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第32話「二人の夜道——すれ違う思い」

 転生四十日目。ラステルを出て八日かけて街に到着した。


 リッジウェルは切り立った山を削り作られた鉱山都市で、街の近くの山に大きな穴が何個も空いていた。すべてが坑道のようだった。石を削る金属音が遠くから響き、空気にはかすかに土と鉄の匂いが混じっていた。リッジウェル自体は大きな街ではないようだったが、市場があり、酒場があり、街には鉱員のような作業服の人や商人など様々な人があふれ賑わっていた。


「うわー……大きい山!目的の坑道にはどこから入ればいいのかな?」ルカは目を輝かせながら山を見上げ、坑道を見ていた。


「ルカさん、目的の坑道は山の上にあります。皆さんお疲れだと思いますので今日は休んで、明日向かいましょう。宿は全員個室で手配してあります」アルノがルカの質問に答えながら、そう四人に告げた。


「そうですか。ありがとうございます。これからどうしますか?」ルカは答えると周囲を見た。


「私は皆さんが入山するための手続きのために本部に連絡を取ってきます。この街にはギルドがないので……」アルノはそう答えているとボルゾイが割って入った。


「どうやって連絡するぞい?」


「守護騎士団が持ち歩いている通信用の魔法具があるのでこれで。皆さんは先に宿に向かってください。ここからは自由行動です」アルノは胸元に手を入れると小さな渦を巻いた貝殻のような魔具を取り出した。


「なるほどぞい。じゃあ、ワシは酒でも探しにいくぞい!」ボルゾイは肩を大きく揺らしながら市場の方に走っていった。


「俺は少し、情報収集に行ってくる」シンはそう言うと酒場の方にゆっくりと歩いていった。


「うわー……男たちは協調性がかけらも感じられない」ルカはエレナリアを見ながら頬をかいた。


「まあずっと移動でしたからね……」エレナリアはシンの背中を見ながらそう答えた。


「さて、私たちも長旅で疲れがたまっているでしょうし、今日は休みましょう」エレナリアはルカの方を見た。


「そうだね。確かにずっと座ってばっかりだったから体がなまっちゃうよ。少し動いたら私も部屋に行くよ。また明日ね!」ルカはそう言いながら宿の方に駆けて行った。


「ええ……ルカ、おやすみなさい。アルノさんもまた明日」エレナリアはアルノに頭を下げるとゆっくりとルカの方を追った。


 ――――――――――


「あー……久しぶりにみっちり動いたから気持ちいいな」ルカは腕を回しながら宿に向かっていた。


 宿の外ではシンが剣を振っていた。


 ルカはシンのそばに近寄ると、そばにあった大きな石に座った。シンが剣を振る様子や横顔をじっと見た。


 ――昔、こいつが剣を振っている様子を小さいときに見た気がする。あの時と同じ顔をしているな。


「……」シンはルカに気付いて一度ルカの方を見たが、気にせず振り続けた。


「……ユイカさんは見つかりましたか」ルカが声をかけた。


 シンはその声に一度手を止めて汗を拭いた。


「手がかりはなかった」シンは短く答えた。答えた後でポケットの上から写真入れに触れた。

 ――ここにも手がかりはなかった。タキシタという名前も、ユイカも知っている人はいなかった。


「どうして探してるんですか?どんな人ですか」ルカはさらに質問した。


「とても大切な人だ。昔、仲たがいして、会って謝りたい」シンはそう答えた。写真入れに触ったままだった。


「そうですか……見つかるといいですね」ルカは下を向いてそう答えた。

――大切な人……か……


「そろそろ、部屋に戻りますね。おやすみなさい」ルカは目を潤ませながら部屋に戻った。


「ああ」シンはそうルカに返し、剣を振り続けた。


 ――――――――――


 翌朝、五人が山の入り口に集まっていた。


「今日は山の中腹くらいまで移動してそこでキャンプを行います。坑道の探索は明日になりますので、あまり無理はせずにゆっくりいきましょう」アルノがそう説明した。


「もし、道中や坑道で岩龍が出たらどうするぞい?」ボルゾイは髭を撫でながら質問をした。


「小さい個体なら私一人でも倒せなくはないです。大きい個体の場合は状況を見て逃げましょう。今回の目的はあくまで鉱石ですから」アルノは腰の守護騎士団の紋様がついた剣に手を添えてそう答えた。


「岩龍を倒せるとはさすがは副団長ぞい。セルジアもそのくらい強いぞい?」


「……団長は規格外ですね。私の十倍以上は強いんじゃないでしょうか」アルノは少し引きつった顔で答えた。


「Aランクの十倍ってどんな化物ぞい」


「それを言うと団長すごく怒るので気を付けてくださいね。意外と繊細なんです」


「気を付けるぞい……」ボルゾイは再度髭を撫でた。


 シンはそれを聞きながら声をかけた。


「話はいい。行こう」


 ――しかし、あの豪胆(ごうたん)な女性が繊細か……やはり人の心というものはわからないものだな……


 ――――――――――


 山を道なりに上っていった。少し開けた場所の崖に黄色い星型の葉をした花が群生(ぐんせい)していた。崖の縁から見える谷の底は深く、風がそこから吹き上げてきて花を揺らしていた。そこでエレナリアが足を止めて座り込んだ。花を見つめていた。


「ポルティアや故郷では見ることの少ない種類の花ですね」


「ああ……鉱山に生息する花だと思います。この辺りにしかないはずですよ。リッジスターという花です。葉っぱが星の形をしているのが特徴で薬草にもなります」アルノは花を見ながら声をかけた。


「そうなんですね。その土地にしかない花は貴重です。アルノさんお詳しいんですね」エレナリアが顔を上げてアルノを見た。


「いや……詳しいなんてことは……妹が王都で花屋をやっていましてね。たまたまです……」アルノは頬を赤らめながら答えた。


「そうですか。いいお兄さんなんですね」エレナリアは微笑んだ。


「そんなことないですよ。あちこちに飛び回ってなかなか帰らないですから」


 シンはそのセリフを聞いて少し下を向いた。


 ――――――――――


 山の中腹に差し掛かるころ辺りが赤く染まり始めた。周囲の山や木々が彩られる(いろどられる)とともに、空には赤白い二つの月が輝き始めていた。


「うわー!すごいきれい!エレナ見てみてよ!」ルカは嬉しそうにエレナリアに手招きをした。


「本当ですね。でもルカあんまり崖に近づくと危ないですよ」エレナリアは景色を見ながらそう告げた。


「大丈夫だよ。こんなに離れてるんだから」ルカは崖との距離を測るように腕を伸ばし、エレナリアに振り返りながら答えた。


「この辺りでキャンプにしますか。場所が広いですし、ちょうどよさそうです」アルノは二人のやり取りを聞きながら荷物を下ろした。


「ああ……」シンも二人を横目に荷物を下ろした。


 遠くで大きな獣が吠えるような声がした。


「岩龍ぞい!?」ボルゾイが立ち上がった。


「かなり遠いですが……」アルノは盾を持ち警戒した。


 地鳴りが広がった。足元が揺れた。立っていられないほどの揺れだった。


 シンはルカの方を見た。足元に亀裂が走っていた。


「え……」ルカはそうつぶやくと、足元が崩れ崖から落ちた。


 シンが走った。


 ルカに向かって手を伸ばした。


 ルカの手をつかんだ。


 だが、その時シンの足はすでに空を蹴っていた。


「くっ!」シンはルカの腕を引き、自分の体の方に寄せた。


「ルカ!」「シン!」エレナリアが、ボルゾイが叫んだ。


 シンは落ちながら、自分の体が下になるようにルカを抱きかかえた。自身の胸にルカの頭を押し付け、体で背中を守った。


 ――あの時は落ちてこの世界に来た。だが、今回は……


 シンの体が白く光った。


 ルカは落ちながら、目を瞑っていた。


 ――温かい。あの時と同じように。また、落ちて死んじゃうのかな。次の世界なんてあるのかな。


 ――――――――――


 シンは目を覚ました。背中が少し傷んだ。周囲を見渡した。既に辺りは真っ暗になっていた。


 ルカが腕の中にいた。握りしめ続けていたせいか腕の感覚がなかった。


 ルカは意識を失っていた。だが、呼吸はしていた。


 ――よかった。二人とも無事だ。あの時とは違う。


「ルカ!聞こえるか」シンはルカを呼んだ。


 しかし、返事はなかった。


 シンはルカを地面にそっと降ろし、横たわらせると、周囲を見た。花が咲いていた。星形の葉っぱをした花だった。


 ――エレナリアとアルノが花を見ていた場所か……


 シンは立ち上がると再度周囲を見た。星と月に照らされて先の道は見えた。


 ――山の中を夜に登るのは危険か……だが、道順は単純。途中に分かれ道もなかった。ルカを抱えてモンスターに会ったら厳しいかもしれない……登るか……


 シンはルカを背負い、山を登り始めた。


 ――昔、結華が空手の練習に行った後で疲れたからとよくおんぶをしたな。あの時もこんな感じだったか。


 シンは夜道を歩いていた。ルカを背負って。七百日と同じように。虫の声だけが続いていた。風もなく、二人の足音だけが山道に響いた。


 ――暗い道の中を歩く。七百日間歩き続けた。一人だった。今日は違う。仲間が、ルカがいる。


「結華……」シンはそうつぶやいた。自分でつぶやきながら少し驚いた。


 ――なぜつぶやいた?わからない……


 シンはわからないと自分に言い聞かせた。


 ――――――――――


 シンは山の中を歩き続けた。


 しばらくしてルカが目を覚ました。シンは無言で歩き続けていた。ルカは目線だけで周囲を見た。普段の目線よりも高く、景色が違ったように見えた。辺りが暗いからだけではなかった。


 ――そういえば小さいころ、空手のあとにおぶってもらってたな。毎回、帰りながら高いところから見る景色が好きだった。なんで今まで思い出さなかったんだろう。こいつはちゃんといつもそこにいた……こともあった。


 ルカは昔のことを思い出しながらも、どうしてもあの言葉だけは心の中でも呼べなかった。


 二つの赤い月が重なった父娘の影を照らしていた。


 ――――――――――


 辺りが朝焼けで白くもやが広がり始めたころ、シンとルカは仲間たちが待つキャンプの場所、崖から落ちた場所に近づいた。


「ようやくついたね……」ルカはシンの背から降りて歩き始めていた。


「ああ……」シンは短く答えた。しかし、何かの感情のゆらぎを感じた。焦り、恐怖、焦燥(しょうそう)の感情がシンの胸の中に渦巻いた。


 ――仲間の誰かの感情が乱れている……


「ルカ……待て……何かいる……」シンはキャンプの場所を見た。大きな何かがいた。


 シンは走った。


 キャンプの跡地についた。


 そこで見たものは、大きな赤い目の岩龍に、盾ごと体をかじられているアルノと、血塗られたボルゾイとエレナリアだった。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。


 シン(伸二)が歩いた夜道の中でシンとルカの想いが交錯します。そして、アルノ、ボルゾイ、エレナリアはどうなってしまったのか。

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