第28話「疾風怒濤の連打――ぶっ殺してやる」
その時、ルカの前に光の壁が現れた。
「間一髪ぞい……」ボルゾイが額に汗を流しながらつぶやいた。
「いい線行ってるがまだまだ甘いねぇ……」カルラの口角が上がる。カルラの周囲を漂う風の玉の一つが、短刀に重なり収束すると、光の壁が破壊された。
「な……!」ルカは、風の勢いで光の壁と一緒に吹き飛ばされた。あまりの勢いに態勢を立て直すことができず、徐々に壁が近づいた。
――まずい……ぶつかる!
ルカがそう思い、体を固め、目をつぶった。体に衝撃はこなかった。シンが爆発的な速度で駆け抜けると、ルカを抱き留めていた。
「大丈夫か……」シンはルカを見た。
「だ、大丈夫……です!」ルカは顔を真っ赤にした。
――温かい……あの時と同じ……いや、あの時よりも若くて、がっしりした体だ。
シンは、顔を赤くするルカを見て、昨日のビアとのやり取りを思い出した。ルカを地面に降ろすと、頬をさすり目をそらした。その二人の様子をボルゾイが見ていた。
「……来るぞ」シンは気を取り直しカルラの方を見た。ルカも静かにうなずいた。
シンはカルラの周囲に浮かぶ風の玉を見た。三つに減っていた。
――玉の数が減った。何か条件があるのか……さっきルカを攻撃したときに使ったからか?
風の玉の一つがカルラの体を包み込んだ。薄緑の光を放つとカルラが前方に押し出されるように加速した。地面を蹴り、飛んだ。シンとルカの方に近づいてきた。
「おやおやどうしたんだい!? 集中しないと怪我するよ!」シンはカルラの周囲に目をやると、風の玉の数が二つに減っていた。
――なるほど。攻撃や、加速の際に付加して利用するのか……あと二回……
その間エレナリア、ボルゾイは二人のカバーに入ろうとした。だが、カルラは常にシンとルカの近くで立ち回り縦横無尽に動くので、的が絞れない。二人は射線上に二人が入るため攻撃はせずに、警戒しながら徐々に三人との距離を縮めていた。
シンがルカの前に立ち、カルラの突進を剣で受け止めた。シンの体が白く淡く輝いていた。カルラはシンに攻撃を止められるやいなや、高速で短剣をふるった。カルラの連撃についていけずシンの腕や肩が切れた。
「ちっ! かったい体だね……」カルラが舌打ちをしながら距離を取り、姿を消した。
「耳を貸せ」シンはルカに声をかけた。
「え……こんな時に何ですか?」
シンはルカに気付いたことを手短に説明した。氷を踏み抜く音が徐々に近づいてくる。しかし、ある距離で音が消えた。シンは耳を澄まし周囲を見渡した。しかし、広がるのは静寂のみ。
いや、風の音がした。上空で風の渦巻く音がした。
その時ルカが叫んだ。「上!」
上空から風を感じた。シンは上を向くと、剣を構えた。衝撃が走ったが何とか受け止めた。
衝撃のあとカルラは姿を現した。風の玉は四つに戻っていた。シンはカルラを剣で押すように弾き飛ばした。それと同時にシンの体を包む白い光が消えた。
――仲間思いの効果が切れたか……
ルカはエレナリアの元に走った。ルカはエレナリアに近づくと何かを伝えた。カルラが着地してルカを一瞥するが、再度シンに向かう。
「あんたたちの試験だからね。あの子たちと遊ぶわけにもいかないんでね!」カルラは短刀に風を乗せてシンに切りかかった。シンはそれを剣で受け止めたが、剣にひびが入った。
「シン!」ボルゾイが叫んだ。エレナリアが氷の壁をシンとカルラの間に展開して分断しようとするが、カルラはそれに気づき風を使い加速し、壁の内側に回り込んだ。
風の玉は残り二つ。カルラは短刀に風を乗せ、もう一発シンを切りつけた。シンの剣が衝撃に耐えきれず、鈍い音を立てて折れた。
「くっ……」シンが距離を取ろうと後ろに飛んだ。エレナリアが風の刃と氷の礫を放った。カルラはそれをその場で上体をそらしたり、足を上げたりと最小限の動きでよけながら、シンに徐々に近づいた。
「剣も折れた。仲間もいない。チェックメイトだね」
カルラの周りを飛ぶ最後の風の玉が短刀を覆うと、カルラはシンを切りつけた。シンはカルラの腕をつかみそれを止めた。しかし、風の刃が肩を裂いた。
「これはそんなんじゃ止まらないよ……あきらめて降参しな……」カルラは冷たく言い放った。
氷の割れる音が響いた。
シンの後ろにある氷壁が崩れた。ボルゾイが槌で氷を砕いていた。氷の壁の奥からルカが走り込む。シンの肩に手をつき飛び越えると空中で半回転をして、カルラの肩に浴びせ蹴りを叩き込んだ。カルラは短刀を離し、その足を両手で受け止めた。
「どっから出てくるんだい。足癖の悪いお嬢さんだね」カルラは不敵に笑うとルカの足をつかみ投げようとした。
ルカの後ろから光弾が飛んできた。カルラはルカの足を離し、身をひるがえして避けた。ルカは地面につくと、カルラの足を払った。カルラはそれを上空に飛んで避けて笑った。
「惜しいねぇ。もう一歩だ」
エレナリアは再度氷の壁を展開した。今度はカルラに向かって滑り台のように氷を積み上げると、カルラはそこに着地させられて滑り出した。その先にはルカがいる。
「な……」
カルラは飛んで避けようとするが風の玉はない。踏ん張りがきかずに氷の坂を滑り、カルラが徐々にルカに近づいた。
「ちょ……ちょっと待ちな……」
ルカが腰を落とし、カルラに向かい正拳突きを放った。カルラはあえて上体を前に出し、正拳に向かうと、ルカの腕に手をつき前方に回転して、ぎりぎりでかわした。シンが前に伸びたカルラの足をつかんだ。
「どこつかんでんだい!」カルラがもう片方の足でシンを蹴ってその場を離脱しようと、体をひねった。
体をひねり、カルラが顔を上げると
そこにはボルゾイがいた。
「チェックメイトぞい」
ボルゾイは笑った。
ボルゾイの渾身の拳骨がカルラの顔にめり込んだ。
カルラは鈍い音とともに地面にたたきつけられた。
カルラはふらつきながら立ち上がり、後方に距離を取った。
「ガキどもが……殺してやる」口から吐き捨てるように血を吹いた。血の中には歯が混じっていた。
「ぶっ殺してやんよ!」カルラは獣のような咆哮を上げた。咆哮に合わせて突風が吹いた。
カルラの周囲を漂う風の玉が十を超えていた。十の玉を抱えたままカルラは消えた。姿を消した。
辺りに静寂の帳が降りた。
ルカは息をのんだ。ボルゾイは周囲を見渡した。エレナリアは魔力の流れを読もうとした。
無音。
今までは氷が踏み砕かれる音、風の音が聞こえていたが、今はその音もない。全くの無音。誰も何も感じていなかった。感じることはできなかった。
シンを除いては。
――怒りのような、熱のような、そんな禍々しい気配。左の方向から何かがゆっくり近づいている。
シンはルカに向かって三本指を立てた。ルカは作戦の意図を理解し、それを見て小さくうなずいた。そしてシンは左前方に走った。
カルラは突然自分に向かってシンが突進してくるので、ナイフを構えた。
――なんだ?私の姿は見えないはずだ。
シンは速度を落とすことなく近づいてくるが、攻撃をする気配はない。カルラの横を通り過ぎようとした。
――なんだ。あてずっぽうかい。
カルラはゆっくりと体の向きを変え、シンに向かって攻撃を繰り出そうとした。攻撃を仕掛けようとしたが、目の前で立ち止まりカルラを見据えるシンと目が合った。
――な……なんで、そこで止まって……なんて眼でこっちを見てんだい……
カルラの手が止まった。シンの目を見た。深淵を覗くような狂気を孕んだ眼。その眼を見て警戒をした。その時間は一瞬だが、シンの方を向いたまま止まってしまった。
そして、カルラのわき腹に衝撃が走った。
衝撃の瞬間、カルラは身体を返して後ろを見た。
オレンジ色に淡く輝くルカの拳が、鉤突きが、カルラのわき腹に刺さっていた。
――ルカ・クレイン! なんであたしの場所が分かる!?
カルラは衝撃で氷の壁にぶつかった。それに合わせシンがわずかに目線を変えた。カルラが吹き飛んだ方向を見ていた。ルカはシンの目線を追い、前蹴りを放った。
カルラの姿は見えない。感触はない。衝撃音もない。しかし、その奥にある氷の壁は砕けていた。
ルカは拳を突いた、
前に出ながら突いた。
とにかく突いた。
あの時は止まってしまった拳を。
大会を制するために、毎日サンドバッグを叩き続けた学生時代のように。
敵を打ち倒すためだけに、拳を振りぬき続けた非行時代のように。
とにかく愚直に突き続けた。
まさに疾風怒濤。
連続で三十五発の拳を叩き込んだ。
最後の拳を叩き込んだ時、ボロボロのカルラが姿を現し、氷の壁とともに崩れ落ちた。それと同時にルカを包み込む淡いオレンジ色の光は消えた。
ルカは拳で十字を切ると「押忍!」と叫び、大きく一礼をした。
ボルゾイとエレナリアが二人に駆け寄った。
シンは、その様子をただ、温かい目で見守っていた。
――――――――――
カルラは目を覚ました。寝ころんだまま上体だけを起こすと頭をがりがりと掻きながら吐き捨てるように言った。
「ラッキーパンチをもらっちまったねぇ……」
「ラッキーじゃないです」ルカはカルラを見下ろして言った。
「何だって?」カルラは汗をぬぐいながら、ルカの方を見上げた。
「合図をもらいました。私はそこに全力で応えただけです」
「……どういうことだい」
「今回の戦闘の前に三つの仮説を立てていました。一つ目はカルラさんが風を使って高速移動や攻撃を仕掛けるであろうこと、二つ目はカルラさんが姿を消せること。ただし、音や気配などには効果が及ばないということ。三つ目はカルラさんが周囲の音や気配も含めてすべて消してしまう可能性があること。これらの可能性を前提に作戦を組み立てていました」
「……それだけでなんで私の位置がわかったんだい」
「目線を見ました」
「は……?」
「カルラさんが完全に消える場合、位置がわかると判断した人が合図を送ることにしていました。そして、合図があったので私はただ、目線の方を見て殴り続けただけです」
「あんた、私がどこにいるかわかってなかったのかい」
「わかっていませんでした。ただ、目線の方を叩きました。珍しい感覚でした。叩いているのに衝撃がない。手ごたえもない。音もしない。ただ、確かに拳が何かにぶつかり止まっている。多分ここにいるんだろうという気持ちだけで叩き続けていました。今更衝撃があったことを自覚して少し拳が痛い。これは何なんですか」
「……隠蔽と偽装、あと擬態スキルの応用とだけ言っておくよ。あたしにしかできないから聞いても仕方ないけどね。ところでこの作戦を立てたのは誰だい」
ルカは無言でシンの方を向いた。カルラはそれを見て舌打ちをした。
「チッ……あんたなんで場所が分かったんだい」シンの方に目線をやると質問した。
「仲間思いの効果だ。怒りの感情の方向を追った。通り過ぎたとき、方向が変わった。それだけだ」シンは淡々と答えた。
「仲間思いかい……」カルラは大きなため息をついた。
――シン・タキシタ。強固なDEF、仲間思いという超強力なバフスキルに目が行きがちだったけど、こいつの真骨頂は洞察力のほうかい。一体どんな前世を送ればこんなバケモンみたいな転生者が生まれるんだい……しかし、あたしのことをちゃんと仲間だと思ってくれてんだねぇ……皮肉にもそれでやられちまったが……
カルラは寝そべると大きな声で言った。
「あーあ! 殺す気で行ったのに負けちまった! シン、ボルゾイ! あんたたち文句なしで合格だよ。あたしの権限があればBランク、いやAランクにでも上げちまうのにねぇ!」
「なかなかに見事な負けっぷりだったな、カルラ」
広場に豪胆な女性の声が広がった。燃えるような赤髪を高く結い上げた女性と、もう一人、銀の甲冑に身を包んだ金色の短髪の男が一緒に並んで半歩後ろを歩いていた。
「こんなところまで何しに来たんだい、セルジア」カルラは苦々しい顔で、セルジアと呼んだ女性の方を見た。
「誰だ……」シンはその男女を見つめていた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
ついにシンとボルゾイのCランク昇格が決まりましたね。
今回はシンとルカの連携が光った回でした。にやにやが止まりませんね。そして新たに現れたこの男は何者なのか、カルラの反応が気になる限りですが、次回をお待ちください。
毎日7時10分、18時10分に更新です。
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