第2話 見えないレシピ
ストックから第2話を投稿します。まだまだ拙いですが楽しんでいただければ幸いです。
今夜の黄水仙の会はひときわにぎやかだった。主催者の氷山麗子が連れてきたゲスト、料理研究家の西山仁美が、常に話題の中心となり、明るくにぎやかに会話を続けていたからだった。
西山は楽しそうにそして幾分得意げに言った。
「先月もレシピ本を出版したところなんです。『西山仁美の思わず作りたくなる超簡単レシピ100』っていうんですけどね。これが、今までに出した私のレシピ本の中でも特に好評で、通販サイトのForestのレシピ本部門でベスト10に入ったんですの」
それを聞いていた氷山は、
「仁美さん、自慢するのもほどほどにね。とはいえ、私もあなたにはたくさんお世話になっているわけだけど。このあいだ監修をお願いして作ってもらった、食事と効果的なダイエットについてのパンフレット、ジムにさっそく置いたんだけど、ジムの会員さんたちからも、とても分かりやすいってすごく評判だわ」
「それは良かったわ。あのパンフレットは自分でもよくできたと思ってるのよ。栄養学と消費カロリーなんかに関する最新の科学を勉強し直しちゃったわ」
ずっと耳を傾けていた美樹本佳織が、
「なるほどね。ダイエットにも理屈があって、効果的なやり方があるってことね。その上であなたのレシピのような、おいしい料理を食べながら体重も減らせたら、それはいいことずくめだわ。ただ、私、料理はあんまり得意じゃないのよね」
と、少し残念そうに言った。
すると西山は、
「あら、私のレシピ本には、すごくシンプルで簡単に作れるものもたくさん載せていますの。一度手にとっていただいて、興味のあるものから作ってみることをお勧めしますよ。うまく作ろうとする必要なんてないんです。私は、おいしく食べようって気持ちが大事だと思ってます」
西山のおしゃべりはさらに続く。
「皆さん、料理をおいしく作るコツって何だと思われます?」
皆の方を見渡しながら、
「私は3つのことを心がけてます」
「まず、新鮮な素材を使うこと。2つ目はなるべく手早く調理すること。3つ目は調味料は控えめにすること。この3つです」
「意外とシンプルなのね」
美樹本が感心したように言うと、西山は満足そうにうなずいた。
「調味料やだしはとても大事ですけれど、それはあくまで素材の良さを引き出すためで、調味料の味が勝ってしまったら、素材の味が台無しになってしまいます。あくまでも大事なのはバランスってことですね」
なるほどと、一同は銘々にうなずいた。
「この間出版したレシピ本もそうです。それぞれのレシピを完成させるのに、試作を何回も繰り返して、材料の分量を本当に細かく調整して、これだ!っておいしくなるバランスを見つけ出すんです」
「料理というより、まるで実験してるみたいだわ」
芳賀悦子が笑う。
「ほんとにそうなんです。新しいレシピを考えるときは、それこそ一日中キッチンにこもって試作と記録を繰り返してますから。素材や調味料の分量、組み合わせ、温度や時間なども事細かに 」
「それは大変だわ。 記録って、ノートなんかに書き込むわけですか」
芳賀が問いかける。
「そうですね。メモ用紙だったり、直接そのノートに書き込んだりいろいろですが、最後はすべてノートにまとめるようにしてます。ですから、そのノートは私にとってはほんとうに大切な財産、宝物と言ってもいいものなんです」
西山は感慨深げに言った。
「そんなに大切なものじゃあ、どこかにしっかりと保管しとかなきゃいけませんねぇ」
栗林敏江が言った。
「そうなんですけど、頻繁に見たり開いたりするものですからそういうわけにもいかなくて、普段はキッチンの決まった引き出しに入れて置いてあるんですよね」
「そのレシピノートに書かれているのは、完成したレシピなんですか?」
美樹本が聞いた。
「いいえ、失敗して上手く行かなかったときの素材の組み合わせとか、調味料の分量なんかも残すようにしてます。そうすることで、後々の参考になりますから」
「なるほど、失敗からも学ぶというのは良い心がけですね」
夏目京香も感心したようだった。
「そうなんです。失敗作からも、また新しい料理のアイデアを思い付くこともありますしね」
「たしかにそうかもしれないわね。わたしもアイデア出しに詰まったときは、ちょっと後戻りして、考え直してみたりするもんね」
美樹本も納得していた。
そのとき、レストランの個室のドアが開いて、会員の最後のひとり、弁護士の石山美里が入ってきた。
「こんばんは、皆さん。ごめんなさい、今日も遅刻しちゃって。それにしても、今日はずいぶんにぎやかね。いっしょにおしゃべりに参加できなくて残念だったわ」
「それに、まあ、今日のゲストは西山仁美さんなのね!料理研究家の。存じ上げてますよ。あなたの和食のレシピ本はほんとに重宝してるんです」
それを聞いて、西山は目を輝かせた。
「そうですか。私の本の読者に逢えるなんて、こちらこそ光栄です。あの中ではどの料理がお役に立ちました?」
「そうですね。たくさんおいしいものはありましたけど、里芋の煮物のバリエーションが特に良かったですね。うちの家族にも好評でしたよ」
「それは良かったです。あのメニューは山形の芋煮に取材して、そこからアレンジしたものなんです。あの本の中でも自信作のひとつなんですよ」
そう言った西山はことさらうれしそうだった。
「さあ、全員揃ったことだし、会食を始めましょうか、マリ子ちゃん、お願いね」
声をかけられた給仕のマリ子は、計ったようなタイミングで食前酒のシャンパンを運んできていた。
参加者が銘々グラスを持ち、主催者の氷山が開会の宣言を告げようとしたとき、それこそ目にも止まらぬ勢いで、西山がグラスの中身を飲み干してしまった。
驚いた氷山が、
「ちょっと仁美、早すぎるってば」
とたしなめたが、西山は少しバツが悪そうにはしたが悪びれもせず、
「だって、あんまり喉が渇いてしまったんですもの。給仕さん、すいませんがお代わりをお願いできる」
と2杯目を頼んでいた。
「かしこまりました」
とマリ子は答え、代わりのグラスを用意しに行った。
西山の2杯目のグラスが用意されると、氷山は改めて開会を宣言した。
「それでは今夜の黄水仙の会の開会を宣言します。今宵もおいしい食事とひとときの楽しいおしゃべりを満喫しましょう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そして、会食が始まった。
前菜は『季節の野菜とエビのゼリー寄せ』だった。西山は一目見るなり、料理の美しさを褒め、一さじ口に入れては素材の良さと味の調和を褒めるのだった。
食事はそのあと、スープ(ガスパチョ)、魚料理(鯛のポワレ)、肉料理(テール肉のシチュー)と続いたが、品が変わるたび、西山の料理に対する称賛が続いた。
コースの主役の『テール肉のシチュー』に対しては、
「この料理にはまるで魔法がかかっているみたいだわ」
と言ってのけたほどである。
ともかく、西山をはじめ皆が食事を堪能したことは間違いなかった。
コースの終わりに近づき、給仕のマリ子がデザートと紅茶を運んできた。
ここで、石山がテーブルの上のベルを鳴らし、西山に向き直った。
「今日のゲストである西山仁美さんにお願いします。これからあなたに自己紹介と、身の上話を語ってもらいます。一応今日の会食に対する対価という形でね。と言っても、もう皆があなたのことは充分ご存じだとは思いますが。ですので、お話のテーマは自由。好きなことを存分に話してもらって構いませんよ。それとも、私たちからの質問に答えてもらうという形にした方が良いかしら」
「たしかに食事の前にもずいぶんとおしゃべりしてしまいましたしね。ですから、質問を受けて、それに答えるという方がいいかもしれませんね。どうぞ、何でも聞いていただいてけっこうですよ」
「それじゃ、進行役として最初は私からお聞きしてもいいかしら」
と言って、石山が先陣を切った。
「西山さん、あなたはどうして今のご職業、料理研究家になられたんですか?」
「そうですね。私、子供のころから料理をするのは大好きだったんですけれど、高じて大学では栄養学を学んで、社会人としては、食品メーカーの商品企画部門で働いていました。そこではチームとしてたくさんの商品開発に携わって、いろんな貴重な経験をさせてもらいました」
「でもチームとしての仕事ですから、自分の意見やアイデアを、そのままお客様の舌で感じてもらえないというジレンマもあって、多少窮屈に感じることも多くなってきました。そのうちに、自分で考えたレシピを直接多くの人に送り届けたいという気持ちが、どんどん大きくなっていって、独立してやってみようと決心したんです」
「幸い今の時代、SNSなどで個人でも情報を簡単に発信することができますから、そこから少しずつ人気が出て、レシピ本を出さないかというお誘いまで受けることができたんです」
「そうは言っても、初めは本にまとめるために、たくさんのレシピを考えるのに本当に苦労しました。でも今はレシピのストックもたくさんありますし、これからも新しいレシピを作っていってみようという気持ちであふれていますの」
「なるほどねぇ。これまでにけっこう苦労もされてるんですねぇ」
栗林が聞きながらうなずいていた。
芳賀が続いて質問する。
「そういえば、あなた方料理研究家の方々は、お互いどんな付き合いをされてるんです?レシピを教えあったりするような仲のいい同業の方がいらっしゃるとか、それともご自分のレシピは門外不出で、決して教えたりしないとか。いえ、ほんの興味本位ですけれど」
西山が答える。
「私たちは、決して仲が悪いなんてことはないですよ。仲の良い料理研究家仲間で食事会をすることもありますしね。でも、レシピを互いに教えあったりするかというと、それはなかなか簡単にはいきませんね。お互いに分かっていることですが、レシピはやはりとても大事な財産ですから」
「そういえば先日も、一番仲が良い料理研究家の樫山優子さんに食事に招かれて、新作の料理をもてなされたんですが、そこでちょっと気になることがあって、、、」
「何かいざこざでもあったんですか」
美樹本が聞いた。
「いえ、喧嘩するようなことはなかったんですけど、私が彼女の料理に感激して、ぜひレシピを教えてほしいとお願いしたのに、教えてもらえなかったんです」
「それはやっぱり、その樫山さんにとってもよほど大事なレシピだったってことじゃないの?」
氷山が尋ねた。
「それがちょっとなぞかけみたいな感じで、、、いきさつを少し詳しく話しますね」
「その日は樫山さんのお宅に出かけて行って、料理には、まず前菜が出て、メインのお料理があって、最後にデザートにスムージーが出されたんです。このスムージーがほんとに素晴らしくて!しつこくない甘さと爽やかさがあって、でも奥の方に深いコクが隠れていて全体の味を引き締めてるって感じでした」
「私もこういう職業ですから、材料に何が使われているかおおよそは分かります。そのスムージーに使われていたのは、バナナとアボカド、それにキウイとレモンだというところまでは分かりました。でもあと一つ、隠し味になっている材料があるはずなのにどうしても分からなくて、、、」
「だから、わたし、樫山さんに言いました。『樫山さん、このスムージーは本当に素晴らしいわ。いっぺんで虜になっちゃったもの。だから、お願い、スムージーのレシピをどうしても教えてほしいの』ところが彼女は『そのスムージーは、一番新しい私の傑作なの。申し訳ないけどそう簡単に教えるわけにはいかないわ』と断られてしまって」
「それでもあきらめきれずに、何度もお願いしたんです。でも、結局教えてもらうことはできませんでした。しかたなく帰ろうとしたところに、樫山さんが『しょうがないからこれをあげるわ。あなたの欲しいものよ。そこに書いてあるから読めれば分かるわよ』と言って、これを渡されたんです」
と言うと、西山は自分のバッグから一通の封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
「それがスムージーのレシピなんですか」
美樹本が聞いた。
「それが、、、中身を見てみてください」
西山に促されて、氷山が封筒を取り上げ中をたしかめた。中にははがきより一回り小さいくらいのカードが1枚入っていた。しかしそれは白紙だった。表も裏もどちらにも1文字も書かれていない。
「なんなの、これ?何にも書いてないじゃない」
「そうなのよ。でも樫山さんはそこに書いてある、読めればわかるって言うの。だから、何か読む方法があるんじゃないかと思ってこの1週間いろいろ試してみたんですけど、全然分からないんです。ひょっとして、わたし、樫山さんに騙されたんでしょうか」
西山にわずかに疲れた様子が見えた。
白紙のカードは、参加者の間を渡って、各々が様子を確認していった。
カードは厚めのしっかりした紙で、簡単に破けたりしなさそうな感じのものだった。また、表面はつるつる、裏面はややざらついた感じがした。
夏目が、
「明りにかざしてみても透かしが入っているわけでもないし、ボールペンなどの筆圧痕が残っているわけでもないようですね」
と、観察した様子を述べた。
「私も同じようなことをしてみました。照明に透かしてみたり、いろんな角度で光に当てたりして。でも何も見えなかったですね」
西山の言葉には半ばあきらめが混じっていた。
芳賀が言った。
「本当はその人がいたずらをして、何も書いてないカードを寄こしたんじゃないのかねぇ」
石山が、西山に尋ねる。
「西山さん、その樫山さんという方は、人にいたずらをしたり意地悪をするような人ではないんですか?」
「いえ、普段は朗らかで、とても気のいい人ですよ。でも、あの時は、わたしも相当しつこくしてしまったので、それで機嫌を損ねたのかもしれません。でも、樫山さんは、たしかにそこに書いてあるって言ったんです。きっと何か読む方法があると思うんです」
栗林が言った。
「見えない文字と言えば、あぶり出しじゃないかね。ミカンの汁で文字を書いて、それを火であぶると文字のところだけ浮き出てくるというやつ。昔はよくそれで秘密の手紙なんて言って遊んだもんだけどねぇ」
西山が答えた。
「私もそれを真っ先に考えて、実際に試してみました。オレンジやレモンなら、彼女の家にもあるはずですしね。でも、ガスコンロの火にかざして、カードが焦げてしまわないようによく気を付けながらあぶってみたんですけど、何も出てこなかったんです」
美樹本も、思案顔で言った。
「夏目さんや西山さんも言っていたけど、紙の透かし模様や、筆記具の筆圧痕でもないのよね。何か他に書いた文字を隠す方法ってあるのかしら」
石山が少し控えめに、
「ひとつの可能性としてだけど、このカードってそれなりに厚みがあるじゃない?この表面と裏面をはがして、内側にメッセージを書くの。それをまた貼り合わせるってこと、できないかしら」
と言った。
「かなり独創的ね。不可能だとは言わないけど、このカードには、貼り合わせたような跡は見当たらないし、糊を使って貼り合わせたとしたら、多分きれいにはがすことができないわ」
と美樹本が否定した。
「そうよね。やっぱりちょっと無理そうよね」
石山も認めた。
今度は氷山が尋ねる。
「あぶり出しの火がダメなら、水に濡らすのはどう?水と反応する特殊なインクが使われていて、浮き出てくるかもしれないわよ」
美樹本が制止するように、少し慌てて、
「ちょっと待って。まだインクがどんなものかわからないでしょ。もしかしたら水性インクかもしれないし、それだと字がにじんだり流れたりしちゃうわ。今はまだ慎重にした方がいいわよ。西山さん、まさか、このカード水につけたりしていないですよね?」
「ええ、それは試していません」
西山が答えた。
「でもやってみる価値はあるんじゃないの?」
氷山が食い下がった。
「とりあえず、それは最後の手段にしておきましょうよ」
と石山がとりなした。
「でも何か特別なインクが使われているというのは、この謎を解く方向として間違ってないと思うわ」
美樹本が改めて言った。
「特別なインクというとどんなものがあるかしらね?」
芳賀が尋ねる。
「紫外線を出すブラックライトで光って見えるインクがあるわ。無色透明で、普通に書いただけじゃ目には見えないの。暗いところでブラックライトを当てると見えるのよ。それにこれ、おもちゃとして100円ショップでも入手できるものよ。まずこれが一つ目ね。ただ、今ここで確認できるかっていうと、難しいわよね。だれもブラックライトなんて持ってないでしょう?」
美樹本の言葉に皆が首を横に振った。
「他にもあるの?」
「一般的に手に入るものと言えば、フリクションインクがあるわ。みんなのうちにも1本はあるんじゃないかしら。見た目は普通のボールペンだけど、ペンの後ろ側のゴムで書いた文字をこすると、見えなくなっちゃうの。これ、こすった時の摩擦熱でインクの色が消えるんですってね」
「ああ、それなら知ってるわ」
石山が言った。
「あのペンは普段使いには便利だけど、役所に提出するような正式な書類には使えないのよ」
「それはどうして?」
氷山が聞き、石山が答える。
「そりゃあ、消えちゃうからよ。書類の内容を誰かが書き直したとしても分からないし、間違ったことを書かれたら、困っちゃうでしょう」
氷山も納得したようだった。
「たしかにそうよね。でも、一度消してしまったらそれっきりなんでしょう?書いてあった文字を二度と見られないんなら、お手上げだわ」
「ちょっとみんな、ひとつ忘れてることがあるよ」
芳賀が声を上げた。
「カードじゃなくて、それが入っていた封筒の方はどうだい。そっちの内側に何か書かれてるなんてことはないかい?」
夏目が封筒を取り上げて、詳しく調べてみたが、首を横に振って、
「だめですね。こちらの方にも何も書かれていません。封筒も真っ白です」
と言った。
「なんだい、ダメかい。いいところを突いたと思ったんだけどねぇ」
と、芳賀は残念そうだった。
その時、
「皆様、紅茶のお代わりをお持ちいたしました」
と言って、マリ子が配膳を始めた。
皆はお茶を飲み、しばし息をついた。
そこへマリ子が、
「あのう、差し出がましいようで申し訳ないのですが、先ほど話題に上がっていたフリクションペンについて、お伝えしたいことがございます」
「マリ子ちゃん、どうしたの」
栗林が声をかける。
「はい、実はわたし、フリクションペンで書いた文字を復活する方法を知ってるんです」
「なんですって!」
「それはどうやって?」
「ほんとうに?」
「まあ、なんてこと!」
皆は口々に声を上げた。
「たまたまですが、お店でも似たようなことがございました。シェフが書いた買い出し用のメモの上に、スタッフが出来上がった熱いスープの鍋を置いてしまい、メモの文字がきれいに消えてしまったんです」
「それで皆が困っていたところ、文具などがとても好きなスタッフがおりまして、『それなら冷やせば元に戻るよ』と言って、お店の冷凍庫にメモ用紙を入れたんです。そうしたら、ものの30分くらいでメモの文字が元通りに読めるようになりました」
「そんなことが」
西山が驚いたように言った。
「でも冷やすのなら私も試したんですよ。ひょっとしてと思って、冷蔵庫に入れてみたんです。でも丸一日置いておいたのに、結局何も変化ありませんでしたよ」
「それは、冷やし方が足りなかったんだろうと思います」
とマリ子が言う。
「文字が見えるようになるには、氷ができるよりもっと低い温度に冷やさないとダメなんだそうです」
「そうか、だから冷凍庫だったのね。仁美さん、惜しいところまで行ってたんじゃないの。早速このカードもお店の冷凍庫に入れさせてもらいましょうよ」
と氷山が言った。西山も、
「氷点以下まで冷やす必要があったのは知らなかったわ。わたしも冷凍庫で試してみればば良かった。給仕さん、冷凍庫をお借りできますか?」
「いえ、冷凍庫だと少し時間がかかってしまいますから。もっといい物がございます」
マリ子が言った。
「それは何?」
石山が聞く。
「ドライアイスです」
「そんなものがここにあるの?」
「はい、デザートのケーキなどをお待ち帰りになるお客様がいらっしゃるので、その保冷用に用意してございます」
「なるほどね、それはいいわ。じゃ、マリ子ちゃん、すぐにドライアイスを準備してくれる」
美樹本が言うと、
「かしこまりました」
と答えて、マリ子はいったん奥に引っ込んだ。
ほどなくして小さな袋に小分けして入れたドライアイスと、厚手のタオルを持ったマリ子が戻ってきた。
「じゃ、早速やってみましょう。マリ子ちゃん、お願いできる?」
「分かりました。ドライアイスはじかに触れると凍傷になってしまいますから、こうしてタオルでくるんで持って、、、」
「ではいきますよ」
そして注意深く、ドライアイスをくるんだタオルの面をカードに当たるようにゆっくりと滑らせていった。
すると、ドライアイスの冷気の煙の間から、カードの表面にくっきりと文字が浮き出てきた。
「やったわ!」
「見事ね!」
みなが歓声を上げる。
しかしそこに出てきたのは、
『カたいあたまで
カんがえてみたら
オバカサン』
という、3行のメッセージだった。
「なんなのこれ、レシピじゃないじゃない。樫山さん、最初から教える気はなかったのね。ホントにバカにしてるわ」
西山は驚愕し、怒りを隠そうともしなかった。
「仁美、落ち着いて。樫山さんがホントにこんな手の込んだいたずらで、あなたをバカにしようとするかしら。何か意味があるかもしれないわよ」
氷山が声をかける。
他の会員も驚きながらカードのメッセージを見つめていたが、美樹本が
「うふふ、わたし分かっちゃったわよ。ここにはちゃんとレシピの材料が書かれてるわ」
「わたしも分かりました」
夏目も続いた。
「いったいどこにレシピがあるっていうんです。分かったなら早く教えてください」
西山の怒りはまだ収まらない。
「いい、みんな、3行の初めの文字だけカタカナで書かれてるでしょう。そこを縦に読むのよ、そうすると、、、」
美樹本が促した。
「カ、、カ、、オ、、カカオ!」
皆が驚いた。芳賀などは笑い出してしまっていた。
「ほらね、秘密の隠し味はカカオだったのよ。樫山さんは、よほど素直には教えたくなかったのかしらね。みんなで右往左往して大変だったわね」
美樹本が言った。
「でも、なんだかまだ釈然としません。こんなに苦労させられるなんて。でも確かに、あのスムージーの深いコク、カカオの隠し味と言われれば、今なら納得できますわ。きっと今なら、あのスムージーも自分で再現できると思います」
西山は少し呆けたようにしていたが、それでも何とか自分を納得させているようだった。
「仁美、謎が解けてよかったじゃないの。今度はあなたが新しい傑作レシピを作って、樫山さんにリベンジしましょうよ」
氷山が声をかけた。
「それにしても、今回もマリ子ちゃんに助けられたわね。お礼を言わなきゃね」
栗林が言った。
「そんな、私はたまたま文字を復活させる方法を知っていただけで、何も特別なことはしていません。でも、西山様のお悩みが解消できたことは、ほんとに良かったと思っています」
「給仕さん、やっぱり謎が解けたのはあなたのお手柄よ。私からもお礼を言わせてください」
西山が言った。
「恐れ入ります」
マリ子はいつも通り控えめだった。
石山が紅茶を一口飲んで言った。
「今日の教訓は、『親しい友人にも大事な秘密は簡単には明かされない』ってことかしら」
「ええ。そして秘密ほど、人を夢中にさせるものもありませんね」
夏目が静かに付け加えると、一同は納得したようにうなずいた。
ストックはあと1話分ありますが、その後が続かないので、第4話の進行具合と合わせて、1週間以内くらいに投稿する予定です。




