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関連挿話③:ダリオ・ヴァルトと終焉の紫燼-前編

 ブルーブライズ家は、世界の南東に位置する大陸ハーウェルにあるサウソル共和国の貴族の家系だった。


 ブルーブライズ家の子どもたちは炎の紅、あるいは氷の蒼の瞳をもって生まれ、その瞳の色に合わせた高い魔法適性を持っていた。


 魔法騎士団に所属したり、魔法学園で講師を務めたりとその才覚を発揮していた。


 セルジアはそのブルーブライズ家の一人として、紅と蒼の双眸(そうぼう)を持ち生まれた。


 しかし、炎、氷、いずれの才能も発揮することはなかった。


 一族の中では、できそこない、忌子(いみご)として扱われ、表舞台に立つような生活はできなかった。


 幽閉生活を余儀なくされた。


 だが、ある日の夜、世界が変わった。


 その日は一族が集まった記念式典を行う予定だった。


 長兄の結婚披露パーティだった。当然セルジアは出席できない。


 セルジアは部屋で眠っていた。


 だが、焦げ臭いにおいに気付き目を覚ました。


 部屋が暑かった。


 喉が渇き、外に出た。


 いつもはとがめられるので部屋から出ることはなかったが、その日は大丈夫な気がした。


 部屋は暑い。いや、熱い。汗が吹き出し、それと同時に蒸発していた。


 応接間に行くと人が倒れていた。


 父と母だった。兄だった。妹だった。従妹だった。伯父だった。叔母だった。一族の皆だった。


 動いているのはただ二人、セルジアと、腹違いの兄だけだった。


 兄は父の妾の子で、才能がないとわかると家を追い出されていた。


 その兄が氷と炎を操り家族を……家族に手をかけていた。


 兄はセルジアに近づいた。


 セルジアは恐怖で身がすくんだ。


 兄の手が頬に触れたとき、全身が熱かった。


 兄の炎が自身を焼いていた。


 焼いていると思った。


 そうではなかった。


 セルジアの体内に眠っていた魔力が暴走し、紅の焔を上げていた。


 右腕が肘の先から燃え上がり、焔に変わっていた。


 兄は口を開いて叫んだ。


 叫ぼうとしていたが呼吸を取り入れることができなかった。


 声にならない悲鳴をあげてそのまま燃え尽き絶命した。


 セルジアも自身の炎に体を焼かれていた。


 泣き叫ぶがその涙もすぐに蒸発した。


 意識が徐々に遠のいていった。


 完全に意識を失うその瞬間、


 左目が蒼く光り輝いた。


 辺り一面が凍り付くとともに白い光を放った。


 その白い光は終焉を告げるような輝きを放った。


 ブルーブライズ家は、その一族と、館とともに一日にして姿を消した。


 セルジアは自身を中心に球状にえぐれて白紫色の塵のみが残った場所で呆然としていた。


 自分の力がこの事態を起こしたと気づいたとき、


 大きな声で泣いた。


 どれだけ泣いたかわからない。泣き続けた。

 

 しばらくして意識を失った。


 このときの体験と恐怖により、自分を守るために敵を殲滅(せんめつ)するという思考が根底に陥ってしまったということを彼女自身も気付いていなかった。


 ――――


 セルジアは目を覚ました。体の炎は消えていた。


 右手は焼け焦げていたが動いた。


 よろよろと立ちあがると近くの町まで行った。


 スラム街で生活をした。


 時折発生する魔力暴走で右腕はボロボロになっていた。


 そのまま死んでしまうかもしれない恐怖に苛まれながら過ごしていた。


 数日が過ぎた。また、事態は変わった。好転した。


 ブルーブライズ家の失踪の噂を聞きつけた、スタティクス大陸の貴族であるヴァイゼン家に拾われた。


 ヴァイゼン家はセルジアに家族を与えた。


 同じように拾われた子どもたちがたくさんいた。


 その中でもかなり前に拾われた三十代の義兄スクワラはセルジアをかわいがった。


 実の妹のように接した。気だるげな兄ではあったが、人と接することのなかったセルジアにはそれがちょうどよい距離感で嬉しかった。


 ヴァイゼン家はセルジアを治療し、義手を与えた。


 治療は、セルジアと同年代の男、ニコラスが行った。若くして完全治癒魔法を身に着け、のちに神の手(ゴッドハンド)と呼ばれる男だった。


  しかし、彼の治癒魔法をもってしても、セルジアの腕は治らなかった。何度も魔力暴走を繰り返す右腕は、すでに使い物にならなくなっていた。


 ニコラスは悲痛な顔で首を振り、体を蝕む前に右腕を切り落とし、魔法抵抗力の強い義手を付けることを提案した。


  セルジアは右腕を失ったが、必死に命を救おうとしてくれたニコラスを慕い、よく行動を共にするようになった。


 ヴァイゼン家はセルジアに力をコントロールする術を与えた。


 セルジアのあふれる魔法力を吸収し、抑制するための指輪を渡した。


 その指輪は一年に一度交換する必要があった。


 ――


 そして、現在。ヴェノルクスの復活間際の局面。


 セルジアは守護騎士団長室にて戦装束に着替えていた。紫の魔法布を編み上げた、肢体に密着する漆黒の緊身衣(きんしんい)だ。高い魔法抵抗を誇る、戦闘特化の魔導装束であり、自身が放出する圧倒的な炎と、氷の魔力から自身を守る防具でもある。


 十七ある指輪のうち十は両手の十指にはめられていた。


 両手を握り、開いた。


 残り七つのうち二つはイヤリングとして、残りの五つはネックレスとして身に着けた。


 背中に盾の上に双剣を重ねた王立守護騎士団のエンブレムの入った外套を羽織った。


 エンブレムの双剣に重ねるように、自身の赤と青の剣を背負った。


 鏡を見た。


 自身の双眸を見つめると一度目を瞑って深呼吸をした。


 鏡の周囲に飾られた鎧を着た人たちの肖像画を眺めた。


 その中にアルノの姿もあった。


「さて……殲滅だ……」


 セルジアは守護騎士団長室を後にした。


 ――――


 セルジアは、ダリオ、トビアス、ノエルとともに王都セントレグノの城門前に立っていた。


 東西南北の四か所に位置する城門の前には守護騎士団の兵士たちが陣を敷き、周囲の警戒に当たっていた。


 王都中は異様な雰囲気だった。


 ヴェノルクス復活の予兆はリーヴァにより王都の人々に伝えられていた。


 緊急時指示に従いあわただしく町中を行きかう人々は恐怖と不安の表情に駆られていた。


 そして、その反対側スタティクス山脈、(しょく)の洞穴の方からは土煙が見えていた。


 何かが大量に押し寄せてきていた。


 まだ距離は遠く影しか見えなかったが、その影は異様な広がりを見せていた。


「ダーリン、カルラやマリアはもうじきここに来る、来たら合流して私たちを追え。私はこの後一発、戦いの狼煙を上げてからシンたちと一足先に蝕の洞穴に向かう」


 セルジアは腕を組み、土煙をにらんでいた。


「ノエル、魔力探査で数はわかるか?」


 ノエルの方に目線を向けた。


「やってみる……」


 ノエルが目をつぶり杖をかざした。周囲に緑色の光の粒が広がった。


 数分ほど、集中していた。ノエルの額に汗が浮かんだ。


「……嘘……これ本当なの……」


 ノエルの瞳が震えていた。


「どうした?」


 セルジアが体を向けた。ノエルの肩に手を添えた。


「セルジア姉様……モンスターの数ですが……百年前は一万でしたが、今回は多分その五倍、五万はいます……」


「なるほど……殲滅しがいがあるな……」


 セルジアは両手を合わせ指輪同士をすり合わせていた。


 その時、町中から大きな声が聞こえた。


「なんでこんな直前になって避難指示が出るんだよ! もっと早く伝えておけばこんなことにならなかっただろ!? 守護騎士団は俺たちの税金で飯食ってるくせに何やってるんだ」


 人間の男が自分の家の扉を叩いた。


「私たち、どうすればいいの!? 怖い……誰か助けて……」


 ドワーフの女性が子どもを抱き泣いていた。


「百年前でも何万人も人が死んだんだ! あの数だったら誰も助からない……」


 エルフの老人が震えていた。


 町中で様々な種族、老若男女の悲鳴と怒号が響いていた。


 ちょうどその時、シンたちは、ゴンジャイとともに、馬車で城門の前まで来た。


「これは……大丈夫なのか?」


 シンは周囲を見渡した。


「大丈夫ではないな……全く、皆、混乱しおって……王都の住民が……嘆かわしい」


 セルジアはため息をついた。


「また、お前はそういう言い方をするのか? 皆不安なんだぞ……」


 シンが馬車から降りるとセルジアに詰め寄った。


 ダリオがシンとセルジアの間に立った。なぜ間に立ったのか自分でも理解できていなかった。


「なあ……セルジアはこういう言い方するが悪い奴じゃないんだ。今はもめるのはやめてくんねぇかな……」


「ダーリン……私をかばってくれるのか。胸がきゅんとしたぞ……」


 セルジアは頬を赤らめた。


「セルジア、マジでかばってんのに、そういうこと言うのはやめてくんねぇかな……俺の立場がなくなる……」


 ダリオが頬を掻いた。


「フン……冗談だ。シンよ、黙ってみていろ」


 セルジアは城門の方に向かった。


 右腕から小さな赤い炎を出すと口に手を添えた。炎は燃え上がり空気の流れを生んだ。


 その空気は王都全体を包んだ。


「皆の者! 聞け! 私は王立守護騎士団長のセルジア・ヴァイゼンだ!」


 セルジアの声が王都中に響いた。


「貴様らそろいもそろって混乱しおって! 全く呆れ果てて物も言えん……」


 セルジアは頭に手を当て、左右に首を振った。


「聞け! 急な脅威におびえる男どもよ! 貴様らは愚物か!? 周りを見てみろ。お前たち以上におびえているものはいないか? 妻は? 子は? 父は? 母は? 祖父は? 祖母は? 自分より弱いものたちを見てみろ。今吐いている反吐が出るような言葉は途端に引っ込むだろう。下らぬ言葉を吐き出す暇があるなら剣を取れ! 敵を殲滅して己の恐怖に打ち勝って見せよ! お前たちが危ないときは助けてやる!」


 セルジアは右腕を前にかざすと右に振った。


「聞け! 我が子を抱きしめ泣く母よ、女たちよ! それで逃げられるのか? もし、この城門が破られ、我が子、家族に毒牙が向けられたとき、お前たちは仕方ないと泣いて震えるのか? そんなことでは誰一人守れはせんぞ! 何一つ大切な者は守れはせんぞ! 泣くな! 立て! 子どもを抱え逃げる準備をしろ! お前たちの背中は守ってやる!」


 セルジアは左腕を前にかざすと左に振った。


「聞け! 過去を知る獣人、エルフ他長寿種の者たちよ。お前たちは百年前も震えていたのか!? 剣を取り、杖を持ち戦ったものはいないのか!? この王国を、この大陸を守ろうとしたものは本当にいなかったのか!? そんなはずはない! 今があるのは貴様ら先人の賜物だ! その知恵を貸せ! お前たちの代わりに敵を殲滅してやろう!」


 セルジアはゆっくりと城門の前に立った。


「聞け! 守護騎士団の者どもよ。お前たちは何のために民草たちに高い税を負わせてきた? この日のために準備をしてきた?」


 セルジアは城門を抜け、左右の守護騎士団員に声をかけながら最前線、蝕の洞穴の方角に歩き出した。


「言え! お前たちの守るものがなんであるかを!」


「我らが守るのはこの国の民であり、その民こそがこの国だ!」


 守護騎士団員たちが叫び、手を挙げた。


「叫べ! お前たちを支えるものがなんであるかを!」


「我らを支えるのはこの国の未来であり、民たちの笑顔だ!」


「その通り! その通りだ! 我々は民があるからこそここにある! 民がいるからこそ国がある! 民がいるからこそ未来がある! さあ問おう! 我々がこれからなすべきことは何だ! 五万のモンスターの軍団を前にして、蝕龍(しょくりゅう)という災厄を前にして! 我々は何をすべきだ!? お前は何をすべきだ!」


 セルジアは、最前列まで来ると振り返り両手を広げた。


「我々がなすべきこと! それは王都を! 民を守り抜くこと! 命に代えても守り抜くことだ!」


 守護騎士団員たちは手を上げ上を向いて叫んだ。


「そうだ……? ん……?」


 セルジアは首をかしげた。


「いや! 殲滅だ! 圧倒的なまでの殲滅だ! 五万のケダモノなど我々にとっては恐るるに足らん! 圧倒的に殲滅しつくす! 蝕龍がなんだ! 災厄がなんだ! 私が怯え、泣き、過去の幻想にとらわれた者たちの不安を払拭してやろう! 私に続け! 守護騎士団! 命に代えても殲滅しつくせ!」


 セルジアが両肩にかかる双剣を抜いた。周囲に紫色の光が輝き始めた。


 右腕に炎が宿り、左腕からは氷のつららが突き出し始めた。


「見せてやろう! エクリプスの愚か者どもよ! ヴェノルクスよ! ヴァイゼン流双剣術殲滅最終奥義『終焉の紫燼バーガンディ・ヴァイオレット』を……」


 ========== 【作者より】


 読んでいただきありがとうございました。


 後半に続きます。同時公開です。

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