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雷帝の依頼

「“貴族狩り”?」

「ああ。犯人は満月の夜に、貴族へ紙を送るらしい。なんでもその紙には、『今宵、罪を悔い改めよ』なんて事が書かれているんだと」

「おお、こわ」

「巡、お前に怖いものなんてあるのか?」

 飽きれ顔で聞いてくるレイスに、巡は真顔で「仲間に裏切られる事かな」と応えた。

「はは。くさいぞ。まあ、巡を含め、俺も収集されてるからな。場所は雷の貴族、『ボルト』家だ」

 初耳だった。その事を抗議すると、聞かされたのが今日の朝で、炎帝から伝えるように承っていたらしい。

 しかし、満月は今日となっている。問題は無いが、些か急すぎる。

「あいつらと顔を会わせたくないから、なるべく遅めに行こうかな」

 巡が武神というのに、神谷に好意を抱くツインテールの女は知らない。好都合であるが、やはりこちらとしては長居したくない。

「そうだな。神谷も来るし、面倒な事になるぞ」

 当然だろう、巡は思った。

「神谷は俺達の事知らないよな……」

 知っていたとしても、神谷が言わなければ良いのだが、そう思うばかりだ。問題は勇者の権力を使うないしは、セラフィムが神谷に正体を話していないかである。

「そうだな……まあ、俺ちょっと寄り道してからボルト家に行ってくる」

「ああ、よろしくな」

 情報を集める必要がある。巡は、ツキとクレアを自室に呼んだ。

「如何なさいましたか、巡様」

 ツキが一瞬でやって来て、一寸遅れてクレアが入ってきた。

「二人は貴族狩りについて知ってるか?」

 ツキが一歩前に出て、清澄な声で話す。

「私が知っているのは基本的な事。犯人は黒いローブで死神を模したような仮面。体形は男に近く、満月の夜に貴族を殺害する。主人は家に紙があることを知り、その紙には『今宵、罪を悔い改めよ』と書かれている。という事だけです」

 下がったツキの次に、クレアが前に出た。

「標的は悪評がある貴族のみであり、貴族から盗った金目の物は孤児院に寄付と、どちらかというと義賊のような一人賊ですわ。一家を殺害出来る程度には力があるでしょう。ご主人様には五万歩程敵いませんが。あとは、執事やメイドはあまり殺さない、というところでしょうか」

 下がった。二人に拍手して、礼を言う。

「なるほど、相当貴族が嫌いなんだな。孤児院で育ったか、貴族に捨てられたか……」

「当主様なら心配はご無用かと存じておりますが、お気をつけ下さいませ」

 優雅に一礼した。ツキが少し不機嫌に見えるので、フォローし、だらけて時間を潰してから王国に転移した。

 街には活気と騒然で溢れていた。そのどれもが、貴族狩りについてだった。

 武神と全帝はボルト家を守る事が出来るのか、犯人は生きて帰れるのか、果てには、賭けをしている者まで居た。

 巡はそのどれも無視して、暗くなっていく街を歩く。途中で銀のローブを羽織り、フードを被る。

 目の前には豪邸がある。煉瓦造りの塀には、黄色のプレートに黒い文字で『六大貴族 ボルト』とあり、大きな門の左右に門番が居た。

「証明をお願いします」

「ランクX《武神》」

 声帯を弄り、厳かな声へ変える。その際、ギルドカードに魔力を通して見せつけた。

「失礼しました。どうぞお入り下さい」

 敬礼し、一人が門を開け広げた。ギギギ、と錆び付いたような音を聞きつつも、ボルトの敷地内に足を踏み入れた。

「武神様でございますね。ご主人様がお呼びです」

 初老の執事が頭を下げる。地位が高いものの相手は慣れているようだ。緊張が一切窺えない。

「全帝は来ているか?」

 執事の背中に話しかけた。執事はそれでも歩く事を止めず、背中越しに、返事する。

「はい。開催しているパーティーにご出席されてるかと」

「……パーティーだと?」

 襲われるというのに、のんきなものだ、巡は苛立ちが募るのを感じた。

「ええ。当主様が全帝様と武神様をもてなすようにと」

 なにを考えているのか、皆目見当もつかない。

 黄色いカーペットが敷かれる廊下を土足で進み、いくつもの扉を素通りし、慌ただしく働く従者を無視する。やがて、行き止まりになり、これまた黄色く彩られた大きい両外開きドアを、執事が開け、入るよう促す。

「ありがとう」

 癖になってしまった礼に、執事は心底驚いたような表情になった。

「勿体無きお言葉。当主様がお待ちです」

 立食パーティーなのだろう事が判明した。

 二十五畳程の部屋には、両側に白いテーブルクロスが敷かれた木製の細長いテーブルがあり、上には多種多様な料理が鎮座し、二人の従者がワインと紅茶を配っている。

 まず、男を除いた神谷組が目についた。ドレス姿のリリーやセラフィムが暑苦しく体を押し合って誘惑しているのに対し、神谷は至って普通であり、その後ろでは雷の貴族の娘が苦々しく、憎らしげに視線を遣っていた。

 左の壁際には金のローブ姿のレイスがこちらを見て手を振っていて、部屋の奥には燕尾服で黄色い髪の男が居た。

 真っ直ぐそちらに向かうと、先に声を掛けてくる。

「ようこそ、武神様」

 格好だけは一人前だ。そんな印象が浮き出た。

「私と全帝を呼ぶ程切羽詰まってるのか?“雷帝”」

「……まあな。念には念をって奴だ。俺だけでミラーを助けられるかと考えたら、わからないからな。ただ、今日の俺は依頼主だ。俺は戦わない。武神と全帝だけで奴を止めろ」

「了解した」

「良ければ料理も口にしていってくれ」

 返事をせず、背中を向けた。

 料理なんかに手をつけていられない。それに、帰るとツキ達の料理が待っているのだ。巡は唾液が分泌したのを自覚した。

 一応娘にも挨拶しておくべきだろうと思い、自棄食いする娘のもとに足を戻した。

「はじめまして。私は武神というものです」

 黄色いツインテールを振り、恐ろしい形相でこちらに顔を向けた。

 口に料理が入っているのにも関わらず、喋るので、無言の圧力を掛けた。

「私はミラー・ボルトよ。パパが雇った人ね。まあ、役に立ちなさいよね」

 どうやら、ランクXだとは知らない――知っていてこの態度なら称賛ものだが――らしい。

 適当に「ああ」と返事して、部屋を出る。見ているだけで目が腐るような錯覚がするこの部屋、人物とは、一緒に居たくない。

 扉を開けて廊下を歩いていると、レイスが着いてきた。

「どこに行くんだ?」

「居づらくて堪らん」

「まあな。俺は屋根で見張りしておく」

「じゃあ俺はどこかで広範囲の探知をしておく。見つけたら報せよう」

「頼む」

 レイスが足早に外に向かった。巡は近くの従者に、静かな部屋の有無を聞き、客室に案内してもらった。

 時間にして約一時間弱で、赤く、塗り潰された○を探知した。まだ距離はあるものの、着実に、素早くこちらに来ている。

 転移し、レイスに報せると、早い戦闘体勢をとった。

「俺は雷帝に報せてくる。もし来たら、倒せるなら倒してくれ」

「わかった」

 広い部屋に転移すると、相変わらずの光景があり、無視して「もうそろそろ敵が来るぞ」と雷帝に伝える。

「倒してくれ。お前らなら出来るだろ。まさか出来ないなんて言わないよな。家が損傷したら直してもらうからな。もしくは弁償だな」

 にやりと宣ってきた。酒が回っている様子だ。

「……いいだろう。避難はしないのか? 安全なところへ――」

「何故行く必要がある?」

 困惑した。「は?」と声を挙げても、雷帝は赤い顔で依然としてにやりとしたままだった。

「お前たちが守ってくれるんだろ? 俺はそう依頼した。ならお前らは守る。俺達は最強の二人を雇ったんだから心配する必要がない。そうだろ?」

 横暴だ。巡は顔がひきつった。しかし、相手はそんなこと露知らず、「高い金はらってんだ。それくらいやれよ」等と続けた。

 相手はしてやったりという風な顔をしている。今すぐにでも殴りたいが、それをしないのは色々な思いが過ったからだった。

 廊下に戻り、壁に凭れて腕を組み、連絡を待つ。

 暫くすると、頭に直接声が響く。

『相手は黒いローブで、死神らしき仮面を着用。現在交戦中。なかなか強い』

『了解。避難は突っぱねられた。被害は最小限及び、建物の破壊はしないように。廊下にて待機する』

『了解』

 廊下を通る以外に小さい窓以外は広い部屋に入れない。従って、この通路が最終防衛ラインである。

 部屋に入られるような事は決してあってはならない。また、この仕事は、パーフェクト以外に成功はない。あの男なら、たとえ小さな事でも、クレームをつけてくるに違いない。

 全く持って不愉快である。いくら報酬が高くとも、炎帝からの仕事でも、今後一切引き受けないでおこう。そつ心に決めた巡であった。

 その時だ、レイスから念話が届いたのだ。

『すまん! 突破されていた!』

『突破“されていた”? どういうことだ!?』

 言葉の綾であってほしい。その気持ちが声に出ていた。

『奴はただ強いだけじゃない! 幻術らしき魔法を使用するんだ。会ったと同時に、恐らく幻術をかけられて突破されていた。つまり、最初から俺は“居ない敵”と戦ってたんだ!』

 レイスから、声でわかるほどの焦燥を感じ取った。

『……わかった。俺が止める。お前は転移で雷帝達を守っていて――』

 ふと視線を前に遣る。

「武神……だな?」

 死神の面を被った者が、視線の先に立っていた。

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