バイト終わり
「そうだ。お前は貴族ハンターだな?」
頭の中ではレイスが呼ぶ。もう一度雷帝達の護衛をするよう命じた。
「……ああ。退いてはくれないか?」
「無理だな。お前の術は既に破っている。大人しく投降するなら生かしてやろう」
「もう後にはひけないところまで来てるんだ。破れるなら破ってみろよ。俺のマジックをな……!」
面の目が、怪しく輝いた。何らかが脳を刺激するが、即興で作った能力がそれを壊す。
ハンターの両手を素早く後ろにまわし、拘束する。なにがあったかも理解できず、ハンターはもがいた。
「な、なんで効かない……!? 俺は……! 俺は――!」
「…………」
なにか深い理由があると、巡は同情した。否、同情してしまった。
仮面を剥ぎ、フードを外すと、ハンターの素性がはっきりした。目を隠した髪に、何処と無くなんでも出来そうな雰囲気――神谷組と行動していた、優等生らしき人物だった。
「お前……魔界で死んだんじゃ……?」
眉がピクリと跳ね上がるのを己で感じ、意図せずとも、声色は困惑一色に染まっていた。
抵抗する気が失せたのか、床に項垂れるように力をゆるませた。
「俺はあいつらが嫌いなんだ。金があって、友が居て、幸せそうで。俺は復讐するつもりで近づいたんだよ。というかもういいだろ……殺せよ」
「死んだような幻覚を見せたのは?」
苛立ちを込めた舌打ちをした。
「関係ねぇだろうがよ」
尤もであるが、巡は納得出来なかった。少し前なら問答無用で殺していたが、今はそれが間違っていると答えられるような気がした。
「俺は甘いんだ。お前の為に出来ることがあるかもしれない。更生させられるかもしれない。少しでも幸せを感じさせられるかもしれない。だから教えてくれないか?」
一瞬瞳が揺れた。
「……良いのか?」
「ああ。俺に、俺達に着いてこい」
拘束を解き、手を伸ばす。
「……ありがとう。なんて言ったら良いかわからないけど、とにかくありがとう」
手をとった。微動だにしなかった髪が、何故か揺れた。真っ赤な潤った瞳が、光に反射し瞬いた。
「ハンターは殺したか?」
巡とレイスは黄色の装飾が施された部屋に居た。床は虎らしき魔物の皮が敷かれ、壁も黄色にペイントされている。二段高い床に王座より小さい黄色のきらびやかな椅子があり、雷帝が偉そうに腰かけている。
「この通り」
黒のフードを被った死体を差し出す。それを従者数人が受け取り、黒のコートを剥ぐと、黒髪に髭を蓄えた齢三十幾らかの人物を一瞥し、雷帝は「うむ」と一度深く頷いた。
この死体は、以前襲い掛かってきた賊だ。それを知らず、雷帝は騙された。
「でかした。報酬は金板九だ」
案内をした執事が金板を両手に抱え、渡してくる。巡は四枚受けとり、レイスが五枚取った。そのうち一枚をこちらに問答無用で手渡し、「武神が居なければ任務は達成出来なかった。受け取ってくれ」と頭を下げてきた。
「そんなことはいい。だが折角の厚意だ、受け取っておこう」
ボックスに入れ、雷帝に挨拶をした後、家に転移した。
六人が頭を深々と下げる。
「お帰りなさいませ」
コートを脱がすツキに、依頼内容やらを聞いてくるリサとルマクル、サナフィアに、いそいそと掃除するヤミ、サムクレア。全員を食堂に連れていき、空間魔法で作った小さい異空間から、優等生を出した。
「巡様、此方の方は?」
いち早く、ツキが質問した。
「ツキ、今日から新しい友達になった……」
自己紹介を促すも、優等生は無視して食堂を眺めている。腕を突くと、はっとして頭を下げた。
「俺はアム・ファーロだ」
「アムはまあ、早く言えば貴族狩りの張本人だ」
ざわり。ルマクルとサナフィアはサムクレアの背後に素早く隠れる。
「まさか巡を殺しにきたのんな!?」
「ル、ルマクルはそういうの止めておいた方が良いと思うな! だってご主人様強いもん!」
「貴女達ねぇ……ご主人様は『友達』って言ってたでしょう?」
「そうだったんな。よろしくなん、アム」
「……よろしくです……」
掌を返したようにけろっとするサナフィアに対し、まだルマクルは緊張と警戒を隠せていない。
「まあ良いとして、アムはどうする? ここに住んでも良いけど、俺が決めた敷地内で家を建ててやっても良いぞ」
「え、そんなことも出来るのか!?」
大層驚いた。
「まあ、出来るな。どうするよ」
「家が欲しい。どんな家でも良いけど、家を持ちたい」
ツキとアムを連れ、城のような家を出て、右側に一階の一軒家を創造する。すると、大喜びして玄関を開いた。
「ここに住んでから結構経ったな」
「ええ。巡様は当時奴隷であった私達を買って下さいました」
「こう言うのも何だけど、お前たちが奴隷になっていて本当によかった」
「いえ。私達はどこに住んでいようと、必ず巡様と共にしていたでしょう」
窓から手を振るアムを見る。
風が心地よく、目を瞑ると自然の声が聞こえてくるようだ。
半径二キロの結界は、魔物から守ってくれており、何ら問題はない。が、人間は防げないので賊はやって来る。
「巡様、ここらで結界を張り直してみては如何ですか?」
心を読んだかのようにツキが提案してきた。
「そうだな。もう俺一人でも無いしな」
結界を張ったとき、まさかこんなことになるとは思いもしなかったし、魔法もあまり知らなかった。よって、神谷ですら破れる結界になってしまった。
「巡様は、この世界で一番強いと思っております。……巡様に出来ない事はないと思っております。いつか、私達が用無しになるのではないかと、思ってしまって、私は壊れそうで怖いのです……」
……空はまだ青い。壮大な大地と同じく、壮大に広がっている。
「ツキ、俺が自殺しろと命令したら、お前は死ぬか?」
「……申し訳ありませんが、出来ません」
ツキも変わったものだ、改めて巡は思った。
「なんでだ?」
「私は、巡様のお側で生きたいと思っております。例え巡様の命令でも、それは出来ません」
「そうか……」
視線をツキに向けると、ツキは優しげに、慈悲深い微笑みを浮かべていた。
「命令だ。いつまでも俺から離れるな。それは俺が離れろと命令してもだ」
「……はい! ご命令とあれば!」
氷とは真逆の、太陽のような笑みに、巡は従者を持つことに幸せを感じた。
家を心底気に入ったアムは、早速家に引きこもった。腹が減ってこちらに来るまでの間、巡は結界を壊し、より強硬かつ、高度な結界を半径二キロに張った。変わらず賊は入ってくるものの、他所の者がここで魔法を使う事は出来なくなり、安全性は上がった。
この際、賊も防ごうとツキと相談して、同じく半径二キロに二十メートルの壁を創造した。これで賊は来ないだろうという安堵と共に、これでは国やなにかと同じではないか、という疑問が巡の中で渦巻き初めていた。
建造物は、自宅とアムの家しかない。なんの為に二キロという広い範囲に結界を張ったのか、今更思ってしまった。
狭めようにも、もう壁や結界を張ってしまっている。消す事も出来るが、消そうとすると、とてつもない悪寒が襲うのだ。
なにか、嫌な予感がする。
漠然とであるが、そう思えて仕方がない。この予感が当たらない事を、巡は切に願う。
巡はバイト終わりのサリーと共に、夜の道を歩く。いつもは億劫なだけの道も、サリーとなら楽しいと思える。
「巡君、新しい歌が出来たの! 聴いて!」
庶民公園に着くと、早速荷物を置いて浮き浮きした様子で駆け寄ってくる。
明日から学校だと言うのに、サリーはこの為に疲れた体を休ませるでもなく、歌を聴かせてくれる。
「本当か? 是非聴かせてくれ」
巡はサリーの歌が何よりも好きだ。楽しげに、幸せそうに使い魔と一緒に歌うサリーを見ていると、こちらも幸せになれるし、楽しくなる。
サリーの綺麗な透き通った歌声を聴くと、心が洗われるようで、殺生して汚れた心も浄化される。
これが神聖属性の効果なのか、サリーの歌声が成すものなのかなど、興味はないのだ。ただ、サリーが幸せならそれでいい。その幸せにするのが自分ならば、尚良い。
「最高だった。毎回疲れてるのにありがとう」
「大好きな人の為だから疲れなんて感じないよ」
満面の笑みを見せた。
「……時間が経つのは早いな」
七時が過ぎた。学校の寮の門限は七時。従って、遅刻なのだが、多少なら融通が利く。校長は、サリーや他の学費が払えない者の為に、通常より門限を遅く定め、少々の遅刻ならバイトだから仕方ない、と許してくれる人物だ。なので、バイトの終わりはいつも公園で喋っている。
「離れたくないよ……」
寂しそうにするサリーだが、流石にこれ以上長居をするわけにはいかない。
「明日から学校だから会えるよ。だから我慢だ。そうだ、明日の放課後、ここで歌を聴かせてくれ」
花が咲いたような笑みを浮かべる。が、やはりどこか寂しそうに手を胸にあてる。
そんなサリーを見ていられなくなり、巡はキスをして安心させる。
「いきなりは反則だってば! でも、これで明日まで我慢出来そうかも……」
顔を仄かに赤くさせた。
荷物を抱え、巡の手を握り駆け足気味で寮の道を行く。
あっという間に学校の門へと着いた。ここを通ると、寮までは目と鼻の先である。
「遅いぞーサリー君」
生徒の帰りを待つ校長が居た。いつもながら、赤いスーツで怠そうに凭れていた。
「すいません! 仕事が長引いちゃって」
「はは、サリー君、嘘はいけないな。彼氏と夜のデートでも楽しんでたんだろ? おあついねー、はっはっは」
いつもの無理に笑い声を出した。
「えへへ、ばれちゃいました?」
「そりゃあ巡がいるからわかるよ。さ、中に入りなさい。門限は過ぎてるよ」
「校長、夜遅くまでお疲れ様です。サリー、気を付けろよ」
「もう、巡君は心配しすぎだよ。じゃあまた明日ね!」
背を向けるサリーに、若干の心寂しい気分を味わいながらも、校長に挨拶して自宅に転移した。
「お帰りなさいませ」
従者を連れて食堂に赴く。
「巡様、巡様のお皿が割れてしまったのですが……」
ツキが見せてきたのは、確かに巡が使用していた皿であった。なんの変哲もない真っ白の皿が、巡は気に入っていた。
「ああ、まあ良いよ」
同じ物を創造して、渡そうとした瞬間、巡の手から皿が落ちる。
巡の体に、異変が走った。震えが止まらないのだ。心を満たすのは悲しみ。
「どうなされました!? 巡様!」
誰かが肩を叩く。視界は揺らぎ、誰かは判別出来ない。
涙は――止まらなかった。




