第46話「伝えたいこと――伝えられなかったこと」
シンは固まっていた。息をのんだ。ルカをもう一度ゆっくり見た。
――ルカが俺を探していた? 以前から薄々感じていたが……まさかルカが……ルカが結華か……?
ルカは下を向いた。シンから目をそらした。唇が震えていた。
――ばれた……? ダリオのいらない一言で……? でも、エレナ以外には口止めしてなかった…… あぁ! もう! どうしよう! 素直に言う? このタイミングで……?
シンは顎を押さえた。指が震えた。
――仮にルカが結華だったとして、なぜこんなに近くにいるのに明かさない? なぜわざわざ探しておいて……その理由は……? 俺にばれたくないから……? 家族として認めていないから……?
ルカは下を向いたまま、目線だけでシンを見た。
――あの顔……何かに気付いてる。 でも……なんで何も言わないの……?
エレナリアはシンの様子を見て、目を細めた。
ボルゾイはルカの様子を黙って見守っていた。
ビアは泣くのをやめて、顔をわずかに上げた。
ダリオとトビアスは空気のように静かになっていた。
シンが口を開いた。
「長旅で疲れたからみな……休もう……」シンは立ち上がるとふらふらとおぼつかない足取りで入り口に向かった。
――今は言わないほうがいい……何か理由があるはずだ……明かさない理由が……
「え……あ……」ルカがその背中を見た。その背中は前世で何度となく見た背中だった。
伸二が結華を避けていた時と同じ背中だった。
ルカは言葉に詰まった。
――な……何で? 今気づいたよね?…… 気付いたのに何も言わない理由は何? 探してたのに……?
シンが扉を開けて外に出た。
エレナリアが立ち上がるとそのあとを追った。
ルカはその様子をみて目を見開いた。
――え……エレナ……どうしてそっちに行っちゃうの!? 私の話を聞いてよ……
エレナリアが扉を開き外に出た。
静寂が室内に広がった。
ルカは机の上に拳を打ち付けた。
大きな音が響いた。
「どうして何も言わないのよーッ! 何も……何も……言えないのよ……」
――何で一言……『お父さん』の一言が言えないの!? あいつも『結華』って言えないのよ!
「ル……ルカさん?」ダリオがルカに手を伸ばそうとしたが、トビアスが体で遮り、首を横に振った。
ボルゾイが立ち上がり、ルカの肩に手を添えた。
「シンは……多分。気付いたぞい。気づいた上で言わん理由があるぞい……」
「そうなのかな……私みたいに見つけたけど正体を明かしたくないなんてことはないよね……?」ルカはボルゾイの方に首を向け、見上げた。
「それはないですかね。昔のままの顔で名前もほぼ同じって……ばれてもいいと思ってないとできないですかね。それに前にも言いましたが、シンさんはずっとルカさんを探してましたかね。急なことで心の準備ができてなかっただけじゃないですかね? 寝耳に水といいますが、シンさんは起きていましたかね」ビアが机に腕をついたまま顔だけ向けて答えた。
「あー……昔からそういうところあるかも……それに……」ルカは上を向いた。
――プレゼントも準備する癖に渡し方に困っていつもお母さんに相談してたし……
「それに? どうしたぞい?」ボルゾイが首を傾げた。
「正直、私もあまりに急だったからびっくりして言えなかった」ルカは笑った。
「まあ……あの流れは仕方ないぞい」ボルゾイが頬を掻いた。
ルカは背伸びをした。大きく深呼吸をした。
「よし! あいつが……お父さんが認識したってことはわかったから、次は頑張る!」ルカは拳を握った。
空気のようだったダリオが声をかけた。
「あのー……俺はやらかしてなかったってことでいいのかな……?」
「んー……」ルカは顎に手を当て、首を傾げた。
「ある意味良かったぞい……シンにはいいきっかけになったぞい。機は来るぞい」ボルゾイは豪快に笑った。
「そ……そうか! また空気読まずにやらかしたのかと思ったけど安心したぜ」ダリオは額を拭った。
「また、ダリオが粗相したのかと思いましたよ……」トビアスも息を吐いた。
「まあ、確かにあいつ、めんどくさいところあるもんね」ルカがうなづいた。
「……ルカ、お前もぞい」ボルゾイが肩をすくめた。
「えー……そんなことあるかな」ルカが頬を膨らませた。
「ルカさんはひねくれ者レベル高いからな……今回の騒動でまた上がっちゃったんじゃないのLV8くらいに」ダリオが軽口をたたいた。
「今日の感じだと多分……LV4くらいだよ。前に見たときはLV1だったけど……」ルカは考えながら答えた。
「え……? そんなに下がってるの? じゃあルカさんもうすぐひねくれ者じゃなくて素直な人LV1になるんじゃないの?」ダリオが目を丸くした後、手を叩いた。
「ダリオってときどきむかつくよね。疾風怒濤のLVも上がっちゃうかもしれない」ルカは腕を鳴らした。
「ダリオ、空気読めないにもほどがあるので止めましょうね」トビアスが下を向き、頭に手を添えると首を左右に振った。
「うっ……ルカさん、冗談だよ……」ダリオは手を前にかざし、両手を振った。
ビアはそのやり取りを見ながらボルゾイに小声で話しかけた。
「ひねくれ者って、面倒なスキルですけど、感情や考え方を正しい方向に導くために数値化してくれてるみたいですかね。なんで覚えたのかが気になりますかね」
「確かにぞい……不思議なスキルぞい」ボルゾイは目を細めた。
――――――
シンは廊下に出ると、少し離れたところまで歩き、壁に背を預けていた。
「シン! 待ってください」エレナリアは走った。シンにようやく追いついた。
「ああ……エレナか……どうした」シンは振り向いた。目がうつろだった。
「し……シン……大丈夫ですか?」エレナリアはシンの背に触れた。
「ああ……いや……大丈夫ではない……」シンは顔を横に振りながら答えた。
――正直頭の中が混乱している。なぜ部屋を出たのかもよくわからない始末だ。情けない……
シンの返事の後しばらく二人の間に静寂が続いた。
「エレナ……変な話をしてもいいか……」シンが少しずつ話を切り出した。
「ええ……かまいませんよ。先日はアシェンの件で迷惑をかけましたし、お互い様です」エレナリアは少し微笑んだ。
「そうか……まず、前提として……」シンはゆっくりと息を吐くように話した。
「俺は転生者だ。カルラ、ボルゾイやビアにも話している。ビア以外は気づかれたというのが正しいが……」
「はい……それで?」エレナリアは淡々と返した。
「驚かないんだな……」シンは眉をひそめた。
「まあ、薄々感づいてはいましたし、私の昔の仲間のワタル・シンドウも転生者でしたからね……」エレナリアは少し上を見上げた。
「そうか……」シンは顎に手を当てた。
――ワタル・シンドウは転生者か……シンドウか……いや……今はいい……
「それで……だ……俺が探しているユイカ・タキシタだが……」シンは少し間を置いた。
「俺の娘だ。娘も転生している。ここまではいいか」シンはエレナリアの眼を見た。
「ええ……」エレナリアは静かにうなづいた。
「それで、俺は今日のダリオの発言で、娘は……結華はルカだとほぼ確信している……確信してしまった」シンは少し下を向いた。
「そうですか……それでなぜ何も言わずに出たのですか?」エレナリアはシンの頬に手を添えた。まっすぐに向き直させると、見つめ返した。
「……ルカが……結華が目の前にいて正体を明かさない理由がわからない……だから怖くなった……また、娘を傷つけてしまうんではないかと……」シンは顔をゆがませた。
「昔……何があったんですか?」
「……そうだな……人に話すのは初めてだし、長くなるが聞いてくれるか?」
「ええ……お願いします」エレナリアがうなづいた。
シンは話した。
若いころから粉飾決算を起こすまでの経験を、
七百日間、結華を探しながら歩いた経験を、
娘のために銀のヘアピンや一言を送った経験を、
娘の積み上げてきたものを、栄光を汚した経験を、
時間をかけてすべて話した。
エレナリアは何も言わず、ただ隣に立ってうなづいていた。
——俺が経験したこと、考えていたことをエレナリアにすべて話した。
エレナリアはすべてを聞き終えると、息を吐いた。
「……ルカがひねくれるのもよくわかります。貴方がアシェンに同情的だった理由も……それであなたはどうしたいのですか?」
「俺か……?」
「ええ……仮にルカが結華さんだったとしてどうしたいんですか?」エレナリアは再度尋ねた。
「決められていない……」シンは足元を見た。
――伝えなければいけないことは多い、伝えたいことも多い。自分がどうしたいかをまだ決め切れていない。
「……言葉は伝えなければ腐ります。私はワタルに伝えられなかった言葉があります。ヴェノルクスのような災厄が迫る中で後悔しないように、今ちゃんと考えてあげてください」エレナリアはシンの手を握った。
シンは少し考えた。考えてから答えた。
「……謝りたい」
「謝る? なぜですか?」エレナリアは手を握る力を少し強めた。
「結華が積み上げたものを汚した、向き合ってこなかった……それを謝りたい」シンはエレナリアの手を握り返した。
「……それは必要なことですが、それは違うと思います」エレナリアはシンを少しにらんだ。
「どういうことだ……」
――謝らなければ始まらないだろう……まずはそこからだ……
「娘の立場として言いますが、謝罪だけが欲しいのではないです。ただ名前を呼んで欲しいのです。向き合って欲しいのです。相手をして欲しいのです……」エレナリアはそこで目を潤ませた。言葉に詰まった。
「……愛されているという実感が欲しいのです」エレナリアは声を震わせながら続けた。
「……だが、俺にその資格はあるのか?」シンは唇をかみしめた。
「……あなたは自己評価が低すぎます。アシェンのことで私を怒ってくれました。ビアのことでロクディモフに怒っていたとも聞いています。体を張って仲間を守り続けています。行動だけでなく、言葉も伝えています。今やっていることは私たちに、仲間に響いているんですよ?」エレナリアは少しだけ口角を下げた。
「そうか……そうなのか……」シンは下を向いた。両手を握りこんだ。
「そうです……だから貴方のやりたいことがあるならやってください。ただ、私はユイカさんがルカである確信はありませんのでそこは責任を取れませんが……」エレナリアは顔を上げて会議室の方を見た。
――これは嘘ですが……今のシンには必要な嘘です……ごめんなさい……
「わかった……」
――エレナリアは確信がないといっているが、おそらく彼女はわかっているんだろう……俺に考えさせようとしてくれている。おそらく結華にも同じことをしてくれているんだろう。本当にいい仲間だ……俺たちはいい人に出会った……
シンはポケットから写真ケースを取り出して眺めた。
「結華……」シンはつぶやいていた。
エレナリアはシンがつぶやくのに気付くと、写真ケースをのぞき込んだ。遥の顔を見て眉をひそめた。
「どうした?」シンがその様子に気付いた。
「いえ……どこかで見たような顔だなと思いまして」
しばらく無言が続いたのち、二人は荘厳な絨毯の上をゆっくりと歩き始めた。
エレナリアは歩きながらあることに気付き目を見開いた。
――あの女性……ワタルに似ている。
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
ルカとシンがそれぞれ今後どう向き合っていくのかが見えてきましたね。
ダリオの人間味あふれる感じがルカとシンの心をいい感じに揺さぶってくれてます。




