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第49話「蝕龍復活――”神の手”ニコラス」

「おー……痛て……」


ダリオが頬を撫でながら外に出てきた。


「その顔……どうしたんですか?」


トビアスはダリオの頬についた手のあとを見て驚いた。


「いや……セルジアに副騎士団長になってやるっていったら、『私の涙を返せ!』って思いっきりはたかれた……俺じゃダメなのかな……まあ……俺は特例でBランクにしてもらってるだけだし? アルノみたいにAランクじゃないからな……」


ダリオはうなだれた。


「あ……いや、そういうことではないと思いますが……」


トビアスはため息をついた。


「全くバカみたい……」


ノエルはその様子を座って眺めていた。


「ノエル……」


シンが近寄った。


「何……?」


ノエルが座ったまま顔だけシンに向けた。


「お前の魔法に期待してるぞ」


シンはしゃがみこみノエルの顔を見た。


「……別に……いつも通りやるだけよ」


ノエルは下を向いた。足が小さく上下に動いていた。


「ねえ……今話せる?」


ルカがシンとノエルの元に歩いてきた。


――戦いの前に伝えておかないと……


「ああ……」


シンがルカの方を見た。


――結華……だよな……


「あのさ……」


ルカは少し間を置いた。


「よし! 準備はできたぞ! これより移動する。トビアス! ノエル! お前たちはそこにいる馬鹿を連れてギルドに戻ってくれ! 間もなくマリアたちが到着するから合流後に蝕の洞穴の入り口の確保を頼む!」


セルジアは、ダリオのことを指さしていた。


「なんか俺の扱いひどくない? トビアス……」「自業自得だと思いますよ」


トビアスは立ち上がり、ギルドの方に向かった。ノエルも立ち上がりそれに続いた。


「私もお供いたします」


ゴンジャイが馬車から飛び降りた。シンたちに頭を下げるとトビアスの後を追った。


ダリオも頭をかきながら一度セルジアの方を見た。


セルジアはダリオを一瞬睨んだ。 ダリオは目をそらし、トビアスたちを追いかけて走り出した。


「……全く、あいつは私の気持ちを何だと思っとるんだ……」


セルジアはため息を吐いた。顔を上げた。


「よし! シン! ルカ! ボルゾイ! エレナリア! 我々は蝕の洞穴に向かう! 封印が解けていなければその守護を! 解けていればヴェノルクスと対峙することになる! 覚悟はいいか!?」


セルジアが四人に向かって叫んだ。


「……ごめん……またあとで」


ルカが目を伏せて馬車の方に体の向きを変えた。


「ルカ……」


シンはルカの背に声をかけた。


「何?」


ルカは振り向いた。


「……勝つぞ」


シンはルカの肩に手を添えた。


「……うん!」


ルカは拳を握り、馬車の方に向かった。


――――――


一時間ほどして蝕の洞穴に到着した。


セルジア、シン、ボルゾイ、ルカ、エレナリアの順に周囲を見渡しながら洞窟に入った。


辺りは静かだった。


「敵の気配はないな……進むぞ」


セルジアが周囲を見回しながら告げた。足元には白紫色の塵が残っていた。


――終焉の紫燼バーガンディ・ヴァイオレットが思ったより広範囲に及んだからな……中のモンスターも消えているか……


洞窟の中を進んだ。驚くほど静かだった。


五階層を過ぎたが、本来あるはずのどす黒い苔は見当たらず、白紫の色の塵が壁際に落ちていた。


八階層に降りても同じだった。


「ここまで影響が出ているのか……」


セルジアが壁をなぞった。


「何かあったか?」


シンがセルジアの近くに立った。


「いや……私が先ほど放った終焉の紫燼バーガンディ・ヴァイオレットの影響で本来壁に苔や、血管のような物が浮かび上がっている不気味なフロアなのだがすべて塵になっている」


セルジアは壁際に溜まった白紫色の塵に目を落としていた。


「蝕龍も封印ごと消えてたりせんぞい?」


ボルゾイがセルジアの顔を見た。


「それだったら楽でいいんだがな……」


セルジアはネックレスの指輪を撫でた。


十階層に降りた。今までのフロアとは異なり重苦しい雰囲気だった。


「体が重いね……それに何この気持ち悪い壁」


ルカは周囲を見渡した。


瘴気(しょうき)が濃いのでしょう。封印が解け始めているのかもしれません」


エレナリアはルカに寄り添うように近づいた。


「誰かいるぞ……」


シンが中央の祭壇の方を指さした。


男が立っていた。陽の光を象ったかのような黄白色(こうはくしょく)のローブに身を包んでいた。そのローブの背には大きな太陽を象った魔法陣が刻まれており、右手だけ白色の皮手袋をしていた。金色に近い茶髪で丸眼鏡の奥に細められた金色の瞳は、縦に線が入り、何かを秘めたような鈍い光を放っていた。


「ニコラスか! 無事だったか!?」


セルジアが蒼と紅の瞳を爛々(らんらん)とさせながら近寄って行った。


シンたちもそのあとに続いた。


「おやおや……セルジアか。無事とは大げさだな……」


男は振り返った。よく見ると右眼は白色に濁っており、顔に大きなやけどを負っていた。


「セルジア……だれだ?」


シンは、男の表情を読み取りながら警戒していた。洞察力が警告を上げていた。


――なぜこんなところにいる? それにこの男の感じは……昔、相手をした嫌な人間の雰囲気がする……人をはめる嘘つきの眼だ……


「ニコラスといってポルティアのギルドマスターをしている。Sランクのクレリックでもあり、神の手(ゴッドハンド)と呼ばれていて回復のプロフェッショナルなんだ」


セルジアは嬉しそうに話をした。


「おやおや、皆様……大勢ですね。初めまして……」


ニコラスは深々と頭を下げた。


顔を上げるとセルジアの方を見て話を続けた。


「……セルジア、ヴェノルクスの封印が解けそうになっていてね。スクワラからの依頼でここまで来たはいいけど、魔法力が足りなくてね……困っていたんだ」


「そうなのか? それでは私の指輪を貸すぞ! まだたくさんあるからヴェノルクスを封印できるならそれに越したことはない」


セルジアは指輪に手をかけ外し始めた。


「おやおや、そうか、とりあえず全部貸してもらえるかな?」


ニコラスはセルジアに手を差し出した。


「セルジア!」


シンがセルジアに近づいた。


「なんだ? シン、うるさいぞ……黙っていろ」


セルジアは目線だけをシンに送った。ネックレスに手をかけた。


「ニコラス、これだ! 使ってくれ」


セルジアは指輪二つとネックレスをニコラスに渡した。


「おやおや、助かります。さっそく使いますよ」


ニコラスが指輪とネックレスを受け取った。


ニコラスは指輪は右手に、ネックレスは首からかけた。


祭壇の方を向くと、目を瞑り何やら詠唱を始めた。


ニコラスの胸元が白く煌き始めた。


白色の光が周囲に広がり、祭壇を包み込んだ。


「おい! セルジア、聞け! こいつは本当に大丈夫なのか!?」


セルジアの肩を掴んだ。


「さっきからなんだ!? ポルティアのギルドマスターでSランク冒険者だといっただろう。第一ニコラスは私の命の恩人だ。大丈夫とはどういう言い草だ」


セルジアはシンの手を払いにらんだ。


「こいつからは……」


シンは下を向いた。


「こいつからは人を陥れて喜ぶような類の人間の匂いがする」


――そう……粉飾決算の時に騒ぎ立てたインフルエンサーたちのように……


「貴様! 貴様はどれだけ私の仲間を愚弄すれば気が済むんだ!」


セルジアはシンの襟首を掴んだ。


何かが割れる音がした。一度だけではなく、何度も続いた。


セルジアはその音に反応して周囲を見た。


「な……」


台座にある魔封石が割れていた。


順番に音を立てながら崩れていった。


ニコラスが身に着けているネックレスのリングもすべて割れ、右手にはめた二つだけになっていた。


「何あれ……」


ルカが祭壇の方を指さした。


祭壇を見ると何もないはずの中空にヒビが入っていた。


ヒビは大きく広がるとその奥から紫色の大きな眼が見えた。縦に線が入った眼だった。


「ニコラス! やめろ!」


シンが駆けた。剣を振りかぶりニコラスを切りつけた。


ニコラスはそれを左手一本で受け止めていた。


人差し指と中指で剣を挟み込んで止めていた。


「何……!?」


シンが目を開いた。


――やはりこいつは……


次の瞬間、シンを衝撃が襲い、部屋の反対側まで吹っ飛ばされた。


「シン!?」


ボルゾイはシンを追いかけた。


エレナリアが地面に手をかざすと氷の柱がニコラスを襲った。


ニコラスは地面を踏みつけた。


地面が割れ、氷柱は闇の中に吸い込まれていった。


「ルカ!」


エレナリアは距離を取った。


風の魔力を手のひらに収束し始めた。


周囲に風がなびき始めた。


氷柱の裏からルカが拳を振るった。


ニコラスは右手でそれを受け止めると、地面にルカをたたきつけた。


「ぐっ!」


ルカは受け身を取りながら、ニコラスの右手を蹴り、距離を取った。


「ニ……ニコラス?」


セルジアは震えていた。


ゆっくりと壊れた機械人形のように一歩ずつニコラスの方に近寄っていた。


「おやおや、全く、"紫燼の災厄バイオレット・ディザスター"ともあろうものがなんて顔をしてるんですか?」


ニコラスは、懐から赤い宝玉のついた黒い杖を取り出した。


目を瞑り魔力を込めると、黒杖の宝玉が桃色の光が揺らめきニコラスの体を包んだ。


光が消えたとき、ニコラスの髪は白雪のような白色に変わった。その瞳は金色と青色のオッドアイ、背中に二つの月と太陽が象られた紋章を宿した漆黒のローブに包まれていた。


「そ……その模様はエクリプスの……?」


セルジアは地面に膝をつくと、震える指でニコラスを指さした。


「おやおや、全くこの瞬間というのはいつまでたってもやめられませんね。人間とは本当になんと滑稽で愚かなんだろうか。騙されてきたことも理解できないとは……」


ニコラスはゆっくりとセルジアに近寄ると頬を撫でた。


「あなた! 何者よ!?」


ルカはゆっくりと立ち上がるとニコラスをにらんだ。


「おやおや、申し遅れました。私の名前はエゲツェンコ・ノーイ。ノーイ家の次男にして至聖魔導結社エクリプスの参謀でもあります。以後お見知りおきを」


エゲツェンコは深々と頭を下げた。


洞窟が、静まり返った。


セルジアは息をのんだ。


ボルゾイはシンの治療にあたっていた。


ルカはビアから聞いた名前を思い出し、唇を噛んだ。


エレナリアは風の収束に集中していた。


「ニコラス? なぜ? エゲツェンコだと? 貴様がビアを……?」


セルジアは焦点の合わない目でエゲツェンコを見ていた。


「ボル爺! シンは大丈夫!?」


ルカが叫んだ。


「大丈夫ぞい! 骨が折れとるが意識は戻ってるぞい!」


ボルゾイは回復をしながら叫んだ。


「ぐっ……ボルゾイすまない」シンは体を起こそうとした。


「まだ動くんじゃないぞい!」


ルカはそのやり取りに息を吐くと、エゲツェンコを見た。


「おやおや、本当に面白い反応をしますね。あなたは。普段はあんなに馬鹿みたいに殲滅殲滅と言っているのに、今は更に馬鹿みたいな顔になっているではないですか……」


エゲツェンコは愉悦に満ちた目でセルジアを見た。


「よそ見してんじゃないわよ!」


ルカがエゲツェンコの前に踏み込んだ。ルカの体がオレンジ色に輝いていた。

――体が軽い! あいつの仲間思いだ……


「おやおや? 話の最中なのにうるさい子ですね。愉しみの邪魔をしないでくれますか?」


エゲツェンコはルカをにらんだ。


ルカは拳を振るった。五連打、六連打、七連打と拳はエゲツェンコを捉えた。


――硬い……逆に拳がしびれてきたんだけど……何なのよこいつ……


エゲツェンコはその間、セルジアの表情を観察していた。


ルカが八発目をエゲツェンコの顔に入れた。


「おやおや、いい加減うるさいですよ」


エゲツェンコが杖の先に魔力を込めると巨大な火球がルカを襲った。


「ルカ!」


エレナリアが風の刃を飛ばし火球を切り裂いた。


しかし、火球は二つに割れただけだった。勢いはそのままルカ目掛けて向かっていた。


「嘘……」


――まずい……当たる……


「ニコラスゥウウッ!」


セルジアが吠えた。


セルジアは立ち上がると、ルカの間に割込み、飛んでくる火球を右手でつかんで握りこんだ。


火球はセルジアの右手に吸収された。


その勢いのまま双剣を抜き、エゲツェンコを切りつけた。


セルジアの双剣を握る手は、わずかに震えていた。


エゲツェンコは血をふきあげてその場に伏した。


「ニコラス……お前を切りたくなどなかった……エゲツェンコめ……ひどい事させる奴だ……」


セルジアの瞳は潤んでいた。


エゲツェンコは眼を開いた。


ゆっくりと起き上がると、服の汚れを払った。


杖をかざし、オレンジ色の光が体を包み込んだ。


傷が見る見るうちに消えた。


「おやおや、腐っても騎士団長さまですね。なかなかの威力です」


「な……貴様……あれだけの傷を負って……」


セルジアは奥歯を力強く噛んだ。


「おやおや、間もなくのようですよ。時間稼ぎは十分だったようですね」


エゲツェンコは祭壇の方を向いた。


中空のひび割れが大きくなり、大きな音を立てて崩れ落ちた。


祭壇の前には巨大な体躯の黒竜が現れていた。闇そのものを肉体としたかのような数メートルに及ぶ黒い巨躯。その背には、肉が削げ落ちて骨の浮き上がった禍々しい(まがまがしい)翼が広がっていた。周囲の光を吸い込むような漆黒の絶望の中で、ただその紫色の眼だけが、獲物を値踏みするように妖しく、残酷に輝いていた。


「ヴェノルクス……」


エレナリアが蝕龍を見上げていた。


蝕龍は咆哮を上げた。洞窟全体が震えるような声だった。


咆哮が止むと同時に周囲の空間を腐食させるように、禍々しい(まがまがしい)黒紫色の爆炎が凶悪なブレスとなって吐き出された。


ブレスはルカに向かったが、セルジアが身を挺してそれを防いだ。


「ヴェノルクスゥウウッ! 力比べだぁぁアッ!」


双剣が、双眸が、双腕が、紅く蒼く輝き、紫色に変わった。


ヴェノルクスのブレスを炎が、氷が包み込み相殺していた。


右耳のリングが割れた。


「ぐっ……なんて力だ!」


セルジアは汗をかいていた。


ルカを一瞥して、唇を噛んだ。


ルカは動けなかった。


周囲に蝕龍のブレスがあふれていた。


身動きを取るにも邪魔になるだけだった。


――なんで……私……ただの足手まといじゃない……


「シンっ! 仲間思いはまだか!?」セルジアは両腕から血を吹き出しながら叫んだ。


「いや……ルカには発動している」シンが体を起こしていた。

――なぜだ……なぜセルジアには発動しない!?


セルジアは大きく息を吸った。

――出ない力に頼っても仕方ない……か

「負けるかあああああッ! エゲツェンコォオオオ! 貴様は! 貴様は私が殲滅してやるゥウウウッ!」


セルジアは吠えた。


左耳のリングが割れた。


蝕龍の黒紫色のブレスがセルジアの体を蝕んでいった。


白色に近い紫は徐々に黒色に変わっていった。


セルジアの体は黒く、染められて行った。


――ああ……リングを渡した時点で私の負けは決まっていたのだな……殲滅はできぬか……


「だが……」


セルジアはルカを見た。


「私にも守護騎士団長の誇りがある!」


セルジアの体が再び白紫色に光った。


――アルノ……皆……すまない……私はここまでのようだ……シン、ボルゾイ、ルカ、エレナリア……死ぬなよ……


「ああああああああぁぁぁッ!」


白紫色の光が周囲を包んだ。


黒色のブレスは消えた。


音もなく消えた。


セルジアも同じように、


静かに崩れ落ちた。


=============【作者より】


読んでいただきありがとうございます。


エゲツェンコ、許すまじ。

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