第48話「歩く武器庫の本気――新たな兄弟」
セルジアがモンスターの軍勢を退けた後、セントレグノのギルドマスター室にスクワラとビアとリーヴァがいた。
「いやぁ……流石セルジア。貯めていた魔力を使ったとはいえほぼ全部のモンスターを退けちゃうなんて……若さだなぁ」
スクワラは、イスにもたれかかり天井を見ていた。
「旦那……あんたもそういいながら、住民の避難所としてギルドを開放したり、困った家族に声をかけて回ったり、細かな対応で中を守ってんだ! 旦那のすごさはわっちが見てるからな!」
リーヴァが親指を立てた。ツインテールが揺れていた。
「確かにすごかったですかね……普段は気だるげなのに、子供たちと話すときは本当に優しそうで、能ある鷹は爪を隠すといいますが、爪はないですが慈愛に満ち溢れてましたかね」
ビアは唇に指をあてて上を向いた。
「そんなに褒めたって何にも出ないよぉ……でも、褒めてくれるなら紅茶が欲しいかなぁ……セイロンティーが好きだから入れてきてくれるかなぁ?」
スクワラはそういうとティーカップをくるくると回した。
「旦那! 腕によりをかけて入れてくらぁ! 五分ほど待っててくれ! いつでも飲めるように準備はしてあるからな! ビア! 旦那好みの紅茶の入れ方教えるからついてきなッ!」
リーヴァはそういうと書類を机に置いて部屋を出た。
「あ……待ってくださいですかね……」
ビアがメモを書くための紙束を手に取り、リーヴァを追いかけた。
リーヴァが外に出ると、一人の女性が辺りを見回しながらゆっくりと廊下を歩いていた。時折立ち止まり何かを探しているようだった。
その女性は太陽の光を象ったかのような黄白色のローブに身を包んでいた。雪のごとき白髪が肩を流れ、無機質な桃色の瞳は、慈悲を削ぎ落とした冷徹な光を宿していた。胸元で輝く太陽のブローチが、その様子を神々しく引き立て、見る者を沈黙させる装いだった。
「あんた……どうしたんだい? こんなところに何か用かい?」
リーヴァが腰の鞭に手を添えて声をかけた。
「あらあら、可愛いお嬢さんね。私ちょっと人探しをしていたの。ギルドにいるはずなんだけど。見つからなくて困っていたのよ」
女性は首をかしげてリーヴァを見つめた。射抜くような鋭い目だった。
「人探しったってこの先には何にもねぇぜ? この先は倉庫だ」
リーヴァは後ろから来たビアに目配せをした。
「そうですかね……私たちは書類を取りに来ただけですかね。人探しならあっちですかね」
ビアは手元に持った書類の束を見せながら、女性が来た方の廊下を指差した。
――弓は……部屋の中……何この人……
「あらあら……そうなの?」
女性はゆっくりとリーヴァに近づいた。
「来るんじゃねぇ! それ以上近づくと攻撃するぜぇ!」
リーヴァは鞭を出して地面を叩いた。
「あらあら、私が何かしたかしら? 怖いお嬢さんね。ギルドでは質問をすると鞭で叩く教育をしているのかしら? 怖いわ……それともやっぱり奥に何かあるのかしら?」
女性は気にもとめず、リーヴァの奥を一瞥し、ゆっくりとリーヴァの方に足を進めた。
「警告はしたぜ……」
リーヴァは鞭を振るった。縦横無尽に踊る鞭が女性を襲った。
「あらあら、怖いわ」
女性はそういいながら、口角を上げるだけの笑みを浮かべた。余裕のある笑みだった。鞭に手を添えるようにかざした。鞭が逸れて窓ガラスを割った。
「な……ビア!……武器を取ってきな! いや、旦那を呼んできてくんな! こいつは強ぇ……やべぇ感じががビンビンとしてらぁ!」
リーヴァは額に汗をかいていた。
腰に携えたもう一本の鞭を手に取った。
「わかった……すぐ戻る!」
ビアの語尾から疑問形が消えていた。
「あらあら、二本なの? どんな曲芸を見せてもらえるのかしら。怖いわ」
女性は笑っていた。だが、目はまっすぐにリーヴァを見据えていた。
「その笑顔を曇らせてやるぜ……」
リーヴァは手が白くなるほど鞭を握りこんだ。
「ヴァイゼン流双鞭術……狂いオロチぃッ!」
リーヴァは叫ぶと二本の鞭が上下左右から女性に襲いかかった。鞭はうなりを上げ、交錯しながら、壁を、床を、天井を削りながら走った。大蛇が暴れるかのように女性を襲った。
「あらあら、本当に凄いのね。お姉さん、怖くて泣いちゃいそうだわ」
女性はゆっくりと鞭のほうに歩くと、歩みを止めることなく鞭をすり抜けた。
「な……!」
リーヴァは鞭を振るった。当たる角度で手加減なく振りぬいていた。
だが、その女性はただ、廊下を散歩するように歩き、近づいた。
リーヴァの目の前まで来ると脇腹に手を添えた。
「あらあら、本当に……」
女性はリーヴァの脇腹に指先を押し付けた。
「……《《怖かった》》わ」
女性の口元からも笑顔が消えた。
リーヴァの腹に衝撃が走った。
「ぐっ……! いってぇなぁ!」
リーヴァは後ろに飛んだ。女性をにらんだ。
「なかなかやるじゃねぇか! だが次の技はもっとすごいぜぇ! 覚悟……しておきな!」
リーヴァは鞭を握る手に力を込めた。
「あらあら、そんな体で力を入れて大丈夫……?」
女性は興味なさげに手についた血を払っていた。
おびただしい血が女性の手から地面に飛び散った。
「え……?」
リーヴァは下を見た。衝撃を受けた脇腹を見た。穴が開いていた。
親指の太さ程度の小さな穴だが、貫通して景色が見えるほどの穴だった。
「いてぇ……いてぇ……なんだよこれ……」
リーヴァが崩れ落ちた。
「あらあら……そんなに苦しんで可哀そう……」
女性はリーヴァに近づいた。
リーヴァは手のひらを穴にかざした。緑色の光が腹を包み、優しく傷をいやし始めた。
「ぐっ……ううぅ……」
女性はリーヴァをゆっくり見下ろすと、リーヴァの手ごと腹を踏みつけた。足を左右にひねるように踏みつけた。
「ぎ……ぎゃああああ!」
リーヴァの傷が開いた。手が止まり、緑の光が消えた。
女性はリーヴァの服で手や靴についた血を拭いた。
リーヴァの顔に手をかざした。
リーヴァは震え、歯を鳴らしていた。
「あらあら、そんなに怖がらなくていいわ。すぐ終わるから。怖くもなくなるし、痛くないから安心して?お姉さん優しいから」
女性はリーヴァの顔に触れようとした。
リーヴァに手が触れる直前で、女性を槍が襲った。
女性は後ろに飛びのいた。
地面に槍が突き刺さった。槍は刺さったまま激しく左右に揺れていた。
今日、初めて見せた回避行動であった。
「おいおい、おめぇ、そりゃあシャレになってねぇよ!」
語気の荒い男の声が聞こえた。
「はぁはぁ……リーヴァ……連れてきた……」
ビアがリーヴァに駆け寄った。傷を見て眉をひそめた。
「あらあら……貴方はもしかして歩く武器庫のスクワラ・ヴァイゼンかしら。探してたのよ?」
「おいおい、あんたみてぇなキレーなオンナの知り合いはいねぇよ。人違いじゃねえか?」
スクワラは女性をにらんだ。普段は細めの男が眼を開いていた。その双眸は特徴的で、縦に線が入っていた。左眼は神聖な黄金色に、右眼は重厚な琥珀色に輝いていた。
「あらあら、そんなことないわ……」
女性はフードを取ると白銀の髪をなびかせた。
「……私の仕事はあなたを足止めすること、あるいは、殺すことなんですもの」
女性は桃色の眼を煌々と輝かせながら近づいた。小さく舌なめずりをした。
「おいおい、物騒なこと言うじゃねぇか! それに……」
リーヴァを一瞥した。顔色が悪かった。
「……俺の可愛い秘書になんてことしてくれっちゃってんでぃ! このすっとこどっこいが!」
スクワラは何もない空間に手を伸ばした。
次の瞬間手には、液体の入った瓶が握られていた。
無言でビアの方に投げた。ビアが瓶をつかみ損ねて落としそうになった。
「おいおい、落とすなよ。それをリーヴァに。応急処置にはなるから回復したらリーヴァを担いで逃げねぃ」
スクワラは女性をにらんだままだった。
「あ……わかりました」
ビアは瓶を開けると中身を傷にふりかけた。傷が焼けるような音を立てて直っていった。
「旦那……すまねぇ……すまねぇ」
リーヴァはうわ言のように繰り返していた。
「おいおい、謝る必要なんかねぇよ、いつもお前には世話んなってんだから。こういうときは大人の俺に任せな」
スクワラは親指を立てた。
「スクワラさん、任せた、行きます!」
ビアがリーヴァを担いで奥へと走り出した。
「あらあら、逃げられると思うの?」
女性が手を挙げた。手のひらに黒い光が収束した。手はビアの方を捉えていた。
「おいおい、俺のことを無視するんじゃねぇよ!」
スクワラは女性に向かって走った。
走りながら何もない空間に手を伸ばし、振りかざした。無手で女性の手首に振り下ろしたとき、手には片手剣が握られていた。
「あらあら、どこから出したの? それが武器庫なのかしら」
女性は手首を返し、最小限の動きでそれを避けた。
スクワラの腹に手をかざした。
炸裂音が響いた。
辺りに血が飛び散った。
「あらあら……痛いわ」
女性は手を押さえていた。腕がわずかに削れ、血が滴り落ちていた。
スクワラの腹から弩が生えていた。生えているかのように見えた。
「あらあら、空間の中から武器が出せるのね……怖いわ」
女性は体を翻し後ろに飛んだ。
スクワラから距離を取った。
着地の瞬間、女性の背中に衝撃が走った。
剣が深々と脇腹に刺さっていた。
「あらあら……触れてなくても出せるのね……」
女性は膝をついた。
血を吐いた。
「おいおい、今ので死なねぇのかい」
スクワラは口角を上げた。
「あらあら、簡単にやられたら仕事にならないでしょ?」
女性は、傷に手をかざすと薄緑色の光が傷を包んだ。傷が治っていった。
「おいおい、回復してせっかく開けた穴が埋まって元気いっぱいじゃねぇか!」
スクワラの犬歯が光を反射した。
「あらあら、女性に向かって穴をあけるなんていやらしいわ」
女性は頬を赤らめた。
「おいおい、どう考えてもそういう意味じゃ……」
スクワラは両手を広げると、何もない空間を握りこんだ。
「……ないだろうよぉ!」
両手から大量の短剣が投擲された。
女性は避けた。避けた先に剣が出現した。
剣の刃を手でつかんで防いだ。
剣の奥から弓が現れた。
矢を射った。
体をのけぞらせ避けると、そのまま後ろに飛んだ。
着地点にトラバサミが出現し、右足を挟んだ。
女性は右足を黒い光で打ち抜いた。
足首がなくなり、トラバサミから抜けた。
手をかざし、何事もなかったかのように橙の光が右足を包んだ。
右足を踏み鳴らし、感覚を確認するとスクワラに向かって走った。
何本も剣が出現した。
一歩一歩、剣を交わし、スクワラに近づいた。
女性はスクワラを掴んだ。
スクワラは女性の腕を掴み返し、足を払った。
女性の体は宙を舞った。
スクワラは女性をそのまま地面にたたきつけた。
地面には無数の剣が敷き詰められていた。
女性の体を貫いた。
女性は血を吐いた。
寝そべった状態で、脚の力だけで体を起こした。
傷を回復した。
堂々巡りの攻防であった。
「あらあら、これは倒せないわね……」
女は息を吐いた。
「おいおい、それはこっちのセリフだ。おめぇ、何モンだ!」
スクワラは手を振った。
「あらあら、そうね。名前くらいは伝えましょうか……」
女性はローブについたホコリを払い、姿勢を正した。
「私の名前はヨウシャニア・ノーイ。『至聖魔導結社』の幹部の一人。ノーイ家の長女よ。以後お見知りおきを……」
女性は深々と頭を下げた。
「おいおい、ノーイにエクリプスだって? 何の冗談だい?」
スクワラは眼を見開いた。
――ノーイだって……まさかな……
「あらあら、冗談じゃないわ……私は蝕龍復活のための時間稼ぎができればいいの……もう十分役割を果たしたから帰らせてもらうわ? 過度な運動はお肌の敵なのよ?」
女性はそう言い残すと、闇の中に消えていった。
「おいおい……」
スクワラは周囲にヨウシャニアの気配がないことを確認すると、
目をつぶった。
「もう……また変な話が増えたなぁ……困っちゃうなぁ」
スクワラの情けない声がギルドの廊下に響いていた。
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
目が細くて、普段はなよなよしている男が眼を開いてかっこよくなるのっていいですよね!
そのためだけにスクワラは生まれたといっても過言ではありません。
※過言です。
次回は5月26日(火)21時投稿予定です。フォローや応援ハート、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします。
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
目が細くて、普段はなよなよしている男が眼を開いてかっこよくなるのっていいですよね!
そのためだけにスクワラは生まれたといっても過言ではありません。
※過言です。




