22.次の展開は
「君がオファーを出したい学生なんて、初めてだな」
課長の驚いた顔は予想通りで、「布石の一つではありますが」と言い置いてから
「九重大の情報科学科の学生で、将来はエンジニア希望です。インターン生として我が社に最適かと」
と、静かな口調で続けた。
「そうか。君が選んだのなら大丈夫だとは思うが……」
知っているのは今は学部と名前と年齢で、それを記した紙を手にした課長が、首を傾げた。
「開発部に通してみよう。あっちにも都合があるだろうからな。うちからエンジニア職のインターンについて提案するのは、歓迎されんかもしれんが」
「分かっています」
あそこの上は昔気質のサラリーマンで、よその部署から口出しされるのを嫌うことは、乙木からも聞いていた。
「ですが、うちにも会議への参加を要求している以上は、営業からの意見も採用の手助けになるはずです」
考えておいた理屈を口にすると、うむと何度か頷いてから
「君はあそこから引き抜いた柏木くんを育てた実績があるからな、だから会議にも出席させとるんだろう。無視できない推薦だとは俺も思う」
そう呟いた課長の顔は、今だけはビジネスマンだった。
「よろしくお願いします」
諒を――――インターン生として、迎えることは。
「しかし、どうやって知り合ったんだ、この子とは。これ以外の情報はないのか」
大事な人生の節目に、自分が大きく関わることになるかもしれなくても。
「行きつけの居酒屋でアルバイトをしている学生です」
「は?」
その責任を負うことから、逃げるつもりはない。
「俺がこの目で、確かめたことです」
社畜、だからな。
俺は。
「……」
紙を握ったままぽかんと口を開けた課長を、まっすぐに見つめた。
「どうか、ご検討を」
「……分かった」
呆然と言葉を落とす顔に頭を下げると、部屋を出た。
夏季試験があるのを「無理に出てこなくてもいいぞ」と大将は言ってくれたけど、生活のリズムを変えるのが嫌だったから、諒はシフトの日程を変更しなかった。
「五十里、今日もバイト?」
いつものベンチに集まって、尋ねる友人たちに頷いたら
「お前はどうせ試験の対策ももう出来てんだろ」
と一人が軽口を返すから、「やってねえよ」と適当に答えた。
昨日もその前も、時間が許す限り図書館に通ってノートを開いていたなんて事実は、わざわざ口にすることではなくて。
友人たち以外からもインターンシップの話題がよく耳に入る研究室は、試験よりそっちのほうが今は大きな関心で、「お前は決まったのかよ」と訊かれるのを、首を横に振った。
「あ、でも何か、一社からオファーが来たって、教授が」
ふと口にしたら、
「おお、凄いじゃん」
「よかったな」
と肘で小突かれるから、そうなのかと首を傾げた。
「どこ?」
「アグリー社」
「え、そこお前が気になるって言ってたとこだろ」
「おう」
「なに、その偶然。むかつく奴だよな、ほんとに」
相思相愛かよ、と腹を突こうとする手を避けて、「うるせえな」と自分も笑った。
……真木さんにも、言ったほうがいいよな。
気にしてくれてたから。
「上手くいくといいよな、皆」
雨のない金曜日の夕方、オレンジ色の空を見ながら呟いたら、友人たちが頷く。
「もう合コンとか行く余裕はないかもな」
一人が肩をすくめて、この間は女子たちとの会話も上の空だった自分を、思い出した。
「彼女がいてもさ、お互い就職活動とか、何か気まずくねえ?」
別の学科に恋人がいる一人が肩を落として、
「それな。同じ会社ってそうないじゃん。希望してるところが別の県とかどっちかは地元とかさ、卒業した後どうやって続けていくんだよって」
「……」
彼女がいるとこんな時に大変なんだなと浮かぶのを、黙って聞いていた。
――相談くらいなら、乗れるぞ。
「俺は遠距離恋愛は否定しないけどさ。でも、将来どうすんのって話になるんだよな、いつかは」
合コンにも来ていた一人が呟いて、だよなともう一人が肩をすくめる。
「ま、大変な時に一緒に頑張ろうねって、そういう人がいいよな。まずは」
彼女って、と続けるのを
「……年上の人とか、社会人の、とか」
無意識に言葉が落ちて、皆が一斉にこちらを見た。
「あ」
「え、なにお前、そんな人いるの」
「どういうことだよ」
伸ばされる腕を払いながら「そんなんじゃねえよ」と返して、胸に蘇るのはあの海に行った日だった。
――一人では、生きていけないんだ。人は。
「いつの間に。この間の合コン、全然やる気がなかったのはそれか」
あの日、初めてつないだ手の熱は、躊躇わず握ってくれた力は、これまでの自分を肯定してくれた気がした。
「違えって言ってんだろ。思い付いただけだよ」
「あ、確か迎えが来るとか言ってなかったかお前、あの時。マジかよ、年上の彼女って」
わあわあと騒ぐ友人たちに黙れよと返して、
「バイトがあるから帰る」
リュックを掴むと、輪を抜けた。
「おい、次は逃さねえぞ」
と追ってくる声に指で返事をして、自転車置き場まで急ぐ。
――正論を通すなら、合コンへ行くなとは言わないだろう。
「……じゃあ、あんたの気持ちは何なんだよ」
街まで迎えに来てくれて、まっすぐアパートへ帰らず夜の海へドライブに出掛けて、「たまにはこんな時間もいいな」と運転席で笑っていた、あんたは。
今夜も、来てくれるのかよ。
「……」
年上の社会人なんて、今まで店で目にすることはあっても、気になる人なんて、誰もいなかった。
……逆に、あんな非常識な客がいるせいで、深い関心を持つのを避けていた気がする。
「店に着いたらラインしよ」
相変わらず数台が重なる中から、どうにか自分のものを引きずり出す。
今週はラインでも電話でも話せて、そんな時間が待ち遠しかった、自分は。
この人のために頑張りたいと、静かに湧く気持ちを手放せなかった。




