第4話 幻のベル
日が暮れると寒さを感じる季節となっていた。
薄手のコートを羽織った夏目京香は、ゲストの女性を伴って、ゆっくりと例会の行われるいつものレストランへの道を歩いていた。夏目が今日の黄水仙の会の主催者である。
「あなたと会うのも久しぶりね」
ゲストの女性がうれしそうに言った。
「そうね、何年ぶりになるかしらね。今日の会に参加してくれて私もうれしいわ」
夏目もうれしそうだった。
「ほかでもないあなたの誘いなんだもの、断るわけがないじゃない」
ゲストの女性は、夏目との再会を心から喜んでいるようだった。
「ほんと、あの頃が懐かしいわ。高校で、あなたと部活のみんなでアンサンブルを響かせていた時、みんな輝いてたもの」
「あなたは今も演奏を続けているのだしね。少しうらやましいわ」
「今も楽しいのは間違いないけど、地方の市民オーケストラよ。プロってわけじゃないから」
そんなおしゃべりをしていると、ふたりの横をよく知った顔が通り過ぎようとした。
「あら、夏目さん、これからお店に行くところなのね。それでそちらが今日のゲストの方?初めまして、同じ会員の石山と申します。詳しい紹介は会が始まってからでいいわよね。さあ、お店に急ぎましょ」
と、石山は夏目とゲストの二人を急かして店へと向かった。
レストランに着くと、他の会員は皆がそろっていた。
4人の会員は紅茶を飲みながら、いかに良い睡眠をとるかについてさかんに議論をしていた。ジムのオーナーらしく、氷山麗子が議論の主導権を握り、ちょっとした講義をしているかのようだった。
「だからね、自律神経のうちの交感神経と副交感神経をうまく切り替えることが、良い眠りに入るために大事なことなのよ」
「ちょっと難しい言葉で良く分からないわよ。もう少し簡単に説明してくれない?」
栗林敏江が催促した。
「そうね。交感神経はアクセル役、体が起きて活動してるときに働くの。副交感神経はその逆で、ブレーキ役。リラックスしたり眠っているときに働くのね。だから、夜眠るときには、この副交感神経が働くようにするのがいいってわけなの」
「それには具体的にどんなことをすればいいんだい?」
芳賀悦子も聞いた。
「まず簡単にできそうなことは、寝る1~2時間前にはスマホを見ないことね。スマホのブルーライトを浴びると睡眠ホルモンの分泌が妨げられるの。これは良くないわ。それから、ベッドに入ってもなかなか寝付けないような時は、一度ベッドから出てしまうのもいいわね。ベッドから出てあまり明るくないところでそれほど興味のないような本を読んで眠気が来るのを待つの。あとね、これは意外かもしれないけど、寝酒もあまり良くないのよ。飲んだ直後は眠気がくるけど、そのあとでアルコールが分解されるときにアクセル役の交感神経が働いて、夜中に目が覚めることがあるの」
「へぇ、私、寝酒が習慣になってたけど、ちょっと考え直した方がいいかもね。まだ何かあるのかい?」
「たくさんありますよ。意外かもしれないけど、朝起きたら朝日を浴びるといいのよ。そうすると体内時計がリセットされて、夜には体が寝る準備が整いやすくなるの。あと、お風呂に入るのはベッドに入る90分前が最適ね。入浴して90分くらいで体の深部体温が下がって自然と眠気がやってくるわ。その時を逃さず寝るのが自然な眠りに入るのに適切ってわけ」
「氷山さん、いろいろありがとう。分かりやすかったよ。ところで残りの会員と今夜のゲストが来たようだよ」
栗林がドアの方を向きながら言った。
個室のドアが開き、石山美里と、今夜の主催者の夏目、そしてゲストの3人が入ってくるところだった。
「皆さん、こんばんわ。今日も少し遅れちゃったわね。途中で夏目さんたちと一緒になったから、まだ大十分時間があると思って油断しちゃったかしら」
「主催者なのに遅れてしまってすいません。いつものんびりなのもいけませんね。それから、こちらがゲストの結城真由美さん。私の高校の時の同級生なんです」
「みなさん初めまして、結城真由美と申します。何か質問タイムがあると聞いてますので、詳しいお話はその時にしますね」
結城の受け答えはとても気さくで、もともとそういう性格なのかもしれないが、会に招かれたことをとても喜んでいるようだった。
「それにしても、今日はずいぶんとおしゃべりが弾んでいたようね」
石山が聞いた。
「どうしたら良く眠れるかって話で盛り上がっちゃってね。氷山さんの熱のこもった講義で随分とためになったよ」
芳賀が答えた。氷山は
「講義だなんて、恥ずかしいですよぅ」
と謙遜した。
「あたしは、眠気覚ましの方法についても聞きたかったなぁ」
と美樹本が未練がましく言った。
「それじゃあ、それは食事の時にでも話してあげますよ。でも睡眠時間を削るのは健康にいいことないし、あんまりお勧めできないわよ」
と氷山が答える。それでも美樹本は、
「だって、締め切りが近くなってくると、なんとか時間を削って間に合わせなきゃいけない時があってさぁ。背に腹は替えられないのよ」
「分かりましたよ。あとで2つ3つ効きそうなこと教えてあげますから」
と氷山が請け負った。
「それじゃあ」
と石山が言った。
「そろそろ会を始めましょ。マリ子さん、お願いね」
いつものとおり、その掛け声ぴったりのタイミングで、マリ子は各人に食前酒を配っていった。
グラスを持った参加者を前にして、今回の主催者の夏目が開会の宣言をした。
「では皆さん、今宵もおいしいお食事と楽しい会話のひとときを満喫しましょう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
今夜のコースも素晴らしいものだった。前菜の濃厚なフォアグラのフランから一同をうならせたが、特にメインの肉料理が絶品だった。鴨のコンフィだったのだが、クリスピーに焼かれた皮目と、解きほぐれるほど柔らかで肉汁があふれる中身の対比はまさに芸術的だった。栗林はとても気に入って、お代わりを頼もうかと真剣に迷い、
「コースでお代わりなんて無理に決まってるじゃありませんか」
と石山にたしなめられたほどだった。
食事が一段落して、デザートと紅茶が運ばれた。質問タイムの時間である。
石山がテーブルの上のベルを鳴らして合図をした。
「結城さん、夏目さんから聞いているかもしれませんが、これからあなたには自己紹介と身の上話をしてもらいます。途中、会員から質問が出ると思いますがなるべく正直に答えてください。もし、答えにくいことでも、ここで話されたことは一切外には漏れませんから、安心してもらって大丈夫です。それはここの会員と給仕のマリ子さんも含めて全員が保証します。とはいえ、それほど形式ばったことではないので、何でも自由に話していただいて構いません。では、どうぞ」
「それでは、結城真由美と申します。夏目さんとは高校の同級生で、その時以来の付き合いということになります。もっとも、最近はなかなか会えずにいたので、今日こうして招待してもらったのはほんとにうれしいことでした」
「高校の時には二人とも吹奏楽部に入っていて、そこで仲良くなったんです。私はそれで楽器の演奏にはまってしまって、今もアマチュアですけど、市民オーケストラに所属して活動しています」
「楽器は何をなさってるんですか?」
芳賀が聞いた。
「フルートです。ちなみに夏目さんはクラリネットをやってました」
「フルートですか。なんだか素敵ね。それに夏目さんが吹奏楽をやってたなんて全然知らなかったわ」
聞いた芳賀だけでなく、皆も驚いているようだった。
「もうずいぶん昔のことですけどね。私は高校だけでやめてしまいましたから。とても楽しかったいい思い出ですよ。今も続けている結城さんがちょっとうらやましいです」
夏目が目を細めてしみじみと言った。
「その市民オーケストラはもう長いんですか?」
氷山が尋ねた。
「今の楽団は、所属しておよそ10年くらいですね。その前はほかの楽団に入っていたこともありますが、残念ながら解散してしまって」
「それでも続けてるなんて、ほんとに音楽が好きなんですね。ところで、現金な話で失礼ですけど、お給料ってどれくらいもらえるんですか?」
「よく聞かれるんですが、市民オーケストラはアマチュアなので無給なんです。基本ボランティアなんですよ」
「えっ!そうなんですか。ほんとに失礼なことを聞いてしまって。じゃあほんとに大好きで活動されてるんですね」
氷山は少しバツが悪そうだった。
「ええ、それに、楽団の活動のために、毎月団費を収めるんですよ。そんなに高い額じゃありませんけど。それから、地元の企業にお願いして協賛という形で、活動費を援助してもらうこともしています。それで年2回の演奏会を行なってるってわけなんです」
結城はこともなげに言ったが、皆は感心したり驚いたりしていた。
「そりゃ大変だ。そういう楽団の運営に使えるような、補助金か何かあればいいのにねぇ。文化振興基金の創設を今度議題に挙げてみようかしら」
栗林は眉間にしわを寄せて真面目そうだった。
「それじゃあ、練習はどうしてるんですか?」
美樹本が聞いた。
「自宅でするとどうしてもご近所に騒音で問題になるのでほとんどできないですから、週2回市民ホールで行う全体練習が主ってことになりますね」
「平日にもあるってことですよね。その時、お仕事はどうされるんですか」
「私は今、叔父の経営する小さな会社で事務をやっているので、練習のある日は短時間勤務にしてもらってるんです。叔父には感謝しないといけないですね」
「練習と言えば、昨日も、年末の定期演奏会に向けての練習があったんですが、そこでちょっと騒ぎがありまして。少し消化不良で終わってしまって残念でした」
「騒ぎというのは、いったい何があったんです?」
芳賀が聞いた。
「それが、原因がよくわからないんですけど、演奏の途中でまったく関係ないところでベルが鳴るんです。ハンドベルを叩いたような『キン!』という高い金属音でした。それがまったく不ぞろいのタイミングで何度も鳴るんです。指揮者は打楽器奏者に注意するんですけど、打楽器奏者の方も『違います。今日はハンドベルは持ってきていません』って否定するし、ちょっと険悪な雰囲気になってしまって、あまりまともに練習が進みませんでした」
「それは謎ですねぇ。誰が鳴らしたのか、どこから鳴ったのか分からないベルの音ですか」
聞いた芳賀だけでなく、皆が興味深そうだ。
「いつもはそんな音は鳴らないんですよね?」
「ええ、それが実は昨日の練習場は、いつも使っている市民ホールの改修工事が始まってしまって、代わりにちょっと古い公会堂を使ってたんです」
「じゃあ、そこで練習するのは初めてだったんですね」
「いえ、以前は使っていた場所なんですけど、ここ数年は使っていなかったですね」
「以前使っていたときには、そういうベルの音が鳴るなんてことは、、、」
「一度もありませんでした」
「じゃあ、昨日の謎のベルの音は、やっぱり楽団の人の誰かが鳴らしたってことなんじゃないの?」
芳賀の後を継いで美樹本が聞いた。
「本人は否定してるけど、打楽器奏者の人が、間違って何かを鳴らしちゃったんじゃないかなぁ」
「わざとじゃなくてたまたまってことよね。そうでなきゃ嫌がらせになっちゃうし」
石山が聞く。
「そうだとは思うけど、嫌がらせの可能性も考えとく必要はあるかもよ。例えば誰かが誰かを嫌ってたってこともあるかもしれないし」
「でも、わざと全員の迷惑になるようなことするかしら」
石山は疑問を呈する。
「ということは、今のところ可能性としては、誰かがわざと音を鳴らしたか、でなければ何かの不可抗力で音が鳴ったかのどちらかってことよね」
美樹本が整理した。
「逆に考えてみたらどうだい」
芳賀が口を開いた。
「楽団の誰かが打楽器奏者のことを嫌っていて、余計な音を鳴らして、指揮者に注意されるように仕向けたんだとしたら」
「それが、演奏中だけじゃなくて、休憩中にも何度か鳴ってたんです。だから、単純に演奏の邪魔をしたかったわけじゃなさそうなんですよ」
結城が言った。
「それに、もしハンドベルならそれなりに大きさがありますから、目立つと思うんですよね」
「じゃあ、もっと小さいもので音の出るものをわざと鳴らしたか、それが勝手に鳴るようになってたかってことかね」
芳賀は考えに詰まったような顔だった。
「小さなものって鈴とか?でも音が全然違いそうよね」
石山が言った。
「そうですね。チリンていうような鈴の音色じゃなくて、ほんとにキン!と高く響く金属的な音でした」
結城が説明した。
「首に鈴を付けたネコが迷い込んだなんて言うんなら、かわいい事件ってことですむのにね」
氷山が少しおどけてみせた。
「あははは、ほんとにかわいいネコの鈴だったら、優しく抱き上げて連れ出してしまいますけどね」
結城は明らかにウケていて楽しそうだった。
夏目もつられて笑い出しそうだったが、
「それもいいけど、ほかの楽器も考えてみましょうよ。ベルに似た音を出す楽器なんてあるかしら?そうねぇ、鉄琴なんかはどう」
「たしかに似た音が出るかもしれないわね」
「そうでしょ、思いつくのはそのあたりね。でも休憩中はともかく、演奏中に誰かが鉄琴を叩けるかしら」
「それは難しいと思うわ。鉄琴は楽団の編成の一番後ろの方に置かれるから。それこそ打楽器奏者のほかには近くに人はいないもの」
「そうすると、いよいよその打楽器奏者が怪しいってことになってくるよ。何かほんとに不可抗力で音が鳴ることってないのかねぇ。結城さん、その音はどこから聞こえてきたんだい?ほんとに、打楽器のある方から聞こえてきたのかい」
栗林が聞いた。
「それが、はっきりそうとは言い切れないというか、何か部屋全体から響いてきた感じもするんですよ」
「へぇ、その練習していた部屋の作りはどんな感じだったんですか?」
美樹本が聞いた。
「中ホールと呼ばれる場所で、それなりの広さがあって、天井もある程度高いです。ただ、建物自体が古いこともあって、部屋の隅には配管がむき出しになってるところもありましたね。あ、この部屋のあの隅にあるように。それから、建物の配置で、隣が給湯室になっていて、お手洗いも結構近くにありましたね」
「じゃぁ、演奏の練習をするのにはあまりいい環境ではない感じですね」
「ええ、そうなんです。実際練習中にも給湯室やトイレに出入りする人が頻繁にいたようで、水音も結構していましたから」
「そんな中でさらに謎のベルの音まで鳴ったりしたら、それは落ち着いて練習できないですよね」
「美樹本さん、どうして部屋のことを聞いたの?」
石山が美樹本に尋ねる。
「いやね、部屋全体に響くような音だっていうから。部屋自体にも何か音が鳴る理由があるんじゃないかと思ったんだけど」
「何?その部屋に幽霊か何かが出るって言うの?怪奇現象?やめて!私そういうの苦手なのよ」
氷山が柄にもなく怯えた様子を見せた。
「もちろん違うわよ。今時そんな怪奇現象なんてあるわけないってば。でも氷山さんが幽霊とかが苦手だなんて、ちょっと意外だだったな」
「もうからかわないでよぅ」
「ともかく部屋から出る音っていうのもあるかもしれないわね」
「そうするとどんなものが考えられるかねぇ。空調のダクトとか」
芳賀が言った。
「照明器具がきしんだりとか」
と美樹本、
「屋根裏で何かぶつかったりしたのかもよ」
と栗林。
「でも、はっきりと言い切れませんけど、どれもベルのような金属音にはならないような気がします」
結城は否定的だった。
「じゃあもう一度その謎の音について詳しく教えてもらいましょうよ」
石山が言った。
「私の聞いた印象でできるだけ詳しくお話ししますね。音の感じは『キン!』という高い金属音です。練習中や休憩中にも何度か鳴りましたが、いつも同じ大きさや、同じ間隔というわけではありませんでした。それから、耳を澄ましていれば、全員が聞こえるくらいはっきりとした大きさだったと思います」
結城の説明が済むと、もう一つ確認という感じで美樹本が聞いた。
「それで、どこで音が鳴ったかは、あまりはっきり分からなかったんですよね」
「そうです。部屋全体に響く感じがしました」
「ありがとうございました。でもなんだか振り出しに戻っちゃった感じね」
美樹本がお手上げといった感じで言った。
ほかの皆も天井を見上げたり、腕を組んだりしている。
結城は
「なんだか私のせいで皆さんを悩ませてしまって、申し訳ないわ」
と言って恐縮していたが、夏目が
「気にしないで、結城さん。この会ではなぜだかこういう謎ときに皆で頭を悩ますことが多いのよ。それに、みんなそれを楽しんでるの」
と安心させた。
マリ子が紅茶のお代わりを配膳し始めた。
皆一休みといった感じで、紅茶を飲み、落ち着いた時間が流れていた。
その時、「カン!」という高い音が部屋に響きわたった。
「何!今の音」
「どこからしたの?」
「みんな聞こえた?」
皆が口々に声を出す。
一番驚いていたのはゲストの結城だった。
「いまの音!昨日練習の時に聞いた音そっくりです!」
「どういうことだい、ここでも同じような音がするなんて」
栗林も驚いていた。
するとマリ子が、
「皆様、驚かせてしまって、申し訳ありません。今の音は、あの部屋の隅にある配水管から出た音だと思います。配水管を流れる水が急に蛇口が閉じられると、圧力の変動でああいう音を出すことがあるんだそうです」
「このお店も随分古くなってきてますから、修繕の必要な個所もございまして、たまにこういう音が鳴ってしまうんです。ウォーターハンマーと言うらしいんですが、修繕業者の方からそういったお話を聞いておりました。特にレバー式の蛇口の場合だと出やすいんだそうです」
「それじゃあ、昨日練習場で鳴っていたのも、部屋に露出していた配管からの音だったんですね。多分それで間違いないです。納得できました」
結城がやっと安心したといった顔で言った。
「隣の給湯室を使ったり、お手洗いに人が出入りしたタイミングで、音が出ていたんだね。練習場の環境が悪かったんだ」
芳賀が言った、石山も
「打楽器奏者の人も悪くないし、誰かを貶めようとした人もいなかった。良かったじゃないの」
「でも、マリ子さん、知っていたならその配管のこと一言教えてくれてもよかったじゃないですか。わたしたち皆もこんなに悩まなくて済んだわ」
夏目が少しいたずらっぽくマリ子を責めた。
「申し訳ありません。でも皆様が謎解きに興じていらっしゃるのをお邪魔するわけにはいかないと思いましたから。いつも謎解きをされているときの皆さまはほんとに楽しそうですから」
マリ子はそう言って静かにテーブルから下がった。
「でも実際のところ、謎解きに一番貢献してるのはマリ子ちゃんなんだよねえ。わたしらは答えの周りをグルグル回って、ああでもない、こうでもないって言って、大事な助け舟を出してくれるのはいつもマリ子ちゃんなんだ。給仕なだけじゃない、謎解きでもマリ子ちゃんは不可欠な私たちの仲間だよ」
栗林が言うと、皆が頷いて納得した。
「ウォーターハンマーっていうんだ。うちのジムでも古いシャワールームで同じように音が鳴ることが前にあったのよ。その時はびっくりしたけど、怪奇現象じゃなくてよかった」
氷山も昔のことを思い出して言った。
「結城さん、今日は面白い話が聞けて楽しかったわ。それにその謎も解けたし、みんなも気分がいいでしょう」
栗林が言った。
「私本当にすっきりしました。皆さんに感謝します。次からの練習はきっと気持ちよくできると思います」
と結城もうれしそうに言った。
「そうしたら、最後にもう一度乾杯して締めくくりにしませんか?」
そういった石山に皆が賛成した。
「それじゃ、マリ子ちゃん、お終いの乾杯にもう一度シャンパンをお願いできる?」
「かしこまりました」
マリ子が答え、各自にグラスが配られると皆がそれを掲げた。
夏目が口を開いた。
「結城さん、定期演奏会うまくいくことを祈ってますよ」
「もちろんよ、あなた聞きに来てくれるでしょう?そうだ、皆さんもご招待したいです。いかがですか」
「演奏会なんてたまには良さそうね。あぁ、招待でなくても自分で行きますからご心配なく。お気持ちだけありがたくいただいておきますよ」
芳賀が答えたが、皆も同じ気持ちのようだった。
そして夏目が音頭を取った。
「それでは、結城さんの楽団の演奏会の成功と、今夜の素敵な謎ときに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
皆で傾けたグラスに部屋の照明が当たってまばゆく輝く。幻のベルの無機質な金属音とは異なる、気品のあるグラスの光の輪が、秋の夜長、黄水仙の会のテーブルを照らしていた。




