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第43話「過去と向き合う日――強い娘と弱いドワーフ」

 シンはボルゾイの部屋の前に立っていた。ノックをした。


 しばらく無音が続いていた。もう一度ノックをしようと手をかざした。


「……入っていいぞい」ボルゾイが扉を開けた。目が赤かった。


「ボルゾイ、さっきは取り乱してすまなかった」シンは頭を下げ、部屋に入った。


 部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、ドワーフの体格に合わせた低重心ながらも巨大な黒檀(こくたん)のソファと、それに調和する無垢材のローテーブルだった。入り口付近に設けられたその応接セットは、訪れる者を圧倒するような重厚感を放っていた。


 その奥には、壁一面を埋め尽くすように、緻密な彫刻が施された頑強な石造りの書棚が並び、膨大な資料や革装の書物が整然と収められていた。中には聖書のようなものが集まった一画もあった。傍らに置かれた机は、金槌で叩いても揺らぎそうにないほど厚みのある硬木で作られ、使い込まれた艶を帯びていた。部屋の右手奥には、精巧な幾何学模様が彫られた厚い石扉がひっそりと佇んでいた。


「ワシに謝っても仕方ないぞい。エレナに謝るぞい」ボルゾイはソファに座るとティーカップに紅茶を注いだ。


「ほら、シンも座るぞい」ボルゾイは向かいの席に座るよう促すために紅茶を置いた。


「……ああ」シンはイスに座るとボルゾイを見た。


「何か用か……」


「……聞きたいこと、確認したいことがあるぞい」ボルゾイはシンを見つめた。


「なんだ……」シンは少しだけ体を起こし、眉をひそめた。


「ロクディモフと戦っているときに、娘がいるという話をしていたぞい」ボルゾイは顎髭をなでた。


「……ああ、そうだな」


 ――しまった……聞かれていたか……怒りのあまり失言だった……


「シンは……」ボルゾイは間を置いた。


「シンは転生者ぞい?」シンの目をじっと見ていた。


「……」シンは数瞬だけ目を瞑った。


 ――ここまで来て隠す意味はない……か


「ああ。そうだ」シンは目を開けると答えた。


「……探しているのは家族ぞい?」ボルゾイは口に手を当てて質問した。


「ああ……そうだ、娘を探している。十九歳の娘だ」


「……いろいろつじつまがあったぞい。ユイカ・タキシタさんの話をするときに言葉を濁していた意味がわかったぞい」


「すまない……」


「いいぞい……確かに転生者となると話しづらいのはわかるぞい」


「そうか……ありがとう」


「どういたしましてぞい……奥さんや、ユイカさんはどんな人ぞい」


「妻は……遥は言葉の少ない俺をいつも支えてくれた。架け橋のような人だ。笑顔が素敵だが、家族のために無理をする人だった……結華は努力ができる子で強い子だった……いや、本当は弱音を吐きたかったのかもしれない。強い子だと思い込んでいた……今ならわかる」


 ――ボルゾイが、エレナが、ブルガイが、アシェンが親子の姿を見せてくれたから……


「見つかるといいぞい……」


「ああ……」シンは写真入れを取り出すと開いて眺めた。


「それはたまに開いとるがなんぞい?」


「ああ……これか……家族の写真だ、なぜかこれだけはこの世界に持ってこれた」


「ちょっと見せてほしいぞい」


「ああ……」シンはボルゾイに写真入れを手渡した。


「ぶはッ! シンが……シンが老けてるぞい! あとこっちのきれいな人がハルカさん、こっちの可愛らしくて元気に笑っている子が結華さんぞい?」ボルゾイは写真入れを受け取ると吹き出した。


「ああ……そんなに笑わなくてもいいだろう」シンは、目を伏せた。


「すまんぞい……ところでシン、オヌシこの写真を見て何かに気付かんぞい?」ボルゾイは写真入れをシンに手渡した。


「何かあるのか……?」シンは写真入れを受け取ると、写真をまじまじと眺めた。


「いや……わからんならいいぞい」ボルゾイは息を吐いた。


 ――市場で見たルカの笑顔がユイカさんとおんなじぞい……シンはなぜ……これに気付かんぞい……


 ボルゾイは目頭を押さえると天井を見た。


 ――ルカはどうして自分が……娘だと明かさんぞい……二人に何があったぞい……いや……二人の問題ぞい……


 シンはその横でじっと結華の写真を見つめていた。


 シンはゆっくりと写真入れを閉じた。


 胸ポケットに戻すとき、手が一瞬止まった。


 ――空手の構えや技、押忍という掛け声、銀のヘアピン、ロクディモフの戦いの際に見た足跡……まさか……な……


 ―――――


 シンはその後、軽く会話をしたのち、ボルゾイの部屋を出た。


 ルカがボルゾイの部屋を訪れていた。


「ボル爺、いる?」ルカはノックをしながら声をかけた。


「おお? ルカぞい? 入っていいぞい」


「急にごめんね……なんかアシェンの件があって大丈夫かな?って思って」ルカはソファに腰掛けながら伝えた。


「おお……それはすまんぞい……」ボルゾイはルカの前に座った。


「それでね……ちょっと聞きたいんだけど……」


「なんぞい?」


「ボル爺は昔何かあったの? アシェンがエレナを助けるとき止めようとしてたよね? でも、やめて泣き始めた……何かあったのかなって……いつも明るいボル爺にしては珍しかったから……話くらい聞けないかなって……思ったの……」


「……ルカは優しいぞい……強くて優しいぞい……」


「強くなんかないよ」


 ――強い子だって。あいつが言ってた。


「いや、今回はよくエレナを守ったぞい、強い子ぞい」ボルゾイはルカを撫でた。髪型が崩れるまで撫でた。


「もう……力強すぎるよ……もうちょっと優しくしてよ」ルカは髪の毛を整えた。


 ――昔……あいつに頭を撫でられてた気がする。あの時のあいつは笑ってた……気がする……ブルガイさんとボル爺みたいに……二人で笑ってた気がする……


「すまんぞい! シンは昔そうだったぞい?」


「多分……そうだったと思う。よく覚えてないけど……ってええ!?」


「今更隠そうとしても無駄ぞい……ロクディモフと戦った時にお父さんって言ってたの聞いたぞい」


「え……? 私そんなこと言ってた?」


「言ってたぞい。ビアとシンを見つめながらつらそうな顔してたぞい」


「あー……あの時か……あーでもどうしよう、私わかりやすいのかな。エレナは……カルラさんからだし、ビアにもばれたし、ボル爺にまで……これで知らないの本人くらいなんだけど……」


「それはさすがに隙がありすぎるぞい……」


「いや……我ながらそう思うよ」


「ルカは……ルカはどうしてシンに自分が娘だって言わないぞい?」


「えっと……なんて言ったらいいのかな」ルカは少し首を傾げた。


 ――ボル爺にもいろいろ聞いてもらったしちゃんと伝えないとな……


「……正直なところ理由はよくわかんない。言いたくないの」ルカは目を伏せながら言った。


「どういうことぞい?」ボルゾイは目を丸くした。


「昔、あいつが犯罪を犯して、犯罪者の娘って言われた。周りに虐げられて、武術を学んでたことも全部否定された。それであいつを恨んだ」ルカは淡々とした口調で話していた。


「お母さんが亡くなった後、あいつが全くお母さんが死んでも悲しまないし、私のこともどう思っているかわからないし、家に一緒にいるのが嫌で家を出たの。それで、二年くらい夜の街をさまよって、用心棒みたいなことして生活してた」


 ルカがそこまで話すとボルゾイが間に割って入った。


「ちょっと待つぞい……見た目の割に苛烈(かれつ)な子だったぞい?」


「見た目って? どういうこと?」ルカは身を乗り出した。


「シンが……シンが、家族の絵を持ち歩いてるぞい……」ボルゾイは頬を掻いた。


「え? あっちの世界での私の顔見たの?」


「ああ……見たぞい。可愛らしい顔だったぞい……その子がまさか用心棒とは……世も末ぞい」ボルゾイはため息をついた。


「あ……ははは……もうなんかどうでもいいや。全部話そう。それでね。お母さんの命日。亡くなった日に家に一度かえったの。そしたらあいつがいた。二年間探さなかったことに対して怒りをぶつけたんだけどね。実はあいつは毎日探してた。毎日連絡もしてたの。それを受け取らなかったのが私だった」


「だからね……だから……私、どんな顔してあいつと話していいかわからなくて、こっちの世界に一緒に来ることになったんだけど、顔も名前も変えたの。でも、離れるのも嫌で、よくわからないんだけど、あいつを探して、ここまで来たの」


「……ルカはどうしたいぞい」


「わからない……いや、今まではわからなかった。でも、エレナやアシェンさん、ボル爺やブルガイさん、アルノさん、ゴンジャイさん、皆のことがあったから今はちゃんと……」


 ――言っていいのかな……でも……ボル爺だから……


「……その……お……お父さんって呼びたい。謝りたいって思う」


 ボルゾイはそれを聞いて目を細めた。


「そこまで考えてるなら大丈夫ぞい……そのうち言えるぞい。前にぽろっと出たみたいにいえるぞい」


「そうかな?」


「そうぞい」


「やっぱり早いね。『芯まで熱した鉄に、迷いの一打は無用』だっけ」


「そうぞい。だから言えるぞい」


「……そっか。そうだよね。ありがとう! ボル爺!」ルカは笑った。満面の笑みで。写真の時と同じ笑顔だった。


「どういたしましてぞい」


 ――どうしてシンはこの笑顔に気付かんぞい……いや、ルカがシンの前で笑ってないだけぞい……難しい親子ぞい……


「ルカ……ワシの話も聞いてくれるぞい?」


「え……いいけど……ボル爺はいいの? つらくない?」


「それを聞きに来たんぞい?」


「まあ……そうなんだけど、聞けると思ってなかったから……」


「今は話したい気分ぞい! 実はワシは結婚してるぞい。正確には結婚してたぞい」


「え……そうなんだ……」


 ――してた……ってことは離婚……じゃないよね……そういうことだよね……


「ルルナノという幼馴染ぞい。生まれたときの付き合いだったぞい。ずっと一緒に遊んで、気付いたら付き合って、結婚してたぞい。それくらい一緒にいるのが自然で当たり前だったぞい」ボルゾイは窓の外を眺めた。


「素敵な話だね。私には恋人らしいものは空手……武術くらいだったからよくわからないや」ルカは頬を掻いた。


「ルカもそのうち恋もするぞい。おっと話がそれたぞい。それで、二人で幸せに暮らしてたぞい。でもある日、毒蛇の大きな魔物が家に来て、ルルナノが噛まれてしまったぞい……」ボルゾイは目を伏せた。息を吐いた。


「蛇は追い払ったぞい。でも毒の周りが早く、治癒魔法では追い付かなくてルルナノが助からなかったぞい……ただ、回復魔法のおかげで安らかな眠りだったぞい……」ボルゾイは目を閉じた。指が震えていた。


「それで……ワシは魂の灯火というアシェンが使ったスキルをつかったぞい。どうなったと思うぞい?」ボルゾイは顔を上げた。ルカを見た。


「え……アシェンさんが使ったスキルなら助かった……んじゃないの?」ルカは少し、目を泳がせた。


 ――でも……今もルルナノさんはいない? どういうこと……?


「……結果は最悪だったぞい。こんな残酷なことが……あっていいかと思ったぞい」ボルゾイは手に力を込めた。


「……」ボルゾイは指が白くなるまで力を入れた。


「結果は確かにルルナノは生き返ったぞい……」


「生き返って……また……」ボルゾイの眼から涙が語ぼれた。


「その数分後に毒で亡くなったぞい……」


 ボルゾイはティーカップに手を置いたまま、しばらく何も言わなかった。


「ワシは……ワシはルルナノを、最愛の人を助けようとして二度……二度死なせたぞい……しかも二度目は魔法力がなくて治癒ができなかったぞい……ルルナノは血を吐きながら苦しんで死んでしまったぞい……」ボルゾイはうつむいた。


「……」うつむいて動かなくなった。


「そ……そんなことって……」ルカは立ち上がり、ボルゾイの隣に駆け寄った。。


「ボル爺……つらい話をしてくれて……ありがとう……ごめんなさい」ボルゾイの隣に座り、手に指を添えた。


「残念ながら……話はまだ続くぞい……」ボルゾイは鼻をすすると顔を上げた。


 ボルゾイはおもむろに上着を脱いだ。


 急なことだったのでルカは目を背けた。


 背けたがボルゾイが体の向きを変え、ルカに背中を見せたとき、ルカは目を見開いた。


 ボルゾイの背中を見て絶句した。


 背中にひびが入っていた。


 ルカは思わず手を伸ばしかけた。触れていいものかわからずすぐ手を引いた。


「魂の灯火の代償ぞい……魔法力が足りなくて生命力を転嫁してこうなったぞい……」


「しかも……」


「この魂の灯火というスキル。使うたびに消費する魔法力が増大するという代物ぞい。術者は数回使うと確実に命を落とすぞい……」


「あれ以来、ワシは一度も使ってないぞい。仲間を二度死なせるのが怖くて、自分が死ぬのが怖くて使えんぞい……」ボルゾイは服を着ると、ソファに深く腰掛けた。


「……使わなくていいよ。私がみんなを守るから……強くなって守るから……だから」ルカは涙がこぼれても気にしなかった。


「だから……ボル爺は死んじゃダメだよ……? 私ボル爺を家族みたいに思ってるから死んでほしくない」ルカはボルゾイの手を握り、目を見ていた。


「ああ……大丈夫ぞい……ワシは多分怖くて使えんぞい。弱い男ぞい」ボルゾイは天井を見た。


「そっか……弱い男のままでいてくれる?」ルカは口角を上げた。涙は止まっていなかった。


「……変なお願いだけどそうするぞい……」ボルゾイはため息をついた。


 ボルゾイとルカは泣きながら笑っていた。しばらくその声は続いた。


 ―――――


 転生六十一日目。ブルガイに呼ばれ五人は集まっていた。


「皆、大変だったがい。ボルゾイから状況は聞いとるがい。特にビア……オヌシは本当に無事に戻れてよかったがい。最悪命を落とすこともあったがい」


「そうですかね……そこは不幸中の幸いですかね。散々な目にはあいましたが……」


「まあ、しばらく王都で休むといいがい」


「今回の魔法教団の動きの件もあるし、蝕龍の復活の件もあるがい。ワシとゴンジャイも王都に向かうことになったがい。グランバルトから王都までは馬車で二十日はかかるがい。これから戦闘も苛烈(かれつ)になる可能性が高いがい。同行しながらオヌシたちを鍛えてやろうと思うがい」


「ブルガイさんとゴンジャイさんって戦えるの……?」ルカがボルゾイに耳打ちをした。


「何言っとるぞい……オヤジはSクラス冒険者、ゴンジャイも準SクラスといっていいAクラス冒険者ぞい……」ボルゾイがルカの方を見た。


「そ……そうなんだ……」


「二人ともちゃんと話をきかんがい!」ブルガイがルカとボルゾイを見た。


「は! はい」「ごめんぞい」


「それで一つだけ手続きを進めて王都に向かうがい、全員を今回の件でBクラスに昇格させるからギルドカードをゴンジャイに渡すぞい」


 ボルゾイと、エレナリアとビアはギルドカードをゴンジャイに渡した。


 ルカはギルドカードを見つめると手に握りしめ、魔力を込めた。


「エレナ見て! ひねくれ者がLV1になってる!」ルカはエレナリアを手招きした。


 ――これで最後? それとも……LV0になるの?


 エレナリアはギルドカードをのぞき込んだ。


「ホントですね……また下がりましたね」


「今回もいろいろあったからね。エレナよりLV低くなっちゃったかも?」ルカはエレナリアの方に向かって微笑んだ。


「もう……そういういい方はやめてください……もう今は大丈夫です……」エレナリアはシンの方を一瞥した。


 シンはそのやり取りを尻目に同じようにギルドカードに魔力を込めた。


 スキル名:仲間思い LV8 効果  :大切な者への想いが、力となる。

 ——守ると決めた者のために、限界を超える。      

 ——最後の時に、???????????

 サブスキル:《庇護の本能》《守護の盾》《繋がりの明光》《想いの奮起》

      《決死の剣》《軌跡の模倣》《????》《????》


 ――仲間思いがLV8になっている……しかも????が数が増えて表記が増えているだと……繋がりの残滓が……感情を感じていたスキルが、繋がりの明光に名前が変わっている……心の声が聞こえたやつか……軌跡の模倣はスキルを借りたもの……最後の時に……どういう意味だ……死ぬときか……スキルLV10になった時か……他には……? 何が原因だ……?


 シンは心の中でこの数日間のやり取りを反芻(はんすう)していた。多くのことが起きすぎて自分が何を得て、何を失っているのかはわからないままだった。


 ―――――


 翌日から、馬車での移動が始まった。ブルガイとゴンジャイは道中も容赦がなかった。王都まで、二十日間。

 =============【作者より】


 読んでいただきありがとうございます。


 徐々に仲間たちに自分たちの存在がばれていくシンとルカ。


 心の成長に合わせて距離も短くなっていますね。


 王都に行って何が起こるのか、引き続きお楽しみください。

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