第44話「Sランクたちとの邂逅――王都セントレグノ」
時は、シンと、ロクディモフがエルフの里で戦った直後までさかのぼる。
ここはグランサクレ大陸にあるエクリプスの拠点の一室。
「ひぇひぇ……シン・タキシタぁ……次に会ったら許さないぞ……聖女様からもらった法衣まで汚しやがって……」ロクディモフは息も絶え絶えだった。体中の骨が折れ、法衣も血に汚れていた。
「おやおや……ロクディモフ……帰ったんですか?」エゲツェンコが部屋に入ってきた。
「ひぇひぇ! あ……兄者……ただいま帰りました……」ロクディモフは下の方、四時の方向を見て震えていた。
「おやおや……何を震えているんですか? 四号はどこですか? あと、例のものは取ってこれましたか?」
「ひぇひぇ……例の物……魔封玉はちゃんと取ってきて……捨てて……きました……四号は……」ロクディモフは言葉に詰まった。喉が渇き、声が出なかった。
「おやおや……四号はどうしました? まさか、二号のように壊したとでも?」エゲツェンコはゆっくりロクディモフに近づくと肩を掴んだ。
「ひぇひぇ……四号は……四号は聖女様の力が解けて、逃げられました……」ロクディモフは汗をかいていた。
「おやおや……四号のスキルは大切だといいませんでしたか? 理解できてませんでしたか?」エゲツェンコはゆっくりとロクディモフの方に顔を向けた。
「ひぇひぇ……理解してました。大事に壊さないように使ってました……申し訳……ありません……兄者……」ロクディモフは上目づかいでエゲツェンコを見た。
「おやおや……十回……いや、十五回だな……やりなさい」エゲツェンコは鋭く冷たい視線でロクディモフを見た。
「ひぇひぇ! 十五ですか!? 十……いや……十二にしてください」ロクディモフはエゲツェンコに縋った。
「おやおや……十二でもいいですが……その場合は私が全力でやりますよ?」エゲツェンコはそう告げると、自分の手のひらに火炎を生み出し、ロクディモフの右腕に向けた。
「ひぇひぇ! 自分で……自分でやります! 十五やります……」ロクディモフは布切れを噛みしめ、法衣を脱いだ。法衣を丁寧に畳み机の上に置くと、黒杖を掴んだ。
火球を作り上げた。
自分の腕に打ち込んだ。肉が焼けこげる煙が室内に広がった。
エゲツェンコは興味なさげだがその匂いに眉だけひそめた。あくびをした。
涙を、鼻水を、うめき声を上げながら十五回繰り返した。
終わったころには右腕は真っ黒に焦げていた。
エゲツェンコは「おやおや、次は気を付けてくださいね」と告げると手をかざし、オレンジ色の光がロクディモフを包むと、シンに殴られた傷、自身で焼いた傷すべてがきれいに消えた。
ロクディモフの脳裏に焼き付いた痛みの記憶と、恐怖の記憶は消えることはなかった。
――――
転生八十日目。シンたちは王都に到着した。
二十日間の移動中、ブルガイとゴンジャイの修業は厳しかった。
特にブルガイは手加減というものを、母胎に置いてきたのかというぐらい苛烈であった。
「もう……無理……ブルガイさん強すぎるし、ゴンジャイさんはキャラ違いすぎだし……」ルカは全身が筋肉疲労で背伸びをするのもつらそうだった。
「オヤジは手加減とかせんぞい……いや……できんぞい……エレナや、シンは大丈夫ぞい」ボルゾイは肩を鳴らした。
「ああ……俺は大丈夫だ……」シンは剣を抜き、刃こぼれがないかを確認していた。
「私は病み上がりなので優しくしてもらいましたよ」エレナリアは、座って本を開いたまま答えた。
ビアは移動の間、修行の様子を一人眺めていたが頬杖をついて答えた。
「なんか助かったような……もったいなかったような複雑な気持ちですかね」
「情けない奴らがい。別に殴りながら回復してやったからけがはないがい?」ブルガイは手甲を調整していた。
「いや……確かにけがはないですけど……普通に怪我してから直してるんで痛いんですよ? 打ち直しの拳ってそういう意味なんだ……って思いました」ルカは、修行中にブルガイに殴られた右腕を見た。傷一つないきれいな肌だった。
ブルガイは豪快に笑った。
「いいもんは持ってるのに、過度なステータスやスキルに翻弄されて体をちゃんと使えてなかったがい。今回の調整でちったぁましにはなったはずがい。さて、そろそろ王都がい。まずはギルドに向かうがい」
王都セントレグノを囲う巨大な堀には四方に強固な石橋が架かり、聳え立つ城壁の上部には弩などの武器が設置され、侵入者を阻む威容を誇っている。一行を乗せた馬車が重厚な跳ね橋を渡り、鉄壁の守りを固めた城門をくぐり抜けると、そこにはかつての王家の威光を冒険者たちの活気が塗り替えた、広大な城下町が広がっていた。
石畳を敷き詰めた大通りには、かつての貴族が愛用したであろう豪奢な石造りの建物が並んでいるが、その一階部分は今や、無骨な武器屋や見たこともない魔獣の肉を焼く屋台に占拠されていた。行き交う人々は皆、使い込まれた鎧や杖を携え、王なき街の自由な空気を謳歌するように、喧騒という名の活気を響かせていた。
「マルクフォジオも大きい市場街だったけど、ここもすごいねー!」ルカは馬車から顔を乗り出し辺りを見回していた。
「そうですね。セントレグノはこの大陸の人口の半分が住むといわれているほど大きな都市です。様々なものがありますし、近くにダンジョンが多いので冒険者も多いのですよ」ゴンジャイは眼鏡に指を添えて説明した。
城門から真っ直ぐに伸びる大通りを抜けると、街の中央に鎮座するギルドの巨大な尖塔が見えてきた。かつては騎士団の精鋭が集ったとされるその場所は、今や世界中から集まった冒険者たちの聖地となっており、門前には依頼板を覗き込む者や仲間を募る者たちが、朝から晩まで絶え間なく群れを成していた。
「王都……という割に王城のようなものがないが……」シンは周囲を見渡した。
「ああ……今は王都といってもこの大陸に王様はおらんがい。昔はいたそうだが、今はギルドが中心になってSランクの冒険者に役割を与えて自治管理してるがい。だから各支部のギルドマスターも元Sクラス冒険者がやってるがい」ブルガイが説明した。
一行はギルドにつくと馬車を降り、中に入った。
――――
ギルドの建物はまるで城だった。
「ここは元王城だった場所がい。今はだいぶ立て直してるが、一部は昔のままがい」ブルガイが扉を開けた。
重厚な扉を開けた先に広がるのは、広大な大広間だ。頭上高くに架かる円形の天井からは巨大な魔晶石のシャンデリアが吊り下げられ、磨き抜かれた大理石の床を淡く照らしている。正面に鎮座する白亜の大階段が王家の名残を感じさせる荘厳な空間は、今や王都を守護するギルドの総本部として、静かなる威圧感を放っていた。
そこに、大量の書類を抱えた男が立っていた。男は砂色の長い髪を後ろで括り、細めた瞳に初老の枯れた色を宿す男。シンよりも一回り大きな長身とすらりと伸びた手足は、端正なギルドの正装に包まれてなお、どこか底知れぬ威圧感と、砂塵のような捉えどころなさを漂わせていた。
「あぁ……ブルガイさん、無事についたんですね。……あー、毎日毎日、仕事が山積みで嫌になっちゃうねぇ。最近は魔法教団の連中がチョロチョロするもんだから、対応が追いつかなくて本気でやんなっちゃうよぉ……」男はぶつぶつと文句を言っていた。
「スクワラ、最近はそんなに忙しいがい? こいつら、シンたちのAランク昇格の相談をしたかったがい」ブルガイがその男をスクワラと呼び顎髭を撫でた。
「おや……? 新しい冒険者かい? 私の名前はスクワラ・ヴァイゼン。これでもこの街のギルドマスターと大陸のギルドマスターの総括をやらされてるグランマスターと呼ばれてる人だよぉ……」スクワラは何度も頭を下げた。
「シン・タキシタだ」、「ルカ・クレインです」、「エレナリアです」、「ボルゾイ・グランバルトぞい」四人はそれぞれ挨拶をした。
挨拶のあとでシンは少し下を向き、ルカは苦笑いをしていた。
――こいつがグランマスターで大丈夫なのか……
――なんかダメっぽそうな大人なんだけど……
「ヴァイゼン……というとセルジアと同じ苗字だが関係あるのか?」シンはスクワラと握手をしながら質問した。
「ああ……ヴァイゼン家はもともといろんな才能のある子供たちを養子にしているからねぇ。僕はセルジアの義理の兄だよぉ。血はつながってないからねぇ。見た目も全然違うよぉ」スクワラは少し考えながら答えた。
「そうなのか……そういうこともあるのか……Aランクの試験は受けられないのか?」
「シンくんごめんよぉ……今は蝕龍の復活も近いからそれどころじゃないんだよぉ……落ち着いたら対応できるから今は待ってよぉ」スクワラは自分の体の前で手を合わせ何度もお辞儀した。
「仕方ないがい……ただ、蝕龍との対策会議にはシンたちも出席させるがい。魔法教団のロクディモフってやつとシンたちは戦って退けたがい」
「それは本当かい? いやぁすごいね……さすがは若さだねぇ……うちのリーヴァちゃんも負けてないけどねぇ」
そこに一人の若い女性がやってきた。燃えるような赤のギルド制服を纏い、耳には太陽を象ったイヤリングを身に着けていた。艶やかな黒髪を大きな二つのリボンで括ったツインテールの少女。小柄で細身な体躯ながら、腰に携えた双鞭がその練達の技を予感させていた。猛禽のごとき黄色の瞳は、爛々と輝きながら鋭く周囲を射抜いていた。
「スクワラの旦那、弱音吐くのはその辺にしときな! 頼むからもちっと気合入れてくれよ……。あんたはこの街の『顔』なんだからさ。わっちだって山ほど仕事を抱えてんだ、旦那がしっかりしねぇと、このデカいギルドは回りゃしねぇよ」その少女は快活に笑いながら近づいてきた。
「そうは言うけどねぇ……僕だっていっぱいいっぱいなんですよぉ。大丈夫、リーヴァちゃんはまだ若いんだから、気合と根性で何とかなる!」スクワラは両手を握り、リーヴァにエールを送った。
「……ったく、呆れた旦那だ。まあ、確かにわっちが動けば済む話なんだけどよ……。たまには、本気出して見惚れさせるようなカッコいいとこ見せてくれよな?」リーヴァはため息をついた。
「気が向いたらねぇ……とりあえずシン君たちを会議室まで案内してくれるかなぁ? 私は調べることあるからぁ」スクワラはそう告げるとギルドの奥に小走りでいなくなった。
「……仕方ねー旦那だな……ブルガイさん、ついてきな!」リーヴァは手を前に振って歩き出した。
リーヴァについてギルド内を歩いた。荘厳な絨毯が敷き詰められ、煌びやかな彫刻が飾られていた。
「わっちの名前は、リーヴァ・サンライト。このギルドでスクワラの旦那の秘書をやってる、年齢は十七歳で最年少Aランク冒険者でもあるんだ。よろしくな」リーヴァは歩きながら自己紹介をした。
シンたちもそれに返した。
「これから、蝕龍の対策会議で各地のSランクたちと会議をすることになってるけどよ。そろいもそろって癖の強いやつらばっかりだからまあ気負わないように頑張ってくんな!」リーヴァは大ホールの扉を開けた。
扉の奥には、セルジア、ダリオ、トビアス、ノエルともう一人、女性が座っていた。女性はどこかノエルに似た藍色の瞳を宿し、薄銀色の髪をたなびかせる小柄な女性だった。眼と似た藍色のローブに身を包んだその姿はどこか儚げだが、腕に抱えられた巨大な魔導書が、術士としての確かな重みを物語っていた。
シンとルカは静かに周囲を観察していた。
――ノエルともう一人の女性は……誰だ? よく似ている。
――あれ? セルジアだけじゃなくてダリオや、トビアスもいる……
「セルジア、フィーネ久し振りがい」ブルガイが豪快に笑った。
「ブルガイか、息災のようだな」とセルジアが挨拶を返した。
「久し振りね……いつぶりかしら」フィーネは少し疲れたような声を出した。
「さあ、立ってるのもなんだ! 皆座ってくんな! 情報交換から始めさせてもらうぜ」リーヴァが合図をすると全員席に着いた。
=============【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
ついに最終章突入です。物語も佳境ですね。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。




