている。時々、鬱陶しそうに右腕でかきあげるのだ。見かねたツキが、髪を切るか、布で縛るかと聞くも、髪を触られるのが嫌いなリサは、いつも拒否する。
髪がどうという話ではないが、見てるこちらが気の毒で仕方ない程である。
「着いた」
「普通の草原だぞ?」
頭を動かし、魔物がいる、広大な草原を見渡すリサに、巡は適当に返事して、レジャーシートを敷き、そこにリサを座らせた。
「なにするんだ?」
「とっておきのプレゼントだ。待ってろ」
詠唱をする。長く難しい詠唱で、魔力の消費から、本来人間には使えないものである。
「《女神の息吹》」
リサが強く発光した。刹那、酷い脱力感が襲うも、すぐに魔力が戻り、治まった。
驚愕の悲鳴を挙げるリサに、巡は内心不思議な感覚を覚えた。
子供が悪戯を仕掛けた時、母の日に、母へ感謝の手紙を送る、プロポーズするとき、そのどれもうまく当てはまらないが、三つを足したような感覚だった。
光が止むと、右腕よりか細く、色も白い左腕が生えていた。
「なんだ……これ」
リサが絞った声を出す。
「左腕をプレゼントだ。いつも不便だろうと思ってさ」
「…………」
いつまでも俯き、閉口するリサに、巡はだんだんと迷惑ではないのか、と不安に駆られていく。しかし、間違いではなかったのだと、次の瞬間に自信が持てた。
「ありがとう巡……なんて言ったら良いかわからない。けど、本当にありがとう。私達なんかにここまでしてくれて……」
巡は、嬉しくなった。やはり、大事な者からの『ありがとう』は良いものだ。
「俺の力不足で右腕と全く同じ筋力とかではないけど――」
「力不足なんてもんじゃないぞ! こんな魔法私は知らない……巡は、神じゃないのか?」
リサの言葉に、慌てて否定する。
「そんな大層なものじゃない。種族としては人間だ」
「巡、本当か? 私には到底同じ人間とは思えないよ。勿論良い意味でな」
からかうように笑うリサに、巡は先程からする違和感に気づいた。
「ご主人じゃないんだな」
「あ……すまない、ご主人。どうも気分がたかぶると……」
「いや、寧ろ巡と呼べ。これは命令だ」
やはり、歳上の人に敬語を使われるのは慣れない。これは日本人の、根っからの性なのだろうか。
「……改めてよろしくな、ご主人改め、巡」
「よろしく。リサ」
巡は左手を差し出す。新しく生えた、右腕に比べると細く、不自然な左腕で、迷いなく巡の手を握った。
「本当は筋力とかも一緒だと思ったんだよな。それで、新しい腕を使って魔物と戦ってもらおうとしたんだけどさ、無理だったよ」
「いや、巡が言うなら愛する左腕で魔物を倒して見せよう」
両手を挙げ、参った、と言わんばかりの仕草をして、巡は自宅に転移した。
「おかえ……リサ……?」
「ただいま」
「愛する妹達よ、巡が左腕を生やしてくれたぞ」
冗談めかした声色と、言動。ツキもヤミも、あまりの驚きで声が出ない様子だ。
「リサはこれから慣れない左腕で作業することになる。サポートしてやれ。あと、今日の内にツキの実家でメイドを雇ってくる」
今まで奴隷を買おう、メイドを募集しよう、等と検討してきたが、どうも乗り気になれなかった。しかし、三人ばかりに負担をかけられない。
「か、かしこまりました。お気をつけて」
「いってらっしゃいです……」
ヤミの種族や属性については、誰にも言わないでおこうと考えた。従者達の事だ、大してなにも思わないとは思うが、ヤミ自身のメンタルが心配である。ヤミには内緒にして二人に教える案も浮かんだが、ばれる可能性も否めないと判断した。
「リサ、これからは左腕が筋肉痛になったら言えよ」
「ああ、気を付けてな」
左腕で手を振るリサ。右腕が退化しないか心配になった。
「おかえりなさいませ、ツキのご主人様」
「ただいまとは言い辛いな。ツキのご家族と修行中のメイドさん」
執事長と副執事長が居ない。王の所にいるのだろうか。
「ご自宅のように寛いで下さいませ」
「ありがとうございます。今日、メイド雇用をお願いしたいんですけど……」
安易に、『良い子居ますか?』等と口には出来ない。慎重に言葉を考える。
「あら、そうでございますか。私以外はご主人様が居ませんわ。ご自由にお選び下さいませ」
ずらりと並ぶメイド達を一瞥する。ツキの姉は最前列に居た。
「誰を選んでも……?」
圧巻の光景に、巡は息を呑みながら尋ねた。
すると、母は首を縦に振りながら、「はい」そう答え、途端になにかを思い出したようで、手を叩きつつも「巡様にお飲み物とご案内を」とメイド達に指示した。
こうなると、もてなしを断るのは無粋なので、素直に案内される。
「こちらにお掛け下さい」
姉と母は監督らしく、他のメイドが飲み物を聞き、持ってくる。
「お母さんとお姉さんもお構い無く」
「いえ」
間もなく断られてしまった。
「お姉さんはうちで働く気はありますか?」
上からに聞こえるだろうか、緊張で頭が回らない。
「巡様が私をご指名下さるならば、私に断る権利はございません」
「いえ、副メイド長としてではなく、お姉さんの意思を聞いてるんです」
「おそれ多くございます」
母に助けを求めるように視線を向けるが、本人はにこにこと微笑んでいるだけである。
流石はツキの姉。氷のように冷たい。
「では、俺の従者になってください」
一礼する。
「よろしくお願いいたします、巡様」
淡々とだが、姉が従者になったので、巡はある作戦を決行した。
「お姉さん、命令です。俺の所で従者になるのは、嫌か良いか、はっきり言ってください」
周りのメイドはざわつき、母はくすくすと笑う。姉は少々呆気にとられながらも、母を見た。母は頷く。
「巡様のような、最高のご主人様の下で働けるのでしたら、願ってもない事です。ただ……」
「ただ?」
躊躇うように何度も呼吸している。
「私はこの性格故、ツキに嫌われていないか……」
巡は安心した。もっと深刻な事だと思っていたが、これなら心配いらないだろう。
「それなら心配ありませんよ。俺が言える事ではないですが、ツキは貴女の事を尊敬していると思います」
「本当でしょうか……?」
声は悲痛そうなのに、表情があまり動かないのは感心する。
「ええ。まあ、よろしくお願いします。あと二人居てくれたら助かるんですが、お姉さん選んでください」
「……かしこまりました。ルマクル、サナフィア、いらっしゃい」
「はい」
声を揃えて、メイドを掻い潜って来たのは発育の良い同い年位の女の子と、全体的に細い女の子だった。
「ルマクル、サナフィア、貴女達も着いてきてくれるかしら?」
「かしこまりっ!」
「お姉さまとご主人様の為に、粉骨しゃい心頑張ります」
「……ん?」
元気なのはピンク色のショートボブである、ルマクル。楽しげなのが伝わる特徴的な声だ。
舌が危うげな、所々跳ねた、癖っ毛のサリーより暗い茶髪セミロングがサナフィア。こちらは少しハスキーがかった、低いとも言えず、高いとも思わない声である。
「二人はどうだ?」
「ルマクルは特に考えず着いて行きますよー!」
「あたしはお姉さまに着いていくん。だからよろしくなん」
「……ん?」
サナフィアも中々に特徴的な口癖だ。ついさっきのは無理に言葉使いを変えていたからだろうか。
その事に、姉が指摘する。
「ご主人様にはそのしゃべり方はよしなさい」
「いや、出来れば自然体でいてほしい。俺にもあまり遠慮しないでいいし、呼び方も好きにしていいよ」
「巡はわかってるのんな。あたしが敬語を得意としないことが」
「サナちゃん、そこは威張るところじゃないって、ルマクルは思うな……」
ルマクルも苦笑いである。
姉は呆れから来る頭痛に、額を押さえた。
「お姉さんの名前は?」
「申し遅れました。私はサムクレアでございます」
「じゃあクレアと呼びますね」
「出来れば、いつもの言葉使いをお願いしたいのですが……」
「クレアだな。よし、帰ろうか。向こうで色々説明するからな」
これから、少し忙しくなる。夏休みをすぐに消費してしまうかもしれない。
だが、嫌な気分ではない。確かな充実感に満たされた気分だった。




