第41話「伝わらない心――仲間がつなぐ心」
転生六十日目。シンは見慣れぬ天井を眺めていた。磨き抜かれた石材が、鈍い光を返す滑らかな天井だった。
シンたちが、グランバルトについたのは前日の深夜で、ゴンジャイの案内で各自は部屋で休憩を取った。
エレナリアは相変わらず眠り続けていた。あれ以来まだ一度も目が覚めていない。
ビアもまだ体調が芳しくなく、眠っている時間の方が多かった。
シンはベッドから起き上がり、身だしなみを整えると、食堂に向かった。
―――――
食堂にはすでにルカが座っていて食事を取っていた。
「おはようございます、シン様。お好きな席にお座りください」ゴンジャイが物腰柔らかく、シンに声をかけながらルカに紅茶を入れた。
「ああ、おはよう」シンはルカの正面に座った。ルカはシンの方を一瞬見たが、目線が合うとそらした。
「おはよう……」ルカはゴンジャイに紅茶のお礼を会釈でしながらシンに声をかけた。
「ああ……おはよう。早いな、眠れなかったのか?」シンはルカの方を見ていた。
――ルカと二人か……珍しいが……何を話せばいい……
「ううん……今来たところ」ルカは紅茶を一口飲んだ。
――なんか、いろいろあったせいですごく気まずいんだけど……ボル爺早く来ないかな……
「……」二人の間にそれ以上の会話はなかった。黙々と朝食をとっていた。
静寂に耐えかねたのはルカの方だった。
「ボル爺、あ、ボルゾイはまだ起きてこないの?」ルカはゴンジャイの方を見て尋ねた。
「そうですね……起きてはいらっしゃるのですが朝食はいらない……とおっしゃっておりました……まだ休んでおられるようです」ゴンジャイは珍しく歯切れの悪い声で答えた。
「そう……大丈夫かな」ルカは目を伏せた。
「ボルゾイ様のお部屋は、皆様の客室の反対側ですのでよろしければあとでお声がけしてみてください。予定はないはずですので……」ゴンジャイは両手を後ろで組みなおした。
「わかった。ありがとう。行ってみるよ」
「エレナとビアの様子はどうだ?」シンは、ゴンジャイの方を向いた。
「ビア様は、メイドの話によると起きているようですが、まだお休みになっておられます。エレナリア様は依然意識は戻らないようです……」ゴンジャイは、自分のブーツの先を見ていた。
「そうか……」シンは、ルカの方を見た。
「エレナが無事でよかったな……だが、父を失ったショックは大きいはずだから目が覚めたらルカが支えてやってくれ」
「わかってるよ。話を聞いて、泣くのに付き合ってあげることしかできないと思うけど……」ルカは目を伏せた。
「シンは……アシェンの気持ちはわかるの?」
――同じ父親として、アシェンの行動はどう映ったの?
「……想像はできるが子どもがいるわけではないから正直よくわからない」
――子どもはいるが、年頃以上の娘のことがわからないというのは事実だ……だが……娘を守る親の気持ちは痛いほど……わかる……
「そうか……そうだよね」
――まあ……そういう回答になるよね……こういう聞き方はずるいの……かな?
その後はまた静寂が訪れた。食器の音だけが響いた。
しばらくその音が続いた。
ルカは食事を終えて、立ち上がりシンに声をかけた。
「……ねえ……聞きたいことがあるんだけど」
「ああ……なんだ?」シンは手を止めた。
「ビアさんとのことはどう思ってるの? いきなり目の前で、こっちがお腹いっぱいになりそうなことしてたから気になるんだけど」ルカは少し眉をひそめていた。
――お母さんが亡くなって二年も経つとはいえ……はっきりさせておきたい……
「大切な仲間だと思っている……」シンは目を伏せて答えた。
――嘘ではない……
「いや……そういうことじゃなくて……男女としてどう思うか、どうするかを聞いてるんだけど……」ルカは指で机をたたき始めた。
――正直に答えられてもムカつく気がするけど、煮え切らないのももやもやする……
「……わからない」シンは目を伏せたまま答えた。
――どうすべきかがまだ決められない……いや、答えは出ている。ビアは娘のようなものだ……
「わからない……ってどういう意味? いや、言葉の意味は分かるんだけど」ルカは指を止めた。
――私と変わらない若い子とキスして……どういうつもりなのよ?
「どうすべきかがわからない……」シンは拳を作り、握りしめた。
「はぁ!? あんた、キスまでしといてどうすべきかわからないなんて! どういうつもりなのよ!?」ルカはテーブルを両手でたたいた。
「……」シンは皿の上の料理を見つめることしかできなかった。
「最っ低ぇー……あんた女心なんだと思ってるの! エレナを助けてくれたことはありがとうだけど、ビアさんに対しては最低じゃない! 仲間思いじゃなくて女たらしの間違いなんじゃないの!?」
ルカは、ゴンジャイを一瞥して「ごめん、ゴンジャイさんごちそうさま。ボルゾイの所に行くね」というと、扉を閉めて出て行った。
シンは座ったまま動かなかった。
「……シン様……お茶のおかわりはいかがですか」ゴンジャイは少し間をおいてからシンのそばに来た。
「……すまない」シンは顔を上げるとポケットから写真入れを取り出しじっと見ていた。
――何と答えればよかったんだ……遥……俺はどうしたらいい?
しばらくして、扉が大きな音を立てて開いた。
「どうしました? 騒々しいですよ」ゴンジャイが眼鏡に右手の中指を添えて答えた。
「申し訳ありません……」メイドは深々と頭を下げた。
「エレナリア様がお目覚めになりました……ただ……その状態が良くなくて……早く来てください!」
「なんだと……」シンは立ちあがった。
ゴンジャイは扉の方にゆっくりと歩き始めた。
―――――
ルカは廊下に出るとボルゾイの部屋に向かっていた。
――あー……最悪……話を振るんじゃなかった。もっとまともな答えが返って来るかと思ったのに、こともあろうにわからないって……お母さんも、ビアさんも何がよくてあんなのと……
階段を上がり客室とボルゾイの部屋に繋がる大きな廊下に差し掛かったところで、よろよろと扉を開け、壁に手を突きながら部屋を出てくる人影を見つけた。
「あ……ビアさん、おはようございます」ルカは若干歩く速度を落とした。ビアに近づいた。
「ルカさん……おはようございます……迷惑かけましたかね……傷は大丈夫ですか?」ビアは少し青い顔でルカの方を見た。
「私は大丈夫……それより、ビアさんも大変……だったね」ルカは目を伏せた。
――私なんかよりひどい目にあってる……絶対……ロクディモフ……!
「……そうですかね……いろいろ大変でしたかね、でも……」ビアは息を吸った。
「シンさんがいるから大丈夫ですかね……」ビアは目じりに涙を浮かべていた。
「……」ルカはビアの顔を見た。
少し間を置き、ビアの手を掴んだ。
「ちょっといい?」ルカはビアの手を引くとルカの部屋に入った。
「きゅ……急にどうしたんですかね……?」ビアは引かれるがままについていった。
ルカは部屋の奥に歩いて行った。
ソファの上のクッションをどけた。
ビアは入り口でその背中を見ていた。ルカの足元をじっと見ていた。
「座って……話がある」ルカはソファを指さした。
「ちょっと怖いですかね……」ビアは恐る恐るソファに腰掛けた。
「こんなこと聞く立場じゃないかもしれないけど、あいつの仲間だから確認しておきたいの。シンと今後どうしたいの?」ルカはビアの顔を見ていた。
――確認したいのはほんと……あいつの娘として……
「……どうにもできないですかね」ビアは天井のシャンデリアを眺めていた。目には大粒の涙がたまっていた。
「どうにもできない……? どういう意味なの?」ルカは目を丸くした。
――わからないとか付き合いたいとかじゃなくて?
「ルカさんが何を心配してるかはわからないですかね……でもシンさんは私のことを恋愛対象とは見てないですかね」ビアは涙をためたままルカを見た。
「そんなことわからないでしょ?」
「わかりますかね……」ビアは下を見た。
「……なんで?」ルカは眉をひそめて、前に少し乗り出した。机に肘をついてビアを見た。
「……あのキスの時、シンさんの声が聞こえたですかね……」ビアは下を見たまま、テーブルの木目を指でなぞりながら伝えた。
「……」ビアは少し息を吐いた。深呼吸をした。
「ビアは……この娘は今拒絶したら壊れてしまうって……仲間として守らなくてはいけない……って」ビアは口を押さえて泣き始めた。
「え……それって……」ルカも口を押さえて下を向いた。
――また……やってしまった。あいつの態度はそういうことだったんだ……私……最低だ……最低なのは私だ……
「あと、娘が同じ目にあったらって……奥さんにも謝っていたですかね……かなわないですかね……そんな人には……恋愛感情が伝わると思わないですかね……私のことは女としてみてないですかね……」
ルカはその言葉を遮るように質問した。
「ちょっと待って……娘や奥さんってどういうこと?」
――あいつ……カルラさんといい、ビアさんといいべらべらしゃべりすぎなんじゃないの!?
「そのままですよ。シンさんは転生者でした。元の世界に奥さんがいたそうです。娘さんは結華さんといってこちらにきているようですよ」
「転生者って、あの別の世界からきてスキルやステータスが高いっていう? シンってそうだったの……? 知らなかった」ルカは下を向いて目をそらしながら答えた。
「ええ……そうですかね、しかしルカさんは容赦ない人ですかね……大変な目にあった上に失恋してる人間にこんなことして……」
「ご……ごめんなさい」ルカは急いで頭を下げた。
「私からも意地悪していいですかね?」ビアは唇に指をあてた。
「……ダメとは言えないです」ルカは顔を上げて上目づかいでビアを見た。
「フフフ……」ビアはルカの近くに顔をよせた。
「ユイカさんはいつシンさんに自分のことを話すんですかね?」ビアはルカの耳元でささやくように質問した。
「え……? 今なんていったの?」ルカは目を丸くした。耳を押さえて、半歩後ろに下がった。
「ルカさんは、滝下結華さんはいつ伸二さんに本当の自分のことを話すんですかね?」ビアはルカを追いかけるように半歩前に出て耳元でささやいた。
「なんでわかるの!? まさかあいつに聞いたの!?」ルカは耳をふさぐように手をかざすと、二歩下がった。
「あれ……当てずっぽうだったですかね。下手な鉄砲数うちゃ当たるといいますが一発一中でしたかね」ビアは目を丸くしたあとで、口角を上げた。
「え……はぁ? はぁあーッ!? ちょっと何よそれ! ってかそもそもなんでわかったの!?」ルカはビアに指を突きつけながら上下に振った。
「歩き方ですかね……」ビアはわざとらしく足を上げて歩いた。
「歩き方?」
「家族や兄弟って体のつくりが似てるから歩き方が似てくるんですかね。さっき部屋の中を歩いてるときの姿がシンさんそっくりだったので聞いてみたですかね? 当たりでしたかね」ビアは口に手を当てて隙間から歯を見せた。
「だから、今の気持ちを正直に話したですかね。シンさんが大切で探しているっていう本人にはちゃんと伝えたかったですかね。こんな汚れた私に優しくしてくれたシンさんに……」ビアは言葉に詰まった。
「……シンさんの家族には誠実でいたい。誠実でいたかったんです。そうじゃなきゃ私は……私は……」ビアの目に再び涙がたまっていった。
こぼれ落ちた。
ビアの言葉はそれ以上続かなかった。
「ごめん、ビアさん、ホントごめん……」ルカもつられて涙を流した。
不器用な父親が愛した二人の娘たちの泣き声が重なり響いていた。
――――
シンはゴンジャイに連れられ、エレナリアの寝室に来ていた。
「エレナリア様、失礼いたします」ゴンジャイが扉を開けた。
シンとゴンジャイは部屋の中の光景を見て絶句した。
家具が凍り、
カーテンが裂け、
数刻前までは部屋を彩っていた花々が無残に散っていた。
その中央には、はだけた寝間着姿のまま叫ぶ銀髪のエルフがいた。
「なんで……なんで……! なんで私が生きているのよーーーーッ!」
エレナリアが半狂乱となり、
部屋中のものを破壊しつくしていた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
シンが語れない言葉をビアが代弁してルカに伝えました。
エレナリアは父の不器用な愛を認められず、依然話した通り呪いのように受け止めています。
次回シンはエレナリアに父の立場として何を話せるのでしょうか。




