ヤミの秘密
検索してから分かったのは、セラフィムは魔法を使ったわけではなく、セラフィムの地位を利用したらしいということだった。
『熾天使の権限』
熾天使という地位の権力を使い、魔法や結界、果ては現象までも変え、消し、止めさせる事ができるという馬鹿げた能力。使用者の力量関係なく行使出来るその力は、一々何に使ったかを神に説明しないといけない、と書いてあった。
そんな程度のデメリットしかない技故、誰も打ち破る事が出来ない。巡であっても例外ではないだろう。
「何を考えてるんですか?」
横に歩いていたヤミが、後ろに手を組んで巡を覗き込んだ。その顔には喜色が宿っていて、楽しいという事を伝えてくれている。
「なんでもない。次はあそこで服を見ようか」
「はい!」
そうだ、今日はヤミとの休日だった、巡は思い直す。
デート――いけない、こんな考え方ではサリーに怒られてしまう。そんな大それたものではなく、ただ休みに付き合ってるだけだ。なにもやましいことはない。
目の前には巡の反応に一喜一憂するヤミがいる。その傍らには店員が微笑ましそうに眺めているのが目にはいる。従者だと暴露したらどれほど驚くのだろうか。
今日の本題は魔力解放である。問題は休日気分全開で遊ぶヤミに、どう伝えるか……。
時間は刻一刻と過ぎていく。気づけば午後六時で、グラン王国に夜の帳が降りてきた。
そろそろ居酒屋が開店し始め、狩り帰りの鎧に身を包んだ者や、軽装の男女が酒を煽りたそうに居酒屋を待つ時間である。
「星月くん、どこ行くんですか?」
綺麗な長い黒髪が揺れ、手をくすぐる。
「ヤミ、良いから着いてこい」
「は、はい」
真剣な表情を窺い、ただ事ではないと思ったのか、従者時の態度をちらりと覗かせた。
ヤミは、家を出たときから私服を着用していた。黒髪によく映えるグレーのキャスケットに、黒いセーターとチェックのミニスカート、黒いニーソックス。
なにか前世でよく見た服装だ。
ヤミを抱き上げ一際大きい家の屋根に移った。直ぐ様不可視と防音の結界を張り、心なしか怒るヤミに向けて、問い掛ける。
「ヤミ、お前は魔力がほしいか? 力がほしいか?」
きょとんとした後、少々思案して、縦に振った。
「その力でなにをする?」
「……星――ご主人様や、ツキさんとリサさんの力になりたいです。ただの刃でも、盾でもいい。なにかしらの力になれるだけで、私達は幸せです」
瞳は揺らがず、吸い込まれそうな黒い光沢をもった瞳はこちらを見据える。
「それだけか?」
巡の言葉に、俯いた。
「私は、魔力がないから捨てられました。誰にも頼れず、頼られず、死んだようでした。でも、今は星月くんやツキさん、リサさんっていう家族が出来ました。今度は、頼られて、頼りたいです」
下げていた頭を上げた。
「良いだろう」
自然と声が出ていた。それほどヤミには相当な覚悟が見えたのだ。息を呑むほどに美しく、小さい体には不相応な、大きすぎる望み。
「お前は魔盲ではない」
「え……!?」
驚愕に顔を歪めた。
「お前は魔力が多すぎる。齢一七まで封印される程にな」
「嘘ですよね……? 嘘だったら許さないですよ……?」
足に力が入らないのか、屋根に膝をつけ、這って巡の足に寄りすがった。
「本当だ。俺ならその封印を解ける。ただ、相当辛いぞ」
「大丈夫です! 夢みたい……! ずっと役立たずだったから、なにも出来なかったから……!」
嗚咽が聞こえ始めた。無理もない。同情は好きではないが、せめてこの場では、気持ちをわかった風に装っておこう――。
「ごめんなさい。ご主人様のお召し物を汚してしまって」
泣き止んだヤミは、常備しているハンカチで巡のズボンを拭こうとした。が、巡は止めた。
従者の悩みや思いは受け止めなくてはいけない。涙はその証であるが故に、拭かせるのを止めるよう命じたのだ。
「それじゃ、そのお召し物は私に洗わせて下さいね!」
「わかった。ところでだ。人が居ないところに行きたいんだが、明日でもいいけどどうする?」
「……お願いがあるんですが――」
帰路をすっ飛ばして家まで戻ってきた。ツキとリサが出迎えた。
「やめてくださいよツキさん、リサさん。私達同じ従者なんですから……」
「いえ、今はお休みの身なので、従者ではないかと」
さらりと無表情で突き放すように言うツキ。本人にその気はないにせよ、やはり無表情とは難儀なものだ。
「星月くん、助けてくださいよ!」
袖をつかんでくるヤミ。その背後で、ツキが固まった。
「“星月くん”?」
「あ、これはですねツキさん、いや違うんですよ本当に――」
「私でも様付けなのに……羨ましいわ……」
「……ツキさん?」
どうやら巡以外聞こえてないようだ。
「ご主人、料理も風呂も出来てるぞ。どっちにする?」
「お前らはどうする?」
「食事だな」
リサが手を腰に当て、即答した。崩れ落ちてぶつぶつと独り言を喋るツキと、叫びながらツキの体を揺らすヤミにも聞くが、当然返事は来ない。
リサと嘆息して、「ツキ」と静かに名前を呼んだ。すると、一瞬でヤミの手から離れ、目の前に立っていた。その佇まいはいつも通り、気品があり、完璧な従者だ。ヤミが驚いている。
確実に時魔法を使っている動きだ。
「お呼びでしょうか、巡様」
「お前らは食事にするか、風呂にするかどっちかと聞いている」
「申し訳ありません。私としたことが……。答えろという命令であるならば、食事の方を」
「私もご飯がいいです」
「決まりだな。着替えてくるから用意してくれ」
「かしこまりました」
三人の洗練されたお辞儀をみてから、自室に転移した。
巡は服装に拘りがない。夏は白いシャツにジーンズ、冬はジーンズにダウンジャケットで外に出ている。地球に居たときはいつも思っていた。
なぜ人はおしゃれをしたがるのだろう。一度着たらその服は着なくなる人だって居る。それが疑問で仕方ないのだ。
何故唐突にこんな事を考えたのか、もしかしたら家では常にスウェットかジャージだから、言い訳がしたくなったのかもしれない。
「いただきます」
四人で合掌し、食事を楽しんだ。
「ヤミ、ツキ、リサ、庭に着いてきてくれ」
四人で家を出て、庭に来た。
今まで庭をじっくりと眺めた事がないからか、新鮮な風景に感じた。
噴水の向こうには家の門があり、左右には電灯と木と花が植えられている。視界だけでなく、嗅覚からも堪能させてくれるのだ。勿論、花の世話はツキとヤミがしている。リサは性に合わないようだ。片腕のこともあるのだろう。
「まず、ヤミは魔盲じゃない」
いきなり本題を告げた。ヤミ以外の二人は少なからず驚いた様子ではあるが、ツキはポーカーフェイスを装ってる風にも窺えた。
「それはまことでしょうか?」
ツキの問い掛けに、巡は深く頷いた。
「ということは、ヤミはこの歳まで封印される魔力を持っているのか……?」
恐る恐る、といった風にリサが声を出した。
「そうだな。レイス――全帝に届く魔力量かもしれない」
隣のヤミがふらついた。どうやら、今の言葉が意識を揺さぶったらしい。
「今から封印を解く、ということでしょうか?」
「ツキ、その通りだ。俺が結界を張って、被害が出ないようにするし、外からアドバイスする」
「私とツキはなにしたらいい?」
「二人はヤミを見守っててやってくれ。それだけでいい」
ヤミに目を向けると、ガチガチに緊張していた。肩を叩くとはっと息を出し、瞬き数回、言う。
「星月くんは勿論、お二人も私の家族だと思ってるから、私が強くなる所を見ててほしいんです。勝手でごめんなさい」
「……私も貴女の事を妹だと思ってるわ。遠慮しないで良いのよ、ヤミ」
ツキが微笑んだ。リサも続く。
「そうだな。ヤミは私達の妹だ。私は勿論、長女だな。どんどん甘えてくれ。ツキもな」
「全く。次女が支えなきゃいけないのね、もっとしっかりしてよ、姉さん」
なんだか、空気が暖かい。それと同時に、ここに居ても良いのか、巡は寂しさを感じた。
「巡様、私共は少し離れています」
「ああ」
巡は緊張を隠せないヤミを連れ、門を開けた。庭と言えども、結界を張ったと言えども、流石に無事とは言い難い。折角ツキが育てた花を、危険に晒す訳にはいかないのだ。
「これから魔力を解放する。周りは気にしなくていい。ただ精神を落ち着かせ、魔力にのまれないように制御しろ。分かりやすく言えば、自分の中に閉じ込めるようにイメージするんだ」
「はい!」
二人は門の前に避難している。半径五メートルの強力な結界を作り、精神統一するヤミの肩に触れ、自分の魔力を流す。
「あたたかい……」
「それがお前の心にもある。探せ」
僅か数秒でヤミの澄んだ声が挙がった。
「なんか、私より大きい袋みたいなのがあります」
魔力の封印を見つけたらしい。
「それを解くんだ」
突如、強烈な嵐がヤミから発せられた。全てをのみ込み破壊する、正に闇で作られたような風が、巡の耳をつんざく。
「ヤミ! 閉じ込めろ!」
聞こえてるかは分からないが、力一杯叫んだ。
地面を巻き込んでいるようで、砂や石、果ては岩までが巡を攻撃する。ダメージは無いものの、服が破けていく。
徐々に風圧が弱まる。
砂埃と黒い弱風でヤミの安否が窺えない。
「ヤミ! 大丈夫か!?」
手探りで動こうとするも、大きなクレーターが出来ているだろうと予測し、迂闊には動けないと考え直した。
その場でヤミの名を何度も呼ぶが、返事はない。音沙汰もなく、一瞬脳裏に最悪の状況が過った。
結界を壊し、闇を切り払う。視界が晴れると、円形に壮絶な地形へと変貌していた。
真ん中のヤミは倒れていて、巡、ヤミの足場以外、深く抉られているのだ。
生唾を飲んでヤミを抱き上げ、クレーターのない場所へ下ろした。
脈も呼吸も落ち着いている。
安堵のため息を吐き、いつのまにか隣に居たツキに、介抱するよう命じた。
地形を戻し、巡は一息つく。
――あの嵐は、ただの闇属性なんかじゃない。もっと禍々しく、弱いものを蹂躙する、圧倒的な力を持った属性だ。
巡は、確信を得た。
ヤミは、普通の人間じゃない。
魔族とのハーフだ。それも、魔王クラスの。




