第36話「百年前の戦い——蝕龍ヴェノルクス」
「さて、オヌシらに相談があるがい」ブルガイは水を一口飲むと切り出した。
「なんだ」シンは顔を上げてブルガイを見た。
「シン、オヌシは娘を探しているそうがい? Aランクをめざしているとラステルのカルラから聞いたがい」ブルガイは顎髭を撫でながらシンを見た。
「カルラから……? ああ、この大陸以外にいる人を探すためにAランクをめざしている」
「さっきも言った通り、ワシはこのグランバルトのギルドマスターでもあるがい。カルラから推薦ももらっているからワシの権限でオヌシら四人をBランクにすることもできるがい」ブルガイは顎髭を引っ張った。
「本当か?」シンは体を少しだけ前に乗り出した。
「ああ……ただ一つ条件があるがい」ブルガイは髭を放すと、人差し指を立てた。
「条件?」
「今回、皆がとってきてくれた鉱石、冷鉄石を使えば魔封玉という魔法力を封じる道具が作れるがい。ただ、それを操作するためには導きの手鏡という、魔封玉の効力を対象に固定させる道具が必要がい。それを取ってきてほしいがい」
「それはどこにある?」
「それについてはわしよりそっちのエレナリアの方が詳しいがい」
ブルガイは親指を立てるとエレナリアの方に向けた。
「導きの手鏡はエルフが保管している秘宝の一つでエルフの里にあります。私がいれば貸してもらえると思います。ただ、なぜ今必要なのですか? まだ封印は先では?」
エレナリアは眉をひそめた。
「蝕龍の復活が近いがい。何者かが、封印に使っている冷鉄玉を盗んだがい……」
「何ですって!? いくつ盗まれたの?」
エレナリアが立ち上がった。
「一つだけがい……」
ブルガイは下を向いた。
「……わかりました。シンたちと協力して手鏡を取ってきます」
「え、エレナ、ごめん。何の話をしているの? 蝕龍って? 冷鉄玉って? それにブルガイさんと知り合いなの?」
ルカがエレナリアの方を向くと、まくしたてるように質問をした。
——これって前にエレナが話してた昔の話なの……? こんなに大きな話なの?
「……少し長い話になります。私は百年くらい前に冒険者をやっていました。ある日、王都セントレグノにダンジョンからあふれたモンスターが押し寄せるという事件がありました。その数は推定で一万。当時の王都の人たちはあまりの数に震えあがりました」
「モンスターがあふれた理由というのが、蝕の洞穴と言われているダンジョンの奥に眠っていた蝕龍ヴェノルクスが眼を覚ましたのが理由でした。私たちや当時の冒険者は、王都を守りながらヴェノルクスと戦いました。私は王都を守り、私の仲間であるワタルがヴェノルクスを封印することに成功したのですが、その封印を保持するために魔封玉を使っているのです」
「魔封玉は対象の魔法力を封じ込める力を持っており、十一個の魔封玉を使って封印をしていました。あと十年ほど封印は持つ予定だったのですが、一つが盗まれたとなると下手すると1か月以内には封印が解ける可能性があります」
「その蝕龍というのは強いのか?」
シンが質問した。
「強いなんてものじゃありません。災厄といわれるほどの化物です。当時、ワタルもヴェノルクスを封印はしたのですが、その後姿を消しました……どこに行ってしまったのかは今も明らかになっていません……」
エレナリアは目を伏せた。
「エレナ……一ついいか?」
シンはエレナリアの様子を見た。
「なんでしょうか?」
エレナリアは顔を上げてシンを見た。
「確認だが……エレナは、蝕龍……ヴェノルクスと戦ったのか?」
シンはエレナリアの様子を観察するようにゆっくりと質問した。
「いえ……私は直接対峙していません。先ほど話した通り、私は王都を守っていました。大したことはできませんでした……」
エレナリアは再度目を伏せた。
「大したことしてないわけないがい。当時ワシは二十歳前後だったが一万の軍勢の半数以上を一人で相手取って王都を守った英雄がい! 当時を知る人間で氷風の魔女を知らん奴はいないがい!」
ブルガイは立ち上がると鼻息荒く答えた。
「ブルガイ……私はその話は好きではありません。控えてください」
エレナリアは目を伏せたまま答えた。
「す……すまんがい……」
ブルガイは座った。
「エレナ……オヌシそんなすごい魔法使いだったぞい?」
ボルゾイが目を丸くした。
「親子そろって記憶力が悪いんですかね? 私はその話は好きではないといいましたが」
エレナリアはボルゾイの方を見た。目が座っていた。
「す……すまんぞい……あのなんというかいろいろ無礼なこともした気がしてそこも含めてごめんぞい」
「フフフ……いいんですよ。私も失礼なことはしていますから」
エレナリアは少し口角を上げた。
「がい? ボルゾイ……何かエレナリアに……したがい?」
ブルガイはゆっくりとボルゾイとエレナリアを見た。
「初対面でババアといわれました」
エレナリアは淡々と答えた。
「ば……!? こんのバカモンがい! 英雄に対してなんて口きいてるがい!」
ブルガイはボルゾイの頭に拳骨を落とした。
「痛いぞい! だって……昔からエルフとはもめてるぞい……だからちょっと文句をいっただけぞい」
ボルゾイは頭をさすりながら答えた。少し目が潤んでいた。
「グランバルト家の息子の癖に根も葉もないうわさを信じるながい!」
ブルガイはボルゾイの頭に再度拳骨を落とした。
「いったいぞい! 親父の手は硬いんだから殴るなぞい! 素手で鍛冶ができるんだから頭が割れるぞい!」
ボルゾイは手で頭を覆った。
「お前の悪い頭は一回割れた方がいいがい! このバカ息子がい!」
ブルガイは手を上にあげた。ルカが間に入って声をかけた。
「ご……ごめんなさい。どういうことですか」
ルカは小さく手を挙げた。
「エルフとドワーフがもめているというのはちょっとした行き違いがい。一時期いざこざがあった際の愚痴がうわさ話で広まっただけがい。本当はグランバルト家のワシの爺様と、エルフの代表のアシェン・リアフィリア。エレナリアの親父さんとの間で交流があったがい。それが百年前の戦いのあと、アシェンと爺様が大げんかをしてしまってそこからぎくしゃくしているだけの話がい」
ブルガイは下の方を見ながら話した。
「原因は何だったんですか……?」
ルカはブルガイを見た。ブルガイはエレナリアの方を目線だけで見た。エレナリアが小さくにらんだ。ブルガイは下を向いたまま答えた。
「それはわしの口からは言えんがい……」
ルカはその時のエレナリアの視線を見ていた。
部屋の中に静寂が訪れた。静寂を破ったのはシンだった。
「とりあえずBランク昇格の話に戻すが、趣旨は分かった。その魔封玉と導きの手鏡を使ってヴェノルクスを再度封印するのか?」
「そうがい。再封印というか、封印をかけなおす感じがい」
ブルガイは顔を上げた。
「封印はどうやってするんだ?」
「封印自体は魔法力があればだれでもできるがい。ただ、長期間維持するとなると適性が強い術士が必要で昔から封印術の専門家のヴィシア家が担っているがい」
「ヴィシア……ノエル・ヴィシアというBランク冒険者がラステルにいたが、その家系か?」
「ああ、そうがい。ノエルは今の管理者のフィーネの娘がい」
——若くしてBランクというのは積み上げもそうだが血筋もあるのか……
「わかった。封印が解けるのが近いということなので明日にでも出発する」
「そうするがい。残りの食事も楽しんでくれがい! デザートがあるがい」
ブルガイは手を鳴らすと、ゴンジャイが色とりどりのフルーツで作られたデザートを運び始めた。
食事が終わり、各自は自室に戻った。
ルカがエレナリアの部屋をノックした。
「はい、どうぞ」
エレナリアが返事をした。
「エレナ……今、少しいい?」
ルカは小さな声で確認した。
「ええ……」
エレナリアは扉をゆっくりと開けた。
「ごめんね、こんな時間に、明日は早いのに」
ルカは部屋に入るなり小さく頭を下げた。
「気にしなくていいですよ。どうしましたか?」
エレナリアはルカを部屋に招き入れると、椅子を引きルカに座るように促した。
「ちょっと聞きたいことがあって……」
ルカは椅子に座るとゆっくりと話し始めた。
「……百年前のことですか?」
エレナリアは少し目を伏せた。
「うん……ちょっと話が大きすぎて混乱しちゃったけど。エレナはリアフィリアって名字で、氷風の魔女で、Sランクなんだよね」
ルカはエレナリアの顔を見て話し始めた。
「……ええ」
エレナリアは目を伏せたまま答えた。
「なのになんでCランクだったの? しかも、魔法力もSランクじゃなかったし……ブルガイさんは、エルフとドワーフのいざこざの話の時にエレナのこと見てたし……」
ルカは少し上を向いて、思い出しながら話した。ルカは言葉に詰まった。
「ごめん……待つよって言ったんだけど。私ちょっと今日の話聞いたら気になっちゃって……待てなくなっちゃって……ごめんなさい」
ルカは頭を下げた。眼から雫が垂れた。
「ルカ……泣かないでください。今日のはブルガイが悪いです」
エレナリアは顔を上げてルカの頬に手を添えた。
「でも、エレナこの話嫌いだって……」
ルカは顔を上げた。涙がこぼれていた。
「ええ……ワタルのことを思い出して苦しくなるから嫌いなんです……胸が痛いのです……」
エレナリアは胸を押さえた。
「百年前の話なのにそんなに苦しいの……?」
ルカは息をのんで目を見開いた。
「ええ……エルフの時間の感覚が違うということはあるかもしれませんが今でも苦しいです」
エレナリアは下を向いた。目が潤んでいた。
それを見たルカは立ち上がった。
「ごめん……やっぱりいいや。そんなつらいのに聞いちゃいけないや……いつもわがままでごめん……」
「ひねくれ者よりはわがままの方が素直でいいですよ」
エレナリアはルカを目で追った。
「……部屋に戻るね……」
ルカは扉の方に向かった。
「待ってください」
エレナリアは立ち上がると、ルカを後ろから抱きしめた。
「え?」
ルカは立ち止まった。自身を抱きしめるエレナリアの手に手を添えた。
「話します。ルカにだけ話します。ルカならいいです。貴方もそういってくれましたよね?」
エレナリアはルカの背中に顔をうずめたまま話を続けた。
「そ……そうだけど……」
ルカはしどろもどろとなった。エレナリアはルカの様子を気にせず深呼吸をすると続けた。
「確かに私はさっきルカが言った通りでした。私は百年前に王都を守るために戦った際に魔力が枯渇しても魔法を使い続けました。ワタルが帰ってくる場所を守るために。それで死にかけて魔力を失ったんですよ」
「ご……ごめん……急展開で話についていけない。魔力が枯渇したら魔法は使えないんじゃないの?」
ルカは身体の向きを変えてエレナリアを見た。
「いえ……条件付きで使えます」
エレナリアはルカの手を握って目を見た。
「条件って?」
「己の生命力を使って直接魔法が使えるんです。感覚的には通常の魔力消費の3~4倍くらいでしょうか」
「そんなのしたら死んじゃうんじゃないの……」
ルカの目は泳いだ。
「ええ……死にました。一度」
エレナリアは表情を変えなかった。
「え……」
ルカは口を開けたまま固まった。
「エルフとドワーフのいざこざの原因は私です。私の父アシェン。アシェン・リアフィリアが私を生き返らせるためにあるスキルを使ったのです。固有スキルで私も名前は知りません。その影響で父の魔力は衰え、寿命が縮みました」
エレナリアは静かに目をそむけた。
「それでなんでドワーフとエルフがもめるの?」
「ブルガイの祖父、セルゲイはアシェンと大の仲良しでした。娘のためとはいえ、己の寿命を削った友のことが……許せなかったんでしょうね。セルゲイは……よく言っていました。『娘のためにお前が死んだら……そのことが子供の呪いになるだろう』と。その通り……です。私は父に助けられたことを……いまだによく……思っていません。私のために……父は悠久にも近い時間を失ってしまったの……ですから」
エレナリアは涙を流しながら一言一言詰まりながら続けた。
「で……でも子どもを助けるためには親はそういうことするんじゃないの?」
ルカはエレナリアをゆっくりと抱きしめた。
——あいつが歩道橋から落ちたときに私をこんな感じで抱きしめたように。
「客観的にはそうかもしれません。ただ、当事者の私は耐えられなかった。だからエルフの里を出ました。家を捨てたので家名も持たずエレナリアに変えて。私は逃げたのです。父を正面から受け入れるのが怖かった。だから逃げたのです」
エレナリアは下を向いて目を拭った。
——エレナ……それ、私と同じだよ。お母さんが死んで、あいつといるのがつらかった。あいつが憎かった。でも、お母さんがあいつを大好きなのは知ってた。あいつがいるから家があるのも知ってた。苦労して頑張ってるのも。でも、それが当時は嫌で嫌で仕方なかった。今も嫌かもしれない。でも、同じだ……
「LV2……いや、3かな」
ルカは指を折りながらつぶやいた。
「何がでしょうか……?」
エレナリアは少し首を傾げた。
「エレナのひねくれ者スキルのLV……」
ルカは少し下を向いて上目遣いでエレナリアを見た。
「な……何を言ってるんですか! ルカ!」
エレナリアは顔を赤くして、体を前に乗り出した。
「私と同じだもん。私はあいつの前で素直になれない。あいつのことを心の中でも呼べない。エレナは呼べても目の前に立てないんだもん。でも話聞いてると大好きなのはわかるよ。だからひねくれ者LV2」
ルカはエレナリアに向かい二本指を見せると、口角を上げ歯を見せた。
「……そうかもしれません。私もルカのことは言えないかもしれません」
エレナリアは少し下を向いた。顔は赤かった。
「まあ、私は元LV10だし? 十九年ずっとひねくれてたからそれよりは間違いなくましだよ?」
ルカは肩をすくめた。
「私は百年ですよ。年季が違います」
エレナリアも肩をすくめた。
「あっはっは! 確かに!」
ルカは手をたたいた。
「もう……ルカ……怒りますよ? でも聞いてくれてよかった。胸が軽くなりました」
エレナリアは胸に手を当てて目を瞑った。
「そう? なら聞いてよかった!」
ルカは笑顔で答えた。
二人の笑い声がドワーフの国に響いた。豪快な親子が住むドワーフの館の中で、楽しげな笑い声はいつまでも響いた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
エレナリアの過去、ドワーフとエルフのいざこざが明らかになりましたね。その原因がまさかのエレナリアとは。初めて会った時のボルゾイのいちゃもんはいろんな意味で耐えられなかったんでしょうね……
めちゃくちゃどうでもいいのですがブルガイやボルゾイが「シン、オヌシ」というセリフを言うたびに、キングダムの麃公が「童 信」と主人公を呼ぶ斎藤志郎さんの声で脳内再生されます。




