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関連終話:ロクディモフ・ノーイとえげつない兄と容赦ない姉

 ロクディモフは四人兄弟の末弟(まってい)としてノーイ家に生まれた。


 ロクディモフの母はその出産の影響で亡くなった。


 妻の死に絶望した父はロクディモフの育児を放棄し、家を出た。


 長男は小さなころに養子に出され家を出ていた。


 残された姉のヨウシャニア、兄エゲツェンコがロクディモフを育てた。


 しかし、この二人も母の死をロクディモフへの恨みとして捉えていた。


 ロクディモフを育てながらも、ことあるごとに苛め抜いた。


 その影響でロクディモフは、世の中を恨み、きわめて自己愛の強い、矮小(わいしょう)な人格として育ってしまった。


 ロクディモフは自分より弱い存在を見つけては虐げるようになっていた。


 自分の快楽だけを考える男になっていた。


 そうしなければ彼は自身の人格を保てなかったのだ。


 ——


 五年前、ヨウシャニアとエゲツェンコは洗脳能力を持っている女性を見つけた。その女性を聖女として据え、魔法教団を作った。


 ロクディモフは魔法教団設立の背景などは聞かされないまま、その手伝いをさせられた。


 聖女と呼ばれた女性は、ロクディモフにも優しく話しかけた。


 彼のためにローブに教団を示す日蝕(にっしょく)の刺繍を入れた。


 家族として接し、ヨウシャニアとエゲツェンコがロクディモフに厳しくするのを母親のように諫めた。


 ロクディモフの生活は変わった。


 聖女を喜ばせるために生きようと。


 エゲツェンコの指示に従い成功すると聖女は笑ってくれた。


 その笑顔のために何でもすると誓った。


 彼の生きがいはそれだけだった。


 そのためにはどんな悪事に手を染めてもいとわないと考える男になった。


 自分の快楽を優先する、本当に矮小で、ろくでもない男だった。


 ただ、その聖女への愛だけは純粋だった。


 ——


 ロクディモフは教団の一室にいた。魔法転移で逃げてきていた。


 その部屋は深淵(しんえん)のような闇が支配していた。質素な机と椅子だけが置かれた空間で、壁に掲げられた巨大な二つの月を侵食し、喰らい尽くそうとする日蝕の太陽が存在感を示していた。


「……はぁ……はぁ……ひぇ……ひぇ……全く高貴なるボクがこんなひどい目にあうなんて、ダリオ・ヴァルトめ……三号も消えてしまったし、兄者と姉者になんて報告すれば」


 ――それに……ローブも切られてしまった。聖女様になんといえば……


 ロクディモフは、息も絶え絶えになっていた。椅子にしがみついて何とか立っていた。


 ヨウシャニアの声が部屋に響いた。


「あらあら、ロクディモフ、帰っていたのね? それで、あの後、例のものは回収できたかしら?」


 ヨウシャニアは夜の闇を象ったかのような漆黒のローブに身を包んでいた。雪のごとき白髪が肩を流れ、無機質な桃色の瞳は、慈悲を削ぎ落とした冷徹な光を宿していた。胸元で輝く太陽のブローチが、その残忍さを皮肉にも神々しく引き立て、見る者を沈黙させる装いだった。


「ひぇひぇ……あ……姉者! それが……ダリオ・ヴァルト、三号の兄に邪魔をされて……申し訳ありません……」


 ロクディモフは大量の汗をかきながら上目遣いにその女性を見ていた。


「あらあら……私は回収できたか? と聞いたのよ。質問が聞こえなかったの?」


 ヨウシャニアは眉をひそめ、ロクディモフを見下ろした。


「ひぇ……回収はできていません……王都については無事です。王都の中に入ることすらかないませんでした」


「あらあら……三号はどうなったの?」


 ヨウシャニアはロクディモフに近づくと頬に手を添えて、汗を指でなぞった。


「ひぇひぇ……三号も、三号の兄と、その連れに接触したことで洗脳が溶けて、力を使い果たして消えました」


 ロクディモフは息をのみながら答えた。


「あらあら……」


 静寂がしばらく室内を包んだ。


 ヨウシャニアはロクディモフの頬から手を離した。


 ロクディモフの左胸に手を添えた。


「三度も失敗するクズは死ね」


 ヨウシャニアの手に黒い光が収束し、次の瞬間部屋の壁に穴が開いた。


 ロクディモフの左胸に同じような穴が開いた。ローブに。体に大きな穴が開いていた。


 数秒遅れて血が噴き出した。


「ひぇひぇ……あ……姉者……ヨウシャニア……姉さん……」


 ——聖女様……ハルカ様……ローブに……穴……


「あらあら……クズの癖にこの私の名前を呼ばないでいただけるかしら。さようならクズディモフ……」


 ヨウシャニアは、手についたロクディモフの汗を汚いものが指についたように振り払った。


 そこにエゲツェンコが入ってきた。エゲツェンコの傷は癒えていた。ロクディモフの死体を見てため息をついた。


「……おやおや、何かと思えば、姉者、ロクディモフを殺してしまったのですか……」


「あらあら、エゲツェンコ。目覚めたのね。このクズは何度も失敗するし、せっかく洗脳した道具たちをすぐに壊してしまいますからね。もういらないと思ったのですが。私まずいことでもしたかしら」


 ヨウシャニアはハンカチで手を拭きながら答えた。


 ハンカチをロクディモフの顔の上に丸めて捨てた。


「おやおや、手厳しい……まだ利用価値はあったのにもったいないなと思ったのです」


「あらあら、そうかしら? 私はそうは思わなかったわ。ところで貴方はどうなの? あんな体たらくだったけど、まさかあなたも失敗したなんて言わないわよね?」


 ヨウシャニアは、ゆっくりとエゲツェンコに近づき、耳元に顔を寄せ、ささやくように質問した。


「おやおや、そんなわけはない……といいたいところですが失敗しました。申し訳ありません。ただ、収穫はありました」


 エゲツェンコは、正面を向いたまま汗をかいていた。


「あらあら……どういうことかしら」


 ヨウシャニアは、エゲツェンコの汗を指ですくい、舐めた。


「おやおや、話を聞いてくださるのですね。実は、シン・タキシタという男と会いました。ヴェノルクスと肉薄(にくはく)するほどの力でした」


「あらあら、それはすごいわね。しかも、タキシタなのね」


 ヨウシャニアは口角を上げた。


「おやおや、姉者も気付きましたか? そう、タキシタなのです」


 エゲツェンコも同じ表情をした。


「あらあら、それは面白いことになりそうね。うまくやりなさい。でも……」


 ヨウシャニアはエゲツェンコの後ろに回ると軽く抱きしめた。


「今回でわかったけど三度も我慢するのは肌に悪いから、次はないと思いなさい」


 ヨウシャニアは耳に息を吹きかけると、その場を後にした。


 エゲツェンコは汗を拭うと、その場を後にした。


 胸に大穴の開いたロクディモフの遺体は、この室内にもともとあった家具の一部であるかのように放置されていた。


 ——


 エゲツェンコは、広い部屋に来ていた。


 その部屋は柔らかな陽光が注ぐ聖なる広間だった。豪華な彫刻の机や寝椅子が並ぶ贅沢な空間だが、壁には二つの月を呑み込む日蝕の紋章が神々しく鎮座していた。


 部屋の中央にある大きなソファに座り、女性が刺繍をしていた。


「おやおや、聖女様。どうしました?」


 エゲツェンコは女性に声をかけた。


「あら、エゲツェンコ。ちょうどロクディモフのローブが焦げていたから、新しいローブに刺繍を入れていたの」


 女性は手を止めてエゲツェンコを見た。


「おやおや……そうですか……ただ……」


 エゲツェンコは目を伏せて言葉に詰まった。


「何……? ロクディモフに何かあったの?」


 女性は、ローブを置き、エゲツェンコの膝に手を添えた。


「……ロクディモフが殺されました」


 エゲツェンコは眼に涙を浮かべていた。


「なぜ……誰がそんなひどいことを……」


 女性は口に手を当てた。目が泳いでいた。


「おやおや、そんな悲しい顔をなさらないでください。ダリオ・ヴァルトという男と、ルカ・クレインという女です。スタティクス大陸の冒険者で私たちの邪魔をことごとくするのです」


 エゲツェンコは女性の手を取った。


「そんな……私の家族が……また、失ってしまったのね……私は……」


 女性の目が潤んだ。


 一雫(ひとしずく)……


 二雫(ふたしずく)……


 涙がこぼれた。


「おやおや、泣かないでください。私が必ずロクディモフの仇を取ります! だからハルカ様は力を使ってもっと強い仲間を増やしてください」


 エゲツェンコは女性の手にもう片方の手も添えた。


「わかったわ……それがこの世界を救うために必要なのよね? それをすれば私は元の世界に帰れるのよね?」


 女性は、エゲツェンコに向かって身を乗り出した。


「おやおや、私は嘘はいいません! そうですとも! その通りです。だから人の心を操るのはつらいかもしれませんが、世界のために、あなたの家族のために力を使ってください」


 エゲツェンコは大げさに手を広げ女性に伝えた。


「わかったわ。私、頑張る。あの人と、娘に会うためにも。いつもありがとう。エゲツェンコ……あなたがいなければ私はこっちの世界で生きられなかったわ」


 女性は目を拭った。


「おやおや、感謝など滅相もない。私はあなたを支えることが生きがいですから。それでは失礼します」


「ええ……エゲツェンコは気を付けて。ヨウシャニアにも無茶はしないように伝えてね」


「かしこまりました」


 エゲツェンコは頭を下げるとその部屋を後にした。


 エゲツェンコが部屋を出てしばらくすると、


 女性は、ロクディモフのために刺繍を入れていたローブに顔をうずめ、


 声を殺すように泣き始めた。


 ――ロクディモフ……ああ……可哀そうなロクディモフ……ルカ・クレイン……ダリオ・ヴァルト……絶対に……絶対に許さないんだから……


 ——


 エゲツェンコは部屋を出ると、自室に戻った。


 ——おやおや、本当に全く馬鹿な女だ。


 シン・タキシタ……ヴェノルクスを倒した男。


 聖女様が以前教団に来たばかりに話した本名、ハルカ・タキシタ。


 家名が同じということは、あいつが聖女様の言う「あの人」なんだろうな。


 そうなると、あの戦闘の時にシンという男が叫んでいた……ユイカ。


 ルカ・クレインは聖女様の実の娘だ。


 それを自らの手で殺そうと、自身の能力で洗脳し仲間を増やす。


 嗚呼(ああ)! なんてえげつなくて最高なんだ!


 身震いが止まらん!


 たまらんなぁ人間は……本当に滑稽(こっけい)で面白い……


 暗闇の中にエゲツェンコのげっげっげという醜悪な笑い声が響き渡った。


 その声はいつまでも続いていた……


 =============【作者より】


 読んでいただきありがとうございます。


 容赦ない姉、えげつない兄、ろくでもない弟。


 そして、新たに公開された第二部と現在のこの話。


 最も容赦なくて、えげつなくて、ろくでもないのはこの俺だーっ!


 本話で父娘転生第一部は終了です。

 本日は父娘転生シリーズ第二部

 「母娘転生〜心の架け橋と元ひねくれものが、家族の絆を取り戻すまでの異世界譚〜」

 カクヨムでは連載中、なろうにはある程度話数が書けたらまた毎日投稿しようと思います。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました! もし『面白かった』『泣けた』『続き(第二部)も応援したい!』と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にタップして評価いただけますと、作者の寿命が延びるほど嬉しいです!

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