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黄水仙の会 -六人の女性と給仕のマリ子はいつも小さな謎を解く-  作者: 大畑里志


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1/11

第1話 冷たいLINE

最初の投稿となります。まだまだ稚拙なところばかりですが、これから少しでも向上していけたらと思っています。こんな素人が、アシモフのオマージュなどほんとにおこがましいのですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 美樹本佳織は一人の女性を伴って、いつもの店への道を歩いていた。月の明かりが足元を照らす。

 「月がきれいねぇ」

 「そうですね」

 もう一人の女性が小さな声で答えた。

 「あなたやっぱり、何か気になることがあるのね。でも今だけは忘れちゃって、これから行くお店でおいしい料理を存分に楽しむといいわ。本当に素敵なところなんだから。それに、ひょっとするとだけど、あなたの悩み事にも少しは手助けができるかもしれないわ」

 「ありがとうございます。今日はお誘いいただいてほんとに感謝してます。でも本当に私が今気にしている事、なんとかなるんでしょうか」

 「確約はできないけど、でも私たちの会の仲間はみんなその道のプロだから」

 彼女、美樹本佳織は国際的にも活躍する実力派の広告デザイナーである。一緒にいる女性は、まだ20代後半と若いが美樹本の有能なアシスタントであった。

 二人がこれから向かうのは、繁華街を少し離れたところにある老舗のレストラン。ここで美樹本をはじめとした女性ばかり6人の会員が月に一度集まり、普段の仕事のことはひととき忘れて、食事と会話を楽しむ集会を催すのだった。

 会の名前は「黄水仙の会」という。

 黄水仙は、すっと伸びた葉と茎が美しい姿で花もきれいだが、その実、球根を含めた全草に毒を持つことから、美しいけれど一筋縄ではいかないという意味になぞらえた由来の名前だった。


 2~3分ほど歩いて目的の店に着いた。美樹本が入り口のドアを開け、店員に名前を告げて、奥の個室に通してもらうよう頼んだ。

 個室に入るとすでに4人の会員が集まって、めいめい歓談を交わしていた。

 作家の芳賀悦子、日本画家の夏目京香、スポーツジムオーナーの氷山麗子、県会議員の栗林敏江である。

 「こんばんわ、皆さん。今夜の主催者としてゲストを連れてきたわ。私のアシスタントをしてくれている米山京子ちゃん。若いのにとっても優秀なのよ」

 「きょうはお招きいただきほんとうにありがとうございます」

 京子が会員たちに頭を下げた。

 「そんな硬くならないで、ゆったりリラックスしていればいいのよ。こんなに若い人はこの会のゲストには珍しいわ。大歓迎よ」

 栗林敏江が応じた。

 「それにしても司会役がまだなのね。ま、いつものことか」

 美樹本がひとりごちた。

 残りの一人というのは、弁護士の石山美里なのだが、会の進行役を自任する割に遅刻ギリギリでやってくることが多いのだ。

 美樹本がゲストの席を探していると、会専属の女性給仕のマリ子が

 「どうぞ、こちらにお掛けになってください」

と絶妙のタイミングで椅子を勧めてくれる。まだ30代前半くらいなのだが、給仕の手際は本当に完璧と言っていい。

 「ありがとうございます」

 と米山は席に腰を下ろした。

 「マリ子ちゃんの給仕、いつもながらスマートで見事よね」

 「そんなことありません。これくらいできなければ恥ずかしいですよ」

 「いつもといえば、今日のいつものあれ、どうだったの?」

 「いつものって、議員先生からのお見合い話のことですか?今日もお話だけ聞かせていただいて、まだまだ仕事を続けていたいですからって、お断りさせていただきました」

 「なんだ、もったいないなあ。結婚したって仕事を続けることはできるんだし、一度ぐらいしてみてもいいと思うわよ、お見合い。議員先生も喜ぶでしょう」

 「はい、いつかそんなときが来れば、真剣に考えてみます」

 マリ子はいつもこんな調子である。穏やかな物腰で控えめだが、本当に仕事が楽しくて仕方ないようだ。

 他の会員たちは、作家の芳賀と画家の夏目が浮世絵についての話で盛り上がっているようだった。人情時代物の人気作家で、今日も和服を着た芳賀は歴史に詳しく、自分の知識に関係することになると話が止まらなくなるのだ。

 「わたしゃ、やっぱり歌麿の浮世絵を推すねぇ。美人画の艶やかさと言ったら右に出るものはないよ」

 「でも、写楽の大首絵のアバンギャルドさも素晴らしいと思いますよ」

 と、自身も大胆な筆致で注目される日本画家の夏目が応じている。

 経歴30年余になる議員の栗林と、若くして成功したジムオーナーの氷山は、どうやらダイエットのことで話し込んでいるらしい。

 「糖質ダイエットってありますけど、糖質をまったくゼロにしちゃだめですよ。それで体調崩すこともあるんですから」

 氷山が持論を述べていた。栗林も

 「糖質ダイエットって私にもできそうだと思ってたけど、案外難しいもんなんだねえ」

 と応えていた。いかにも自分たちの年齢の女性らしい話題だと美樹本は思った。

 そんな風にしていると、個室のドアが勢いよく開けられて、一人の女性が入ってきた。件の最後の会員、正義感の強い人権派の弁護士の石山美里である。

 そして石山はそのままの勢いで、個室にしつらえられたソファーに倒れこんだ。

 「あぁ~、疲れた。もうくたくたよ。マリ子ちゃん、いつもの熱いハーブティーを一杯ちょうだい。悪いけど、少し休ませて」

 「はい、石山先生、すぐにお持ちしますね」

 石山を待たせることなく、マリ子が湯気の立つハーブティーのカップを石山の前に置いた。石山は少し居住まいを正すとカップに口を付けて一口すすり、ホッと大きく息を吐き出した。

 「先生、今日は本格的に疲れ果ててるって感じだね」

 芳賀が声をかける。

 「もう、大事な案件が重なっちゃって、うちみたいな小さな事務所じゃちょっとこなしきれなくなっちゃったのよ。恥ずかしい話だけど」

 「そんなときもあるだろうけど、あんたどんな小さな事案でも、断らずに引き受けちゃうからね。いつもそんな調子じゃ、身が持たないよ」

 栗林も軽く忠告した。

 「私からも忠告しておくわ。さて、これで会員が全員揃ったことだし、石山先生が落ち着いたら例会を始めましょう。今日の主催者からのお願いよ」

 美樹本が宣言した。

 石山が落ち着くのにはもうしばらくかかったが、食前酒のワインが配られると、改めて会の開催が宣言され、乾杯の音頭とともに黄水仙の会の会食が始まった。


 食事の内容はその日の主催者がリクエストできるのだが、今日の食事もいつもながら見事なものだった。前菜から始まって、メインの魚料理、肉料理のどれもが手の込んだ逸品で、会員やゲストの舌を存分に楽しませた。

 しかし、実際のところ、ゲストの米山だけは幾分食が進まず、心ここにあらずという様子だった。


 食事が一段落してデザートと紅茶が運ばれると、石山がテーブルに置かれたベルで合図をして、ゲストに問いかけた。

 「ここからはこの例会の決まりなのだけど、あなたの自己紹介と身の上話を聞かせてもらうわ。食事に対するちょっとした対価ってところね。さあ、あなたはいったいどんな人物なのかしら」

 米山がおずおずと口を開く。

 「米山京子と申します。美樹本先生の下で、アシスタントをさせていただいてます。仕事は、いろんな資料集めやその整理、試作品の作成、それらの進行マネジメントなど、いろんなことがあって大変ですけど、とてもやりがいがあります」

 「ほらね、私のところの若手の中でも、京子ちゃんは特に優秀なのよ。いずれ、私の右腕になって、その後は独立も夢じゃないわ」

 美樹本が肯定した。

 「それにしても、あなたちょっと元気がないね。緊張してるのなら、何も心配することなんかないんだよ。獲って喰おうってわけじゃないんだからさ」

 ゲストのおどおどとした様子に栗林が声をかける。それに対して美樹本が答えた。

 「そうでしょう、いつもの彼女はもっと活発で元気なのよ。だけど、ここ4,5日なんだか元気がないみたいで、仕事にもあまり気が入らないみたいだし。詳しい原因は分からないんだけど、この会に来たら少しは気晴らしになるかもって、それで今日連れてきたってわけなの」

 「何か悩み事があるってことなのかい?だったらいい機会だから、ここで打ち明けてみたらどうだい。私たちでも少しは力になれるかもしれないよ」

 栗林が言った。

 「そうよ。自慢するわけじゃないけど私たちはそれなりの経験と実力があるって自負している仲間だから。悪いようにはしないわ。それに、ここで話されたことはすべて他言無用、誰もよそでしゃべったりすることはないわ。会の決まりなの。保証するわ」

 石山も同じように請け負った。

 若干迷いつつ、米山が口を開く。

 「それじゃあ、、、せっかくですから、ご相談させていただきます。でも、ほんとに私よく分からなくて」

 「込み入ったことなの?京子ちゃん」

 「実は、お付き合いしている彼氏がいるんですが、、、ひょっとしたら私たち別れるかもしれないんです」

 「どういうこと?別れ話なんて初めて聞いたわ。ちゃんと順を追って説明してくれる?」

 「はい、彼とは付き合って2年ほどになるんですが、自分で言うのもなんですけど、関係はとてもうまくいっていると思ってました。それがこの春に、半年ほど前になりますが、彼が地元の本社に転勤になって、遠距離恋愛になってたんです。それでも月に1回は直接会ってましたし、頻繁にLINEも交換してました。それこそ毎日です」

 そこで一息おくと、

 「それが、ちょうど1週間前から、彼からのLINEの返信の様子が急に変わったんです。とても他人行儀というかそっけないというか、必要最低限の事務的な返信しか返してこないという感じで、、、」

 「例えば?」

 美樹本が聞く。

 「そうですね、”そうだね”、”元気だよ”、”また今度”、”分からないな”とか、そんな風にほんとに一言二言だけの返信で、顔文字やスタンプだってひとつもないんです。私、彼に避けられてるんじゃないかと、すごく不安になってしまって」

 「それはたしかに冷たい感じがするわねぇ」

 芳賀がつぶやいた。

 「最悪の場合、浮気ってこともあるんじゃないの?」

 氷山が口を開いたが、まずいことを言ったという顔で口に手を当てた。

 「ごめんなさい。私、その、悪気はなかったんだけど、、、」

 「大丈夫、分かってるわ。まだそうだと疑うはっきりした証拠はないものね」

 そう言って石山が続ける。

 「米山さん、差し支えなければ、その問題のLINEの画面をここで私たちにも見せてもらえないかしら」

 米山は少し迷った様子を見せたが、

 「ちょっと恥ずかしいですけど、お見せします」

 と言ってスマホを取り出し、LINEのトーク画面を表示した。

 表示された画面はこんな様子だった。


  正行>

  今日会議長引いてさー、部長がまーた同じ話繰り返すんだよ 18:32

  俺もう聞き飽きたよ 18:33


    <京子

    19:24 お疲れ様〜!

    19:25 それは辛い笑

    19:25 今日こっちも佳織さんの直しが激しくて死んでた


  正行>

  でも京子は佳織さんにすごく認められてるんだろ 19:41

  京子が褒められてるとこ見たいなー 19:42

  今度見せてよ 19:42


    <京子

    19:48 えーやだ恥ずかしい

    19:49 でも今度こっちくる時見せる!


  正行>

  楽しみにしとくからなー 20:01


 「次からなんです」

 米山がその行を指で示した。


    <京子

    16:35 今度会うのいつにしよっか

    16:36 いつだったら都合がいい?


  正行>

  まだ分からない。 20:26


    <京子

    20:36 私は週末だったらだいたいOKだよ

    20:38 あ、でも13日は土曜日だけどお仕事だわ


  正行>

  そうなんだ。 20:24


    <京子

    20:32 今度会う時にはどこかに出かけたいな

    20:34 正行、どこか行きたいところある?


  正行>

  君の希望に従うよ。 20:28


    <京子

    15:05 最近様子が変だけど、元気なの?


  正行>

  安静にしてるから大丈夫。 20:25


    <京子

    12:25 風邪でもひいてベッドに潜ってるってこと?

    12:26 よく寝てね

    12:26 いい夢見てね


  正行>

  ありがとう。 20:28

  また今度。 20:29


 「ほんとにそっけないわね。これじゃ京子ちゃんが避けられてるかもしれないって心配するのも無理ないわ」

 美樹本が納得したという顔でうなずいた。

 実際、画面を見た会員は全員が唖然とするしかなかった。たしかにこんなLINEを送られたら、相手が自分に好意を持っているとはとても思えない。

 「ごめんなさい。でもやっぱりこれじゃその彼氏が浮気をしてるかも、って考えがぬぐえないわ。その文面を見てると、浮気した男がそれを必死に隠そうとしてるとしか思えないんだもの」

氷山が再び持論を展開する。

 「そうかしらね。ただ単純に仕事が忙しくて、丁寧な返信ができないだけかもしれないよ。送信時間も毎回ほとんど同じ、20時半ごろで決まってるみたいだしね。それに返事は1日にそれ1回きりってことみたいだし」

 芳賀の発言はそれなりに理屈が通っていると思えた。

 「そうだとしても限度ってものがあるじゃない。恋人同士の会話なのよ。スタンプを使ったりして短い時間でも気持ちを乗せようとすると思うわ」

 美樹本が口を開く。

 「そうは言うけどねぇ、余裕のない時は事務的にでも済ませようとするもんだよ。特に男はね」

 そう言った栗林の意見は、さすがに説得力のあるものに聞こえた。

 「ところで米山さん、LINEじゃなくて電話をかけてみたことはないのかい?その方が話が早いような気がするよ」

 米山が答える。

 「わたしもそう思って、3日ほど前に夜の9時半過ぎごろに、いちど電話もしてみたんですけど、応答がなかったんです」

 皆は黙り込んだ。

 「そういえばひとつ気になりますけど、安静にしてるって一言、少し違和感があります。何かの言い間違いでしょうか。風邪くらいで安静って普通じゃ言いませんものね」

 夏目が珍しく口を開いた。

 「安静ねぇ、たしかに普段使う言葉じゃないかもしれない。硬い感じよね。やっぱり、浮気して心が離れてる証拠なんじゃないの」

 氷山はどうしてもそこに引っかかるようだった。

 「私は仕事が忙しい可能性を取るわね。確たる証拠もないのに浮気なんて悲しいことは考えたくないし、忙しいことがそっけない返事につながってるなら矛盾しないと思うのよ。きっとしばらくすれば元の調子に戻るんじゃないかしら」

 石山は恋人の多忙説を支持した。しかし時間が解決するという保証はない。

 「それともこんなことはあり得ないかい?彼氏がスマホを落とすか紛失して、別の誰かの手に渡ってるとしたら。その誰かがLINEに適当に返信してるってこともあり得るよ」

 芳賀が別の切り口を示した。

 「誰だかわからない別人が彼の代わりに返信してるってこと?彼のスマホが犯罪にでも使われたら大変だし、第一気味が悪いわ」

 そんなことは考えたくないという風に美樹本は首を振った。

 それでも、LINEの文面がそっけなくなった理由を説明する決め手は見つからない。

 ただ単に忙しいだけなのか、浮気を隠そうとする罪の意識からなのか、それともほかの理由があるのか、いずれとも判然としない。

 米山はといえば、困惑と不安で耐えきれないという風でずっと俯いたままだった。


 その時テーブルに、マリ子が紅茶のお代わりを持って来て配膳を始めた。そしてテーブルに置かれたままの米山のスマホの画面にチラリと目をやると、何かに気づいたようで控えめに口を開いた。

 「あのう、ひと言よろしいでしょうか」

 「どうしたの、マリ子ちゃん。何か気が付いた?」

 石山が聞く。

 「はい、ほんとに些細なことなんですけれど、お相手の方からの返信の様子が変わった後ですが、必ず文末に「。」がついてるのが気になったんです。何か意味があるんでしょうか。最近の若い人たちはLINEのトークのやり取りなどに、文末の「。」は使いませんよね」

 皆が改めてトークの画面を見返すと、彼からのはずの返信には、たしかに文末に必ず「。」がついていた。

 「ほんとだ。マリ子ちゃんの言うとおりだわ。「マルハラ」ってやつよね。様子が変わる前の返信は普通に若者の文章で「。」は一度も使われてない。それが様子が変わってからのその「。」は、明らかに違和感があるわよ」

 そう言って、美樹本も何かに気づいたようだった。

 「それで一体どういうことになるわけ?」

 石山が尋ねる。

 「つまりね、この文末に「。」を付けるのって、私たちみたいにある程度年配の世代のクセなのよ。みんなもそうじゃない?だから、この返信は年配の誰かが彼の代わりに打ってるということになるんじゃないの?」

 「代筆者?さっきはそんなこと気味が悪いって言ったじゃない。そもそもいったい誰が?それに肝心の彼はどうなるの?」

 石山が続けたが、そこへ氷山が、

 「ごめん、私は「。」付けない派」

 と主張した。美樹本は意に介さず、

 「今はそんなことはいいから。ともかく、そうね、彼のスマホが盗難にあったとか、LINEのアカウントが乗っ取られたってことも可能性としてないわけじゃないわ。でも、京子ちゃんの送信すべてに几帳面に返信を返してきてるんだもの、悪意のある相手とは思えない。代筆してるのは彼のごく身近にいる年配の人ってことになるんじゃないかしら。そして、彼がその代筆者に返信を頼んでるんだとしたら、彼自身はきっと何かの理由があって、自分でスマホを操作できないのよ」

 「自分でスマホを操作できない理由って、一番考えやすいのは怪我か病気ってことになるよ、、、そうか、だから安静にしてるって一文があったんだね。代理で返信してる人がそこだけ気づかずに本当のことを書いちゃったんだよ。きっとその彼は入院してるんだ。でもそうだとすると、これはちょっと一大事じゃないかい」

 芳賀が真剣な顔で言った。

 「そうよね。もしそれが正しいんだとすれば、代筆者は彼の家族、おそらく父親か母親の可能性が高いんじゃない?彼に米山さんからのLINEを読ませて、返信の文句を選んでるってことよ」

 石山がまとめる。

 うつむいていた米山が顔を上げて、

 「そんな!正行さんが怪我なんて」

 と、泣きそうな声を出した。

 「落ち着いて、京子ちゃん。本人がLINEを読むことはできてるはずだから、それなら意識もはっきりしてるはずよ。少なくとも命に別状はないと思うわ」

 美樹本が慰めるように声をかける。

 「でも、それなら私、彼のところに行きたいです。だけどほんとに入院してるとしても、どこの病院かも分からないし、どうすれば、、、」

 「たしかにそうだねぇ。どこの病院かどうすれば分かるだろうねぇ」

 栗林も思案気だ。

 そこにマリ子が声をかけた。

 「恐れ入ります。先ほど芳賀様がLINEの送信時間がだいたい20時半で決まっているとおっしゃいました。実際、いつも20時半の少し手前で、越えることはないみたいです。これは、何かの時間に合わせて送信したということではないでしょうか」

 「それはどういうことだい?」

 芳賀が尋ね、マリ子が答えた。

 「病院の夜間面会時間です。おそらく20時半が面会の終了時刻なのではないかと思います。今はちょうど20時15分ですから、いまその方のLINEに送信すれば、代筆しているご親族と連絡が取れると思います」

 「なるほど、そのとおりよ。京子ちゃん、直接聞いてみるのがいちばん早いわよ。すぐにLINEを打ってみましょうよ」

 美樹本が促した。

 米山は思いつめたようにしばらく黙っていたが、意を決して、

 「分かりました。送信してみます」

 と言うと、スマホを取り上げ、トーク画面に文字を打ち込んでいった。


    <京子

    20:16 正行くんのLINEに代理で書き込みをしている方へ

    20:16 お付き合いさせていただいている米山といいます

    20:17 正行くんの今の様子を教えていただけませんか

    20:17 正行くんのことが心配です


 既読はすぐについたが、スマホはしばらく沈黙していた。

 3分ほどして返信が返ってきた。


  正行>

  少し、お待ちいただけますか。 20:20


 さらに3分ほどして次の返信があった。


  正行>

  正行の母です。心配かけてしまってごめんなさ

  い。正行は一週間前に交通事故に巻き込まれて、

  腕と足にけがを負いました。幸い命に別状はあ

  りませんが、しばらくは入院生活です。スマホ

  も触れないので、私が代わりに返信をしていま

  した。あなたに心配かけさせたくないと正行が

  言うので、事故のことは伏せていました。ほん

  とにごめんなさい。             20:23


    <京子

   20:23 そうだったんですね

   20:24 胸のつかえがとれました

   20:24 私もお見舞いに行きたいです

   20:24 病院を教えてもらうことってできますか


  正行>

  T橋市総合病院です。 20:25


   <京子

   20:25 ありがとうございます

   20:25 なるべく早く会いに行きます


 LINEのやり取りは一段落した。

 米山は目に涙を浮かべていたが、その表情には幾分明るさが戻り始めていた。

 「やっぱり、お母様の代筆でした。彼はケガをして入院してますけど、命にはかかわらないようで、少しだけ安心できました」

 「病院はどこか分かったのかい?」

 栗林が聞く。

 「はい、T橋市総合病院だそうです。今度の週末にもお見舞いに行ってきます」

 「週末なんて言わないで、明日すぐに行ってらっしゃい。仕事のことは心配しないでいいから。何なら2,3日空けても大丈夫よ。彼に実際に会わなきゃあなたも心から安心できないでしょう」

 美樹本が笑顔で声をかけた。

 「先生、そんな、、、うれしいです。それじゃ、明日彼のお見舞いに行ってきます」

 「そうね、それがいいわ。美樹本先生、あなたもいいこと言うじゃない」

 石山が言う。

 「茶化さないでよ。私だって、まっとうな人間の心を持ってるわよ」

 美樹本が答え、さらに続けて、

 「それにしても文末の「。」に気が付いたマリ子ちゃんの感覚はほんとに鋭いわ。あれがなかったら、このLINEの謎は解けなかったと思うもの。ね、マリ子ちゃん」

 「そんなことありません。私はふと気になったことを口にしただけです。実際に解決に導いたのは皆さまと米山様です」

 マリ子は米山の方に目を向けると、少し表情をやわらげた。

 「それより、米山様のご心配事が解けてホッといたしました。お相手の方も早くお元気になられるといいですね」

 「本当に皆さん、ありがとうございました。全部皆さんのおかげです」

 と、米山も答える。

 「いや、結局決め手になったのは、マリ子ちゃんの目の付け所だったと思うよ。それにしても、親心も男の無用な気遣いも、時として事をややこしくするもんだねぇ」

 栗林がしみじみと言葉を漏らした。

 「でもほんと、謎は解けたし、彼氏の浮気じゃなくてよかったじゃないの」

 「氷山さん、あなたがそれを言うの?」

 と芳賀がからかった。

 「もう、分かってますよぅ。私の早とちりでした」

 氷山も降参するしかなかった。

 そんな様子を夏目は静かに微笑みながら見つめていた。

 「じゃ、この辺で今日はお開きにしましょうか」

 と主催者の美樹本がその場をまとめようとしたが、他の会員たちから口々に締めの一杯のリクエストが出された。

 「分かったわ。それじゃもう少しだけ会を続けましょう。どう、京子ちゃんももう一杯なら付き合ってくれるでしょう?」

 米山は涙をぬぐいながら、

 「はい!」

 と元気のいい返事をした。

まがりなりにもミステリなので、プロットをひねり出すのにどうしても時間がかかります。更新間隔は2週間くらいでやっていこうと思います。

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