第29話「生きて守る――信頼の証」
セルジアたちはシンたちの元まで歩いてきた。セルジアはシンの前に立った。セルジアの身長は高かった。180㎝近くあるシンよりわずかに低い程度の身長だった。
「私の名前はセルジア・バイゼン。セントレグノ王立守護騎士団の団長を務めている。Sランク冒険者でもある。こちらの男が私の部下で副団長のアルノだ。よろしく頼む」セルジアはシンに向かって右手を差し出した。その右手を覆う手甲は細部に細かい傷のある左の手甲に比べて、奇麗に磨かれた真新しい手甲だった。
「シンだ。剣士をしている。Cランクになった」セルジアの手を握った。
「セルジア、なぜわざわざここまで来た」カルラはセルジアをにらんだ。
「強い冒険者がいるという噂を聞いたのでな。エミリアに聞いたらちょうどCランク昇格試験を受けているというじゃないか。途中から見させてもらったが、まさかカルラを倒してしまうとはな」
セルジアはカルラの方に目をやりながらシンと会話を続けた。
「ちっ……油断したんだよ……」カルラが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「油断……油断か。それは良くないな! カルラ! 全力をもって殲滅せんと。百獣の王はウサギを狩るのにも全力を尽くすというだろう」
「試験だっつってんだろ……毎回話が通じないね……」カルラは頭をかいた。
「ふん……まあいい……」セルジアはシンとルカを見た。
「四人がそれぞれの役割を担っており見事だったな。特に二人の立ち回りが素晴らしかった! あそこまで仲間を信頼できるとはな! 二人は兄弟か?」
「……違う」「違います!」シンとルカは声がそろった。ルカは目を伏せた。
「はっはっはっ! 反応まで一緒だとはな! 面白い!」
「ところでそちらの……名前は何といったか」セルジアはルカの方を見た。
「ルカ、ルカ・クレインです。よろしくお願いします」ルカは頭を下げた。
「ルカか……よろしく頼む。しかし、君のスキルは実に良いな! オレンジ色に光ってカルラを圧倒するとは見事だ! 高威力の高速連打! 殲滅にもってこいだな!」セルジアは拳を握り、左右の拳を繰り出しながらルカを褒め称えた。
「え……私ですか? 私のスキルは疾風怒濤というものだと思いますけど光ったりしないですよ……? 光ってましたか?」ルカは首をかしげて困惑した。
「……」シンはそれを見て黙っていた。カルラの方を見た。カルラは小さくうなずいた。
「俺のスキルだ……味方の攻撃力や速度、器用さなどを上昇させる効果がある」
「なんと! シン、貴様のスキルか。三つ以上のバフというのは珍しいな。なんというスキルだ!?」
「仲間思いだ……」
「聞いたことがないスキルだな。完全隠蔽状態のカルラの位置を特定し、自身が加速し、白く輝いたのもそうか?」
「ああ……自身の防御力を上げたりすることもできる」
「なるほどな。人を守るのに特化したスキルか……」セルジアは顎に手を当てると少し考えるそぶりを見せた。
「ああ……」
「シン、貴様は自分が倒れたときのことを考えているか?」
「……倒れはしない」
「ははは、それは蛮勇というものだ! 敵を殲滅せしめんとするものは、逆に殲滅されるリスクを常に念頭に置くべきだ。シン、強大な敵にあったとき、貴様が倒れてしまったら仲間は誰が守るのだ? 貴様の戦い方をみたが、破滅願望があるとしか思えんぞ。タンクという役割は味方を守るのが仕事だが、貴様のそれは仲間を守るというよりも、自分を殺すに近い。自分を殺してでも周りを何とか活かす。それだけ歪なもののように見えたがな」
「だが……守れなかったらどうする。取り返しのつかないことになったらどうする」シンは反論した。
「貴様が倒れたら同じことだ。それに……」セルジアは少し間を置いた。
「なんだ……」
「残されたもののことを考えたことがあるか? 貴様が死んだらどうなるのか。想像ができないのならば、身近な者がいなくなったら自身がどうなるかを考えてみろ」
「大切な人を失って……」シンは言葉に詰まった。
「取り返しのつかないことになった……」シンは足元を見た。
「ならば、今の己を変えることだ。仲間を守り、敵を殲滅するためにこそ、仲間を信じて頼れ。このルカのようにな」セルジアはルカの頭をポンポンとなでながら話した。
「な……」ルカは顔を赤くした。だが目を少し潤ませていた。
「ルカは貴様だけを信じて、ただ愚直に叩いたぞ。よほどの信頼があるか、馬鹿でなければあんなことはできんぞ。ルカ、君はどっちだ?」
「……馬鹿ではないと思います。信頼してたかというとよくわかりませんが……」ルカは目を伏せがちにそう答えた。
――信頼……か……ただ必死だっただけなんだけどな……でも、悪い気持ちじゃない……かな……
「はっはっは! 体が勝手に動くということもある」
「……」シンはそのやり取りを見ながら、カイルの、結華の、遥のことを考えていた。
――自分の力が届かなくて守れないのは、間に合わないのはもう嫌だ。そのためにも今の自分を変える必要がある……か……
その様子を見てセルジアはシンに再度声をかけた。
「貴様はまだまだ伸びる。若いのだから蛮勇と勇気をはき違えるな。生きて守って、敵を殲滅しろ。それでこそこの国は、世界は救われるのだから」
「……ああ」シンはセルジアの目をじっと見つめた。
――生きて守る……か……後のことを考えたことは少なかったな……
「期待しているぞ。未来を担う若人よ……」セルジアはシンの目を見てふっと笑った。
「ところで……だ」セルジアはカルラの方に目線だけ向けて確認した。
「なんだ」シンは質問した。
「あそこの行き遅れをもらってやってはくれんか? 流石に三十半ばにもなっているのにまだ独身でな。いい加減にかわいそうだ。存外付き合ってみると可愛いところもあるらしいぞ。尽くすタイプだそうだ」セルジアはカルラを指差した。
「な……何言ってんだい! あんただって三十二歳の行き遅れじゃないか! っていうかそもそもその話は誰に聞いたんだい! まさか、ダリオの馬鹿が……」カルラは顔を真っ赤にして立ち上がるとシンたちの方に向かってきた。
シンはそのやり取りにため息をついた。
――まさか元の自分より一回り近く年下の二人にいろいろと教えてもらっていたとはな……人生とはわからないものだな。しかし、この手の会話は苦手だ。
「おい、貴様。私のダーリンに馬鹿などというな」セルジアはカルラをにらんだ。
「は……?」カルラは間の抜けた声を出すと立ち止まった。
「え……ダリオ……?」ルカも同時に驚いた。エレナリアも目を細めた。
「聞こえなかったか? ダーリンの悪口を言うな」
「お……お前、正気か!?」カルラは完全に動揺していた。
「正気も何も、ダーリンは身を呈して私を護ってくれたんだ。そんなことしてくれる男は世界広しとダーリン以外にいない」
「セルジア……お前が守られたって何があったんだい」
「そんなこと恥ずかしくて言えん……聞くな」頬を赤らめるセルジア。
カルラはアルノの方を見た。
「えーっと……いろんな行き違いでそうなったみたいです。ただ、ダリオさん本人は認めてません。団長の一方的な片思いです」アルノが頭をかきながら言った。
「アルノ! 何を言うかダーリンは優しく私を抱きしめてくれたんだ! 片思いなわけがあるか!」セルジアは遠くを見ながら叫んだ。
「ああ……色恋馬鹿はほっといて話を続けるさね」カルラはシンたちの方を向いた。
「そうだな。シン、カルラはどうだ?」セルジアが気を取り直してシンの方を向き質問した。
「その話じゃないよ!」カルラは顔を赤くした。
「考えられん……すまない……」シンは下を向いて答えた。
「あーあ、行き遅れが振られたか……また、婚期を逃したな」セルジアはカルラの肩を優しく、愛でるように叩いた。
「なんだって!? シン、あんたたちは帰っていいさね! あたしはこいつを殺してから上がる!」カルラは腰の短刀に手を添えた。
「やれるものならやってみろ。幸いここは怪我もせんからな、全力で殲滅してやるぞ……」セルジアも双剣の柄に手をかけた。
「だ……団長! カルラさんもやめてください!」一触即発の二人を尻目に、アルノが泣き顔になりながら叫んでいた。
「帰っていいのかな……」ルカが心配そうにセルジアたち三人を見つめていた。
「……とりあえず行くか」シンはルカにそう返した。
二人のSランクたちのFランク級の会話を尻目に、シンたちは試験会場を後にした。
――――――――――
ギルドのホールに向かう通路の中。
「しっかし三十で行き遅れになるってことはエレナリアはどうなるぞい?」ボルゾイは軽口をたたきながらエレナリアを見た。
「ボルゾイ、ここで試験会場と同じような回復が適用されるか試してみましょうか」エレナリアがボルゾイに手をかざすと、風が音を立てながら渦を巻き始めた。
「じょ……冗談ぞい……」ボルゾイは壁に貼りついた。
「私からすれば十分ボルゾイもおじいさんだよ。エレナに失礼なことを言うなら、私はボルゾイのことボル爺って呼ぶよ?」ルカが間に入ってボルゾイの顔を見た。
「ボル爺……ぞい?」ボルゾイがきょとんとしてルカを見た。
そして豪快に笑った。
「それはいいぞい。ボル爺! いいぞい! ルカ、ワシのことはこれからボル爺と呼ぶぞい」
「え……本気なの?」ルカは逆に目を泳がせた。
「ああ、いいぞい。あだ名で呼び合うというのも信頼の証ぞい。ドワーフの言葉に『鉄は打って強くなり、名は崩して絆となる』という言葉があるぞい。嬉しいぞい」
「へぇ……いい言葉だね。エレナと同じだね」ルカはエレナリアの方を見た。
「ほぅ……エルフも同じぞい?知らんかったぞい」ボルゾイは顎髭を撫でながらエレナリアの方を見た。
「すべてのエルフがそうではないですが……親しいものはルカのように私のことをエレナリアではなくエレナと呼びます。同じことですね」エレナリアは少し頬を赤らめながら答えた。
「ワシもエレナって呼んでいいぞい?」
「……ええ? ……まぁ……別に構いませんが」少し答えに詰まりながら答えた。
「なんでちょっと考えるぞい!? お前やっぱりワシのこと嫌いぞい!?」
「シンもよければエレナと呼んでください」エレナリアはそれには返事をせずシンの方を見た。
「……ああ」
――あだ名で呼び合うのは信頼の証か。俺のシンも、伸二のあだ名のようなものだな。皆は俺の本名を知らないが……いつか告げるときが来るのか。結華と一緒に……早く見つけなければ……
シンは間を置くと立ち止まり全員を見た。
「ボルゾイ、エレナ、ルカ、今日は助かった。ありがとう」シンは三人にそう告げた。
「シン……オヌシがいきなりそういうこと言うのが一番来るゾイ……やめるぞい。ワシも助けられたぞい」ボルゾイは目頭を押さえた。
「どういたし……まして……」ルカはうつむいたまま答えた。
――何なの……それ。そんな言葉、今までなかったじゃない……馬鹿じゃないの……なんでイライラするのよ。なんで嬉しいのよ。わけわかんないし……わけわかんない!
「……」エレナリアはルカの背中に手を添え、三人を見つめ静かに笑った。
「行きましょう」
――――――――――
カルラは四人を見送るとため息をついた。
「はぁ……それで、馬鹿話をしてあいつらを追い出して何がしたかったんだい?」カルラがセルジアを見て聞いた。
「直接対面で話したかった。あとはビアという少女を迎えに来た。約束通り転移魔法陣で連れていくぞ」
「何? 使えるかどうかの回答だけもらうつもりだったんだけどね」カルラは膝についたホコリを払いながら立ち上がった。
「ああ……私には優秀な部下がいるからな」セルジアはアルノを一瞥した。
「で……その話ってのはなんだい」カルラもアルノに視線をやるとすぐに戻し、会話を続けた。
「誰にも言うな……ギルド内でもな。約束できるか」
「もったいぶるねぇ……誓うよ」カルラは手を挙げた。
「わかった……」
セルジアは少しだけ言葉を選んでからカルラに告げた。
「蝕龍の封印が解けかかっている」
「は……あんた今、蝕龍っていったのかい!? ヴェノルクスが!?」カルラはセルジアに詰め寄った。
「ああ……ヴィシア様の話によると外部からの干渉を受けている可能性があるようだ」
「外部っていったい誰が!? まさか……」
「まだわからんがな……グランサクレの例の魔法教団がかかわっている可能性がある」
「いよいよもってきな臭くなってきたね」カルラは頭をかいた。
「ああ……調査を急ぐ意味でもビアという少女の力が必要だ。ノエル、トビアス、それに、ダーリンの力もな」
「え……あんた……それはマジなのか」カルラは目を見開いて聞いた。
「何がだ?」セルジアは質問の意味を図りかねていた。
「ああ……いや何でもない。ビアにはいつでも出られるように伝えてある。目立たないようにギルドマスターの部屋の奥にある裏口を使え」
「恩に着る。グランマスターから招集がかかるかもしれないのでカルラもいつでも動けるようにしておいてくれ」
「了解したよ。ちょっと今回の試験の件で体のなまりを痛感したから、研ぎ澄ましておくよ。あんたはこれからどうするんだい?」カルラは短剣を二本持つとくるくる回しながらセルジアに質問した。
「私はグランバルトに向かう。例の鉱脈の探索状況を確認しにいく」
「鉱脈?」短剣をホルスターに戻すと、質問した。
「ああ、ヴェノルクスの封印に利用する宝玉を作るのに必要だそうだ。スタティクス山脈のどこかの鉱脈でとれる鉱石を使って作るといわれているが……それをブルガイに依頼している」
「セルジア、間が悪いさね」
「どういう意味だ」
「さっきいた、ドワーフはボルゾイ。ブルガイの息子だよ。鉱石を探している」
「なんだと!?」セルジアは身を乗り出して、カルラを見た
「鉱石は捜索中と聞いているが、誰かさんがぶっ壊した坑道の先に鉱脈があったようなんだがね」
「何……そうか……」セルジアは目をつぶって何かを考えていた。
「はぁ……明日、ボルゾイにそれとなく伝えておくよ。誰かAランクでも帯同してもらえれば調査の許可が出せるんだけどね」カルラは頭をかきながら答えた。
「それならこいつを使え」セルジアはアルノを指さした。
「え!? 私ですか……?」アルノは急に話を振られて体を揺らした。
「ああ……あの石が急ぎ必要だ。アルノ、わかるだろ」セルジアはアルノの方をみた。
「ぐっ……しかし、そうなると団長の暴走は誰が止めるのですか!?」アルノがセルジアとカルラを交互に見ながら伝えた。
「アルノ、お前何を言っておるのだ?」セルジアはきょとんとした。
「アルノ、あきらめな。こいつは無自覚だよ……」カルラはため息をついた。
「わ、わかりました。ノエルさんやほかの皆さんに気を付けるように伝えておきます」
「じゃあ、段取りは私がするさね。とりあえずセルジア、あんたは、ビアと合流して王都に戻りな」
「ああ、頼んだぞ、"殺神鬼"」セルジアはカルラの方に向かって拳を突き出した。
「任せるさね、"紫燼の災厄"」カルラはセルジアの拳に拳をぶつけた。
「おい、私をその二つ名で呼ぶな。私の二つ名は"王国の守護者"だ」
「その名前はあんたの自称だろうよ……」
「災厄などと、可愛くないだろう」セルジアは頬を膨らませた。
「どっちもどっちさね……」カルラはため息をついた。
アルノは世界の危機に馬鹿話ができる二人を頼もしく思いながら、様々な事件が起こるであろう未来の行く末を案じていた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
シンは自身の過去や、異世界での経験からなんとしてでも人を守るという意識が強いです。それを見透かされ示唆されました。
元45歳の男が30代半ば前後の女性たちに若者として叱咤激励されるということはなかなかない経験だと思います。
やはり年齢を重ね肩書がついたりするとこういう指摘ももらえなくなるので、異世界転生でこういう経験をできるのは貴重なんだろうなと思いました。
毎日7時10分、18時10分に更新です。
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