第47話「母の想い――蝕竜復活の兆し」
転生八十一日目、ブルガイとフィーネは王都セントレグノの北東、スタティクス山脈にある蝕の洞穴というダンジョンに来ていた。
このダンジョンは全十階層からなり、最初の三階層までは湿った岩肌が連なるエリアだ。外部からの光がわずかに差し込み、駆け出し冒険者たちの喧騒が響く場所だ。足場も安定しており、出現する魔物も小動物に近い弱小種が中心となるため、若者たちが剣筋を確かめる「天然の訓練場」として親しまれていた。
しかし、五階層を過ぎたあたりから、洞穴は本来の「蝕」の表情を見せ始める。壁面を覆う苔は次第にどす黒い紫へと変色し、反響する足音からは生気が失われていく。普通の洞窟と変わらぬ安堵感はここで終わりを告げ、空気の重みが増していくのを感じるような場所だ。
八階層を越えると、空気は物理的な圧迫感を伴うほどに淀み、異界の瘴気が肌を刺すエリアとなる。岩壁には血管のような赤い脈動が走り、奥底に眠る強大な魔力がダンジョンそのものを侵食しているのが分かるようだ。もはや訓練場としての面影はなく、命を刈り取る魔物が蠢く死の領域だ。
そして最深部、第十階層。そこには巨大な祭壇が静まり返った闇の中に鎮座していた。かつて災厄と呼ばれた「ヴェノルクス」を封じ込めたその場所は、時間の流れさえも歪曲させるほど禍々しく、近づく者の精神を蝕む。
十階層に降り立つと、ブルガイが周囲を警戒する中、フィーネが魔封玉の確認をした。
「数は確かに十個あります。少し確認しますので、ブルガイは周囲の警戒をお願いします」フィーネはそう告げると魔封玉一つ一つに触れて確認をしていった。
「任せろがい」ブルガイが手甲を装着し、体の前で拳同士をぶつけた。金属音が周囲に響いた。
しばらく確認をしているとフィーネの動きが止まった……
「おかしい……封印の力が弱まっているものがいくつかあります」フィーネが魔封玉に触れながらつぶやいた。
フィーネは一番奥に置かれた魔封玉がやけに新しいことに気付いた。
「これは……」フィーネは魔封玉に触れて魔力の流れを確認した。本来封印は結界の役割をするため十層の祭壇付近の魔力を抑え込んでいるが、この魔封玉は違った。
他の魔封玉の力を押さえるように作用していた。
「ブルガイ……大変です。この魔封玉が他の魔封玉の力を押さえるように作用しています……」フィーネの顔が蒼白になった。
「本当がい!? その影響は?」ブルガイが汗をかいた。
「おそらくですが……この封印はあともって二~三日……封印の儀式に三日はかかるので到底間に合いません……」
フィーネの説明を聞いてブルガイは絶句した。
「ひとまず、この影響を与えている魔封玉は持ち帰りましょう」フィーネは魔封玉を手にした。
「一旦、セントレグノに戻るがい……急いで知らせるがい」
――――
セントレグノでは、スクワラ、リーヴァ、セルジアとシンたちが蝕龍が復活した場合の態勢について会話をしていた。
「蝕龍が復活した場合、守護騎士団が王都を守り、スクワラ兄さんには、王都内での指揮を任せたい。守護騎士団の指揮も含めて頼めるか?」セルジアはそういい終えると、ハーブティを口に運んだ。
「セルジアの頼みならがんばるよぉ……気合を入れてリーヴァちゃんに頑張ってもらうよぉ」スクワラは気怠げに机に突っ伏したまま右手を上にあげた。
人差し指をリーヴァに向けた。
「に、兄さん、それはさすがに人としてどうかと思うが……」セルジアが苦笑いをした。
「冗談だよぉ……まあいつも通り何とかするよぉ……王都の中のことは任せてくれ~」スクワラが手を上げて左右に振った。
「それでだ……シン、ボルゾイ、ルカ、エレナリアの四人は私と一緒に蝕龍と戦ってほしい。特にシンの仲間思いに期待している。あのバフは魅力的だ」セルジアはシンを指さした。
「『想いの奮起』のことだと思うが、発動条件が不明瞭なんだが大丈夫か?」シンは眉をひそめた。
「ああ……最悪、私には切り札がある」セルジアは指輪を見せた。深い紫色の宝玉が、内側から光を帯びているように見えた。以前はしていなかったが、すべての指につけていた。
「そうか……ほかの者たちはどうする?」
――あの指輪は何だ?
「ビアは流石に休息優先だ。王都内での後方支援くらいにとどめておく、カルラ、マリア、ダリオ、トビアス、ノエルは蝕の洞穴に一緒に来てもらう。私がシンたちと最奥をめざすが、カルラたちとともに蝕の洞穴の入り口の確保と守護を担ってもらう予定だ」セルジアは資料を広げながら説明をしていた。
「流石、セルジア。いろいろ考えてくれるから楽でいいねぇ……」スクワラは嬉しそうに会話の様子を眺めていた。
「旦那……わっちはあんたが凄いのわかってるけどシンたちはあんたのこと知らないんだから、ほんとほどほどにしてくれよ……蝕龍に対抗できるのは多分セルジア姐と、人生で二度災厄との対峙経験のある旦那だけなんだから……」リーヴァが頭を抱えた。
「僕はすごくないよぉ……ただたまたま運悪く、グランサクレで地龍ジオニクスに襲われて命からがら逃げ延びて、グランサクレでは光龍ライトニクスに愛でられて無理やり加護を渡されて……戦いの日々で胃に穴が開いてる救われない毎日だよぉ」スクワラは大げさに首を左右に振った。
「だから、そういうのを減らしてほしいんだよ……せっかくカッコいいのに……」リーヴァが下を向いて小さく口を動かした。
「……」シンはその様子をじっと見ていた。
――この男は本当にグランギルドマスターとしての実力があるのか。昔、ON/OFFの切り替えが激しい優秀な役員もいたがその類か……?
「災厄というのは何種類もいるのか?」シンはスクワラとリーヴァを見た。
待ってましたといわんばかりにリーヴァが立ち上がった。
「ああ! 各大陸に一体ずつ火・水・風・地・闇の属性をつかさどる龍がいやがるんだ! あと自由に動き回ってる光龍の六体が災厄と呼ばれている。中には信仰されて人類と共生しているのもいるんだぜ! 生きてる間にお目にかかることはないって言われてんだけど下手するとスクワラの旦那は三体目に会うかもしれないってことよ! すごいだろ!」リーヴァは目を爛々と輝かせ、前のめりで答えた。
セルジアは前のめりになったリーヴァに腕を伸ばし、制止した。
「すまない、リーヴァ、シン、話がそれてきた。ヴェノルクスの話に戻していいか?」セルジアは鋭い目をしていた。
「ああ……セルジア姐……すまない……つい興奮しちまったよ……」リーヴァが頭を下げた。
「まあ、基本話すことは大体話したが、カルラとマリアが明日には到着するからその後の動きは兄さんとリーヴァに任せる。うまくダリオたちとも連携してくれ。シンたちはいつでも出れるようにしておいてくれ」
「セルジアはどうするんぞい?」ボルゾイがセルジアを見た。
「私は決戦に向けて準備をする。少し時間がかかるのでな」セルジアは指輪を指でなぞった。
「じゃあ、話は終わったことで解散しようかぁ」スクワラが立ち上がってゆらゆらと歩きながら部屋を後にした。
――
次の日の朝、事態は一変した。
セルジアが戦装束に着替えていたところリーヴァが駆け込んできた。
「セルジア姐! 大変だすぐ集まってくれ! ブルガイとフィーネが戻ったがやべえ話があるんだ!」リーヴァは息を整えながらセルジアに近づいた。
「血相を変えてどうした……すぐ行く……」セルジアは外套を羽織り会議室に向かった。
――
会議室には、スクワラ、リーヴァ、フィーネ、ブルガイ、セルジア、シンが集まっていた。
「蝕龍の復活が近いです。ここ数日中には封印が破られそうです。封印の重ね掛けも到底間に合いません。私の確認不足でした。申し訳ございません」フィーネは深々と頭を下げた。
「フィーネの落ち度はないがい……あそこまで侵入して、かつ、魔封玉を入れ替えて魔力の流れまで偽装できる奴なんかいると思わんがい……」ブルガイは顎髭を撫でながらフィーネを一瞥した。
セルジアが立ち上がった。
「緊急防衛網を敷く。守護騎士団全員に今から態勢を組ませる。態勢が整い次第私は蝕の洞穴に向かう。ブルガイは守護騎士団と傭兵団の指揮を、フィーネは魔法師団の指揮を執ってくれ、兄さんたちと王都を守ってくれ。シン、準備ができたら声をかける。ボルゾイたちに声をかけておいてくれ」
そう告げると扉に向かった。
「すまない、私の準備に時間がかかる。先に失礼する」
セルジアが扉を開けて外に出ると、ノエルが立っていた。
「セルジア姉さま、お母さまはいらっしゃいますか?」ノエルはおずおずと聞いた。
「ああ……会議は間もなく終わる。待っているといい。すまない、私には時間がない……スクワラとリーヴァに話は聞いてくれ」セルジアは小さくノエルに会釈をすると、廊下を歩き出した。
「さて、とりあえず昨日整理したことを話すよぉ。リーヴァちゃんよろしく」スクワラがリーヴァの方を見ると、ブルガイ、フィーネに昨日の状況を伝えた。
会議はすぐに終わった。
シンが外に出ると、フィーネとノエルが会話をしていた。
「お母さま、私も戦えます。ダリオや、トビアスたちと戦ってくれとセルジア様に言われたのです」
「……貴方の力で何ができるというのですか。もし、また、魔力暴走が起きたらどうするのですか?」
「毎日練習してるから起きません! 最近だってほとんど起きてないんですから」
――昇格試験で規格外のFランクが来たとき以外は大丈夫だったんだから!
「ほとんどでは困るのですよ……もし、あなたの魔力が暴走して周囲を傷つけたら、あなたが傷ついたらどうするのですか?」
「私だって! 毎日努力してAランクにもなったのよ!? いつまでも子ども扱いしないで!」ノエルは自分の胸に手を当てた。
「貴方はまだ十二歳でしょう!? まだまだ子どもよ……」フィーネは目を伏せた。
「……母様なんか知らない! わからずや!」ノエルは走り去ってしまった。
「はぁ……本当にあの子は……」フィーネはため息をついた。振り返りシンがいることに気付いて目を見開いた。すぐに目の力を抜いた。
「シンさんだったかしら……お恥ずかしいところを見せたわね」フィーネはシンを見て穏やかな表情で話した。
「すまない……聞くつもりはなかった……」シンは小さく頭を下げた。
「あの子は、がんばっているし、実力はあるのだけど、どうしても心配で……つい強くいってしまうのです」フィーネは目を伏せた。
「実力はよく知っている……彼女は俺の昇格試験の試験官だった」シンは当時のことを思い出していた。
――あの子は本当によく努力している子だ。
「そうですか……ノエルは魔力過剰体質でコントロールが苦手で、人を傷つけたこともあって……親なのにダメね。信頼してあげないといけないのに……ごめんなさい、あなたみたいな若い人に話すことじゃないんだけど、つい話してしまったわ」フィーネは頬を赤らめた。
「かまわない……俺にも小さな家族がいたからよくわかる……だが、ノエルは強い子だ。努力をして自分を変えられる。そこは誇っていい。それに何かあれば俺が守る……」シンは拳を握った。
――ノエルの努力の裏にはそんな理由があったのか……たった十二歳で……なんてこの世界は過酷なんだ……
「ありがとう……私は王都を離れられないから……ノエルをお願いします」フィーネは深々と頭を下げた。
「ああ……」シンはフィーネに告げると、その場を離れた。フィーネはシンがいなくなるまでの間ずっと頭を下げていた。
――どこの親子も同じだな。ブルガイとボルゾイ、アシェンとエレナリア、フィーネとノエル……俺は、ルカと……結華とどう向き合うべきか……この戦いが終わったら、ゆっくりと話をしよう……
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
いよいよ決戦に向けてのカウントダウンが始まりました。




