第7話 不穏な伝言
第7話を公開します。今回は奇妙な留守電メッセージの謎を解きます。
※第6話のネタバレがあるので、先に第6話を読むことをお勧めします。
今月の主催者、美樹本佳織が招いたゲスト松浦可奈は、暗い色調で統一したいかにもビジネスライクなしかし仕立ての良いスーツを身に着けて、少し近寄りがたい雰囲気を放っていたが、美樹本とはとても楽し気におしゃべりをしていた。
「今度のプロジェクトもいよいよ大詰めね。松浦さん、わたし今回のは大成功を確信してるわ」
「美樹本さん、せっかく食事に招待してくれたのに、ここでも仕事の話なの?少しは肩の力を抜きましょうよ」
「そうね、ごめんなさい。でも、プロジェクトがうまく進んでるから、なんだか気持ちが昂ぶっちゃって。このまま完成まで何もなければいいんだけど」
「どうしたの?お仕事の話?」
石山美里が2人の様子を見て話しかけてきた。
「そうなんです。せっかく食事に招待してくれたっていうのに、美樹本さんたら、仕事のことから離れてくれないんですよ」
「美樹本さん、今月は会の主催者なんだから、ゲストをちゃんともてなさないとね。そうだ、ちょっといいものがあるのよ。これを見て」
と言って石山は前回の謎になった、女の子とぬいぐるみの写真を見せた。
「前回の例会でね、この写真の謎解きをしたのよ、その時私が招いたゲストからコピーしてもらったものなんだけど、この写真に写ってるぬいぐるみの名前が分かる?」
美樹本と松浦は写真を覗き込んだ。
「この写真からうさぎのぬいぐるみの名前を当てるのね。いいわよ。でも何かヒントはないの?」
「そのヒントも写真の中にあるのよ。ぬいぐるみの胸にワッペンが付いてるでしょ」
「たしかに付いてるわね。でも見えるのは文字の断片だけか」
美樹本はそう言って、しばし考え込んだ。
「おや、美樹本さんにもこの間の謎を解いてもらおうっていうの」
と言って、栗林敏江や他の会員たちも集まってきた。
「この間はほんとに苦労しましたね」
夏目京香をはじめ、皆が口々に前回の謎解きのことを話した。
すると、1分もたたないのに、美樹本が
「分かったわよ。このぬいぐるみの名前は『ばにい』ちゃんね。どう、正解?」
「すごいねえ。恐れ入ったわ。正解よ。でもよく分かったね」
芳賀悦子が感嘆する。
「ワッペンの文字は、上側が『ば』か『げ』下側が『い』か『け』だって見立てたのよ。それで、うさぎらしい名前を考えたわけ。そうすれば出てくるのは『ばにい』よ。カタカナも考えてみたけど、うまく名前になりそうな組み合わせがなかったわ」
「さすが、デザイナーね。美樹本さんがいたら、1分で謎が解けちゃってたわよ。私たちはカタカナから始めちゃって、ひらがなを思い付かなかったから行き詰まっちゃってさ。結局マリ子ちゃんの力を借りたのよ」
氷山麗子がいきさつを説明する。
「まあ、マリ子ちゃんもなかなかやるわね。素人なのに感心しちゃう」
「マリ子ちゃんって?」
松浦が聞く。
「私たちの大切な仲間であり、給仕のマリ子ちゃんよ」
美樹本がマリ子の方に顔を向けた。
マリ子はゲストの松浦に向かっておじぎをした。
松浦も少し驚いた顔で会釈をした。
「なかなかいい余興だったね。美樹本さんもマリ子ちゃんも稀有な才能の持ち主だって、よく分かったよ。ねえみんな」
栗林が2人を褒め上げた。
「栗林さん、そんな大したことじゃないですよ。私みたいな仕事をしていれば、目に見えるものには敏感になって当然ですから」
と謙遜したが、悪い気はしないようで美樹本は笑顔で答えた。そして、
「それでは、例会を始めましょうか」
と話題を変えると、マリ子に食前酒のグラスを配るように頼んだ。
グラスが行き渡ると、開会の音頭を取った。
「皆さん、今月の例会を始めます。今宵も素晴らしい食事と楽しい語らいのひと時を楽しみましょう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
メニューが準備される前に美樹本が説明した。
「ここのシェフに聞いたんだけど、中華の経験もあるんですって。だから今回の食事は、ヌーベルシノワのコースをリクエストしたわ。いつもと少し趣向が変わって、舌だけでなく、目でも楽しめると思うわよ」
実際、飾り包丁の入ったきれいな野菜があしらわれた前菜から、皆目を奪われた。もちろん目だけでなく、そのあとのふかひれのスープも、メインの塊り肉の酢豚まで、味も申し分のないものだった。
いつもとは一味違うメニューの数々に、参加者たちの心と舌ははすっかり満たされていた。
皆が食事に満足し、デザートの燕の巣のジュレと烏龍茶が運ばれた。
美樹本が、
「石山さん、進行役をお願いね」
と声をかけ、石山がベルを鳴らして合図をした。
質問タイムの時間である。
「松浦さん、これからあなたには食事の対価として、自己紹介と身の上話をしてもらいます。何か言いづらいことがあっても、ここで話されたことは一切外へは漏れませんから心配はいりません。会員全員と給仕のマリ子さんも含めて固く保証します。ですので、どんなことでも気兼ねなく話していただいて構いませんよ」
松浦は、少し面食らった様子だったが、ゆっくりと話し始めた。
「松浦可奈と申します。広告のプロデュースの仕事をしています。ですので、美樹本さんと一緒に仕事をすることも多くて、実際、今も同じ広告のプロジェクトで、美樹本さんにはいろいろと仕事をお願いしているところなんです」
「プロデュースの仕事は大まかに言ってしまえば、広告全体の進行管理みたいなことになりますけど、紙媒体やTVCM、WEB広告などたくさんの媒体に広告を出すとなると、プロジェクトも大掛かりになってほんとに大変なんです」
「でも、いろんなタレントさんなんかに直接会う機会も多々あるので、それは役得ですかね」
松浦はやや得意げに言った。
「有名人に会うことは多いんですか?」
氷山が興味ありげに尋ねた。
「そうですね、今手掛けているプロジェクトでも、けっこう大物の俳優さんを起用しているので、直接顔合わせしたことはありますよ。その辺は、美樹本さんに聞いても、たくさん話が出てくるんじゃないかしら」
「そうね、わたしも写真や動画を撮る現場に立ち会うことは珍しくないからね。私も役得かな」
「へえいいなあ、私のジムももっと大きくして、有名人に指名されるように頑張らなきゃ」
と氷山が野心たっぷりに言うと、
「氷山さんそれはちょっと下心見え見えじゃない?」
と美樹本が茶化したが、その時、松浦のスマホのバイブが振動した。
「あ、すいません。ちょっとごめんなさい」
松浦はスマホを見て、留守録メッセージが録音されたのを確認すると、文字起こし機能でテキストに変換して目を通したが、奇妙なものを見るような顔をして一瞬固まった。
「松浦さん、どうかしたの?変なもの見るような顔をして」
と、美樹本が聞くと、
「夫の母からだったんですけど、メッセージの内容がちょっと変だったので。でもあまり気にすることもないとは思うんですけど」
「変ってどういうこと。意味が通じないの?」
「多分、変換されるときに何か間違いがあったんじゃないかと思うんですけどね。ちょっと見てみます?」
と言って、スマホを皆の前に差し出した。
そこには、
『加奈さん、里子だけど、今日、二郎を送ったで、まだ頑固怖いでしばらく置いときな』
というテキストメッセージが表示されていた。
「二郎ってだれのこと?」
と氷山が、
「頑固怖いって何?」
と芳賀が、
「しばらく置いときな、っていうのも意味がよく分からないねぇ」
と栗林も首をかしげた。
「いったいどういうことかしら。文面を素直に解釈するなら、今日、二郎って人を送った、あるいは送り出したけど、まだ頑固で怖いから、落ち着くまでしばらく置いておいてあげてってことになるのかしら。ちょっと物騒な感じがするし、なんだかところどころ意味が通らなくて奇妙な感じがするわね」
美樹本が思案顔で言った。
「でも、二郎なんて人、私知らないわよ。家族にも親類にもそんな名前の人いないし」
松浦がいぶかしむ。
「それに、頑固で怖い人を預かるなんてまっぴらごめんだわ」
「何かあってからじゃ遅いから、その人がどんな人か分かりませんけど、十分気を付けなくちゃいけませんね。松浦さん、お子さんはいらっしゃるの?」
石山が気にかけるように声をかけた。
「小学校高学年になる女の子が二人います」
「まずお子さんの安全を万全にするように気を付けた方がいいですよ。何かあったら、私が相談に乗りますから」
と言う石山の言葉に松浦が、
「でもほんとにそんな危険な話なんでしょうか。ところどころ意味の通らないところがあるってことは、ほんとうは何か別の意味があるんじゃないですか?」
「まあ、念には念をってことよ。でも、たしかにどこか差し迫った危険って感じじゃない違和感を感じるのよね」
美樹本も迷いを隠さない。
「意味が通らないって感じるのはやっぱり『頑固怖い』って言葉のせいだろ?どうして『頑固で怖い』じゃないんだろうねえ」
栗林がメッセージの一番不可解な部分を指摘した。
「スマホが文字起こしをするときに、誤変換されたってことなんじゃないの?『頑固で怖い』の『で』が抜けちゃったとか」
氷山が自説を披露したが、
「でも『二郎を送った』はどうなるんだい?」
と芳賀に問い返された。
「それもきっと『二郎”が”送った』の間違いなのよ。その方が意味が通るわ」
「それでも全体を通してみると、『今日二郎が送ったで、まだ頑固で怖いでしばらく置いときな』ってなるだろ?何を送ったのか分からないし、『頑固で怖い何かをしばらく置いておけ』っていうのがやっぱり意味不明だよ」
「そうよねえ。やっぱりこのメッセージが全体として意味不明なのよね。元はちゃんとした意味のある言葉だったのかしら」
「それじゃあ、留守録の音声の方を聞いてみます?それで問題が解決するんなら、私も気が楽ですし」
松浦は、皆に確認するように言った。
「このままもやもやするのもみんなあまり気持ち良くないと思うし、松浦さんお願いできる?」
美樹本が皆を代表して松浦にお願いした。
「じゃあ、そのメッセージを再生しますよ」
松浦がスマホを操作して留守録のメッセージを再生する。
スマホから、松浦の義母の声が響いた。
『かなさん さとこだけど きょうじろうをおくったで まだがんここわいでしばらくおいときな』
皆が聞いた声は、文字起こしのテキストメッセージのそのままだった。
「たしかに『じろうをおくった』でしたね」
夏目が口を開く。
「『がんここわい』もその通りだったよ」
芳賀も確かめるように言った。
一人マリ子はその音声を聞いて、何かに気づいたように片方の眉をわずかに上げた。
「やっぱり、テキストのメッセージと同じだよ。このままじゃらちが開かないね」
栗林は降参といった感じだ。
「じゃあ、この辺で少し休憩にしましょうか。マリ子ちゃん、お茶のお代わりをお願いできる」
美樹本がマリ子に声をかけた。
「かしこまりました」
とマリ子が返事をして、一旦奥に下がった。
すぐにマリ子がお茶のポットを持って戻り、銘々の湯飲みにお茶を注いでいった。
皆はお茶を飲んでしばし落ち着いたが、まだ、謎のメッセージのことが頭から離れないようだった。
そんな時、テーブルの横に控えていたマリ子が静かに口を開いた。
「失礼します。ひとつ確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「マリ子ちゃん、気が付いたことがあるのね。いいわよ、何でも言ってみて」
美樹本が応じた。
「はい。松浦様にお尋ねしたいのですが、松浦様のご主人はどちらのご出身ですか?」
「うちの夫ですか?出身は静岡県の浜松市です。それが何か?」
「そうですか。それで、この謎のメッセージの意味が分かったと思います」
「本当に?浜松市とこの意味不明なメッセージと何か関係があるの?」
不思議そうに美樹本が聞いた。
「はい、『がんここわい』というのは、浜松市のある静岡県西部地方の方言なんです。『とても固い』という意味になるんですよ」
「じゃあ、『二郎を送った』っていうのは?」
「それははっきりとは言い切れませんが、『次郎柿』のことじゃないかと思います。つまりメッセージ全体の意味は、送った次郎柿ががまだ固いから、やわらかくなるまでしばらく置いておくようにっていうことだと思います。静岡県西部は、次郎柿も名産なんですよ」
「そういうことかい。それならちゃんと意味が通るね。それにしてもマリ子ちゃん、方言なんてどうしてわかったんだい?」
栗林が聞いた。
「実は、私の出身も浜松の近くなんです。隣の磐田市というところで、『とても』っていう意味の『がんこ』って言葉、地元ではよく使ってたのを忘れていましたが、音声を聞いてはっきり思い出したんです」
「そうなのかい。それなら納得だね。でも、マリ子ちゃんが方言だって分かってよかったよ。そうでなけりゃ、このメッセージは絶対読み解けなかったと思うよ」
栗林がひと安心という感じで言った。ほかの会員たちも納得したようだった。
「松浦さん、もうしばらくしたら、柿が届くわよ。ちゃんと伝わってよかったわね」
美樹本が笑顔で話す。
「ほんとにね、意味が通じてすっきりしたわ。それにしてもお義母さんにはこのこと、笑い話に教えてあげなきゃだわ」
松浦もほっとした顔で答えた。
「それにしても給仕さん、あなたのお手柄ね。あたし、お義母さんとはあまり付き合いがないし、夫も全然方言は使わない人だから、夫の地元の方言だったなんて全然分からなかったのよ」
「恐れ入ります。でも今回のことは、たまたま私の地元が近かっただけのことですから」
マリ子が少し恐縮しながら答えた。
「それでも、マリ子ちゃんのおかげだってことには変わりないわ。この奇妙なメッセージを解いたマリ子ちゃんに、乾杯したい気分よ」
氷山がマリ子を褒め上げた。
「そうね、そろそろ今日の例会もお開きの頃合いだし、締めの乾杯をしましょうか」
美樹本が会のまとめに入った。
皆が賛成し、マリ子は皆にシャンパンのグラスを配った。
全員にグラスが行き渡ると、美樹本が改めて音頭を取り、
「今夜も素敵な例会でした。見事な食事と奇妙な謎、それに鮮やかな謎解きに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
皆が掲げたシャンパンのグラスがきらめき、会員とゲストの顔には笑顔が満ちていた。
マリ子も一礼して下がりながら、満足げに小さく微笑んでいた。
会員とゲストが帰路に着いた後、テーブルを片付けながら、マリ子は今日の奇妙なメッセージのことを思い返し、故郷のことに思いをはせて独り言ちた。
「『がんここわい』か、お婆ちゃんがよく言ってたなぁ」
そしてまた小さく微笑むのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。




