関連挿話①:ダリオ・ヴァルトと煉獄の業火-後編
シンとルカが転生してから十九日目。ダリオ、トビアス、セルジア、アルノ、ノエルの五人は一番坑道の入り口にいた。
「話によると一番坑道の方で、リトルストーンドラゴンが出たそうです」アルノが地図を片手に説明しながら坑道を進んだ。
「モンスターが全然いないな……」ダリオが岩肌に手をついて進みながらつぶやくように言った。
「そうだな……静かすぎる」セルジアもそれに賛同した。
奥に進んでいくと坑道が二手に分かれていた。
「どっちに行く?」セルジアがアルノに確認をした。
「どちらもまだ前の冒険者たちが行っていない場所のようです」アルノは地図に書かれたメモを見ながら答えた。
「ノエル。魔力探査をしてくれ」
「わかった」
ノエルは杖をかざし、目を瞑り、右手に力を込めると、杖の先端に淡い緑色の光が現れた。周囲にその光が広がっていった。
ノエルはしばらくすると目を開いた。
「岩龍は……右手の通路の先にいるようね。ただ……」ノエルは少し考えながら話をした。
「何か気になることでもあるのか!?」セルジアは青と赤の目をきらめかせた。
「いえ……その一つ……いや、多分二つの大きな魔力が正面の方に……その片方の魔力が曖昧で……少しよくない魔力を感じるわ」ノエルは言葉を選びながら伝えた。
「岩龍程度はあとでどうとでもなる。むしろ正面の方が気がかりだ……」
セルジアはそう言うと背中の双剣を抜いた。双剣を握るセルジアの右手からは赤い光が、左手からは青い光があふれ始めた。
「行くぞ! 皆の者ついてこい」セルジアは眼を見開き、不敵に口角を上げると赤と青の光が強くきらめいた。
「団長! 待ってください! 一人では……」アルノが止めようとそこまで言ったが——
「久しぶりの殲滅だぁッ! 血がたぎる! たぎるぞぉッ!!」セルジアは赤い光と青い光が合わさった淡い紫色に包まれながら、光の残滓だけを残して消えた。
「すみません! 皆さん、追いかけましょう!」アルノは慌てて走り出した。
「全くなんて自由な団長さんなんだ……」ダリオは顔を引きつらせながら後を追った。
――――――――――
セルジアは一人、坑道を奥に向かい駆け抜けていた。
「何だ、あいつらめ……ちんたらしおって……」セルジアが独白をしていると先に人影が見えた。
「……」セルジアは無言になり、速度を落とすと、ゆっくりと人影の方に近づくと声が聞こえた。
セルジアは通路の影に隠れゆっくりと坑道の奥を観察した。
「ひぇひぇ……三号……のろのろするな! 早くせんと誰かが来てしまうだろう!」一人は漆黒のローブに全身を包み、黒色の木で作られた先端に緑の宝玉がついた杖をついた、背の低い男だった。背中に何やら模様が見えた。その男は隣にいる女性を叱責しながら杖でたたいていた。
「申し訳……ありません……」もう一人は、若い女性のようだった。まだ少女の面影を留めながらも、無機質で抑揚のない声。肩まで届くウェーブがかった黒髪。軽鎧に包まれているが、右手にだけ手甲を装着していない歪な姿だ。剥き出しの拳が漂わせる底知れぬ静寂。そして特徴的なのは、闇に爛々と輝く紅の両眸は、到底人間のものとは思えぬ禍々しい光を宿し、見る者に根源的な恐怖を抱かせた。
セルジアはその様子を見ていた。
――あの顔は……カリーナ・ヴァルトか……
セルジアはゆっくりと近づいた。
その時、ダリオが追い付いた。セルジアは横に立ったダリオの顔を見た。
「嘘……だろ……」ダリオは顔面が蒼白であった。セルジアはダリオの方に手を伸ばした。
だが、一瞬間に合わなかった。
「カリーナ!」ダリオは無意識のうちに叫んでいた。女性はダリオの方を見た。
「ひぇひぇ……馬鹿め……三号……人が来てしまったではないか……」男はその黒髪の女性を三号と呼んだ。男はダリオの方に一度首を向けると、黒髪の女性の方に向き直り、杖で地面をたたきながらつぶやいた。
「殺せ」男は短くそう告げると、黒髪の女性は腰の剣を抜き、走り出した。
「お……おい、カリーナ……俺だ……ダリオだ……わかるだろ?」黒髪の女性が迫る中で、ダリオはふらふらと前に出た。
黒髪の女性は、無慈悲にもダリオに向かって剣を下ろした。
「馬鹿者が……!」セルジアはダリオを蹴り飛ばした。それと同時に双剣を交差させてその剣撃を受け止めた。
セルジアの体が地面ごと沈んだ。
「ぐっ! なんて力だ! 昂る! 昂るぞぉ!」セルジアは顔を紅潮させながら両腕を前に出し、黒髪の女性を押し返した。
「ひぇひぇ……三号……何をやっている。さっさと殺せ」男は不機嫌そうにつぶやいた。
「ロクディモフ様……わかりました……」黒髪の女性はそう告げると、剣を鞘に納めた。そして、前に手をかざすと、手の平に白い光が集まり始めた。光は徐々に大きくなると剣を象るように姿を変え、空気をつんざくような音を周囲に放ちながら揺らめいていた。
ダリオは、蹴られた拍子に頭を打っており、頭を振りながらふらふらと立ち上がった。
「な……あれは……カリーナの|煌々の輝剣⦅バニシングソード》……」ダリオは女性の握る光の剣を見てさらに顔を青くした。
そこにアルノ、ノエル、トビアスたちも合流した。
「カリーナ……さん……」トビアスも、目を見開いてその様子を見ていた。
「殺します」そうつぶやくと、黒髪の女性は駆けた。
セルジアに向かって光の剣を振りかぶった。空気が哭きながらセルジアを襲った。
セルジアはそれを双剣で受け止めようとした。ダリオが叫んだ。
「団長さん! ダメだ! 避けろ!」
「何!?」セルジアはその声を聞いて、両手を引いて、体をひねって避けた。
光の剣が衝撃音もなく地面を貫いた。
セルジアは体の反動を利用して、黒髪の女性に蹴りを入れた。黒髪の女性は後方に飛んでその衝撃を殺した。
鈍い鉄の音が響いた。
「だ……団長さん!」ダリオはその鉄の音の先を見て叫んだ。
鉄の音の正体は手甲だった。
セルジアの右腕が……
地面に落ちていた。
「チッ……作り直さんといかんではないか……」セルジアは忌々しそうに舌打ちをした。
「案ずるな……右腕などとうの昔に失っている。義手だ」セルジアは残った左腕で、足元に落ちた義手を拾うとアルノの方に投げた。アルノは無言でそれを受け取った。
「カリーナ・ヴァルト本人で間違いないようだが……少しお痛が過ぎたようだな」セルジアが眼を見開くと赤い右目が激しく……深く……赤く……光り始めた。そして、炎のように光が揺らめき始めた。周囲に高熱が広がる。
「だ……団長! こんな閉鎖空間でその魔法を使ってはダメです!」アルノが叫んだ。
「馬鹿者! あの光剣の魔力が眼に入らんのか! 生半可な魔法や技が通じると思うな!」セルジアがそう叫ぶと、赤く揺らめく光がセルジアの全身を包んだ。光は赤黒い炎に変わり、失ったはずの右手を象っていく。その右手には実体を持たぬ禍々しい炎の剣が握られていた。まさに煉獄の業火をそのまま切り出したかのような、迸る熱量そのものが鋭利な刀身を形成していた。
「ノエルさん! トビアスさん! 私の後ろで魔法障壁を展開して全力で防御してください。ダリオさんは早くこちらに!」アルノはそう叫ぶとノエルとトビアスの前に立ち、大盾を地面に突き刺して構えた。その盾を媒介にするように大きな光が広がり、光の盾が形成された。
「あれって……まさか……煉獄の業火……?」ノエルは、顔を青くして、額に汗を浮かべながら杖を地面につくと、魔法障壁を展開した。
「トビアスさん! 魔力は温存せずに全力で! 気を抜くと死にますよ!」ノエルも叫んだ。
「何なんですか!?」トビアスも異様な様子を感じながら障壁を展開した。
「ひぇひぇ……なんだ……あの炎は……美しい」ロクディモフと呼ばれた男はその様子を見ていた。
「美しいか……だが、そんな生易しいものではないぞ」セルジアは剣を振りかぶった。
炎の剣の切っ先が広がり、赤黒い業火が周囲を包む。洞窟内部の温度が爆発的に高くなり、セルジアの足元が解け始めた。
「な……何だよ。それ……」ダリオはアルノの盾に隠れるようにその様子を見ていた。
「ヴァイゼン流双剣術奥義ぃっ!」セルジアの炎の右手が炎の剣と一体化した。
「煉獄のォおオオオオッ!」炎が漆黒へと変わった。
「業火ゥウウウウッ!!」
セルジアが叫ぶと、黒炎が炎の剣の切っ先から光線のように射出された。
黒色の光線が三号と呼ばれた女性とロクディモフを襲った。
「ロクディモフ様……お下がりください」黒髪の女性はロクディモフの前にかばうように立った。
ダリオとトビアスはその様子をみていた。二人とも何も言えなかった。
カリーナはそれを光の剣で受け止めた。
黒色の光線は光の剣でかき消されていたが、同時に剣も徐々に短くなり、消滅していった。
「はっはっはぁッ! やはり魔法力で相殺すれば消えるか! もう一押しぃっ!」セルジアが叫ぶと黒炎がさらに周囲に広がった。
「ぐぅうううう……」アルノが顔をゆがめていた。
「だ……大丈夫か、副団長さん!」ダリオがアルノの方に近寄り顔を見た。
「下がれ! 前に出るな! ここからが本番だ!」アルノが語気を荒げた。
黒炎がカリーナの光の剣を蝕み尽くした瞬間、黒い光線が地面に着弾した。
黒炎が着弾地点に収束した次の瞬間。
白くまばゆい光とともに大爆発が起きた。
周囲から音が消えた。
ダリオがよろよろと周りを見た。周りが白く濁って見えない。
徐々に目が慣れてくると、その光景に驚いた。
アルノを中心として放射状に広がった範囲の地面が消え、大きな穴が開いていた。その中央には、鎧が解け、傷だらけ、やけどだらけになったカリーナと、ローブが少し焦げたロクディモフが立っていた。
トビアスとノエルも無事のようだ。二人そろってへたり込んでいた。
「はぁっ……はぁっ……」セルジアは魔法の反動で膝をついて荒い呼吸をしていた。
「ひぇひぇ!!三号、お前がちゃんと守らんからローブが汚れてしまったではないかこのクソ役立たずが!」ロクディモフはそう言いながら黒髪の女性を何度も杖でたたいた。黒髪の女性は血が吹き出し、体が焼けこげ、ふらふらだった。
「ロクディモフ様……申し訳ございません……」黒髪の女性は抑揚のない声で謝罪した。
「ひぇひぇ! 謝って許されると思うなよ! あの方にいただいた神聖なローブをこのクズが! 出来損ないが! ポンコツが! ボクが力を与えた恩を仇で返しやがって! 第一ボクを呼ぶときは高貴なるロクディモフ様だ! いつになったら覚えるんだこの三流が!」ロクディモフは杖で叩いた。何度も何度も。鈍い音が響き続けた。大きな破壊のあと、豪炎の残骸の中で繰り広げられるにしては異質だった。
「……や……やめろ」ダリオは爆発の衝撃で体がきしんでいた。動けなかった。
「申し訳ございません。高貴なるロクディモフ様」黒髪の女性は再度抑揚のない声で謝罪した。
「そ……そんな……カリーナさん……」トビアスも、魔法障壁をといて膝をつくと顔を覆った。
「ひぇひぇ……反省したようだな……三流の三号にしてはよい心がけだねぇ」ロクディモフは歯を見せて笑いながら、カリーナの黒い髪を愛でるようになでた。
「……ぶんじゃねえ」ダリオが何かをつぶやいた。
「ひぇひぇ……なんだお前! 何か言ったか!?」ロクディモフはダリオの方を向いた。
「俺の妹はカリーナだ! 三号なんて記号で呼ぶんじゃねぇえええええ!」
ダリオは叫びながら剣を抜くと、ロクディモフに向かって走った。
「高貴なるロクディモフ様、お下がりください……」カリーナはダリオの前に立った。ダリオは目を見開き、剣を止めた。
「ひぇひぇ……何やらどこかで見たと思ったら三号の兄か……久しぶりだなぁ」ロクディモフはダリオの顔を見て、舌を出して笑った。
「三号って呼ぶんじゃねぇ!!!」ダリオは再度叫ぶとその男の顔を見た。
「な……お前は……あの時の!」
――カリーナの遺体を運んだギルド職員……
「ひぇひぇ! 三号はなかなか優秀な検体だよ! 我々の志のために使わせてもらっているよ……」ロクディモフはカリーナの髪を手に取ると匂いを嗅ぎ、下卑た笑いをダリオに向けた。
「使う……? 使うだと! ふざけんなぁああ!」ダリオはロクディモフを剣で薙いだ。しかし、カリーナがロクディモフをかばった。
「ぐっ……」ダリオは剣を引いた。カリーナは崩れ落ちた。
「ひぇ……三号も限界か……化物を相手にするのは得策ではないな……仕方がない」ロクディモフがそうつぶやくと、手に持った杖の緑の玉が光った。火炎弾が天井を打ち抜いた。ダリオの前に天井が崩れ落ちた。
「ひぇひぇ……退散させてもらうよ……」ロクディモフが天井が崩れる奥で、カリーナの襟首を掴みずるずると引きずりながら消えていった。
「て、てめぇ! 待ちやがれ!」ダリオが叫んだ。天井が崩れ始めて追いかけることができない。
「ダリオさん、逃げないと危険です。早く! ノエルさん、トビアスさんも早く!」アルノが入り口の方に走りながら叫んだ。
ノエルとトビアスも、崩れ始めた坑道の天井や壁を見て、その声に合わせ出口の方に走った。
「ちくしょう! ちくしょおおおお!」ダリオは走った。入り口に向かって走った。
――また、カリーナを置いて逃げるのかよ! 俺は! また!
ダリオはセルジアの騒がしい声が聞こえないことに気付き、ふと後ろを振り返った。
セルジアがしゃがんだまま、一歩も動いていないことに気付いた。
――ああ……俺はまた一人で逃げるところだったぜ……
天井が崩れる中、ダリオは向き直りセルジアに向かった。セルジアを抱えると、入口の方に走り抜けた。
――思ったより軽いな……
「……誰だ……」セルジアは意識が朦朧としていた。
セルジアが顔をゆっくりと上げると必死の形相で走るダリオの横顔があった。歯を食いしばり、額に汗をにじませていた。
ダリオは視線に気づくと一瞬目を細め、微笑んだ。
セルジアの胸が高鳴った。
――なんだこの気持ちは……殲滅するのとはまた異なる気持ちの昂り……まさか……恋……?
次の瞬間、天井が大きな音を立てて崩落した。
――――――――――
「ノエルさん、二人はどこですか!?」アルノが叫んでいた。
「急かさないで! 今! 今探してるから……」ノエルは目を潤ませながら緑の光を周囲に集めていた。
「ダリオ……カリーナ……なんてことだ……」トビアスは膝をついていた。
「見つけた! あそこの瓦礫の下!」ノエルが指さすとアルノがよろよろと瓦礫の方に向かった。トビアスがアルノの横を駆けた。通り過ぎた。
「ダリオ!貴方を今失うわけにはいかないんですよぉ!」
――せっかくカリーナが生きていたのに! ダリオがいなくなってはいけない!
トビアスは必死の形相で瓦礫をどけた。手が切れて血がにじんでも、爪が剥げても瓦礫をどけた。
見覚えのある背中が見えた。追い付いたアルノとともに掘り起こすと血まみれのダリオだった。
その腕の中にはセルジアが眠っていた。
――――――――――
崩落の二日後、ダリオは王都セントレグノのベッドの中で目を覚ました。
「ここは……」ダリオは見覚えのない天井に周囲を見渡した。
「起きたか……ここはセントレグノだ。あの坑道の奥を抜けてきたようだ。二日ほど眠っていたのだぞ」淡い赤色のドレスを着たセルジアが隣に座り、リンゴを剥きながら説明した。
「団長さんか……ほかのみんなは」ダリオは身体を少し起こすとセルジアを見た。
「トビアスと、ノエルは別室で休んでいる。アルノは奔走しているよ。それよりもそんなよそよそしい呼び方はやめてくれ」セルジアはナイフを置くとダリオの方を向いた。
「ああ……すまない。セルジアさん」
「……それも嫌だな……」セルジアはうつむいた。手を組み左手と右手の人差し指の先をくるくる回していた。
「セルジアがいいか?」ダリオは少し困った顔で答えた。
「いや……そうではなくてだな」
セルジアは顔を赤らめながらダリオの方を見た。
「ハニーと呼んでくれ。ダーリン」
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
ダリオたちの旅は一度終わりです。この後もいろいろと物語を書き乱して……もとい、盛り上げてくれることでしょう。
なお、前編の際に会話劇は楽といいましたが時系列で言うとこの物語自体は22話の執筆直後に大枠を書いています。セルジアの暴走でダリオがダーリンになってしまいました。その内容が28話のセルジアとカルラの会話劇につながるわけです笑
次回はリッジウェルに向かうシンとルカたちの話に戻ります。
毎日7時10分、18時10分に更新です。
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