第33話「命の捉え方——決死の剣」
「嘘……エレナ! ボル爺! 大丈夫!?」ルカはエレナリアとボルゾイに駆け寄った。
「ワシは大丈夫ぞい……これは全部エレナと、アルノの血ぞい……」ボルゾイはエレナリアに回復を続けながら、顔をゆがめて告げた。
シンは岩龍の方を見ていた。以前、坑道の中で見たリトルストーンドラゴン、岩龍の幼体よりも三周りは大きい。しかも、目が真っ赤に染まり禍々しい気配を放っていた。
「ひぇひぇ……死にぞこないの仲間が来たか?」岩龍の陰から黒いローブに身を包んだ背の低い男が出てきた。男は大きな鷲鼻に、不揃いな歯をした醜い顔をしていた。緑色の宝玉をあしらった黒い木の杖を持っていた。
「おい、二号。そんな汚いものはさっさと吐き出せ」男が岩龍のことを二号と呼ぶと、岩龍は指示に従ってアルノを壁際に吐き出した。アルノの体は歪に曲がり、血まみれであった。ピクリとも動かなかった。
男はアルノにゆっくり近づくと観察しているようだった。岩龍が動く気配はなかった。
シンは男とアルノを一瞥したが、すぐに岩龍を見据えた。異様な雰囲気を放つ岩龍。目を離さなかった。離せなかった。額に汗がにじんだ。
——何だあいつは。岩龍が命令を聞いている。
そのシンの問いに呼応するかのようにボルゾイが答えた。
「あいつはエクリプスという魔法教団の人間で、名はロクディモフというぞい。岩龍を……あろうことか魔法で改造しとるぞい。エレナは傷が深いが、意識がないだけで回復すれば大丈夫ぞい。だが、アルノは……」ボルゾイはエレナリアの回復を続けながら手短に状況を説明した。アルノのことになり、言葉に詰まった。
「エレナ……嘘……ヤダよ」ルカは血まみれのエレナリアを見て、顔面を蒼白とさせた。その場にへたり込んだ。
「エレナ……お母さん……」ルカはエレナリアの手を握り、下を向いたままそうつぶやいた。
シンがロクディモフとアルノの方を見た。
「ボルゾイ……魂の灯火は……蘇生スキルは使えるか」
ボルゾイはシンの質問に、首を横に振りながら答えた。
「魂の灯火は体力をわずかに回復させた状態で息を吹き返らせるだけぞい。あんなにボロボロだと生き返ったとしても……また、すぐ死んでしまうぞい……」ボルゾイは下を向いた。
「そうか……」シンがその答えを聞くと、アルノの方を数瞬ほどだけ見た。すぐに岩龍の方を向くと一歩前に出た。大きく息を吸って、吐くと岩龍の目の前に立った。
「ボルゾイ……エレナを回復したらルカと三人で逃げろ」シンは岩龍をにらんだままボルゾイに告げた。
「……シンも必ず逃げるぞい」ボルゾイはつぶやくと回復を続けた。
「ひぇひぇ……なんだお前は? このボロ雑巾のようになっている副団長様が見えないのかな? 一介の冒険者風情がボクの二号にかなうと思うのかなぁ?」ロクディモフは、アルノの体を足蹴にしながら、首だけを横に倒してシンの方を向いた。
「やってみなければわからないだろう……」シンは静かに怒りをあらわにした。全身が白い光で包まれた。
「ひぇひぇ……なんだその光は面白い。二号、その男を殺せ!」ロクディモフが叫ぶと岩龍が咆哮を上げた。地面が震えていた。
岩龍の尻尾がシンを襲った。
シンは剣でそれを受け流しながら避けた。命令に合わせての動作なので予備動作を読むまでもなかった。
——この威力なら……耐えられなくはない。
尻尾が縦横無尽にシンを襲った。剣の腹で受け流したが、尻尾の影から岩龍の足が降ってきた。シンはそれを正面で受け止めた。
地面ごとシンは沈んだ。腕から血が噴き出した。だが、立っていた。倒れることはなかった。
「ひぇひぇ! なんだなんだ!? 硬い男だな。面白い、なかなかもって面白いぞぉ……二号! やれ! どこまで耐えれるか実験だぁ!」ロクディモフが目を見開き、舌を出して笑いながら手をかざすと、岩龍が何度も爪でシンを薙いだ。
シンは岩龍の関節の動き、その起こりを確認し、剣で払い、受け、避けた。攻撃は徐々にシンを捕え始めた。傷は深くはなかったが、着実にシンを削っていた。
「ぐっ……ボルゾイ! まだか」
「もう終わったぞい!」ボルゾイはそう言うとエレナリアを担ぎ、ルカの手を引いた。
「え……あ……」ルカは言葉にならない声を発して、よろよろと立ち上がった。
「ルカ! しっかりするぞい!」ボルゾイがルカに叫んだ。
ルカから返事はなかった。
「ルカ! しっかりしろ! エレナは無事だ!」シンもルカに対して叫んだ。
ルカはシンの方に顔を向けた。だが、目の焦点が合っておらず戦える状態ではなかった。
——やだよ。エレナもいなくなったら私どうしたらいいの……
「ひぇひぇ……なかなか可愛い娘じゃあないかぁ……今は四号の教育で忙しいが、あの娘を五号にするか?」男は舌なめずりをしながらルカの顔や胸を見ていた。
さらにロクディモフはボルゾイが担いだエレナリアの尻を見て続けた。
「ひぇひぇ……銀髪のエルフもいいなぁ……さっきは生意気にも高貴なるボクを攻撃してきたからお仕置きをしちゃって殺したかと思ってたけど……生きてるなら六号にしちゃおうかなぁ……楽しみだなぁ……なかなかもって楽しみだなぁ」緊張感とは裏腹に奇妙な笑い声と下世話な言葉がこだました。
「この……下衆め!」シンはロクディモフに怒りを向けた。
——何だこの男は!?ルカを、エレナを見て五号、六号だと!?しかも四号までいるとは……この岩龍が二号……他にもいるのか……?
シンはロクディモフに対して切りかかった。しかし、岩龍の体に弾かれてしまった。逆に剣の刃が欠けていた。
「ひぇひぇ……無駄無駄ぁ……この岩龍には生半可な攻撃は通らないよ……」
その時シンの体から白い光が消えた。
——まずい、仲間思いが消えた……
「ボルゾイ!早く逃げろ!」シンは叫んだ。
次の瞬間、岩龍の尻尾がシンを横から捕えた。
剣で受けた。
鈍い音がして体が、剣がきしんだ。
シンはその衝撃に耐え切れず、吹き飛んだ。
壁に打ち付けられた。
「がっ……!」シンは血を吐いて倒れた。
「ひぇひぇ! 逃がすと思うか! 二号! 道をふさげ! 五号と六号には怪我をさせるなよ!」
岩龍がその命令に従い、切り立った崖を殴った。岩が崩れ、退路がふさがれた。
シンはルカたちの方に走ろうとしたが、岩龍が間に立ち、道をふさいだ。
「……戦うしかないぞい……」ボルゾイはエレナリアをゆっくりと降ろした、髭に手を入れ、ハンマーのモチーフを取り出した。魔力を込めると大振りのハンマーに形を変えた。
「ヒェヒェ……五号……六号……いいなぁ……どっちからかなぁ……」ロクディモフが舌なめずりをしながら近づいた。
「やだ! 来ないで……」ルカは泣き出した。泣きながらそばで眠るエレナリアの手を握った。
——何なのこいつ……怖いよ。エレナ……
「ひぇひぇ……泣き顔もかわいいなぁ……最高だぁ。なかなかもって最高だぁ……ひぇひぇひぇひぇ……」ロクディモフが加虐的な目をし、奇妙な声を上げ、両手を前に揚げて指を動かしながら近づいてきた。
「こ……こんなろくでもない人間……初めて見るぞい……」ボルゾイがハンマーに力を入れた。額から汗を流していた。
シンがよろよろと立ち上がった。
——クソ……こんな奴に……
「ロクディモフ! 俺の仲間に近づくな!」シンは叫んだ。
ロクディモフは、その声に振り返った。眉間にしわを寄せ、唾を吐いた。心底不愉快そうな顔を向けてシンを指さした。
「ひぇひぇ! そんなボロボロで何ができる。お前はいらん。さっさと死ね。二号、やれ」
岩龍がふらふらのシンを爪で薙いだ。
シンの体が裂け、血があたりに散った。
「いやだ! やだ! もうやだよぉ……」ルカはシンの様子を見て、頭を抱えてうずくまった。
——何なのこれ……立たなきゃ、みんな殺されちゃう。あいつが……あいつが殺されちゃう……でも怖い……力が入らない……お母さん……
「ぐ……げほっ……」シンは血を吐いた。だが、立っていた。
ふらふらと剣を握り、大上段に剣を構えた。防御など気にしない。ただ相手を倒すために振り下ろす構え。
だが、体は左右に揺れていた。足に力が入らず今にも倒れそうだった。
——意識が朦朧とする……体に力が入らない……自分のものではないようだ。だが、守らないと……
シンは、ルカとエレナリア、ボルゾイを見た。アルノを見た。
唇を噛んだ。体を、心を奮い立たせた。
——動け……動け。動け!また、大切なものを失うぞ!動け!
そう念じたとき、
シンの右腕が、剣が、真っ赤に光った……
その光はシンの左胸から伸び、
剣の切っ先に沿って伸びていた。
光は電気が弾けるような音を立てた。
稲光のような深紅の光に変わった。
禍々しい光を放っていた。
その光はまるで、シンの命を吸うような、そのまま力に変えたような光だった。
「ひぇひぇ……なんだその光は……美しい光を放つじゃあないかぁ。だがいまさら何ができる?」ロクディモフはシンの剣が放つ光に見とれていた。
「……守る」シンは、剣を縦に振った。
振り下ろした。
剣の動きに合わせて、赤い線が伸びた。
赤い線は、岩龍を縦にとらえた。
赤い光の残滓が岩龍に残っていた。
静寂だけがあたりを包んでいた。
「ひぇひぇ……なんだ、何も起こらないではないか……つまらん。二号……もう殺せ」ロクディモフは爛々としていた目を濁らせると、飽きたおもちゃを捨てるようにつぶやいた。
次の瞬間。
大きな音を立てて岩龍が真っ二つになった。
岩龍はゆっくりと崩れ落ちた。
ロクディモフはその下敷きになった。
「ひぇひぇ! に、二号が! ま、まさか……き……貴様何者だぁ!」ロクディモフが慌てながらシンの方に顔だけ向けた。黒い杖を握り直していた。
「……俺はシン・タキシタだ……仲間を……守るものだ……」シンは血にまみれた顔をロクディモフに向けた。
「ひぇひぇ!? シン・タキシタ!? 貴様が四号が言っていた……ヒェヒェ! これは面白い。全くもって面白い! シン・タキシタぁ……お前の名前は覚えたぞ……」ロクディモフがそう言い切ると手に持った黒杖の緑の宝玉が輝き、忽然と姿を消した。
「シン! 大丈夫ぞい!?」ボルゾイが駆け寄ったとき、シンの意識は途切れ崩れ落ちた。ルカの叫び声がこだました。
――――――
シンは意識を取り戻した。隣でエレナリアが寝ていた。エレナリアのベッドに頭を置くようにしてルカも眠っていた。
——皆、助かったのか……アルノは……
シンは体を起こした。
「ぐっ……」左胸から右腕にかけて激しい痛みが走った。
——あの一撃の後遺症か……?
シンは周囲を見渡すとボルゾイと目が合った。
「シン、気づいたぞい……? 三日間眠っていたぞい……」ボルゾイは疲れた顔をしていた。目が赤かった。
「三日もか……あの後どうなった」シンは周囲を確認し続けながら質問した。
——アルノは……いないか……
「岩龍を倒して、ロクディモフは逃げて、エレナリアは無事。アルノは助からんかった」ボルゾイは目を伏せて淡々と告げた。
「そうか……」シンは目を閉じた。
——間に合わなかった。岩龍を倒せても。命は戻らない……
「これからどうする」シンは続けた。
「……岩龍のいた先の鉱脈に目的の鉱石はあったぞい。これをオヤジに持っていかないといけないから、グランバルトをめざしたいぞい」ボルゾイはうつむいたまま答えた。
「そうか……ここには結華の手掛かりはなさそうだから、俺もついていく」
「助かるぞい。あともう一つ……」ボルゾイは少し考えてから告げた。
「どうした?」
「ほかにも鉱石が掘られた跡があったぞい。もしかするとロクディモフがかかわっているかもしれんぞい」
「何かあるのか?」
「わからんぞい。だが、守護騎士団には連絡する必要があるぞい」
「どうやって連絡を取る?」
「これを使うぞい」ボルゾイはアルノが持っていた魔法具を取り出した。
「故人の道具を使うというのは気が引けるが緊急事態ぞい。今からつなぐぞい」
ボルゾイが魔力を込めると、貝殻のような魔法具が青く明滅した。
しばらくして声が聞こえた。
「セルジアだ。アルノ、どうした何かあったか? 定時報告もなくお前らしくもない。女の尻でも追いかけていたか?」セルジアが茶化すような声で応答した。
「こちらボルゾイ・グランバルトぞい。セルジア、緊急事態ぞい」
「……何があった?」セルジアの声のトーンが下がった。
「アルノさんが亡くなったぞい」
「何……アルノが……? それは本当か……? 岩龍ごときに後れを取るやつではないはずだが……」セルジアは言葉に詰まりながら答えた。
「岩龍が強化されていたぞい。ロクディモフとかいうやつが出てきて二号と呼んでいたぞい」
「……ヤツか……そうか。大儀だった。アルノのことはわかった。ほかに被害はあるのか」セルジアは淡々と確認をした。
「……シンとエレナリアがけがをしたぞい。ルカは……一応無事ぞい、幸いは命に別状はないぞい」
「そうか……それは良かった」セルジアは息を吐いた。
「おい……」シンがそこで話に割って入った。静かな低い声だった。
「何だ。誰だ?」
「シンだ」
「シンか、貴様、何か言いたいことでもあるのか?」セルジアは少し語気を荒げていた。
「お前は部下が死んだのに大儀だったで済ませるのか? 人が、仲間が死んだんだぞ! それをよかっただと!?」シンは珍しく声を荒げた。
「……シン……体にさわるぞい」ボルゾイはシンの体に手を添えた。
「はっ! お前は慰みの言葉でもいえば満足するのか?」セルジアが吐き捨てるように言った。
「おい! その言い草は何だ! 部下が死んだんだぞ! 馬鹿にしているのか!」シンが再度叫んだ。
「馬鹿にしている……だと!? 貴様! アルノを愚弄するのか! アルノは守護騎士団の一員として、副団長として! いつ死んでもいいと思い戦ってきた! それが守るべき民草を守り死んだんだ! やつに対して憐れめばいいのか!? それこそヤツを馬鹿にしていることだと、なぜわからん!?」セルジアはまくしたてるように言うと息を荒げた。
呼吸を整えている音が聞こえた。
「だが……俺がいれば……」シンが言い返そうとした。
セルジアはさらにそれにかぶせた。
「貴様がいればどうにかなっただと!? 傲慢になるのも大概にしろ! 実際にアルノは死んだ! それをたらればで片付けるな! それ以上その口を開くなら、今すぐそこに行って貴様を殲滅するぞ!」
「……」シンは黙った。言い返す言葉がなかった。
——この世界の命の価値はそんなにも軽いのか……? 俺は間違っているのか? 死んだら終わりなんだぞ……
「シン、もうやめるぞい……セルジアの言う通りぞい……でも……シンの言うことも正しいぞい……」ボルゾイはシンの体に手を添え、首を横に振った。
「……すまない」シンはボルゾイの方を見た。
「フン! 話は終わりか? もう時間がない。失礼するぞ」セルジアが椅子を引く音が聞こえた。
「待つぞい! セルジア、あともう一つだけ報告があるぞい」ボルゾイが急くように割り込んだ。
「何だ? 手短に話せ」
「ロクディモフが魔封石を持ち帰った可能性があるぞい。あと四号の教育中ということも言っていたぞい」ボルゾイは事実だけを告げた。
「そうか。わかった。情報提供感謝する。軍議があるのでこれにて失礼する」セルジアはそう言うと一方的に通信を切った。
「あ……切られたぞい。シン、傷が開くといけないから今日はもう休むぞい」ボルゾイはシンの体を支えながらベッドに横たえると、布団をかけた。
「ああ……」シンは横になって目を閉じた。
——アルノのような犠牲を出さないためにももっと強くならなくては……もっと注意深くならなくては……やはり俺は不器用な男だ。自分が体を張って守ることしかできない。
――――――
セントレグノの守護騎士団長室の中で、セルジアは天井を見ていた。
「全く……アルノの馬鹿者めが……誰が死んでいいといった……」
セルジアは青い左目を真っ赤に腫らし、つぶやいた。その声は誰にも届くことなく、静寂に飲まれていった。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
自分で書きながら思うのですがロクディモフが腹立ちます。珍しく嫌いなキャラです。
アルノの死に対する命の捉え方が明確にシンとセルジアで異なります。どちらが正しいというわけではないですが、セルジアの涙を知ることのないシンには、彼女の言葉がどう届いているのでしょうか……。




