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第35話「種族の垣根を越えて――父娘の在り方」

 転生五十三日目。シンたちはグランバルトに移動した。


 青い空の下、陽光を反射する白銀の山脈を背に、ドワーフの王国は堂々たる姿を現していた。重厚な石造りの大館を中心に、寸分の隙もなく整備された石畳の道が四方へ伸び、整然と立ち並ぶ工房の煙突からは絶えず白煙が立ち昇っていた。


 至る所で屈強な男たちが逞しい腕で槌を振るう傍ら、母親たちが中をかき混ぜている大鍋からは香草の香るスープの湯気が溢れ、その活気ある軒先を子供たちが笑いながら駆け抜けていく。行き交う人々から漏れる特有の語尾が風に乗り、硬質な石の街並みに職人の誇りと家族の温かな情愛を吹き込んでいた。


「マルクフォジオとはまた違った賑わいだね。グランバルトはドワーフばっかり」

 ルカは街の様子を見ながらつぶやいた。


「そうでもないぞい。よく見ると獣人や、人間、あとたまにエルフもいるぞい」

 ボルゾイが指をさして補足した。


「ほんとだ」

 ルカはボルゾイの指の先を見た。


「さて、まずはワシの家に行くぞい。皆ついてくるぞい」

 ボルゾイが皆に声をかけると前を歩き出した。


「ああ……」

 シンは短く答えると後を追った。ルカは景色を見ていたが慌てるように続き、エレナリアはゆっくりとルカの後ろを歩いた。


 ボルゾイが向かったのは街の中央にある石造りの大きな館だった。街に入ってすぐに存在感を放っていたその館は、近づくとより重厚さが際立った。歴史のある建物の趣きを出しながらも、細部にわたる装飾が丁寧に作り上げられ、壁や柱は何度も修正を加えたのか、新品のように磨き上げられていた。


 ボルゾイは迷わず入り口に向かい、扉を押した。


「帰ったぞい!」


 入り口を開けると大きな声を出した。


「ボルゾイ様、お帰りなさいませ。大きな声を出さずとも聞こえますよ」


 ボルゾイと同じくらいの体格の青髪のドワーフが、中央にある大階段を降りてきた。そのドワーフは、透き通るような青い髪、深みのある青い髭を蓄え、丸眼鏡をかけていた。物腰の柔らかさを表すような燕尾服に身を包み、ゆっくりとボルゾイたちに一段一段と近寄ってきた。


「おお! ゴンジャイ、元気だったぞい」


「ええ……ボルゾイ様もお変わりないようで安心いたしました。それよりそちらの皆様は?」ゴンジャイが丸眼鏡を右手の中指で上にあげながら質問した。


「旅の仲間ぞい。男がシン、琥珀色の髪の女性がルカ、銀髪のエルフがエレナ……エレナリアぞい」


「そうですか。これはこれは、グランバルト家へようこそおいでくださいました。私、グランバルト家に仕える筆頭執事のゴンジャイ・アイネシードと申します。以後、お見知りおきを」ゴンジャイはそういうと腕を横に振り体を前に倒してお辞儀をした。


 三人は「シンだ」、「ルカです」、「エレナリアと申します」と三者三様の挨拶をした。


「ご丁寧にありがとうございます」


「挨拶はいいぞい! それより親父はいるかぞい?」


「ブルガイ様はただいま会議中でございます。もし、お時間があるのであれば先に皆様を客室に案内させていただき、お食事でも召し上がりながらお待ちいただければと思いますがいかがでしょうか」


「そうするぞい。皆も長旅で疲れたと思うぞい。わしも一度自分の部屋にいくぞい」ボルゾイはそう告げると笑いながら奥に消えていった。


「それでは、私が皆さんをご案内しますね。シンさま、ルカさま、エレナリアさま、こちらです」ゴンジャイが手をかざし、その先に案内をするようにゆっくりと歩き出した。三人はそれに続いた。


「こちら三室それぞれの個室となっております。エレナリア様には奥の部屋が良いかと思います。深緑の鉢植えや、様々な花で部屋を飾っております」


「ええ……お気遣い感謝するわ」エレナリアはそういいながら奥の扉に手をかけた。


 中を見ると色とりどりの花に飾られた部屋で大きな窓があり、陽光を取り入れやすい作りとなっていた。大きなテラスもあり、外にも手入れされた花々が飾られていた。


「素敵なお部屋。グランバルトにもこんなところがあるんですね」エレナリアは部屋にゆっくりと入ると部屋の中を見渡した。シンやルカもついてきていた。


「ええ。昔は重厚感あふれる造りでしたが様々な種族の方が出入りされますから。私が中心となり、コーディネートさせていただいております」ゴンジャイはそういいながらテラスに続く扉を開けた。


 さわやかな風が部屋に吹き込んできた。花の香りがした。


「そう……時間の流れで考え方も変わるものね」エレナリアは目を細めた。


「そうですとも、いつまでも種族同士でいがみ合っていてはいけません。私たちの時代では終わらせないと」ゴンジャイは外を眺めていた。


「……エルフの時間は長いからその感覚が薄いわ……」エレナリアは目を伏せた。


「左様でございますか……ただ、どちらかが変わればおのずとその関係性は変わるものです」ゴンジャイは振り返り、右手の中指を眼鏡に添えた。


「そのとおりね……」エレナリアはテラスの方にゆっくり歩くと花を見た。


「とても……きれいな花ね……」


「ありがとうございます……」ゴンジャイはエレナリアの横に並ぶと空を見上げた。


 シンとルカはそのやり取りを無言で聞いていた。


 ——人間同士でも考え方は同じだな。ビアやルカ、結華との距離は俺が変われば埋めることができるのか……


 ——仮にあいつが変わっていなくても、私が変われば何か変わるのかな……


 三人は、ゴンジャイに促され各自の部屋に荷物を置くと、食堂に案内された。

「さあ、こちらです。席はお好きなところにおかけください。一番奥はブルガイ様がおかけになりますので、その近くがよろしいかと思います」


 既にボルゾイがブルガイの席の右側の席に座っていた。シンはボルゾイの正面に、エレナリアはシンの隣、ルカはボルゾイの隣に座った。


「それでは、料理の状況を確認してまいりますので皆さま、おくつろぎください」ゴンジャイは丁寧に会釈をすると食堂をゆっくりと後にした。


「皆、部屋は気に入ったぞい?」ボルゾイが三人を交互に見た。


「ええ……素敵な部屋だったわ。エルフでもくつろげる部屋だったわ」エレナリアは部屋の様子を思い出すように目を瞑っていた。


「ゴンジャイは丁寧ぞい、言葉遣いも矯正してるぞい。自慢の執事ぞい」ボルゾイは腕を組んで、目を細めた。


「言葉遣いの矯正?」ルカがボルゾイの方を見た。


「そうぞい、ゴンジャイも口癖があって。じゃいじゃいいうぞい。でも普段は他の種族を意識して丁寧な言葉遣いを使ってるぞい」


「ボル爺はそのままでいいの?」ルカが首を傾げた。


「そこまで気にするドワーフはあまりおらんぞい。ゴンジャイはどちらかというと粗野なのを嫌ってる感じぞい」ボルゾイは顎髭を撫でた。


「いろいろあるんだな……」シンはつぶやくように言った。

 ——そういうことか……ゴンジャイから見習うことはたくさんありそうだ……


 しばらくすると、大きな台車を押し、ゴンジャイが戻ってきた。女性のドワーフ何人かが手伝い、皆の席に料理を運ぶ。微妙に中に入っているものが違うようだ。ボルゾイの皿は赤く刺激が強そうなスパイスの香りが、シンやルカの皿は、野性的な香りと果物の香りが混ざるスープが、エレナリアの皿は柔らかな色で、野菜を煮込んだ甘い香りが漂うスープだった。 そういった個人や種族を意識した料理が運ばれてきて、皆は舌鼓を打った。


「ゴンジャイさん、すごくおいしい」ルカは頬を撫でながら料理を口に運んでいた。


「お気に召したようでよかったです。おや? ルカ様、少し髪に触れてもよろしいですか?」ゴンジャイはルカの頭を見て、一歩近づいた。


「え? いいですけど、何かありました?」ルカは食事を止めてフォークとナイフを皿にゆっくりと置いた。


「いえ……髪留めが外れております。失礼します」ゴンジャイはそういうとルカの銀のヘアピンを手に取った。

 

 ゴンジャイは手を止めてまじまじと銀のヘアピンを眺めた。


「こちらシンプルですが丁寧なつくりの髪留めですね。素材は銀でしょうか? こちらはどこで?」ゴンジャイは銀のヘアピンの向きを変えたり、光にかざしたりした。


「あ……いや……母がくれたものなのでよくわからないです」シンはそのやり取りをじっと見ていた。

 ——ルカの髪留め……初めて見たがあれは……見覚えがある……気のせいか……?


「そうですか……ドワーフの技術にはない作りでしたので気になったのですが、失礼いたしました」


 ゴンジャイはヘアピンを一度自分の胸ポケットに差すと、胸元からクシを取り出した。「お食事中に失礼いたします」と添え、ルカの髪を丁寧に解き始めた。


「長旅で少し傷んでおりますね。お風呂には香油などのケア用品もありますのでご利用ください」


 ゴンジャイはルカの髪の毛を丁寧に束ね上げてまとめると銀のヘアピンを差した。


「ほら、見違えるようですよ」ルカの髪を三人に見せた。


三人がそれぞれ髪型を見ると反応した。

「ほんとね、ルカに合ってるわ」「雰囲気が明るくなったぞい。こっちがいいぞい」「……」


「シンさん、淑女をほめるのも紳士の(たしな)みですよ」ゴンジャイはシンの方を向くと眼鏡に中指を当てた。


「そうだな……表情がよく見えて、柔らかくて……いいな……」

 シンは伏し目がちに告げた。ルカはその一言に顔を真っ赤にした。

 ——昔……遥にも、結華をほめてあげてと何度も促されたな……

 

「別に……そんなことないよ……いつも通りじゃないの……」ルカは下を向いた。

 ——ちょっとみんなして何よ、いきなり……あいつも……反則よ……急に……


「そんなことありませんよ。皆さんの表情を見てください」ゴンジャイが促した。


 ルカは少し顔を上げると更に顔を赤くし、フォークとナイフを取った。

「こ、この料理おいしいな~、ゴンジャイさんこれは何を使ってるの?」


 ゴンジャイはその様子を見て微笑み、料理の説明をした。


 しばらくして扉が静かに開いた。入室してきたのは、ボルゾイによく似た面立ちのドワーフであった。口元を覆い尽くし、顎の下で端正に結ばれた赤茶色の髭が、彼の威厳を象徴していた。額や目元に深く刻まれた皺は、積み重ねた年月と柔和な人徳を感じさせるが、対照的な深紅の瞳は、物事の本質を冷徹に見抜くような鋭い光を宿していた。その身には上質な生地を贅沢に用いた、汚れ一つない華美な装束を纏っていた。しかし、仕立ての良い服の上からでも容易に判別できるほど、その肉体は強靭(きょうじん)に隆起していた。特に、袖から覗く腕の太さは、並の女性の太ももほどもあり、優雅な装いの下に職人と戦士の猛々(たけだけ)しさを色濃く残していた。


「ボルゾイ、無事戻ったがい?」ボルゾイに似たドワーフは、ボルゾイの方に歩いてきた。


「オヤジ、いろいろあったが何とか冷鉄石は取ってきたぞい」ボルゾイが立ち上がった。


「よくやったがい」そのドワーフはボルゾイの頭を撫でた。


 髪の毛が乱れるほど激しく撫でた。


「ちょっと……何するぞい……もうガキじゃないぞい!」ボルゾイは顔を赤くしながら手を払った。


「何を言うボルゾイ、いくつになっても子供は子供だろうがい。そもそも、良いことをやったら褒めるのが普通だろうがい。『旨い酒には礼を、良き奴には褒め言葉を』と昔から言うだろうがい」そのドワーフは顎髭を撫でた。


「確かにそうぞい……でもワシももう六十歳ぞい……さすがに外聞ってもんがあるぞい」ボルゾイはぶつぶつと文句を言っていた。


「ブルガイ様、お疲れ様でございます。食事をとりながら皆様にご挨拶を」ゴンジャイがブルガイの席を引いた。


「ああ……すまんがい……オヌシたちがボルゾイの仲間か……ワシはこのグランバルト家の当主にして、グランバルトの領主、加えてギルドマスターも兼任している。打ち直しの剛拳リフォージド・フィストのブルガイ・グランバルトがい」


 ブルガイはシン、ルカ、エレナリアを見て深々とお辞儀をした。


 シンたちは立ち上がると「シン・タキシタだ」「ルカ・クレインです」と名乗った。


 エレナリアはブルガイのことをじっと見て口を開いた。

「ブルガイ、久しいですね。立派になりましたね」


 ブルガイが眼を見開いてエレナリアを見た。

「オヌシはリアフィリアの……」


「ブルガイ、その名で呼ぶのはやめなさい。今はただのエレナリアです」エレナリアが遮るように言葉をかぶせた。


「……すまんがい。エレナリア、改めてよろしくがい。シン、ルカもよろしく頼むがい」ブルガイはそう返すと席に着いた。


「食事中にすまんかったがい。まずは料理を味わうがい! ゴンジャイ! わしには酒も頼むがい」ブルガイは大きな声でゴンジャイに伝えた。


「かしこまりました。少々お待ちください」ゴンジャイが丁寧に返すと料理を配膳し始めた。


 ブルガイは食事をしながらボルゾイに旅の質問をしていた。ボルゾイはそれを豪快に笑いながら答えていた。ブルガイはその答えにそれ以上に豪快に笑った。


 シンとルカは、ブルガイとボルゾイのその様子を見ていた。


 ——いくつになっても子供は子供……いいことをやったら褒める……か……俺は昔ちゃんと褒めてやれていただろうか。何を伝えればいいかに悩み。削って削って伝えなかった。一言しか伝えていなかった……

 ——あいつともあんな風に笑いながらご飯を食べられるかな? そういえばあいつが笑ったところってみたことあったっけ……なんか昔あった気がする……


 二人のドワーフの笑い声が響く中で、すれ違う父娘はそれぞれの想いを馳せていた。


 エレナリアは静かに紅茶を飲みながら四人の様子を見ていた。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。


 ドワーフの国につきました。ゴンジャイ、ブルガイというキャラクターが登場しましたが、種族間の在り方の変化というのが、時代の流れにおける価値観や人と人とのかかわり方の変化に近いのかなと思いながら書きました。

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