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関連挿話②:ダリオ・ヴァルトと氷獄の絶対零度-後編

 前編、黒いキマイラが現れたあの瞬間に戻る。


「ヨーゼフ、下がって! 壁際にいて」


 ビアはヨーゼフを守るように前に立つと、キマイラを警戒した。


 ヨーゼフは懐に手を入れると黒色の杖を取り出した。先端には赤い宝玉がついていた。その宝玉が淡いピンク色に光った。光はビアの体を包んだ。


「え……なにこれ……力が抜ける……眠……い」


 ビアは眠り、崩れ落ちた。ヨーゼフはそれを支えた。


 ——おやおや、こんなにうまくいっていいんでしょうか。自分の才覚が怖いですねぇ……


「おやおや……こ……こっちにもモンスターが出ました!」

 ヨーゼフが叫んだ。叫び終わると杖を上にかざした。宝玉が橙色に光り、炎を象った炎球が壁に打ち込まれた。轟音を立てて爆ぜた。


「おやおや!た……大変です!ビアさんが……! ビアさんが負傷しました。誰か……誰か助けてくださいぃッ!」

 ヨーゼフはゆっくりとビアを担ぎ上げると、杖をかざし、姿を消した。


――


「頭が痛い……ここは……どこ?」ビアが目を覚ました。


「ひぇひぇ……四号……目を覚ましたか」ロクディモフが目を細めてビアを眺めていた。


「貴方は……誰ですかね」ビアが周囲を見渡した。


 両手両足が寝台の上に鎖で固定されていた。


「ひぇひぇ、ボクはロクディモフ。高貴なるロクディモフと呼ぶんだ」


「……ここはどこですかね」ビアはそのセリフを無視して続けた。


「ひぇひぇ、それは言えないなぁ……」ロクディモフは加虐(かぎゃく)的な目でビアを見た。


「ッ! ……私をどうする気ですかね……」ビアは息をのみながら質問した。


「ひぇひぇ……教団に協力してもらうよぉ」


「教団……協力なんかするわけないですかね」ビアは首を横に向け、顔だけでもそらした。


「ひぇひぇ……聖母様にかかればお前の意志なんか関係ない。まぁそこは兄者に任せるとしてそんなことより……」ロクディモフはビアの両足を掴んだ。


 左右にゆっくりと開いた。


「な……何するですかね! は……放して……」ビアは足を閉じようと抵抗した。

 ——力が入らないですかね。シンさん……助けて……


「ひぇひぇ……せいぜい抵抗してボクを楽しませてくれ」ロクディモフは舌なめずりをしながらビアの体を見ていた。


「イヤ……イヤですかね……シンさん、助けて!」ビアは目を潤ませながら叫んだ。


「ひぇひぇ……シン……? ボクを差し置いてほかの男の名前を叫ぶとは! 教育が必要だなぁ」ロクディモフはビアを杖で殴った。


 鈍い音がした。


 肩を、わき腹を、腰を、黒い木の杖で何度も殴った。


「ひぇひぇ、可愛い顔が傷つくといけないから、これくらいにしてやる。シンという男は何者だ……」


「だ……誰が言うもんですかね……」ビアは顔をゆがめながら弱々しく答えた。


 ロクディモフをにらんでいた。


「ひぇひぇ……生意気な口だ! 生意気な目だ! ボクをなめてるのか? 自分の立場をわからせて言いたくなるようにしてやる!」


 ロクディモフは杖を大きく振りかぶり、ビアの顔に打ち下ろした。


「ああッ!」


 ビアが叫んだ。ロクディモフは何度も杖を打ち下ろした。


「ひぇひぇ! 泣いても、叫んでもやめてやるもんか! ボクの手を煩わせやがって! 反省しろ! 反省しろ!! 反省しろ!!!」


 ロクディモフはビアを打ち続けた。


――


 数十分後……ロクディモフの杖には血が滴っていた。


 周囲にも赤黒い血が飛び散っていた。


「ひぇひぇ……もう一度聞く……シンとは誰だ……」


 ロクディモフは肩で息をしながら質問した。


「シンさんは……シン……タキ……シタ……もうぶたないで……ください……もうぶたないで……おねがいですかね……」


 ビアは朦朧(もうろう)とした意識の中でそれだけ回答した。


「ひぇひぇ……顔が傷だらけで抱く気にならん……兄者に直してもらおう」


 ロクディモフはそう吐き捨てると、忌々し気に扉を閉めた。


――


 ——どれぐらい……時間が経ちましたかね……頭が痛い……体が痛い……口が開かない……目が見えない……私の体どうなってるんですかね……


「おやおや、ロクディモフ。多少楽しむ分にはいいが壊すんじゃないですよ……四号のスキルは貴重です。壊れて使い物にならなくなったらどうするんですか……」男は丁寧な物腰だが、苛立ちを隠す気がないような声を上げた。


 ——この声はヨーゼフ……ですかね……


「ひぇひぇ……! ごめんなさい。兄者……調子に乗りすぎました。でも……こいつが生意気で……」ロクディモフはビアを指さしながら答えた。


「おやおや、ロクディモフ。そんなことは関係ないんですよ。丁重に扱えと言ってるんです。そんなことも理解できない程度のおつむなんですか? あなたは?」ヨーゼフと思しき男は、ロクディモフの口を掴んだ。


「ひぇひぇ……分かりました。兄者。気をつけます」ロクディモフはおびえた目で頭を垂れていた。


「おやおや、わかればいいんですよ。ただ、次はないと思ってください。とりあえず傷を治して聖女様の所に連れていきます」


 ヨーゼフと思しき男は黒色の杖の先から橙の光を放つと、その光がみるみる内にビアを癒していった。腫れあがった顔や、体中の(あざ)が消えていった。


 ——あ……暖かいですかね……痛みが消えて……ますかね……気持ちいいですかね……


 ビアは張り詰めた緊張が解けると、意識を失った。


――


 ビアはまた意識を取り戻した。全身の痛みは消えていたが、体が動かなかった。


 ——ここは……どこですかね……体が縛られて、口も、目も塞がれてよくわからないですかね……


「エゲツェンコ……本当にやるの……?」


 女性の声が聞こえた。


「おやおや、聖女様……そんなに悲しい顔をしてどうされましたか?」


 ヨーゼフと思しき男が返事をしていた。


 ——ヨーゼフではなく、エゲツェンコというんですかね……


「いえ……世界のためとはいえ、人の心を操作するということにまだどうしても抵抗があって……」


 聖女と呼ばれた女性は、明らかに動揺を隠せないような声色だった。


「おやおや、そんな弱気ではいけません。私たちの活動が広がり、魔法具を集めれば私たちの祈願でもある、絶対神様が復活するのです。それができればあなたの願いもかなえられるというお話をしたではありませんか……お忘れですか?」エゲツェンコは聖女の方に手を添えると、優しく話しかけた。


「いえ……エゲツェンコ、それはわかっているわ……でも……こんな年頃の女の子の心を操作するなんて……本当にいいのかしら……」


 ——心を操作する!? どういうことですかね……ダメだ……体が動かないですかね……


「おやおや、見た目に騙されてはいけません。この者は神聖な遺跡に入り、荒らしていた。本来は死刑になる罪人。ただ、その探索能力を活用するために、聖女様の神聖なお力でこの者の道を正す。これは悪いことではありません。いえ、仮に悪いことだったとしてもそれは必要悪なのです! ですから、お気になさらずそのお力をお示しください。心を強く持ってください。聖女様。私がついています」エゲツェンコは聖女の手を握った。


 ——そんなことしないですかね! エゲツェンコにさらわれて、ロクディモフに殴られて……ひどい目にあっているのはこっちですかね……声が出ないですかね……シンさん……助けて……ボルゾイ……誰か……


「エゲツェンコ……ありがとう。私、弱気だったわ。そうね。がんばらなきゃ。いつもありがとう」聖女は顔を上げて目を拭った。


「おやおや! 滅相(めっそう)もございません。聖女様を支えることが私の喜び。貴方様の感謝の言葉! それは私の至高の喜びです! さあ、お力を!」エゲツェンコは立ち上がると、大げさに手を広げ聖女を見た。


「分かったわ……」聖女は首を縦に振った。


 聖女の手が淡い白がかかった黄色い光を放った。光はビアの頭を包み込み、浸透していった。


 ——これ……なんですかね……気持ちいいような……暖かいような……  あれ……意識が……いしきが……とおのいていく……しんさん……あれ……しんさんってなんですかね……


 光が消え、聖女の手が離れた。


「これで、大丈夫よ。多分、成功したわ。エゲツェンコの言うことを聞くようにしたからあとは任せていい? 女の子なんだからひどいことはしちゃだめよ?」聖女が手を下ろすと、エゲツェンコの方を見た。


「おやおや……ひどいことなど私はするものですか。このエゲツェンコがそのようなことをすると思いますか!? いえ、そんなことはございません。私は絶対にいたしません! 聖女様、今日はお休みください」エゲツェンコは大げさに手を前に降ろすと、腰を九十度に曲げてお辞儀をした。


「そうね、エゲツェンコがひどいことするわけがないものね。ごめんなさい。気を悪くしないで。あとはよろしくね。少し休むわ。ロクディモフにも無理はしないように伝えてね」聖女は立ち上がると部屋の奥に歩いて行った。


「おやおや、ロクディモフまで心配いただくとは。仰せの通りに、それでは失礼いたします」


 エゲツェンコは去りゆく聖女の背を見送りながら、隠しきれぬ愉悦(ゆえつ)によって醜くゆがんだ表情を浮かべていた。

 

――


「おやおや、四号、元気ですか? 私はエゲツェンコ。わかりますか」エゲツェンコはビアの顔を優しく見ていた。


「はい、エゲツェンコ様。貴方の言うことを聞けばいいんですかね」ビアは無機質に答えた。


「おやおや、理解が早くてよろしい。私からの命令は一つ。ロクディモフに従い、セントレグノの東、蝕の洞穴から魔封玉(まふうぎょく)を取ってきてください」エゲツェンコはビアに微笑んだ。


「はい、エゲツェンコ様、ロクディモフ様、よろしくお願いしますかね」ビアは無機質に答えた。


「ひぇひぇ……それじゃあまずはボクの寝室に来てもらおうか。たっぷりかわいがってあげよう」


「はい、ロクディモフ様、場所はどちらですかね。まだ何もわからず申し訳ありませんかね」ビアは無機質に答えながら頭を下げた。


「ひぇひぇ……かまわないとも。四号。今からいろいろと手取り足取り教えてやるとも」


 ロクディモフは下卑(げび)た笑みを浮かべながらビアの腰を撫でた。


「おやおや、ロクディモフ、張り切りすぎて壊さないようにな……?」エゲツェンコはロクディモフの顔を見ながら、両肩に手を乗せると力を込めた。


「ひぇひぇ!? わかってますよ、兄者……にらまないでください」ロクディモフは目をそらして右下を見た。


「おやおや、わかればいいんですよ。それじゃあ、あとは任せました……」エゲツェンコは手を振りながら扉に近づいた。


「聖女様……私は何もしませんよ。私はね……」つぶやきながら、扉を開け、外に出た。


 ロクディモフはエゲツェンコを見送ると笑い出した。


 ひぇひぇひぇひぇというロクディモフの奇妙な笑い声が、暗い廊下に響き渡った。


 その声が消えることは、しばらくなかった。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。

 このお話は本編29話でCランク昇格試験後、カルラとセルジアの会話のあとの展開となります。


 読んでいてつらかったと思います。本当にありがとうございました。


 ビアはこの後どうなってしまうのか。教団の狙いは何なのか。絶対神とは? 謎の深まる回でしたね。こんなに不愉快な気持ちになりながら書く回はなかなかないですね。


 次回は5月15日(金)21時投稿予定です。フォローや応援ハート、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします。

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