最終話「届いた言葉――届けたい言葉」
「ルカ……安心するぞい」
ボルゾイがルカの背中に手を添えた。
「ボル爺……?」
ボルゾイはシンの前に跪いた。シンの顔を見た。
――シン……オヌシが起きたらワシに怒るぞい? でもワシはルカのためにオヌシを救いたいぞい。ごめんぞい。
ボルゾイは目を瞑ると詠唱を始めた。
「数多の聖霊よ……悠久の時を彷徨う輝きよ、今ここに集いて消えゆく命に灯火を与え給え。黄泉の淵を歩む足音を止め、冷え切った器に再び熱き種火を」
ボルゾイの詠唱に合わせて、体から霧状の淡い光が漏れ始めた。
「ボル爺! ダメ! その魔法はダメだよ……私、お父さんのことは心の整理がついてるから……もう大丈夫だから!」
ルカがボルゾイの肩を掴んだ。ボルゾイの体を揺さぶった。
ボルゾイは詠唱を続けた。ルカの顔を見て微笑んだ。
――心の整理がつくわけないぞい。シンと同じで嘘が下手ぞい……
「わが血は油となり、わが吐息は風となって、潰えかけた焔をいま一度呼び覚まさん」
霧状の淡い光が集まると徐々に光の玉に形を変えた。
ルカはエレナリアの方を見た。
「エレナ! ボル爺を止めて! ボル爺が……ボル爺が……死んじゃう……」
「どういうことですか!?」
エレナリアがルカに近づき、肩に手を添えた。
「あの魔法はアシェンがエレナを助けた時のものと同じなの……使ったらボル爺も……」
エレナリアはボルゾイを見た。腕にひびが入っていることに気付いた。
ルカの手を右手で強く握ると、ボルゾイの方に左手を添えた。
「たとえ、わが命の火を削り、この身を深く蝕もうとも。理の境界、その門を叩く者へ、夜明けの兆しを。」
ボルゾイの詠唱に合わせ、エレナリアの体が緑色と青色に輝いた。その光はボルゾイをも包み込んでいく。エレナリアの体にひびが入り始めた。
「ダメだよ! エレナまで! 二人で何してるの!?」
ルカは立ち上がった。周りを見た。
「ねえ! 誰か助けて! 魔法力が足りなくて二人が死んじゃうかもしれない」
ルカは泣きそうな顔で、セルジアを、マリアを、カルラを、ダリオを見た。
ボルゾイの詠唱に合わせ光の玉はシンの方にゆっくりと近づいていった。
光の玉はシンの胸の前で止まった。
「その瞳に、再び現世の光を宿し給え!」
セルジアが立ち上がるとエゲツェンコの手を拾った。
指輪を抜き、自分の指にはめた。
そのままエレナリアの手を握った。
「まだ私の魔力は指輪に残ってる! ボルゾイ、エレナリア! 使うがいい! ルカ! 仲間思いだ! わかるな!?」
セルジアはルカを見つめた。
「セルジアさん……ありがとう!」
ルカは目をつぶった。ルカの全身が桃色に輝いた。
桃色の光が、ボルゾイとエレナリアを包むと、体のヒビが半分だけ治り、崩壊が止まった。
「さあ、わが命を吸いて顕現せよ! 『魂の灯火』!」
ボルゾイが手をかざすと、光の玉がシンに入った。
それと同時にセルジアの右手にはめていた指輪が割れた。
セルジアは右手を見た後でダリオの横顔を一瞥した。
――最後の一個だったが……ダーリンがエゲツェンコの手を切ってくれたおかげだな……本当にいい男だよ……ダーリン……
静寂があたりを包み込んだ。
「ワシは……生きとるぞい?」
ボルゾイは目を丸くした。
「ええ……私と、セルジアとルカが助けました」
エレナリアはボルゾイに手を差し出した。ボルゾイの手を強く握った。
「みんな、ありがとうぞい」
ボルゾイはルカを、エレナリアを、セルジアを交互に見つめた。
「ふん……シンとルカはこの戦いの功労者だ。その仲間を誰一人として失うものか」
セルジアは双眸を潤ませていた。
「なんだ……なぜ……俺は生きている?」
シンがゆっくりと体を起こした。周囲を見た。ルカと目があった。
ルカは泣いた。大きな声で泣いた。
現世で七百日間、異世界で八十二日間、避け続けた父を見て、
父が生き返ったのを見て、子供のように泣きじゃくった。
ルカはシンに抱きついた。
シンは涙を流しながら抱きしめた。
ルカは叫ぶように言った。
初めは言葉にならなかった。涙があふれて言葉が出なかった。
だが、言った。あの言葉を。
シンも同じだった。涙があふれて言葉が出なかった。
漏れるのは嗚咽だけだった。
だが、シンも静かに返した。あの言葉を。
二人は多くの言葉を交わした。
その中には謝罪もあった。
謝罪もあったがそれだけではなかった。
感謝を、愛情を、希望を、未来を言葉を尽くして届けた。
二人が削って削って伝えなかった言葉を連ねた。
蝕の洞穴の最深部に父娘の大きな泣き声と笑い声が響いた。
ボルゾイはシンとルカの様子をみながらつぶやいた。
「ワシはこの体ではもう冒険者はできんぞい……引退するぞい」
ボルゾイは鼻をすすっていた。
「あら……奇遇ですね……私もそう思っていました」
エレナリアは目をこすった。
エレナリアはしばらく二人の様子を眺めていた。
ボルゾイの手に指を添えた。
「せっかくだから二人で暮らしませんか?」
ボルゾイはエレナリアの指を自分の手で包み込んだ。
「それも悪くないぞい」
エルフが肩にもたれかかり、ドワーフがそれを支え、
父娘のやり取りを見つめていた。
「あんた……ダリオに全然相手にされてないけど、今後どうするさね」
カルラはセルジアの隣で、目を拭っていた。
「……今は話しかけるな」
セルジアは低い声で言った。
カルラはセルジアの方に目線をやった。
セルジアは紅と蒼の双眸から大粒の涙を流していた。
「あんた……マジさね……」
カルラは父娘の方に向き直ると静かに目を閉じた。
マリアがダリオに小声で話しかけた。目は父娘の方を見ていた。
「貴方……あいつに会ったのね……」
「ああ……あった。ムカつく野郎だった」
ダリオは涙と鼻水だらけの顔のまま答えた。
「何の因果かしらね……スキルは確認した?」
「いや……まだだ」
ダリオはギルドカードに手を伸ばした。魔力を込めるとそこにはこう書かれていた。
スキル名:光龍の気まぐれ(光龍の加護) サブスキル: 《煌々の輝剣》 すべてを両断する光の剣 《光龍との密約》 災厄の加護を六つ集めるとなんでも願いが叶う。ただし、その内容を他者に話した場合、 話した本人、相手、および、その血族全員が爆散する。その爆散の模様を見たものも爆散する。 《光龍の守護》 不老+身体強化
スキル名:蝕龍の願い(陰龍の加護) サブスキル: 《????》
ダリオは絶句した。
――蝕龍の願いだって……しかもスキル名が書いてない。やばいやつかな……
「どうかしましたか?」
マリアが不思議そうな顔をした。
「ムーンさんのスキル名にいら立っただけだ」
ダリオは頭をかいた。
「ええ……あれ、むかつきますよね」
マリアはため息をついた。
二人はムーンさんの悪口を小声で言い合いながら父娘の様子をみていた。
―――――
これは父と娘の成長の物語だ。言葉を届ける物語だ。
「お父さんはね、言葉が下手なだけで、お前のことずっと見てるんだよ」
伸二は、シンは、見ているだけの父親だった。
だが、仲間が示してくれた言葉を、行動を糧として、言葉で、行動で娘への愛情を示した。
妻の言葉を証明した。
結華は、ルカは言葉が信じられない娘だった。
だが、仲間が示してくれた言葉を、行動を糧として、父の言葉を、行動を、受け取った。
母の言葉を理解した。
二人の間に新たな絆が生まれた。
二人の間に、架け橋も翻訳者も不要となった。
父娘の物語はこれで終わる。
―――――
場所は変わり王都セントレグノのギルドマスター室。
「スクワラの旦那? 急に調べたいものがあるっていうけどどうしたんでぃ?」
リーヴァが書類を片付けながら話しかけた。
「いやぁ……ノエルちゃんと、トビアス君がね? ロクディモフが去り際にハルカ様っていう名前を出したって教えてくれたんだ……だからちょっと調べてみようと思ってね」
スクワラは端末を操作していた。
「ハルカ……ですかね?」
ビアが書類を整理していた手を止めた。
――シンさんの奥さんの名前……偶然……? まさか……
「いやぁ……気になっちゃってね……あ、出たよ。一件あるみたいだね」
スクワラは画面をのぞき込んだ。
そこにはこう書かれていた。
「ハルカ・シンドウ」
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございました。
ついにシン(伸二)と、ルカ(結華)がお互いの言葉を届けましたね。




