第38話「禁じられた力――操られた斥候の少女」
「さあ、こっちですかね」
ビアがシンとボルゾイの前に立ち、先を進み始めた。
「セルジア達はどこにいるぞい?」
ボルゾイがビアを追いかけた。
「んー……仲間はすぐそこですかね。目と鼻の先といいますが、鼻の先までだとちょっと登った感じになりますが、道は平坦ですかね」
ビアは少し上を向いて考えながら答えた。
「そうか……」
シンはビアについていった。
少し歩くとビアが頬を緩ませた。
「ああ……いましたかね」
ビアは何かを見つけて跳ねるように駆けて行った。
その先には黒いローブを身に着け、緑色の宝玉がついた杖を持っている男がいた。ロクディモフだった。
「ビア! ダメぞい! そいつに近づいては危ないぞい!」
ボルゾイが血相を変えた。
「……ロクディモフ!」
シンはロクディモフをにらんだ。
ビアはロクディモフの右腕に自分の腕を巻き付けるとシンたちを見た。
「えー……何言ってるんですかね? ロクディモフ様はとてもやさしい人ですかね? 何もわからない私にいろいろ教えてくれたですかね?」
「な……何を言っている……」
シンは目を見開いた。
「ひぇひぇ……シン・タキシタぁ。四号はとてもかわいい子だよ。言いつけを守ってボクのために尽くしてくれているよ」
ロクディモフはビアの頬に顔を近づけ、舌でなめた。
「ロクディモフ様……こんなところで恥ずかしいですかね……」
ビアは頬を赤らめた。
「ひぇひぇ……いいじゃないか、見せつけてやれば……」
シンもボルゾイも動けなかった……目の前の光景の意味が理解できなかった。
「ロ……ロクディモフ……貴様……貴様ビアに何をした!」
シンはロクディモフをにらんだ。
「ひぇひぇ……ボクの高貴なる力……といいたいところだけど、ボクの麗しき聖女様の力で四号の悪い心を清めてもらったんだ。これで四号はボクの言うことならなんでも聞いてくれるよ? なぁんでもね……」
ロクディモフはビアの尻を撫でながらシンたちをなめるように見た。
「やめてください……恥ずかしいですかね……」
ビアは目を伏せた。
「……ッ!」
シンは駆けた。剣を抜き、ロクディモフに切りかかった。
ビアがロクディモフの前に立った。
「シンさん、何するですかね。ロクディモフ様が危ないですかね」
ビアはシンをにらんだ。
「ぐっ……ビア! 目を覚ませ……」
シンはビアの顔を見た。ビアの目は、緑の目は、黒く淀んでおり焦点が合っていなかった。
「ひぇひぇ……シン・タキシタぁ。武器を捨てろ。そっちのドワーフもな」
ロクディモフが手を上げ合図をすると、ビアは腰の短剣を抜き、自分の喉に突き付けた。血が一筋、首筋に垂れた。
「ひぇひぇ……ほら、四号はシン・タキシタの大事な仲間なんだろぉ? 仲間を守るカッコいい勘違い男のシン・タキシタぁ……」
ロクディモフは舌を出してシンの顔に近づけた。顔に息がかかる距離だった。
「ぐっ……」
シンは腰の剣を地面に置いた。
「こいつ……腐ってやがるぞい……」
ボルゾイも、髭の中に隠したハンマーのモチーフを武器に変え、地面に投げた。
「ひぇひぇ……ドワーフ風情がボクになんて口をきくんだ? 素直で純粋だといえ! この馬鹿が!」
ロクディモフはボルゾイが捨てたハンマーを手に取りボルゾイを殴った。ボルゾイの頭が割れ、血が噴き出た。
「ぐっ……」
ボルゾイは唇を噛んでいた。膝をついてロクディモフとビアを見上げていた。
「ビア……ワシらがわからんぞい……?」
「わかりますかね。シンさんとボルゾイさんですかね。私の仲間だった人ですかね」
ビアは淡々と答えた。
「だった……ぞい?」
ボルゾイはビアを見た。
「ええ……今は私はロクディモフ様、高貴なるロクディモフ様の道具ですかね」
ビアはロクディモフの後ろから腰に手を回した。
「……」
ボルゾイは下を向いた。涙を流していた。鼻水にまみれていた。
「ひぇひぇ……汚いドワーフだなぁ……全くもって汚いなぁ」
ロクディモフがハンマーを振りかぶった。
シンがボルゾイの間に立った。白く光り、ロクディモフが振り下ろしたハンマーをはじいた。
「ひぇひぇ……シン・タキシタぁ……お前はあとでじっくりと思ってたんだがなぁ……ボクの邪魔は許さないよ! 二号をお前が壊したせいで、兄者にこっぴどく怒られたんだからな!」
ロクディモフはわなわなと震えていた。ローブの袖の中に見える腕にはやけどのような跡があった。
ロクディモフはハンマーを振りかぶると何度も打ち下ろした。
「これは二号の分! これはボクの分! これもボクの分! これもボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分! ボクの分だぁ!!!!」
ロクディモフはシンの体をハンマーで殴り続けた。途中で白い光が消えて、あたりに鈍い音と水が飛び散る音が響き始めた。
しばらくしてシンがゆっくりと崩れ落ちると、ロクディモフはボルゾイを見た。
「ひぇひぇ……汚いドワーフだな」
―――――
エレナリアとルカは鈍い音のする方向に走った。
森の木を抜けて広場に出たとき、エレナリアは目を見開いた。
血まみれのハンマーが地面に落ちていた。同じように血塗られ、両腕が無残にひしゃげたシンが横たわり、ボルゾイが膝をついてロクディモフを見ていた。
「シン! ボルゾイ!」
エレナリアはルカの前に立つと叫んだ。
「嘘……またあいつなの」
ルカは顔面を蒼白とさせ、唇を噛んだ。血が一筋垂れた。
——ボル爺も、あいつも生きてるの……? 大丈夫……なわけない……腕があんなに……
ルカはロクディモフとビアを見て目を拭った。拳を握った。
——死なせないために、戦わなきゃ……もうあんな……アルノさんの時みたいな、お母さんの時みたいな思いは嫌だ!
そして叫んだ。
「ああああああぁーーーッ!」
ルカは走った。ロクディモフに向かって拳を振るった。
ビアが間に立った。ルカは拳を止めなかった。ビアの体に拳がめり込んだ。
「ぐっ……」
ビアは膝をついた。
「あなた……誰だか知らないけど……そんな男についてちゃダメだよ」
ルカはビアを見た。拳を握りこんだ。
「だ……ダメぞい……その子はビア……ワシらの仲間ぞい……」
ボルゾイが息も絶え絶えに答えた。
「う……嘘……仲間なのにどうしてボル爺たちがこんな目にあうの……」
ルカは目を泳がせた。
「多分、洗脳か何かだと思うぞい……ロクディモフが言っていたぞい……」
ボルゾイはそう告げると崩れ落ちた。
「そ……そんなことってあるの……」
ルカはビアの方を見た。
——仲間!? 仲間だったらどうしたらいいの?
「洗脳だなんてそんなことないですかね……真実を知っただけですかね……」
ビアはゆっくりとルカに近づいた。
「こ……来ないで……」
ルカは一歩後ろに下がった。
——敵じゃない!? 殴ってもいいの……?
「下がりなさい」
エレナリアが静かにビアに告げると、右手に風が音を立てて渦巻き集まり始めた。
「仲間ということですが、私は容赦しませんよ。ルカから離れなさい!」
エレナリアはビアをにらんだ。
「ひぇひぇ……六号……お前は本当にかわいいなぁ。気が強くて生意気で。いじめがいがありそうだなぁ」
ロクディモフは舌なめずりすると懐から暗い藍色の宝玉と、裏面に大樹が象られた手鏡を取り出した。
ロクディモフはエレナリアに手鏡を向けて、宝玉に魔力を込めた。
「な……それはなぜお前が?」
エレナリアはロクディモフが手に持った手鏡を見ていた。
宝玉が淡い藍色に光るとその光がエレナリアを包んだ。
途端に風の渦が霧散した。
ビアはゆっくりとルカに近づくと、ルカの腕をナイフで切った。
「ううっ……」
ルカは腕を押さえた。
「くっ……」
エレナリアはルカの方を一瞥して、手をかざして再度風を集めようとした。
氷を創ろうとした。
しかし、何も起こらなかった。
「ひぇひぇ……無駄だよ。兄者がこの宝玉を取って来いって言ったから、四号に取ってきてもらったんだ。でもせっかくだから再利用しようと思ってね。六号の魔力を封じられないかなと思って……僕は賢いからねぇ」
ロクディモフはゆっくりエレナリアに近づいた。
「ひぇひぇ、予想以上にうまくいったみたいだねぇ」
「鏡はどうやって手に入れたの……? カギがかかっていたはずよ」
エレナリアが睨んだ。
「ひぇひぇ、そんなもの四号が外したよ。手鏡は六号の魔力を封じるために必要だからねぇ」
ロクディモフがエレナリアのそばに近寄ると頬を撫でた。
「触らないで……」
エレナリアはロクディモフの頬をはたこうとした。
「ひぇひぇ……魔法が使えない六号は本当に可愛いなぁ」
ロクディモフはその腕をつかむとひねり上げて、頭を地面に打ち付けた。
「ああッ!」
エレナリアは顔をゆがめた。
「ひぇひぇ……五号の様子をみて来るから大人しくしてるんだよ。あとでかわいがってあげるから」
ロクディモフはゆっくりとルカに近づいた。
「くっ……」
ルカは立ち上がるとロクディモフに向かって走り、前蹴りを放った。ロクディモフはその足を掴むと、下でなめた。
「ひぇひぇ……五号は元気だなぁ」
ロクディモフはルカのすねに杖を打ち付けた。
「痛ッ!」
ルカは地面に転がった。ロクディモフはルカの腹を踏みつけた。
「ひぇひぇ……足癖が悪いのはいただけないな」
ロクディモフはルカの足を杖でたたいた。何度も両足をたたいた。骨が砕ける音がした。
「ああああッ!」
ルカは足を押さえた。反射的に涙が出ていた。
「ひぇひぇ、いい声で泣くなぁ……教育するのが今から楽しみだなぁ……」
「……」
エレナリアはふらふらと立ち上がった。シンを見た。ボルゾイを、ルカを見た。
エレナリアはため息をついた。
ロクディモフとビアを見た。
「ビアさん……貴方に恨みはありません。むしろ洗脳などされて可哀そうだと思います」
「ただ、私は私が仲間と思う人を守ります。私にはそんな力しかありません。恨んでくれて結構です」
「ひぇひぇ……? 六号は何を言っているのかな? 魔法が使えなくて何もできないくせに」
ロクディモフが下卑た笑いを浮かべた。
「私のことをそんな道具ごときで封じれるほど弱いと思っているのですか?」
エレナリアは鼻で笑うとロクディモフを見た。
「ひぇひぇ、強がっても何もできないよ?」
ロクディモフは宝玉を掲げ、手鏡をエレナリアに向けた。
エレナリアは目をつぶり、空を見上げた。
「お父様、ごめんなさい。約束を破ります……」
——ルカを、シンを、ボルゾイを守るために力を使うわ……悔いはない。彼らを。ルカを守るためなら悔いはないわ……
エレナリアの体が光った。緑と青の光が渦巻くようにエレナリアを包み始めた。エレナリアを中心として周囲に風が巻き、地面が凍り始めた。
風が、氷が周囲に広がるのに合わせて、エレナリアの右手の甲にひびが入った。エレナリアは一瞥して左手で右手を押さえた。
「ひぇひぇ! なんだその力は……なぜ魔法が使える!?」
ロクディモフは宝玉に魔力を込めて掲げた。濃い藍色の光がエレナリアを包んでいた。その光はエレナリアを包む緑と青の光に弾かれた。
「百年前、王都をモンスターの軍勢が襲いました。その数は一万。その大半を一人の魔法使いが倒したという話は知っていますか?」
エレナリアの周囲を渦巻く青と緑の光が強く輝いた。
「ひぇひぇ、知らん! 四号知っているか?」
ロクディモフは汗をかきながらビアの方を見た。
「はい、ロクディモフ様、ヴェノルクスの童話ですかね……魔法使いはいましたかね」
ビアは淡々と答えた。
「その魔法使いは氷風の魔女と言われた銀髪のエルフ」
風が吹き荒れ、周囲に竜巻が発生した。
「名前はエレイナリス・リアフィリア」
地面から氷山が突き出ると霧散した。竜巻に吸い上げられ、氷風が吹き荒れた。
エレナリアは右手をかざした。左手を添えていた。
ビアの体が凍り付いた。
「ロクディモフ様……身動きが取れないですかね……」
「ひぇひぇ! 何で! 魔封玉があるのに……」
ロクディモフは忌々し気に宝玉を叩いた。
「そんなものでSSランクの魔力が止められると思いますか……」
エレナリアは手をかざしたまま、ゆっくりとロクディモフの方を向いた。
「ひぇひぇ……六号! お前はいらない! もういらないぞぉ!」
ロクディモフは宝玉を捨て、杖を握ると火球を放った。エレナリアの周囲の氷風に弾かれ、かき消えた。
「ひぇひぇ……ば、バケモノめ! やめろ、ボクに何をする気だ」
ロクディモフは後ずさった。
「仲間を傷つけるあなたを許さない」
エレナリアの右手に氷風が収束していき、大きなつららの渦巻く緑蒼の玉を象った。
「ひぇひぇ! や……やめろ……やめろぉおーー!」
ロクディモフは尻餅をついた。
「終わりです……ロクディモフ」
エレナリアが氷と風が渦巻く球体を放った。
放とうとした。
放とうとした瞬間、何かが割れる嫌な音が響き、エレナリアの右手が崩れ落ちた。それと同時にエレナリアは地面に倒れた。
——ああ……時間切れですか……まさかこんなに短いなんて……
「ひぇひぇ……なんだこいつ。自滅したぞ? SSランクの魔力が止められますか? だったかなぁ? 勝手に止まってて世話がないねぇ……」
ロクディモフは立ち上がると杖を握りなおした。
「ボクのことをなめるなよ! この売女が! 年増が!」
ロクディモフが杖でエレナリアを殴った。ロクディモフが杖を振り下ろす度に、エレナリアの体は崩れていった。
「やめて! エレナを殺さないで!」
ルカは身体を引きずりながら、エレナリアの体に覆いかぶさった。
「ひぇひぇ! 五号! 六号をかばう気か! お前はお仕置きが必要だな」
ロクディモフが杖を振り下ろした。ルカの背中に当たった。鈍い音がした。
「ッ!」
ルカは震えていた。
——エレナの体が崩れてる。このままじゃエレナが死んじゃう。誰か……誰か助けて!
その心の叫びに呼応するかのように、血まみれでボロボロになった、シンの体がわずかに動いた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
もう逆にここまで来るとロクディモフが可愛くなってきた気が……しません。シンとボルゾイ、ルカとエレナリア、ビアを仲間と認識しつつも彼らの行動は異なりました。エレナリアたちはどうなってしまうのでしょうか。




