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第34話「仲間思いとエルフ——ひねくれ者とドワーフ」

 転生五十日目。シンたち四人はグランバルトのすぐ南にある、マルクフォジオという街についた。


 王都セントレグノの東に位置するこの街は、大陸最大の人口を支える商業都市であり、同時に世界有数の武具の集散地(しゅうさんち)でもある。


 その最大の理由は、ドワーフの母国グランバルトへの玄関口となっていることだ。街には常に火熱の匂いが漂い、名工たちが打ち出したばかりの武器や防具、さらには秘術を内包した魔導具(まどうぐ)が、眩い装飾品と共に露店や商店を埋め尽くしている。


 石畳の街道を歩けば、人間だけでなく、重厚な鎧を鳴らすドワーフ、森の香りを纏ったエルフ、しなやかな足取りの獣人たちが、種族の垣根を超えて談笑する姿が目に飛び込んでくる。喧騒を切り裂く鍛冶屋の槌音と、多種多様なスパイスの香りが混ざり合うこの街は、まさに世界中の富と活気を煮詰めたような熱気に満ちあふれていた。


 シンとエレナリアは岩龍との戦いの影響もあり眠っていた。ルカはその様子をじっと見つめながら無言で座っていた。ボルゾイも普段の豪快な様子もなく、大人しく武具の手入れをしていた。


 街につくと四人はすぐに宿屋をめざした。シンとエレナリアは療養のために宿に残り、ルカとボルゾイはひび割れたシンの剣の代わりを探しに市場に向かった。


 宿の食堂は、グランバルトから届く鉄の匂いと、大鍋で煮込まれた羊肉の香りに満ちていた。煤けた梁の下、使い込まれた木製の無骨な机を多種族が囲み、喧騒の中で杯をぶつけ合う活気ある空間だった。そこにシンとエレナリアはいた。


 二人は口数が少なく、黙々と食事をとっていたが、シンが口を開いた。


「先日、ラステルでルカを怒らせてしまったが……あれからどうだ」


「何も特別なことはなかったですよ」


「そうか……あの年頃の子にはどう接していいかわからなくて……」


「シンの年齢に近いのにですか?」


「あ……いや……そうだな……女性との距離がよくわからないかもしれない……あの日のことについて再度謝ったほうがいいか?」


「ルカは多感で、傷つきやすい子です。でも、根は素直ないい子なので何もしなくていいです。それが一番あの子のためです」


「そうなのか……」


 ——やはり、あの年頃の子のことはよくわからない。昔から、わかろうとしなかったからだろうが……


「ええ……」


 しばらく、二人の間に静寂が続いた。聞こえるのは周囲の喧騒と、スプーンが食器に触れる音、皿を持ち上げてゆっくりと置く音くらいだった。


「シン……少しいいですか?」


 エレナリアが食事を終え、スプーンを置いた。


「ああ……」


「少し説教めいたことを言いますが、今回最後に使ったスキル、ボルゾイから話を聞いたのですが、あまり使わないほうがいいです……命を削る可能性があります」


「そうか……だが……」


 シンが反論しようとしたが、エレナリアが遮った。


「シン……」


 エレナリアはシンの手に指をそえた。


「なんだ……」


 シンは少しだけ手を引いた。


「過度な自己犠牲は呪いと同じです。周りも傷つけます。もっと自分を大切にしてください。自分を大切にすることは、周りをないがしろにすることとは違うのですよ」


 エレナリアはシンの手を追い、握った。シンの目を見た。


「……そうか……気を付ける」


 シンはエレナリアから目をそらすように下を向いた。

 ——だが、必要であれば使うしかない。アルノのような犠牲はもう出さない……


 シンは目を瞑った。

 ――あの剣は何だったんだ……そういえばボルゾイが、スキルは使った後に開示されると言っていたな……

 

 シンはギルドカードを手にした。

 手に握り、指先に血液を流すような感覚で力を入れた。ギルドカードが光った。


「……これは」シンは目を細めた。


「エレナ……これを見てくれ」シンは机の上にギルドカードを置き、エレナリアの方に寄せた。


 スキル名:仲間思い LV7


 効果  :大切な者への想いが、力となる。


 ——守ると決めた者のために、限界を超える。


 サブスキル:《庇護の本能》《守護の盾》《繋がりの残滓》《想いの奮起》

       《決死の剣》《????》


「仲間思いのレベルが上がって、サブスキルが表示された」

 ——決死の剣。あの赤い剣がそうか……命を吸うような深紅の光を放つ剣……


 エレナリアはカードを手に取ると、眉をひそめた。

「やはりあまり使うべきではないです。あの威力で具体的な表示がないスキルはリスクが分かりません。あまりに危険です。次使ったら……最悪、命を失うかもしれません」


「そうか……だが、先日のようなことになったらどうする……使わざるをえない場面になったら……」

 ——ボルゾイが、エレナが、ルカが死ぬような場面になったら俺はどうする……?


「大けがを負った私が言えることではありませんが、そうならないように協力しましょう。仲間でしょう? 私たちを信じてください。それに……」

エレナリアは言葉を止めると、数瞬だけ宿屋の入り口の方に視線をよせ、すぐに視線を戻した。


「大切な人を探しているんでしょう? 私たちのためにその目的をそれるようなことはあってはいけませんよ……」エレナリアはカードをシンに返しながら、シンの顔を見た。目が潤んでいた。

 ——結果的にそれがルカの、あなたの娘のためになります……


「そうか……そうだな……」


 シンはカードを受け取り、エレナリアの目を見返した。じっと見つめていた。


 ——確かに……エレナの言うとおりだ……だが、そのために協力してくれている仲間を犠牲にしてもいいのか……


 二人の間に長い静寂が広がった。


 喧騒に包まれる食堂の中で、行動でしか示せず、言葉を届けることが苦手な仲間思いと、多くを語らないが、誰よりも皆を想っているエルフが、いつもよりもさらに静かに時間を過ごしていた。


 同じ頃、ボルゾイはルカと二人で市場に出ていた。ボルゾイが剣を手に取り、軽く振ったり、剣の重心、剣の作りを確認している横で、ずっと下を向いたままルカが声をかけた。


「ボル爺……先日はごめんなさい……」


「ルカ? どうしたぞい。何を謝ることがあるぞい?」


 ボルゾイは手を止め、ルカの方を見た。


「エレナが血まみれで、アルノさんも……あんなことになって、あいつも……正直怖くて動けなかった」


 ルカは震えていた。


「……あれはしかたないぞい。ルカは知り合いが亡くなったことはあるぞい?」


 ボルゾイはルカの前にしゃがむと、下から顔を見上げた。


「……お母さんが亡くなった、でも目の前で人が死ぬのは今回が初めてだった……」


 ルカの瞳は潤んでいた。


「……」


 ボルゾイは目を閉じた。目を開けるとルカの顔を見た。目を見た。


「死は等しく人に襲いかかるぞい。特にこんな世の中だから、いつ死んでしまうかはわからないぞい」


「そう……だよね。でも、ボル爺は強いね。エレナたちが動けない中でテキパキなんでもやって。私はエレナの横で泣いてることしかできてない」


「……」


 ボルゾイは目頭を押さえた。珍しく大きく息を吐いた。


「ルカ……」


「何?」


 ルカはボルゾイの顔を見た。ボルゾイの目が赤かった。


「ワシは強くなんかないぞい。いつも怖いぞい。すぐ泣いてしまうぞい」


 ボルゾイは瞳を潤ませながら答えた。少し声が震えていた。


「そんなこと……ないよ……前もボル爺は戦ってた、私たちを守ろうとしてた」


 ルカは自分の膝の横で拳を握りこんだ。


「そんなことないことないぞい。ワシも……震えていたぞい。回復魔法が間に合わなかったら、敵に倒されたら、仲間が……死んでしまったら……ワシはどうするか……いつも怖いぞい」


 ボルゾイは言葉に詰まりながらも続けた。


「怖いのにあんなに立派に動けるの?……どうして戦えるの……?」


「大切な人を失って生きることの方がこわいぞい……つらいぞい……もうあんな思いはしたくない……ぞい」

 ボルゾイは涙を流した。豪快な男が感動以外で流す珍しい涙だった。

 ――もう、あんな思いは……二度と……ごめんぞい……


「ご……ごめん……ボル爺。わ……私、イヤなこと思い出させた……ごめん」

 ルカもつられるように涙を流した。

 ——また、間違えちゃった……自分のことでいっぱいいっぱいで……ほんと……やだ……


「気にするなぞい。シンにも同じことを言ったが。鉄は打たんとならんぞい。ルカが自分の想いを伝えた、鉄を打ったから、ワシは答えただけぞい」

 ボルゾイは涙を袖でぬぐいながら答えた。


「で……でも、ボル爺を泣かせちゃった……」ルカは口に手を当てて震えた。


「何を言うぞい! 自分と向き合って弱さを認めて、ルカは立派ぞい。ごめんなさいももう言ったからこれで終わりぞい。それ以上に何があるぞい?」

 ボルゾイはルカの頭を力強くなでながら言った。


「そんなに簡単で……いいのかな?」ルカは髪の毛を押さえた。


「簡単じゃだめぞい?」


「……よくわかんないや」ルカは頬を掻いた。


「シンやルカのような年頃の人間はみんな複雑に考えすぎぞい、言いたいことを言ってぶつかり合って、ごめんなさいして、次の日からは、おはよう、ありがとうぞい、それでいいぞい」ボルゾイは大げさに腕を組んだ。


「そんな簡単に行ったら苦労しないよ」


「複雑に考えすぎて何もしないよりましぞい」ボルゾイは髭を撫でながら歯を見せた。


「……そう……なのかな」


「そうぞい」


「……返事早すぎるよ」


「そうぞい? おっと、話過ぎたぞい。そろそろ夕飯の時間ぞい。この剣を買ってくるからその辺をみているぞい」ボルゾイは剣を手に取った。


「わかった……ありがとう……ボル爺……」

 ルカは涙をぬぐった。ボルゾイはその声を聞いてうなづくと、店の奥に向かっていった。


「ボル爺と話したらお腹すいちゃったな」ルカは周囲を見渡した。


 屋台からは様々な抗いがたい美食の薫香(くんこう)が満ちていた。滴る脂が炭火に跳ね、弾ける音を立てる肉の串焼き。その隣では、瑞々しい川魚が爽やかな香草の煙を纏いながら、皮目を食欲をそそるキツネ色に焼き上げられていた。大鍋から立ち昇るのは、数多の野菜の旨味をじっくりと凝縮した、甘く濃厚な琥珀(こはく)色のスープの湯気だ。さらに、こんがりと焼けたパンの上で、黄金色のチーズがふつふつと泡を立ててとろけ、香ばしい薫香を周囲に振りまいていた。


「何これ……どれもこれも美味しそうなんだけど……下を向いてたから気付かなかった……」

 ルカは口の中によだれが広がるのを感じていた。


「何かいいものでもあったぞい?」ボルゾイが鞘に収まった剣を担いで近づいてきた。


「うーん……どれもこれもおいしそうで悩んでる」ルカは口に手を当てて屋台を見ていた。


「ルカは何が好きぞい?」


「唐揚げ……鶏肉を揚げた料理と、卵焼き……の端っこの部分」ルカは考えながら答えた。


「端っこぞい?」ボルゾイはきょとんとした。


「うん……端っこ。焦げ目がついて、苦くて甘いのが美味しいから好きなの」

 ——お母さんがいつもお弁当に入れてくれていた端っこ……また食べたいな……


「なるほどぞい。魚の香草焼きがいい感じに焼けてうまそうぞい?」


「……お肉の方がいいかな」ルカは少し目を泳がせながら答えた。


「ルカ……ほぼ決まっとるんじゃないかぞい……」ボルゾイは眉をひそめた。


「ボル爺は何がいいかなと思って……」ルカはボルゾイを見た。


「何でもいいぞい。遠慮なんかするなぞい」


「じゃあ串焼きとスープ買っていい? あと、あのチーズのパンも」ルカはパンの屋台を指さした。


「……もういっそ全部買うぞい」ボルゾイは苦笑いした。


「え? いいの?」


「金ならあるぞい、気にするなぞい。残ったらワシが食べるぞい」


「じゃあそうする!」

 ボルゾイはルカの元気な返事を聞いて頬を緩ませ、二人で屋台を回った。ボルゾイがお金を支払い、袋を受け取った。


「美味しそうだなぁ……いい匂い……」ルカは大量の食料品を見つめ、微笑んでいた。

 ——そういえば昔、あいつと道場の帰りに行ったラーメン屋。いつも大盛りを頼んでたな。私は食べきれないって言ってたけど、残った分はいつもあいつが食べてた。私が好きなだけ食べれるようにしてくれてたのかな……


 ルカは昔を思い出して、遠くを見ていた。ボルゾイがその様子に気付き、大量の袋を抱えたまま声をかけた。


「ワシはルカにはもっと単純に考えて、いつかシンやワシにも抱えている悩みを話してほしいぞい」


「え……なんで?」

 ——なんで今そんな話になるの?


「後ろめたさが見えてるぞい。何か伝えなきゃいけないけど伝えられない、そういう思いが見えてるぞい」

 ボルゾイは紙袋を抱えたまま髭を撫でた。


「わかるの……?」


 ボルゾイが持っている紙袋を一つ受け取りながらボルゾイを見た。


「わかるぞい」


 ボルゾイは市場の中を歩き出した。


「なんで……」


 ルカはボルゾイの横を歩いた。


「仲間だからぞい。ワシは意外と見てるぞい」


「……シンもそうかな……」


「あいつも何かは感じていると思うぞい。でもあいつは言葉が下手くそぞい。最近ちょっとうまくなってきたけど、たぶん気付いてても言わんぞい」

 ボルゾイはそういうと豪快に笑った。周囲の人が驚いてこっちを見ていた。


 ルカは照れ臭そうに周りを見た。

 ——気付いてるのかな……あいつが?……よくわからないな……


「私にちゃんと言えると思う?」

 ルカはボルゾイを一瞥した。

 ——あいつに私は娘だって、結華だって、ごめんなさいって。それに……お…とう…とも言えるのかな……


「言えるぞい」

 ボルゾイはルカの方を目だけで見て、即答した。


「ほんと答えるの早いね……」

 ルカは苦笑いをした。


「当たり前ぞい、『芯まで熱した鉄に、迷いの一打は無用』という言葉があるぞい。心構えをしておけば機が来たときに自然と言動が出るという意味ぞい。だから言いたいという気持ちがあれば、その時が来れば自然と伝えられるぞい」


「その時っていうのはいつなの?」


「その時にわかるぞい」


「わからないかもしれないよ」


「わかるもんなんぞい。シンといいルカといい、年頃の人間は難しく考えすぎぞい。めんどくさいぞい」

 ボルゾイは肩をすくめながら答えた。


「……めんどくさいのはエルフとドワーフも一緒じゃん。すぐケンカするし」

 ルカは少し頬を膨らませた。


「ぞい? ルカも言うようになったぞい?」


「ボル爺が先に言ったんじゃん」

 ルカは笑いながらボルゾイの顔を見た。声を出して笑っていた。ボルゾイはそれにつられて豪快に笑った。


 活気あふれる市場の喧騒の中で、普段から豪快だが、繊細なドワーフと、誰よりも言葉が欲しいのに、受け取らないひねくれ者の楽しそうな笑いが響き渡った。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。


 今回は会話ばかりの回ですがいかがでしたか? 普段とは異なる、シン×エレナリア、ルカ×ボルゾイ。エレナリアはルカのことをよく知っていて、ボルゾイはシンのことを知っている。二人が、シンとルカの架け橋になるといいですね。

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